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「悪口ホットライン?」 部下の命綱が“逆パワハラ”と化す皮相    年下上司にパワハラした50代男性
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投稿者 MR 日時 2012 年 7 月 03 日 00:35:39: cT5Wxjlo3Xe3.
 


日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

「悪口ホットライン?」 部下の命綱が“逆パワハラ”と化す皮相

上司と部下の両方を救済する真のコミュニケーションとは

2012年7月3日 火曜日 河合 薫


 今週よりこれまでの木曜日から火曜日にお引っ越ししました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 また、こちらも前回にお知らせしましたが、本連載から読者の皆様にお願いした投票で上位に入った13編のコラムを加筆してまとめた新刊『上司と部下の「最終決戦」 勝ち残るミドルの“鉄則”』が発売になりました。書店に並んでいるのを見かけられたら、ぜひ手に取ってご覧いただければ幸いです。こちらからもどうぞ。


* * *

 「正直なところ、部下とのコミュニケーションが面倒くさくなっている中間管理職って、結構多いんじゃないですかね」

 こう漏らすのはメーカーで課長を務める40代の男性である。

 なぜ部下とのコミュニケーションが面倒になっているのか。いろいろと原因はあるはずだが、この男性が挙げたのは、「コンプライアンスホットライン」、あるいは「告発ホットライン」と呼ばれるツールだった――。

 パワーハラスメントやセクシャルハラスメント、あるいは不正行為。そういった問題にいち早く対処するために作られたホットラインのことをこう称するらしい。ところが、そのホットラインが、上司に対する“悪口ホットライン”と化しているのだという。

問題に対処するホットラインが生み出した新たな問題

 「トップがパワハラとかセクハラに、過剰な反応を示すようになっているんです。だから、部下から情報が上がってくると、真実がどうであれそれだけでパワハラ扱いされてしまうことがある。だから怖くて、下手に部下とコミュニケーションを取りたくないんです」

 問題に対処するためのホットラインが、「上司たちを委縮させる」という新たな問題を生み出した。社内の風通しが良くなるどころか、入り始めた風を止めたがる上司が増えてしまったというわけだ。

 そこで今回は、「下から上がってきた問題にどう処理すべきか?」という問題から、上司と部下の関係ついて考えてみようと思う。

 「実は私の同期が、ある日トップから突然呼ばれて、『部下にプレッシャーをかけすぎていないか?』と聞かれたんです。どうやらホットラインに寄せられた部下からの情報だった。そこで彼は『具体的に何が書いてあったのか』と聞いたそうです。そうしたら『報復行為や人事に影響を及ぶことは絶対にない』という前提で開設したホットラインだから、それは話せないと。具体的に話すと、誰が密告したか分かってしまうということなんでしょうけど、誰に対して問題があったかがはっきりしないことにはかなり戸惑ったそうです」

 「それでも、彼はいろいろと自分の言動を振り返ってみた。『強制的に残業をさせている』かのような指摘をトップからされたそうなんですけど、そんなことをした覚えはない。メーカーですから製品にトラブルがあったりすると、休日でも出勤しなければならなかったり、夜遅くまで残らなければならなかったりということもある。それを『強制的』と言われているとしたら、納得なんかできません。そういう職種なんですから、仕方がないじゃないかと思うわけです」

 「私もそうですけど、課長クラスって初めて部下を持つので、ものすごく人間関係に苦労するんです。マネジメントとか部下との接し方とかを勉強しても、自分の意図とは180度違う受け止め方をされてしまうこともある。自分のやり方に自信も持てない。だから、問題が明確にならない指摘を受けると、『なるべく関わらないようにしよう』。そんなふうに思ってしまうんです」

新しい言葉が広まるのは問題があるからこそだが…

 『報復行為や人事に影響を及ぼすことは絶対にない』という前提によって、上司が知りたいという情報が覆い隠され、その結果、ストレスにさらされる。

 もちろんこの男性の話では、一応トップも周囲に事実関係を確かめたうえで“容疑”がかけられた上司を呼び出すそうだ。それでも、やはり「自分の何がいけないのか?」「自分のどういう接し方が部下を苦しめているのか?」といった疑問に対する答えが分からなければ、ひどくストレスを感じる羽目になる。

