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伊藤元重の日本経済「創造的破壊」論
【第1回】 2012年7月2日
伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
【新連載】
「大いなる安定」が終わった後に必要な
シュンペーター的思想とは?
ケインジアンvs.新古典派
経済思想にはいろいろな流れがあり、それぞれが時代ごとに対立してきた。
特に重要なのが、市場メカニズムの重要性を強調し、政府による規制や介入はないほうがよいと考える「新古典派」と、政府による介入や規制を重視する「ケインジアン」的な考え方の対立である。
いとう もとしげ/1951年静岡県生まれ。74年東京大学経済学部卒業、79年ロチェスター大学Ph.D.(経済学博士)取得。専門は国際経済学、ミクロ経済学。ビジネスの現場を歩き、生きた経済を理論的観点も踏まえて分析する「ウォーキング・エコノミスト」として知られる。経済戦略会議、IT戦略会議など政府の委員を数多く務める一方、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」コメンテーターなどメディアでも活躍中。
ケインジアンは、政府によるマクロ経済政策における微調整(fine tuning)の重要性を説き、戦後の主要国の経済政策に大きな影響を及ぼしてきた。経済システムについては、政府の規制の重要性を重んじ、市場の持つ暴力性について慎重な考え方である。
こうしたケインジアン的な政策手法は、戦後から1970年前後まで有力であった。しかしその後、新古典派的な考え方に浸食されるようになる。70年代に世界を襲った大インフレは、ケインジアンのマクロ経済政策の考え方に大きな修正を求めていった。
シカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンは、マクロ経済政策の裁量性を最小限に抑え、ルールに基づいた政策運営を行うことを強く主張した。景気の状況に合わせて微調整するのではなく、マネーサプライを安定的に保ち、均衡財政を維持する政策運営を求めたのだ。そして、規制緩和、貿易自由化、民営化を徹底して、市場メカニズムを最大限に活用することを求めた。米国のロナルド・レーガン大統領、英国のマーガレット・サッチャー首相などの政策運営は、こうした考え方に大きな影響を受けることになる。
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新古典派的な考え方が大きな影響力を持つようになった1980年代から、世界経済は順調に拡大を続けるようになる。この連載で取り上げる「大いなる安定」の時代が始まったのだ。主要先進国では物価が安定し、資産価格は順調な拡大を続けた。そうした先進国の動きが、グローバル化というトレンドのなかで、新興工業国にも広がっていった。そしてBRICsと呼ばれる新興国が新しい勢力として台頭してくる。
もちろん、日本のようにバブル崩壊を受けて、こうした世界経済の大きな流れに乗り損ねた国もある。また、大いなる安定とは言っても、その間にはアジア通貨危機、米国での株価暴落、ロシアの財政破綻など、さまざまな混乱もあった。
ただ、総じて世界経済が順調な拡大を続けたことは事実だ。サブプライムローン問題が表面化し、リーマンショックが起きるまでは。そして、大いなる安定の時代は終わり、いまや世界は大きな混乱の時代に入りつつある。
リーマンショックは「大いなる安定」の終わりの始まりにすぎない。いま世界を騒がせている欧州危機がその第二弾である。だが、残念ながら欧州危機で終わりという保証はない。欧州諸国よりも、はるかに大きな公的債務を抱えている日本はどうなるのだろうか。あるいは中国は順調に成長を続けられるのだろうか。
リーマンショックを受けて、世界の多くの国は突然ケインジアンに戻ってしまった。景気の失速を食い止めるために、懸命な景気対策を行った。そして金融危機を乗り切るために、前代未聞の金融緩和に走ったのだ。必死のケインズ政策が功を奏して、「50年か100年に一度の危機」と呼ばれたリーマンショックが世界的な恐慌をもたらすことはなんとか防ぐことができた。
しかし、リーマンショックからの回復が遅い米国経済も、財政危機に喘ぐ欧州も、そして経済のコントロールに苦戦する中国も、いずれも深刻な構造問題を抱えている。ケインジアン的政策による微調整では、対症療法にはなっても本格的な問題解決にはならない。とはいえ、すべてを市場に任せておけばよい、という新古典派が正しいとも思われない。資本主義の暴力的な側面がリーマンショックであり、欧州の財政危機でもあるからだ。
