http://www.asyura2.com/12/hasan76/msg/755.html
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Financial Times
日本の巨額債務削減には急進派が必要
ピーター・タスカ氏のFTへの寄稿
2012.07.04(水)
(2012年6月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
過激派やポピュリストが理にかなった経済政策を提起しているのに対し、実務型の中道主義者が、イデオロギーに駆り立てられた現実味のない壮大なプロジェクトに執着し続けているように思える場合がしばしばある。
それゆえユーロ圏の時の権力者たちは、銀行同盟、財政同盟、政治同盟へと突き進むことで、早計だった通貨同盟の問題を解決しようとしている。競争力を調整して、通貨に負担を負わせるという伝統的な手法をあえて提案しているのは、右派の国家主義者や共産主義者、ネオペイガニズムの信奉者だけだ。
同じようなことが、今まさに日本で起きようとしている。野田佳彦首相は今後4年間で2段階に分けて消費税率を10%へ倍増させる法案を通過させた。
これでも、日本で最も有力な経済団体である経団連は満足しない。経団連は25%への税率引き上げを望んでいるからだ。
消費税増税は悲惨な結果を招く
野田佳彦首相は衆院で消費税増税法案を可決させたが・・・〔AFPBB News〕
消費税増税は、政治的にも経済的にも悲惨な結果を招く可能性が高い。せめてもの救いは、野田首相率いる民主党と、同首相が消費税増税のため一時的に手を組んだ野党・自民党が国民の支持を大きく失っており、増税を実行に移せない可能性があることだ。
というのも、生真面目すぎてやや退屈な日本の政界においてすら、ポピュリスト的な運動が活発になっているからだ。
民主党はオバマ風のチェンジという言葉を駆使して2009年の選挙で地滑り的勝利を収めた。手厚い子ども手当など、マニフェスト(選挙公約)に掲げた政策は既に、阻止されたり、骨抜きにされたりしている。
消費税増税が最後のとどめとなり、民主党分裂と早期の解散・総選挙をもたらす公算が大きい。
日本は1997年の消費税増税後の不況から、一度として抜け出していない〔AFPBB News〕
増税によって日本が持続可能な成長と財政正常化の軌道に乗るのであれば、その代償は払う価値があるかもしれない。
ただし、その可能性は低い。前回、1997年に消費税が引き上げられた時は、景気後退と小売売上高の減少を招き、日本は以来、本当の意味でそこから脱却できていない。
消費税増税は財政赤字を埋めるどころか、中央政府の税収を1996年の50兆円から2011年の36兆円へと急激に落ち込ませる一因になった。
実のところ、日本の巨大な公的債務問題は、ケインズ派よりもむしろオーストリア学派の理論に由来している。日本は1990年代後半に景気刺激策に背を向け、その後の10年間で、国内総生産(GDP)に占める公共事業支出の割合が6%から3%に低下した。その間、金融政策はタイト過ぎる状況が続いた。
競うように景気回復の芽を摘んできた日銀と財務省
金融・財政両面でのこれだけの美徳の見返りとして日本が得たのは、徐々に減少していく名目GDPと税収基盤の減退、そして、野田首相や格付け機関をあれほど警戒させている国債発行額の急増だった。一方、債券市場は落ち着いたままだ。
債務問題の大きな原因が名目GDPの減少であるのなら、当然、その解決策は名目GDPの拡大でなければならない。実際、もし日本がこの15年間、名目ベースで年3%の成長を遂げていたら、経済規模は現在のそれより3分の2ほど大きかっただろうし、資産価格はもっと高く、財政状態も健全だったはずだ。
成長不足に苦しむ今の世界では、それも「言うは易く、行うは難し」だが、逆効果になるような政策は回避しなければならない。日銀と財務省はあまりに頻繁に、どちらが先に景気回復の芽を摘めるか競い合っているように見えた。
日本がデフレとの戦いで決定的な勝利を収めるためには、もっと抜本的な措置が必要かもしれない。日銀は単に国債の保有高を増やすにとどまらず、国債を消却することもできるだろう。増税の対象を家計の支出から企業の貯蓄へとシフトすることもできるだろう。
野田首相率いる民主党と野党の自民党がこのような政策転換を容認することは、欧州の実務家が困窮するユーロ圏諸国に独自通貨に戻るよう促すのと同じくらいあり得ないように思える。新しい優先課題には、新たな顔ぶれが必要になる。ここで、日本のポピュリストが有益な役割を果たすことができる。