 「一体どこまで部下に気を使わなければならないのか」。 そんな思いだけが募るのだという。

 パワハラ、セクハラ、コンプライアンス……。いずれも一昔前にはなかった言葉、だ。

 かつてはどのような言葉が使われていたのだろうか。イジメ? 痴漢? 不正? ん? 痴漢は違うか。まぁ、いい。今となっては従来使われていた言葉をしっかりと思い出すこともできないほど、日常的に使われるようになった新しい言葉の数々……。

 新しい言葉が広がるのは、その言葉がよく当てはまる問題があっちこっちで起こり、何らかの共通ワードが求められるからにほかならない。パワーハラスメント(=パワハラ)という言葉は、実は和製英語。欧米では「モビング(mobbing)」あるいは、「モラルハラスメント(moral harassment)」という表現が使われている。

 共通ワードの成り立ちが何であれ、その共通ワードが広まるとその言葉が独り歩きし、拡大解釈されることがある。例えば、自分の気に入らない上司の言動はすべてパワハラになってしまうのだ。

 おまけに、人間というのは実に自分勝手な動物であるため、自分の思い通りに仕事がはかどらなかったり、どんなにやっても結果がついてこなかったり、どんなに頑張っても認めてもらえなかったりすると、ついつい自分ではなく他人のせいにしてしまいたくなるものだ。

 「あれってパワハラでしょ」

 そうやって、「どうして仕事がうまくいかないのか」と落ちこむ気持ちも、「あの上司がこんな大変な仕事を押し付けるからだ」と上司へのいらだちも、「パワハラ」という言葉に置換することで、少しだけ救われるのだ。

背景に「部下オリエンテッド」の流れも

 しかも、時代は完全に「上司オリエンテッド」から「部下オリエンテッド」。

 「僕はひどい目に遭っています」と泣きつかれれば、「どうにかしろよ」と上司が責め立てられる。どんなに「パワハラの定義」(関連記事:年下上司にパワハラした50代男性の“悔恨”と会社の“不作為”)が示されようとも関係ない。人間関係という、極めて主観的な問題だけに、「パワハラする上司とそれに耐える部下」という構図が堅持されることになる。

 面倒くさい――。だからこそ、ついついそんなふうに思ってしまったのだろう。

 言葉が生まれたことで、その言葉が生まれる前にはなかった新たなストレスの雨が降り注ぐ。“その言葉”に当たる問題が起きないようにと気をつけるがゆえの副作用。

 何とも皮肉なことだ。

 とはいえ、念のため断っておくが、私は何もパワハラを告発する部下をたしなめようとか、非難する気はさらさらない。

 そもそも第三者の目には「大したことではない」と映っても、当事者にとっては土砂降りのストレス雨となっていることはよくあることだ。

 私たちが感じるストレスは、ライフイベントとデイリーハッスルという、2つのシーンに分けられる。

 ライフイベントとは人生上で起こる節目の出来事で、転勤や異動、転職、結婚、離婚、あるいは大切な人の死などが相当する。これらは誰にとってもストレスフルで、ストレスに対処する力が高い人でも、何らかのダメージを受ける。

 特に、想定していなかった出来事であればあるほど衝撃が強く、ストレス状態に陥りやすい。例えば、リストラされる場合でも、事前に時間をかけて説明を受けていた場合と、突然解雇を言い渡される場合とでは、失業後の心身状態に大きな差があることも分かっている。

 一方、デイリーハッスルとは、日常的に遭遇するイライラ事で、人間関係のもつれや悩み、仕事上の失敗、忙しさからくる不満や怒りなど、誰もが普通に生活していれば日々遭遇するストレスである。