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この大きな混乱のなかから、世界経済は抜け出すことができるのだろうか。そのためには、どのような経済思想が有効なのだろうか。
シュンペーター的思想
ケインジアンとも新古典派とも少し違うが、経済学の流れのなかで重要な位置を占めるのが、オーストリア生まれの経済学者ヨーゼフ・A・シュンペーターである。
私はシュンペーターの思想の専門家ではない。小見出しにある「シュンペーター的思想」とは、シュンペーターや当時のオーストリア学派の経済学者たちが示した一つの考え方に、私が勝手に名前を付けたものである。
新古典派は、市場メカニズムに絶対の信頼を寄せている。政府がいろいろ規制を加えるのではなく、市場に任せればすべてはうまくいくという考え方だ。それに対して、ケインジアンは市場の失敗や欠陥を指摘し、市場の欠陥を政府が補完する(市場と政府の)混合経済が好ましいと主張する。
市場への信頼には根本的な違いはあるが、新古典派もケインジアンも、ある意味では資本主義経済に対して楽観的であるとも言える。政府が介入するかどうかは別としても、結果的には資本主義を好ましい方向に持っていけると信じている。
これに対して、私がシュンペーター的思想と呼ぶ考え方は、市場経済や資本主義に対してもう少し冷めた見方をしている。資本主義経済では、必然的にいろいろな混乱や破壊が起きるとする見方だ。市場に任せておけばうまくいくという新古典派の考え方のようにもならないし、政府の介入で破綻や混乱が防げるというようなものでもない。
実際、通貨危機、財政破綻、狂乱物価、金融破綻や倒産の連鎖などの混乱は、歴史的に何度も繰り返し起きている。もしいま「大いなる安定」の時代が終わったのであれば、今後もこうした混乱が続くと覚悟を決める必要があるかもしれない。
次のページ>> 大混乱なしに財政運営を正しい方向に導けるか
ただ、シュンペーター的思想は、完全に悲観主義、あるいは敗北主義というわけでもない。シュンペーターの有名な言葉である「創造的破壊」からも連想されるように、破壊のあとには創造が続く。もっと踏み込んで言えば、本当の意味で新しいものを創造するためには、古いものが破壊されなければいけないこともあるのだ。
資本主義の持っている本源的な不安定性と、そして創造的な破壊の持つパワーを意識すること──これが今後の日本や世界経済の先行きを見るために必要なことである。別の言い方をすれば、過去の微調整の先に日本の将来像はない。過去を破壊した先に新たな価値が生まれるという、創造的破壊の将来ビジョンが必要ということなのだ。
市場の警告
創造的な破壊は、あまり心地よいものではない。したがって本格的な破壊が起きる前に、その予兆を察して対応することが重要である。だが、それでもある程度の破壊は避けることができない。そのときは、破壊からの復活に全力を尽くすことが求められる。
財政の問題を例にあげてみよう。日本の財政状況は惨憺たる状況である。GDP比で200%近くの公的債務を抱えている国など、まともな先進国には一つもない。おおよそ40兆円の税収で90兆円近くの歳出を続けていく国の財政は、破綻しているようなものだ。皆さんの親戚や友人で、年収400万円で毎年900万円の支出を何年も続けている家があったら、それはほとんど生活が破綻していると警告するはずだ。日本の財政はそのような状況にある。
大きな混乱なしに財政運営を正しい方向に導くこと、これが日本に課された大きな政策課題である。なんとか波乱を起こさずに健全化しなくてはいけない。しかし一方で、日本の財政はこのままではどうにもならない。そういう不安を持っている人も多いはずだ。財政がこんな状況になっているのに、いまだに消費税引き上げに反対する政治家が、これだけ多い日本。政治の質は明らかに劣化している。
次のページ>> 市場の警告とはどういうものか
結局、日本の財政は少し厳しいことでも起きないかぎり、本格的な健全化の方向には向かわないのではないか──そのように思いたくはないが、どうしてもそうした考えが頭をよぎってしまう。
国債の価格が暴落したらどうなるだろうか? そのときの経済や国民への影響は? もしそうした混乱が起きたらどのような対応策が必要だろうか? 財政破綻という混乱を契機に、日本の財政を正しい方向にもっていくには? 創造的破壊のメカニズムをどう生み出したらよいのだろうか?