橋下・大阪市長への期待
ポピュリストの重要人物は、42歳の大阪市長、橋下徹氏である。同氏の信頼性は、昨年秋の市長選で2大政党に支持された候補者に圧勝してから急激に高まった。
7人の子供を持つ橋下氏は、次期総選挙で戦うことを視野に入れて、全国規模の政治組織を立ち上げている。既に増税反対の意思を表明した。橋下氏は主流派のライバルたちの失敗を見て、自分の幸運が信じ難いと思っているに違いない。
(筆者のピーター・タスカ氏は東京在勤のアーカス・リサーチのアナリスト
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35591
増幅するエコカー補助金の代償
2012年7月4日(水) 伊藤 正倫
エコカー補助金の終了で、軽自動車を中心に自動車業界は一転して消耗戦に陥る。各社は新車投入などで補助金効果をフル活用しただけに、反動減も大きそうだ。生産、消費の両面で経済を冷やし、日本が再びマイナス成長に沈む可能性すらある。
軽自動車業界にとって、今年はことのほか厳しい夏となりそうだ。
今年前半の好調な国内新車販売を支えたエコカー補助金が7月中にも全額消化される見通しとなり、特に軽自動車がその反動による販売減に見舞われるのではとの見方が出ている。ある自動車業界の担当アナリストは「急激に縮む需要を巡って、メーカー間の乱売合戦にもなり得る」と声を潜める。
周知の通り、エコカー補助金は一定の環境基準を満たした新車の購入者に対し、登録車で10万円、軽自動車で7万円を補助する制度。昨年12月の新車登録分から適用され、3000億円の予算枠は底が見えてきた。ディーラー各社は早くも「エコカー補助金、いよいよ終了」などと銘打った広告を出し、集客のラストスパートに入っている。
今回のエコカー補助金は、リーマンショック後の自動車需要の急減を押し戻した2009年4月〜2010年9月に続く第2弾となる。超円高による国内自動車産業の空洞化を防ぐために内需を創出しようと、政府は補助金復活を決めた。前回との違いは大きく2つ。約6000億円だった予算がほぼ半減したことと、軽自動車の補助金を5万円から7万円に引き上げたことだ。
補助金による販売増は需要の先食いにすぎない。先食いした需要が大きいほど、その後の谷は深い。今回は補助金の予算が前回の半分だから、素直に考えると反動は小さくなる。だが、そう単純でもなさそうだ。上のグラフは新車販売台数の前年同月比増減率だが、東日本大震災(2011年3月)の影響を考慮して補助金開始から今年2月までの3カ月間の対前年の伸びを見ても、軽自動車は前回開始時を上回り、HV(ハイブリッド車)はやや下回るが、伸び率そのものは大きい。
補助金終了で「需要は2割減」
日本自動車販売協会連合会(自販連)などによると、前回の補助金が切れた2010年9月から11月までの3カ月間の新車販売台数(登録車・軽自動車合計)は、前年9〜11月比16%減の約110万台だった。クレディ・スイス証券の塩原邦彦マネージングディレクターは「今回、7月に切れたとして、7〜9月の販売台数は2割前後落ちそう」と話す。加えて、「前回の補助金切れのタイミングに比べて、景気が低調なことが気がかり」と警戒する。
第一生命経済研究所の永濱利廣・主席エコノミストは「今回は、各社が補助金に合わせて新車を発売したことで前回以上に補助金効果が出ており、予算額が少なくても反動は同程度になる」と予想する。HVではトヨタ自動車が昨年12月に「アクア」を発売。自販連によると、今年1〜5月の販売台数は10万台超と、早くも「プリウス」に次ぐ国内HV2番手に浮上した。
補助金に合わせ、ホンダは軽自動車「N BOX」(上)を、トヨタはHV「アクア」(下)を発売
そして、前ページのグラフにあるように、軽自動車では前回とは段違いの補助金効果が出ている。ダイハツ工業が昨年9月に低燃費車「ミライース」を発売。ホンダは昨年12月、燃料タンクを座席の下に置いて室内空間を広くした補助金適用車「N BOX」を投入した。低単価の軽自動車はそもそも補助金による“お買い得感”が大きくなるうえに、補助金は2万円の増額。補助金効果が鈍かった前回の反省もあったようだが、新車投入効果と相まって、やや効きすぎている感すらある。