 ストレス研究の専門家の中には、「日常イライラしたり、悩んだりするのは、この世の中に生きていれば当たり前だ」として、デイリーハッスルをストレッサー(ストレスの原因)として扱わない人も少なくない。

 しかしながら、学問上はどうであれ、リアルの世界ではデイリーハッスルが慢性化することほど、当人にとってつらいことはない。どんなにささいなことでも積もり積もると、ミシミシと心が引き裂かれ、ライフイベント以上の土砂降りの雨となってしまうのである。

ささいなことも慢性化すれば土砂降りのストレスになる

 上司と部下の関係を巡るいざこざの多くは、デイリーハッスルの積み重ね。どんなに第三者の目には「大したことではない」ことであっても、それが慢性化した状態にある部下にとっては、地獄のような苦しみである可能性は否定できない。

 先日、厚生労働省が「平成23年度(2011年度)脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」を発表し、ウツなどの精神障害の労災請求件数が3年連続で過去最高を更新していたことが明らかになった。

 ウツなどの精神障害を理由とした労災の請求件数は1272件で、前年度に比べ91件増加し、3年連続で過去最高を記録した。調査が開始された平成19年度(2007年度)は952件だったので、4年間で3割も増えたことになる。

 また、労災が認められたものについての原因を見てみると、最も多いのが「上司とのトラブルがあった」で202件(前年度は187件)。続いて、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」の134件(同153件)となっていた。 

 こういった結果からも、上司との人間関係の良し悪しが、部下の精神状態を大きく左右することは間違いない。

 たかが上司、されど上司――。

 イヤな言い方ではあるけれど、ホットラインは、部下たちにとって「最後の命綱」とも言えるのだ(上司にとっても)。

 つまり、少しばかり話が散らばってしまったのだが、改めて「下から上がってきた問題にどう処理すべきか?」について考えてみると、今回のケースでは、ホットラインというツールを作っただけで終わってしまったことに、大きな問題があるんじゃないと思うのだ。

 本来何かを作るには準備が必要だし、どんなものでも作った以上、後片付けもある(後片付けでピンと来なければ、アフターケアと言い換えてもいいだろう)。ところが、作っただけで「もう問題は起こらない」などと、既に問題が解決したような気分になることはよくあることだ。本当は解決はおろか、新たな問題を生み出す危険性あるにもかかわらず、だ。

 準備と後片付けとは何か? その答えを得るために、参考になる取り組みを紹介しよう。

ある会社の担当者が試行錯誤の末にたどり着いた結論

 以前取材させていただいたA社では、1990年代初頭から、パワハラなどの人権に関する問題に取り組んできた。最初は、今でいうホットラインのようなものを作り、社員の誰もが声を上げられる仕組みを作ったそうだ。

 「最初は『社員目安箱』という、ベタな名前の意見箱を食堂に置きました。今から思えば、食堂に置いた時点で誰も使えないと思うですけど、当時はそれでも社員の意見や声を吸い上げなければと思い、人事部が設置したんです」

 「当然ながら、3カ月間、全く何も投函されませんでした。『食堂のメニューを増やせ』とか、『値段を下げろ』なんていうのはありましたけど、そんな声を聞くために置いたわけではありません。それで、『トップに直接言える仕組みにした方がいいんじゃないか』という話になって、週1回、社員が自分の行動結果と気になったことをトップに出すことを義務化したんです。ところがこれがまた、評判が悪くて。ただの行動報告だけになってしまいました」

 「で、『何がパワハラか、何がセクハラか理解が進んでいないことに問題があるのでは?』という意見が出たので、社員教育を始めました。ちょうどその頃、社員の過労自殺に上司のいじめが絡んでいたのではないかという報道もあった時期だったので、社員たちの関心も高く、研修にはみんな積極的に参加していました」

 「ところが、関心が高まりすぎたことでみんな過敏になってしまい、ささいな上司とのすれ違いや、上司のちょっとした言動まで報告する部下が急増してきたんです。トップからも、『これでは何がパワハラで、何がパワハラじゃないのか分からない。もっと根本的な問題解決に向けて取り組むように』と指示が出され、上司と部下の関係を含む社内の人間関係に関する問題に取り組む、コミュニケーション推進室が作られ、私がその最初の室長になったんです」

 「いろいろやってみましたよ。本当にいろいろと調査もしました。手を替え品を替えて、いろいろな教育もしました。で、散々取り組んだ結果、たどり着いたのは、『円滑なコミュニケーションに尽きる』ということでした。パワハラなどの人権に関する問題を解決するには、日常的に円滑にコミュニケーションを図る努力しかないんです。パワハラ対策ではなく、パワハラが起きないような日常を作るしかない。それが最大の対策なんです」

 パワハラとは何か? どうして起こるのか? どうしたら防げるのか? これらの具体的な問いに対する答えを散々模索して、試すという“準備”段階を経て、たどり着いた円滑なコミュニケーションという答え。

 それでも「拾い切れない声がある」と考え、昨年からネットを使ったコンプライアンスホットラインを設けたという。

ホットラインにもいろいろな工夫を凝らす

 「ホットラインには、『ん?』と思うようなものが寄せられることもあります。でも、その場合でも、その問題があるチーム全体でメンバーのコミュニケーションに問題がないかどうかを議論してもらい、コミュニケーション推進室のメンバーがその問題が指摘されたチームメンバー全員と面談を行います。そうすることで、匿名性は保護できますし、上司を極度に委縮させることも最小限に防げます。100%ではないですけど、みんなの問題として考えることが大切なんじゃないでしょうか」

 本気で会社が、「どうにかしたい」と思ったからこそできたこと。準備と片付けという、手間と時間を惜しまなかったからこそ、作ったホットラインも生きてくるというわけだ。

後片付けが必要なのはトップだけじゃない

 後片付けは、上司にだってできるはずだ。

 働いていれば、厳しく接しなければならないことだってあるだろう。時には、自分が必死になるあまり、後悔するような一言を発してしまうことだってあるかもしれない。

 そんな時、言い放し、やり放しにするのではなく、「部下にちゃんと伝わっているか?」「部下はちゃんと一人で歩けているか?」「部下はちゃんと問題解決の糸口を見つけられているか?」と確認する。

 どんなに面倒くさくとも、どんなに忙しくとも、その後片付けさえ疎かにしなければ、大きな問題には至らないはずだ。

 そして、もし、それでも「でもやっぱり、面倒くさい」と思うことがあったとしたら、挨拶だけでもいいからしてほしい。

 「おはよう」「ご苦労さん」「お疲れ」といった挨拶の言葉だけでもいいから、上司から部下に一声かけてほしいのだ。

 これまでかなりの数の会社を訪問させていただいたが、元気な会社には必ずと言っていいほど、挨拶があった。廊下ですれ違う社員同志が、上司と部下に関係なく、「こんにちは」と挨拶をしてすれ違う。部外者の私に対しても、挨拶をする。玄関の守衛さんにも、多くの人たちが挨拶をする。

 100点満点の上司部下関係なんて、存在しない。人が人である以上、上司部下関係のいざこざが100%なくなるなんてないかもしれない。だからこそ挨拶という人間関係の基本を大切にする。人間関係を作るための、準備と言い換えてもいい。

 「え?そんなことで?」

 そう苦言を述べる前に、だまされたと思ってやってみてほしい。

日経ビジネスオンラインの看板コラム
「河合薫の新リーダー術 上司と部下の力学」がついに書籍化!