その追い風をフルに生かしたのがホンダだ。N BOXは4〜5月の軽自動車の販売台数で首位となり、1〜5月のメーカー別シェアでホンダは15%(昨年1年間は8%)と急伸した。6月中旬、報道関係者に補助金終了後の国内販売戦略を問われた伊東孝紳社長は「自動車需要全体は減るだろうが、当社は軽自動車の拡販で対応する」と自信を示した。今年後半には軽自動車で次の新モデルを投入する見通しだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120702/234022/03.jpg
しかし、主力の「ワゴンR」の伸びが見劣りするスズキなど、シェアを奪われたライバルも黙ってはいないだろう。需要が今後減ると分かっていても、シェア奪還のためにモデルチェンジの時期を前倒ししたりする動きが出る可能性がある。反動減が大きいほど、その後の競争環境は厳しくなる。
もちろん、登録車も同様に消耗戦を強いられそうだ。
三菱自動車は、タイで生産する戦略小型車「ミラージュ」をエコカー補助金に合わせて8月に国内発売する計画だったが、補助金の終了が想定よりも早く、間に合わない見込み。ガソリン1リットル当たり27.2kmと登録車で最高の燃費性能で、エコカー補助金とエコカー減税を組み合わせて100万円を切る価格でスタートダッシュを決める戦略は大きく狂った。補助金なしで期待の戦略車を拡販するため、同社幹部は「補助金相当額のオプション品をサービスすることも検討中だ」と明かす。
もっとも各社にとって補助金切れによる国内の消耗戦は、ある程度は予想できたこと。各社は海外での販売増による収益回復シナリオを描いており、経営戦略の大きな見直しには至らないとの見方が多い。むしろ、国内景気の落ち込みを懸念する声が増えている。
GDPの伸び、マイナスに転落も
日本総合研究所の湯元健治・副理事長は「欧州問題で輸出が伸びず、かつエコカー補助金も切れると、7〜9月の実質GDP(国内総生産)は前年比マイナスになりかねない」と警鐘を鳴らす。今年に入ってGDPの約6割を占める個人消費は堅調だが、製品単価の高さや需要の大きさを考えると「支えているのは紛れもなく自動車」(湯元氏)。
さらに、自動車各社は補助金切れを見越し、既に生産調整に入っているもよう。最近公表された鉱工業生産指数のうち、「輸送機械工業」の5〜6月の予測値が急低下しており、生産全体を押し下げる要因となっている。生産と消費の両面で景気を一気に冷やせば、昨年4〜6月期以来となるGDPのマイナス成長も現実味を帯びる。第一生命研の永濱氏は「少なくとも個人消費はマイナスではないか。景気刺激策を打ち始めた中国向けの輸出が伸び、補助金切れを補えるかがカギ」と指摘する。
そもそも、補助金は経済政策として即効性はあるが、副作用も大きい。「家電エコポイント制度」(2009年5月〜2011年3月が対象製品の購入期間)の場合、期間終了後に薄型テレビなどの激しい価格下落を招いた。また、将来の反動減が予想できるため国内の設備増強につながりにくく、逆に生産を抑える方向に作用しがちだ。補助金切れが視野に入った先月、トヨタと日産自動車が相次ぎ国内生産能力の縮小を決めたのも偶然ではないだろう。
つまり、需要の反動減が大きいほど、企業は谷に備えて生産縮小を急ぐ。その分だけ雇用・所得は抑えられ、消費の本格回復も遠のく。超円高が続く限り、国内製造業が競争力を劇的に回復するのは困難と言わざるを得ないが、補助金による応急処置を繰り返すほど、長期的に日本経済の弱体化を早めることになりかねない。
伊藤 正倫(いとう・まさのり)
日経ビジネス記者。
時事深層
“ここさえ読めば毎週のニュースの本質がわかる”―ニュース連動の解説記事。日経ビジネス編集部が、景気、業界再編の動きから最新マーケティング動向やヒット商品まで幅広くウォッチ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120702/234022/?ST=print
問題は「緊縮か成長か」ではない
2012年7月4日(水) マイケル・スペンス
ドイツと南欧諸国との間には、「緊縮」という言葉の解釈を巡り、ズレがある。この言葉を巡る混乱が、目下の課題に対する共通理解を妨げている。性急な赤字削減ではなく、構造を改革して需給均衡を回復することが成長へのカギだ。
つい先日、ドイツの政権与党キリスト教民主同盟(CDU)の経済審議会が主催した年次フォーラムで講演する機会があった。アンゲラ・メルケル首相とウォルフガング・ショイブレ財務相も演壇に立った。フォーラムでの議論は興味深いものだったが、それ以上に重要なのは、その内容が極めて勇気づけられるものだったことだ。