 本コラムで読者の皆様から高い評価を得た記事を加筆・修正して再構成した河合薫さんの最新刊『上司と部下の「最終決戦」 勝ち残るミドルの“鉄則”』(日経BP社)がついに発売になりました。

 「読者の皆さんと一緒に作りたい」という河合さんの意思を反映して、収録するコラムの選定に当たっては、日経ビジネスオンライン上で読者の皆様による投票を実施。上位に入った記事を再録しました。

 さらに、フェイスブック上のファンページを通して応募された方の中から4人の読者に参加していただき、中間管理職のミドルが抱える問題や悩みについて河合さんと語り合っていただいた座談会の内容も収録しています。

 河合さんが健康社会学者として500人以上に行ったインタビューを通して、上司と部下との狭間で思い悩むミドルたちの気持ちに寄り添い、紡いできた珠玉のコラム13編。そこに描かれたミドルの生きざま、そして掟とは──。ぜひ本書を手に取ってご覧ください。

■目次
はじめに
第1章 部下との心理戦
第2章 上司との消耗戦
第3章 社会との持久戦
第4章 いざという時の撤退戦
第5章 読者と語り合う現代ミドルの実情
終章 心を開けば光も差し込む
あとがき

【詳細はこちら】
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20120702/234027/?ST=print


 


 


年下上司にパワハラした50代男性の“悔恨”と会社の“不作為”

社員だけでなく会社にも求められる姿勢とは

2012年2月9日 木曜日 河合 薫

 難しい問題ではある。だが誰もが加害者にも被害者にもなる可能性があるだけに、しっかりと考えなくてはならない。職場のいじめや嫌がらせ、いわゆる「パワハラ問題」だ。

 厚生労働省が設置した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」のワーキンググループ(主査:佐藤博樹・東京大学大学院情報学環教授)が1月末、パワーハラスメントの定義や企業が取り組むべき対策に関する報告書をまとめた。新聞やテレビも大きく取り上げていたので、目にした方も多いことだろう。

 「うちの会社でもありますよ。僕なんて、“給料泥棒!”って、クライアントの前で怒鳴られたことありますから」
 「私なんか毎日受けてますよ〜。無理な仕事ばかり押し付けられて。これこれ! 過大な要求ってやつですよ。部長! いい加減にしてください!(笑)」
 「うん。やっぱりありますよね。大企業ならちょっと我慢すれば、上司か自分かどっちかが異動になってどうにかなるんでしょうけど、中小企業じゃ無理。辞めるしかないですから。実際、パワハラされて辞めた人いますよ」

 テレビの画面では、報告書に盛り込まれた「パワハラ6類型」を見せられた人たちが、顔にモザイクのかかった姿で映し出される。深刻に話す人、笑いながら話す人。対応は二分されていたけれど、ほとんどの人が「あるある!」と思い当たるほど、パワハラは社会問題化しているのである。

上場企業への調査では約4割が「パワハラがある」と回答

 実際、東証一部上場企業を対象にして行われた調査では、43%の企業が、パワハラやそれに類似した問題が発生したことがあると答えている(出所:中央労働災害防止協会が2005年にまとめた「パワー・ハラスメントの実態に関する調査研究報告書」)。

 また、2010年度に行われた「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」(平成22年度厚生労働科学研究費労働安全総合研究事業の一貫として行われた調査)では、働く人の17人に1人(約6%)が、「私は職場でいじめにあっている」と答え、さらに7人に1人(約15%)が、「職場でいじめられている人がいる」と回答している。都道府県労働局に寄せられる「いじめ、嫌がらせ」に関する相談件数も、2002年度には約6600件だったものが、2011年度は約3万9400件まで増えた。

 労働局への相談件数が急増している背景には、純粋にパワハラが増えたということだけでなく、パワハラという言葉が一般的に使われるようになり、それまで我慢したり、理不尽な思いをしていた人たちが、「相談してみよう」とか、「電話してみよう」と一歩踏み出すようになったこともあるかもしれない。

 あるいは、言葉尻だけをとらえて「パワハラ」と受け止めてしまったり(関連記事:僕も上司も同僚もやり過ごす、“ある種”のパワハラの正体)、自分が仕事をうまくできないことの言い訳に、「パワハラ」を持ち出す、困った部下も含まれている可能性もあるだろう。

 いずれにしても、パワハラで悩んでいる人は実際にいて、深く傷つき、時には命を絶つ悲しい結末を迎えることも決して少なくない。そして、誰もが、その問題の渦中の人物になる可能性のある、極めて深刻なテーマであることも間違いない。

 そこで、ホントに難しい問題で、うまく論じる自信はないのだけれど、今回は、パワハラ、について考えてみたいと思う。

 まずは、今回明確にされたパワハラの定義と、前述した「パワハラ6類型」を紹介しておこう。今回の報告書で、特に注目すべき点は、これらが「上司から部下」に対するものだけでなく、「部下から上司」、さらには、「同僚から受ける嫌がらせ」まで含まれていることである。これまでパワハラというと、上司と部下の関係だけに限られていたが、職場の人間関係全般に関わる問題として、捉える必要があるというわけだ。

 パワハラとは、「職務上の地位や人間関係など職場内の優位性を背景に、業務の適切な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させる行為」である。

 具体的には、
(1)暴行や傷害などの「身体的攻撃」
(2)脅迫や侮辱、暴言などの「精神的攻撃」
(3)隔離や無視などの「人間関係からの切り離し」
(4)遂行不可能な行為の強制などの「過大な要求」
(5)能力や経験とかけ離れた程度の仕事を命じるなどの「過小な要求」
(6)私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」
である。

 う〜む。確かにこうやって具体的に見せられると、いるよね、こういう人。あるある、そういうこと。そうやっていくつかの過去の記憶がよみがえる。

「自分は加害者にならない」という自信を持てるか?

 と同時に、もし自分が組織の人間だったらどうか――。戸惑う。かなり戸惑うだろう。1つひとつの行為は許されるものではないし、絶対にやってはいけないってことは、頭では十分に理解できる。だが、自分が絶対に「加害者にならない」と言いきる自信がない。加害者になってしまう瞬間があるかもしれないと、多少なりとも不安になってしまうのだ。

 だって、一生懸命になるがあまり理性を激情が凌駕する瞬間があるかもしれないわけで。

 フツーであればコントロールできる情動を、コントロールできない状況に置かれる瞬間。のめり込めばのめり込むほど、攻撃的な口調になってしまったり、言わなくてもいいことまで口にしてしまうこともあるかもしれない。

 こうやって書いてしまうと、なんだか私が、ものすごく激情型で、サディスティックな人間に思われてしまうかもしれないけれど、誰もが、「しまった!」と悔やんだ経験があるのではないだろうか。自分でも説明のつかない、それまで我慢していたことが、突然、プツリと切れた瞬間、だ。

 理性と感情の両方を持ち合わせている私たち人間は、時に理性では手も足も出ない“感情”に支配されてしまうことがある。怒りや恐怖、あるいは嫉妬といったネガティブな感情が、反射的にわき立った時、どうしようもなくなってしまうのだ。

 だからこそ、パワハラ問題は難しく、考えれば考えるだけ、根が深い問題なのだ。

 以前、50代の男性が、年下が上司になった時に、自分でも信じられないような行動を取ってしまった経験を話してくれたことがあった。

 「私が45歳の時に、年下が上司になった。なんやかんやいって、それまでは年功序列だったし、自分でもそれなりに仕事をやってきたという自負があったので正直ショックでした」

 「しかも彼は明らかに、上しか見ていない男だった。出世しか考えていないような男だったんです。今思えば、当時自分が思っていたほど悪い男ではなかったかもしれません。でもあの時はそんなふうには到底、思えなかった。で、ある時ずっとライバル会社のクライアントだった顧客を、私が取ることに成功して、社長賞をもらえることになった。金一封。10万円を褒美にもらえるんですよ。うれしかった〜。折れかけていた心が、なんとかつながりましたからね」

年下の上司にパワハラを仕掛けた部下の割り切れない思い

 「ところが授賞式に行こうとしたら、『アナタは来なくていい』と彼に言われましてね。彼はまるで自分の手柄のように社長から記念品を受け取り、褒美の10万円も何食わぬ顔で懐にしまい込んだ。そこで私の中で、何かが切れてしまったんです」