民間資本が離れ始めた国債市場
ドイツが今も、ユーロ維持と欧州の統合深化に向けて強い意志を持ち続けていること、そしてその成功には、現在のユーロ危機を克服すべく欧州全体で負担を共有する必要があるとの認識を持っていることは明らかだと思えた(少なくとも、政界、財界、労働界のトップが多数集まったこのフォーラムの雰囲気はそういうものだった)。
イタリアとスペインの改革は不可欠だとして現在、検討されている。これは正しい。競争力と雇用と成長を回復させるには時間がかかるということも十分に理解されているようだ(これは、ドイツ自身が東西統一後15年間も苦闘の歴史を経験したことに基づいている)。
ギリシャにはもはや苦しい選択肢しか残されていないが、イタリアとスペインの財政改革及び成長を回復させるための改革が軌道から外れないよう、ギリシャからの影響が波及するリスクについては封じ込める必要がある。
連鎖的な破綻が発生するリスクが高まりつつあるのを受け、民間資本が銀行や国債市場から離れ始めている。そのため、政府の借り入れコストが上がり、銀行の資本は縮小しつつあり、これがさらに金融システムの機能を妨げ、一連の改革の効果を薄れさせている。
それゆえ、ユーロ圏を安定させ、持続可能な成長へと導くには、欧州連合(EU)の中心的諸機関と国際通貨基金(IMF)が果たす役割は重要だ。民間資本の引き揚げにより生じた不足分をこれらの機関が埋め、資本不足が解消されて初めて、すべての改革を最後まで完遂し、その効果を得ることができるからだ。
ここでIMFが関わってくるのは、先進国も途上国も含め世界のほかの地域も、欧州が回復するかどうかに大きく左右されるからだ。これはリターンの大きな投資なのである。
ドイツの政治家や財界のトップは、こうしたことをすべて十分に理解しているように見えた。しかもこの種の支援は、ユーロ圏第3、第4の経済規模を持つイタリアとスペインで改革がどの程度実行されているのかによって決まるものだし、そうでなくてはならない。
例えば「競争力」と「成長」を実現するには労働市場の自由化が不可欠だが、その実施はまだ不十分だ。
こうした改革が軌道に乗るまでの時間を稼ぐには、各国の社会で短期的にリスクを共有する必要がある。国債利回りを制御可能な範囲に収め、銀行を機能させるにはほかに方法はない。
また、必要な改革が各国の議会で必ず支持されるという絶対的な保証はない。それゆえ、長期的に利用できる「ユーロ共同債」は現段階では時期尚早と言える。ユーロ共同債を創設すれば、支援条件を緩めることになり、それは改革実施へのインセンティブを弱めることになるからだ。だが、すべてがうまくいけば、リスクの共有は最終的にそれほど高くつくことはない。リターンがプラスになる可能性さえある。
「緊縮か、成長か」巡る議論の誤解
ここで、「緊縮か、成長か」を巡って衝突している一連の議論について考えたい。私はこの議論の基には重大な誤解があると考えている。
ドイツ人にとって、賃金と所得を抑制し続けるという形の緊縮は、成長を実現するための改革の重要な部分を成していた。ドイツはこの形式の改革を2006年までずっと続けた*1。つまり、ドイツ人は膨大な時間と努力を投じて、「柔軟性」と「生産性」及び「競争力」を回復すべく、その重い負担を国民全体で平等に背負ってきたのである。
*1=数年に及ぶ改革が実を結び、ドイツの経済成長率は2005年の0.8%から2006年には2.9%を記録。以来、ドイツ経済は、失業率が低下、新規雇用は増え、輸出も拡大、EUの財政協定で決められている財政赤字のGDP比率が上限の3%を切るなど、競争力を回復し成長軌道に乗った
ところが、ドイツから「緊縮」というメッセージを受け取った南欧(及び大西洋を隔てた米国)では、この言葉を主に財政の観点から解釈してきた。例えば、経済が構造調整をしつつ総需要の不足分を埋めていくペースを上回るような速さで、財政赤字の削減を推し進めようとすると、かえって成長を阻害することになる、といった解釈だ。つまり、厳しい緊縮財政は総じてケインズ主義的なものの考え方によって受け止められている。
性急すぎることもなく、遅すぎて危険を招くこともないバランスの取れた赤字削減策を見いだすことは大切だ。これは容易なことではない。
ただ、赤字の削減も均衡を回復するための一要素にすぎないことを忘れてはならない。公的債務のGDP(国内総生産)比を下げるには成長が欠かせない。つまり、財政の安定化のカギを握るのは成長なのだ。赤字削減目標をあまりに早く達成すると、間違いなくプラス面より成長へのマイナス面の方が大きくなる。