 「それからというもの、私は彼のことを徹底的にいじめるようになりました。会議ではわざと彼に、彼が知らないような質問をしましたし、『役員会議に出席するのに作ってほしい』と彼から求められた資料を、わざと作り忘れたふりもした。話しかけられても無視、忘年会の連絡をわざとしなかったこともありました」

 「なんで、あんな幼稚なことをしてしまったのか分かりません。今、思い返すだけで恥ずかしい。でも、あの時は、彼はそれだけひどいことを自分にしたんだから、やられたって仕方がないじゃないかと思っていたんです」

 ここで私は聞いてみた。「その彼は、その後どうしたんですか?」と。

 「転職しました。ひょっとすると、自分が原因だったのかもしれません。でも、転職先はうちの会社よりも大きなところでしたし、うちよりも給料もいいので悪い転職ではなかったはずです。でも、申し訳ないです。自分は幼稚で小さな人間なんでしょうか。お恥ずかしい話です」

 彼は、特別に幼稚で、器の小さい人間なのだろうか? 果たして何人の人が、この方と同じ状況に遭遇した時、彼のような幼稚な行動はしないと言い切れるだろうか。少なくとも、私には無理だ。うん、どう考えてもキレる。多分キレる。徹底的に“年下上司”を困らせる。

 自分の存在価値を踏みにじられるような行為をされてまで、理性を保てるほど強くはない。そして、ひとたび押さえつけていた情動がしきい値を超えた途端、幼稚な行動を繰り返してしまうほど、コントロール不能になるのではないかと正直思う。

 会社という組織では、必ずしも正当に能力や、会社への貢献度が評価されるわけではない。仕事の能力よりも上司へのゴマすり度、仕事への貢献度よりも上司へのへつらい度。そんな極めて私的で、理不尽で、幼稚なものさしで、給料、会社内での地位、時には与えられる権限までもが変わってくる。社内派閥という訳の分からない闘争に巻き込まれ、閑職に回されてしまうことだって起きるかもしれない。

 「それはそれで仕方がないこと」と、100%すべてを受け入れることは容易ではない。どんなに「まっ、しょうがないか。俺は出世のためにゴマすりなんかしたくないから」と自分を納得させても、心のどこかで、面白くない、と思うことがある。ゴマすりだけで生きてきた同僚にムカつくこともあれば、自分を追い抜いていく部下に嫉妬することだってあるだろう。

理性を保つには“オトナ”になるしかない?

 そんな時、理性が止める間もなく、感情が理性を凌駕する。どんな悪人にも数%の善意や優しさがあるように、どんな善人にも悪意や憎しみがある。「なんであんなことを?」と理解できない“自分”が顔を出すのだ。

 つまり、パワハラの加害者にならないためには、いかなる場合でも感情をコントロールできる高いスキルが必要となる。そう。完璧なオトナになるしかないのだ。いかなる激情にも惑わされない知性と、事態を冷静に把握し、熟慮し、思慮分別を行える純度100%のオトナになれれば、パワハラの加害者になる心配はなくなるはずだ。

 「人に暴力を振るっちゃダメ」「人を傷つけるようなこと言っちゃダメ」「仲間外れにしちゃダメ」などと、ルールで縛りつけなくとも、みんながオトナになれば、パワハラ問題はある程度解決できるはずなのだ。

 でも、私たちがオトナになるには、会社にもオトナになってもらわなくては困る。

 オトナの会社とは、
・能力が発揮できる機会のある会社
・正当に評価してもらえる会社
・遂行不能である過剰な仕事を要求しない会社
・自由に発言できる会社
・困った時に相談できる上司や同僚がいる会社
といった、誰もが「人」として尊厳があり、やりがいをもって働ける、元気な組織だ。

 「おいおい、こっちの方が俺たちがオトナになるよか、難しいだろう?」

 確かにそうかもしれない。

 パワハラは個人だけの問題ではない。会社、すなわち環境の問題でもある。パワハラは言葉だけの問題ではない。心、すなわち感情の問題もある。だから、会社にも“オトナ”になってもらわないとダメ。オトナの会社になってくれれば、むやみにネガティブな感情を抱くことはなくなるだろう。

 そこまで考えたうえで、パワハラ問題に取り組まない限り、ルールばかりが独り歩きをし、あれもダメ、これもダメとダメダメ攻撃におびえるあまり、余計に人間関係がギクシャクしてしまう。ダメと言われれば言われるほど、たわいもない一言を話すことも、面倒になってしまうかもしれないと思うのだ。

 冒頭で紹介したように厚労省のワーキンググループがパワハラを定義し、類型化した背景には、「とにかく会社で問題意識をもって取り組んでください」というメッセ―ジがある。

 パワハラに悩み、傷つき、生きる力をも失った人たちに関わってきた専門家たちが、さまざまな角度から議論を重ねた結果、何よりも、「働くすべての人々が自分たちの問題である」と認識し自覚することが必要で、企業とそのトップが、「パワハラをなくそう!」と積極的に取り組むことが欠かせないと考えた。「パワハラをなくすのは、あなたたち自身が、努力するしかないんです」と訴えているのである。

 世の中には、昔の理不尽な上司部下関係を美化する人も少なくない。

 「昔は、上司からの暴力なんて日常茶飯事でしたよ。締め切りが近くなると、口よりも先に足が出る人で。何度、蹴りを入れられましたかね。まぁ、今だったら完全にパワハラですよね。ただ、僕はその上司のことが嫌いじゃない。どちらかといえば、好きです。だって、ある意味ああいう行為って、愛情表現でもあるわけだし」

 「部下への期待だったり、教育に熱が入るあまり、ついつい足が出るなんてことはありますからね。それに蹴りを入れる方だって、足が痛いでしょうから。ガッハッハ。なんだか生きづらい世の中になってしまいましたね。余裕がなくなったってことなんでしょうかね」

厚労省の報告書に記された「重い言葉」

 このように「上司の暴力」を「上司の愛情だった」と笑いながら話し、「あの頃は良かった」と懐かしそうに振り返る人々。そういう方たちは、大抵の場合、いわゆる勝ち組。人間関係を築くのが上手な人。いかなる困難をも乗り越える強さを持っている人でもある。

 つまり、その……。世の中、そんな人ばかりではないじゃないですか。あなたが懐かしむ昭和の時代にも、理不尽な扱いに悩んだ人はいたはずだし、恐らくそういう人は誰に話すこともできず、ひたすら耐えたんじゃないでしょうか。中には、耐えきれずに会社をひっそりと辞めていった人だっているかもしれない。

 余裕がなくなったから、かつては許された行為が許されなくなったわけじゃない。時代に関係なく理不尽な言動は人を傷つける。今は「良い思い出」と語る方たちだって、リアルタイムでは理不尽な感情を抱いたり、悔しい思いをしたはずだ。その気持ちを忘れているだけじゃないのだろうか。

 厚労省の報告書に記されていた最後の言葉は重かった。

 「すべての社員が、家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり、苦しめたりしていいわけがないだろう」

 その通りだ。もういい加減、過去を美化することはやめなければならない。そして、個人にオトナになれとルールを押し付けるばかりじゃなく、会社もオトナになる努力をしてほしい。どちらも容易なことじゃない。だからこそ難しい問題なのだ。


河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。

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河合 薫(かわい・かおる)

博士(Ph.D.、保健学)・東京大学非常勤講師・気象予報士。千葉県生まれ。1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学非常勤講師、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。主な著書に『「なりたい自分」に変わる9:1の法則』(東洋経済新報社)、『上司の前で泣く女』『私が絶望しない理由』(ともにプレジデント社)、『<他人力>を使えない上司はいらない!』(PHP新書604)
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