緊縮策も狙いは成長の実現
経済成長と雇用のエンジンを再スタートさせるには、同時にほかの政策も必要になる。どんな政策が必要かは国の状況によって異なるが、一般論として、次のような政策が含まれる。
労働、生産、サービスの市場で、硬直性など競争を阻害する障壁を取り除く一方、スキルや人的資本、経済の技術的基盤への投資を行い、セーフティーネットについては構造調整を阻害するのではなく促進する形で見直していく。
これらの改革を進めるには、所得と消費の伸びはもちろん、労働者を守るといった保護的な政策を犠牲にする必要がある。だがその結果、持続可能な成長やその後の雇用を確保できる。
こう見ると、財政規律と緊縮が私たちに問うているのは、将来のより大きな経済機会と社会的安定を実現するために今、どれだけの重荷を背負うのかという問題である。その重荷をどのようにして公平に負担するかという、時間軸をも考慮した世代間の選択の問題なのだ。
安定と成長の回復という目的からすると、総需要を短期的に回復させることは結局、その一部でしかない。構造改革と均衡の回復も必要なわけで、これにはコストが伴う。持続可能な成長パターンを見いだすには、総需要の水準を押し上げる政策を選択するだけでなく、その構成、例えば投資か消費のいずれを重視するのかといったことも決めなければならない。
これを緊縮と呼ぶか、別の名称で呼ぶかは言葉の問題にすぎない。だが、それをどう呼ぶかによって生じた混乱は、決して無害なものではない。それどころか現在、直面する課題に対する共通の理解を妨げる大きな障害となっている。そのせいで、取り組む正しい道筋(各国が負うべき責務をそれぞれ明確にした解決策)について広範な合意を得られずにいるのである。
国内独占掲載:Michael Spence © Project Syndicate
マイケル・スペンス氏
情報と市場の関係に関する研究でノーベル経済学賞を受賞。米ニューヨーク大学スターン経営大学院教授、米スタンフォード大学フーバー研究所シニアフェローなどを務める。
Project syndicate
世界の新聞に論評を配信しているProject Syndicationの翻訳記事をお送りする。Project Syndicationは、ジョージ・ソロス、バリー・アイケングリーン、ノリエリ・ルービニ、ブラッドフォード・デロング、ロバート・スキデルスキーなど、著名な研究者、コラムニストによる論評を、加盟社に配信している。日経ビジネス編集部が、これらのコラムの中から価値あるものを厳選し、翻訳する。
Project Syndicationは90年代に、中欧・東欧圏のメディアを支援するプロジェクトとして始まった。これらの国々の民主化を支援する最上の方法の1つは、周辺の国々で進歩がどのように進んできたか、に関する情報を提供することだと考えた。そし て、鉄のカーテンの両側の国のメディアが互いに交流することが重要だと結論づけた。
Project Syndicationは最初に配信したコラムで、当時最もホットだった「ロシアと西欧の関係」を取り上げた。そして、ロシアとNATO加盟国が対話の場 を持つことを提案した。
その後、Project Syndicationは西欧、アフリカ、アジアに展開。現在、論評を配信するシンジケートとしては世界最大規模になっている。
先進国の加盟社からの財政援助により、途上国の加盟社には無料もしくは低い料金で論評を配信している。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120627/233865/?ST=print
軽減税率は「民意のバイアス」が生じる典型例
国会の参考人質疑の中で考えたこと(下)
2012年7月4日(水) 小峰 隆夫
前回に続いて、6月8日の衆議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会に参考人として出席した時の模様を紹介したい。
民意のバイアスをめぐる議論
参考人の意見陳述が終わった後、各政党の代表が参考人に一人15分ずつ質問をした。
なお、余談だが、通常の国会における質疑では、事前通告制度があり、質問者は事前に(普通は前日)質問内容を政府に知らせることになっている。テレビで予算委員会の質疑を見ていると、質問を受けた閣僚が答弁のメモを参照しながら(時には棒読みして)答弁するのを見る。「どうして事前に答えがメモになって準備されているのだろう?」と疑問に思う人がいるだろうが、これは事前通告によって、質問内容が分かっているからである。さらに余談だが、この質問への答えを準備するということが、役人の深夜残業の大きな原因となっているのだ。
しかし、参考人質疑の場合は、議員の質問内容を事前に教えてくれないので、参考人はぶっつけ本番で質問に答えなければならない(ということが今回参考人になってみて分かった)。これは結構スリリングである。
さて、質問者のトップバッターは民主党の勝又恒一郎議員だったのだが、勝又議員は私にやや意外な質問をぶつけてきた。
勝又議員は「小峰先生は、本来の政治主導というのは、民意をそのままくむのではなくて、むしろ民意のバイアス、偏りを修正して、長期的に政策を誤らせないようにすることが大事だと指摘されています。そういう観点から、今の国会における社会保障と税の一体改革をどのように見ておられるか、感想をお伺いしたい」と私に質問したのだ。
これに対して私は概略次のように答えた。
「しばしば世論調査で人々の考えを聞き、民意に従うべきだという議論が出ます。しかし、民意には民意のバイアスというものがあると思います。それは、『短期的な視点で物事を判断してしまう』ことや『自分の身の回りのことを中心に物事を判断してしまう』というバイアスです。
しかし、短期的なマイナスを避けようとして、長期的にかえって大きなマイナスを抱え込むということはよくあります。また、身の回りのマイナスを避けようとして、回り回ってかえって大きなマイナスが身に及んでくるということもよくあることです。
こうした民意のバイアスを避ける仕組みが『間接民主主義』だと私は思います。従って、国会議員の方々は、自らの判断で長期的に国民のためになる政策を考えていただき、もしそれが民意に反するものである場合は、(民意に従って自らの考えを修正するのではなく)民意の方を説得していただきたいと思います」
私がこう発言した時、議員席からは「いいこと言うなあ」というつぶやきが聞こえ、発言を終えると拍手が起きた。そして勝又議員も「我々も、今、指針となるべきお話をいただいたように思います」と言って、この質問を終えたのだった。
実は私は、今回、せっかく国会に呼ばれたのだから、上記のようなことを言ってみたいものだと考えていた。冒頭の意見陳述に入れようかとも思った。しかしこのような発言は、国会議員の行動に注文を付けるようなものであり、やや不遜な感じもするので控えることにしたのだ。
それを議員の方から発言を促されたわけだからやや驚いた。勝又議員は、参考人に対する質問を考えるため、私が過去に書いたものを集めたに違いない。その中で私の、民意についての記事を読んだのだろう(多分、日経ヴェリタス2011年6月19日号のコラム「異見達見」に寄稿した「政治主導は世論迎合ではない」だと思う)。そして、私にそれを発言させようとして質問で取り上げたのだ。
勝又議員が私に発言を促したこと、そして私の発言に議員席から賛意が示されたことは、多くの議員もまた「世論、民意に従うのが本当の政治ではない」と感じていることを示しているように私には思われた。
あらためて考えてみると、税・社会保障問題は、この「民意のバイアス」が発生しやすい典型的な政策課題なのかもしれない。これが、この時の質疑を通じて私が強く感じたことであった。
なぜ軽減税率に反対するのか
私は、勝又議員への答弁の中で、民意のバイアスの例として、「自分の身の回りのマイナスを避けようとして、かえって大きなマイナスが及んでしまうことがある」と指摘した。今回の参考人質疑の中で取り上げられた軽減税率の議論はその典型である。
前回触れたように、消費税の逆進性対策としての食料品への軽減税率の導入については、出席した参考人4人がすべて反対であった。
消費税は、必需的な財・サービスにも同じようにかかる。しかし、必需的な支出が所得に占める比率は低所得層ほど高くなるため、消費税の負担も低所得層ほど重くなってしまう。これが逆進性の議論である。そこで、必需的な色彩の濃い食料品は税率を低くすべきだという考えが出てくる。これが軽減税率の議論である。
ところが、私の知る限り、この軽減税率の導入に賛成する経済学者を見たことがない。この点は、一般の人々の考えと経済学者の考えが大いに食い違うところである。
では経済学者はなぜこれに反対するのか。今回出席した参考人4人は、一人ずつ反対を表明したのだが、全員が異なる理由を述べた。最初に答えた小塩氏は「公平性の追求という政策目的から見て効果的でない」という観点から反対であると述べた。五十嵐氏は「税制はシンプルな方が望ましいから」反対だと述べた。村岡氏は「10%程度の税率であれば、逆進性はそれほど大きくないから(10%を超えた段階で考えるべき問題であるから)」反対と述べた。
順番が最後になった私は次のように述べた。「複数税率にして食料品は軽減税率ということにすると、何が食料品で何が食料品でないかという線引きをめぐる問題が出て、なるべく食料品にしようと課税逃れの工夫をする人が出てきたりする。せっかく工夫するならもっと建設的な工夫をしてもらいたいと思います」
(補足すると)これは次のようなことである。食料品の税率を低くするのは、それが生活必需品であるからだ。すると、「高級フランス料理の食事を軽減税率にする必要はない」という議論になるだろう。高級フランス料理が生活必需サービスだとは言えないからだ。すると「外食は軽減税率から外し、自宅で食べる際の食材だけを対象にすればよい」ということになる。すると、同じハンバーガーでも、ハンバーガーショップで食べると軽減税率の対象ではなくなり、自宅に持ち帰ると軽減税率になるというややこしいことが起きる。
また、食料品は軽減税率ということにすると、例えば、おもちゃを売ろうとした時、食料品のおまけにおもちゃを付けて、「これは食料品である」と言い出す人が出るかもしれない。課税逃れの工夫をする人が出るのだ。こうした税金逃れのための工夫は、一種の「レント・シーキング行動」(限られた特権によってもたらされる利益を追求する行為で、経済学的には資源の浪費だとされる)であり、同じ工夫でも社会的に見て建設的な工夫だとは言いにくい。どうせ工夫するなら、もっと建設的な工夫のために頭を使ってほしいというのが私の言いたかったことである。
高所得者により大きな補助を行うことに
実は私も「公平性のための政策としては非効率的だ」という理由が最も重要と考えていたのだが、小塩氏に先を越されてしまったので、あえて別の理由を述べたのだ。政策として非効率というのは、次のようなことである。表の数値例を使って説明しよう。
年収300万円の世帯の食料支出が100万円としよう。食料は必需的な性格が強いので、年収が増えてもそれほど食料への支出は増えないはずだ(年収が2倍になったからといって、ご飯を2倍食べるわけではない)。ここでは、年収が100万円増えるごとに、食料支出は20万円増えるとする。年収1000万円の世帯の食料支出は240万円となる。
消費税を10%にすると、年収300万円世帯の税負担額は10万円であり、1000万円世帯の負担額は24万円となる。年収に占める比率は、300万円世帯が3.3%であり、年収1000万円世帯では2.4%となる。所得が低い層ほど、所得比で見た税負担が高くなる。これが逆進性である。
この逆進性をなくすために、食料品の税率を5%に据え置いたとする。税金を払わないで済んだ金額だけ補助金を受け取ったと考えると、300万円世帯への補助は5万円、1000万円世帯への補助は12万円となる。高所得層の方が多くの補助を受けることになる。確かに低所得層を補助してはいるのだが、それは高所得層により大きな補助を行った上で低所得層を補助しているのだ。いかに非効率的な分配政策であるかが分かるだろう。
なお、ここでは簡単な数値例を使って説明したが、家計調査などを使って実際の所得階層別の消費を調べれば、より厳密な計算をすることができる。そのような計算は既に各方面で行われているのだが、結論はここで示した数値例と同じである。
年収
(万円) 食料品支出額
(万円) 消費税(10%)
負担額(万円) 同年収比
(%) 負担軽減額
(万円) 同年収比
(%)
300 100 10 3.3 5 1.7
400 120 12 3.0 6 1.5
500 140 14 2.8 7 1.4
600 160 16 2.7 8 1.4
700 180 18 2.6 9 1.3
800 200 20 2.5 10 1.3
900 220 22 2.4 11 1.2
1000 240 24 2.4 12 1.2
このように、軽減税率の議論は、一見するとうまい政策に見えるのだが、よく考えるとまずい政策なのである。一般の人々は一見して判断しているのでこれに賛成し、専門家はよく考えて判断しているのでこれに反対しているのだ。
この点は私も実験してみた。私は、聴講学生数130人程度の講義を受け持っているのだが、ここで学生の意見を実験的に聞いてみた。まず、「消費税の10%への引き上げに賛成か、反対か」と問うたところ、8〜9割が賛成であった。多くの学生は日本の財政事情の深刻さを分かっているのだ。
次に、消費税の持つ逆進性を説明し、その対策として「食料品に軽減税率を導入するのに賛成か、反対か」を問うと、これも8〜9割の学生が賛成であった。ところが、前掲の表を示して、軽減税率が富裕層に大きな恩恵を与えることを説明した上で、再度賛成か、反対かを問うと、何と賛成は「ゼロ」になってしまったのだ。
これは、私が勝又議員の質問に答えた、「自分の身の回りへの影響に基づいて判断しがちである」という「民意のバイアス」そのものである。自分(または低所得者)が食糧を購入しているという点だけに基づいて軽減税率の是非を判断すると、逆進性対策としてうまい政策であるように見える。しかし、視野を広げて経済全体に適用した場合の姿を考えてみると、恐ろしく非効率な政策になってしまうのだ。
財政再建と民意のバイアス
また、私は、「民意のバイアス」の例として「短期的なマイナスを避けようとして、かえって大きなマイナスを抱え込んでしまう」ということを指摘した。税・社会保障改革の問題は、まさにこうした意味での民意のバイアスが生じやすい問題である。
財政再建の歩みは、増税にせよ歳出カットにせよ、何らかの意味で国民に痛みを強いることになる。誰もがこの短期的な痛みを避けようとする。しかし、その痛みを避け続けていると、財政再建は先延ばしとなり、やがては財政が破綻して国民の福祉は大きく損なわれることになる。
社会保障も同じである。働く人の割合が低下していくという「人口オーナス」下の日本では、社会保険料を納める人が減少し、給付を受ける人が増えていく。これを是正するには、保険料を引き上げるか、給付を引き下げるしかないのだが、いずれも国民に痛みを強いることになる。ここでも誰もが、短期的な痛みを避けようとする。しかし、改革を先送りすればするほど矛盾は累積し、社会保障制度の基盤はますます脆弱になっていく。
大学で学生に財政問題の深刻さを説明すると、しばしば「どうしてこんなになるまで放置していたのですか?」という質問を受ける。その大きな原因は、ここで示した民意のバイアスだと私は考えている。日本では、消費税の議論が出るたびに、猛烈な反対論が出て、増税を言い出した政党が選挙で敗れるということが繰り返されてきた。歳出カットについても、2006年の骨太方針で示された歳出削減計画は、社会保障の分野の歳出カットがネックになって挫折してしまった。
今回私が参考人として出席した税・社会保障改革の分野こそが、最も「民意のバイアス」が生じやすい分野なのであり、それだけに、「民意に従う」のではなく「民意を説得する」政治が求められるのである。
そして、今回の参考人質疑に出席して私は、政治家の多くは、この点を十分理解しているという印象を持った。個人のレベルでは十分理解していても、選挙民の前に立つと、なかなか民意に反することは言いにくくなり、個人ではなく政党間、党内グループ間の議論になると、「政権を取る、取らない」といった思惑がさらに作用するので、頭では分かっていても行動にはつながりにくいということなのかもしれない。
「財政を再建するにはどうすべきか」と言う議論は多い。しかし、本当に重要なことは「それをいかに実行するか」である。そしてこの点で政治のあり方が強く試されることになるのだ。
(次回は、人口変化と経済成長の関係について考えます。掲載は7月18日の予定です)
小峰 隆夫(こみね・たかお)
法政大学大学院政策創造研究科教授。日本経済研究センター研究顧問。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。著書に『日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか』、『超長期予測 老いるアジア―変貌する世界人口・経済地図』『女性が変える日本経済』、『データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問』、『政権交代の経済学』、『人口負荷社会(日経プレミアシリーズ)』ほか多数。新著に『最新|日本経済入門(第4版)』
小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか
進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120629/233963/?ST=print
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