国債価格の暴落のシナリオなどあまり考えたくはないが、そうした最悪の状況についてきちっと考えておくことも、経済学者の責務である。現状を維持しようとするだけでは、いずれ大きな破壊が訪れる。その先には新たな創造への道があるとしても、そうした混乱に備える心の準備が必要だ。日本が直面している多くの問題がそういった面を持っている。
たとえば日本のリーディング産業が次々に海外展開を加速化している。こうした変化は長期的な日本の繁栄のためには避けて通れない道である。ただ、その過程で地域経済に起こる混乱をどう考えるのか。
あるいは日本の農業は今のままでは、その将来は悲観的にならざるをえない。農業政策は必死に現状維持を続けようとしている。しかし、それでは日本の農業はますます袋小路に入ってしまう。農業の現場を見ると新しい創造の芽はあちこちに見られる。大規模コメ農家、付加価値の高い有機農法で野菜を生産する人たち、地域で食のビジネスに取り組み成功している専業農家集団、付加価値の高い果物や酪農品を生産している農家、流通業やメーカーによる農業への参入、ハイテクを利用した野菜工場等々。
こうした創造の芽を大きく育てるには、ある程度、今の秩序の破壊は避けて通れないのかもしれない。旧来の農業を全否定するわけではないが、新しい価値を取り込まないかぎり、日本の農業はどうにもならない。
市場は日本に警告を発している。たとえば日本の農業経営が厳しく、多くの人が離農していくのは、農業のあり方に問題があるためであり、それが市場の警告なのだ。
次のページ>> 市場の警告のなかに創造への道筋を探す
日本の財政に問題があれば、本来それを是正するのが政治家の仕事である。しかし、政治家がそうした仕事をしなければ、市場が国債価格暴落という警告を発する。私たちは市場の警告に耳を傾けなくてはいけない。そして、その警告のなかに創造への道筋を探す必要があるのだ。
この連載では、市場の破壊と創造という視点から、日本経済の変化について考えてみたい。いろいろ厳しいことも取り上げる予定だが、それはけっして悲観的な日本経済論ではない。破壊の後には必ず創造がくると信じる、楽観的な日本経済論である。
フランスの思想家であるアランは「悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである」と言っている。悲観を乗り越えて、楽観主義の日本経済論を論じてみたいと考えている。
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「超円高」認識は誤り、政治迷走なら円安も=伊藤元重教授
2012年 07月 2日 12:15 JST
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伊藤元重 東京大学大学院教授
[東京 2日 ロイター] 為替レートは経済のあらゆる動きに反応する。日本の金利や貿易収支が動いても、欧州で財政危機が深刻化しても、中国の経済が減速しても、そして米国が金融緩和をしても、それに反応して動いてしまう。リーマンショック後の円高は、こうした経済の動きへの反応に他ならない。
この先、さらに円高に動くことはあるだろうか。それとも、そろそろ円高のピークに来ているのか。足下の動きを見る限り、どちらの判断も難しい。
年初に欧州の金融情勢が少し落ち着き、米国の景気にも回復の兆しが見えていた頃は、円レートは円安方向に動く気配を見せていた。しかし、ギリシャの選挙結果、あるいはスペインの債務危機の深刻化などで、また円高方向への動きが世間を賑わしている。
今年後半も円レートは大きな変動を示しそうだ。困ったことに70円台前半の円高にも、そして80円台後半の円安にも、簡単に動くことがありそうなのだ。なぜそうなのか、現状を整理してみたい。
<95年に比べて、実質30%も円安>
まず認識しなければいけないのは、「現在の円レートが歴史的にも際立って円高である」という考えが間違っていることだ。それどころか、1995年頃に経験した過去最高の円高に比べて、実質的に30%以上も円安である。水準として見て過去の平均よりは若干の円高であるが、特に際立って円高ではない。
実質実効為替レートを理解している人には、このことは説明するまでもないだろう。大学でも、私は学生に「為替レートを名目で見るのは素人、プロは実質で見る」と教えている。
たとえば、円ドルレートで言えば、1995年に1ドル=80円を切ったことがある。それから現在までに、米国の物価水準はおおよそ40%上昇したが、日本の物価はまったく上昇していない。日本でデフレが続いたからだ。
95年から今までに、40%も物価の開きが生じている。95年の80円は今の57円になる。80を1.4で割った数値だ。日米の物価の開きを考えれば、今の1ドル=79円という数値は、過去のピークの95年に比べて、まだ30%以上も円安である。
円高で大変だと騒いでいるのは、日本人だけかもしれない。欧米のプロのエコノミストは、「実質レートで見て若干の円高かもしれないが、騒ぐほどのことはない」と見ている。
逆に言えば、市場状況によっては、短期的に円高がさらに進むことは十分にありえるということだ。円高の動きを演出するのは、欧州危機と米国の景気動向だ。大きな景気落ち込みの不安感が出てきている中国経済の動きも、重要な要因である。リーマンショック以降、海外で大きなマイナス要素が出てくると、円高に振れる傾向が続いている。今はそういう相場なのだ。
<日本売りを招きかねない政治の迷走>
ただ、中長期的にはもっと円安の方向に進むとも考えられる。
円レートの長期の動きを見ると、戦後直後から1995年頃までは、実質実効為替レートで見て、ずっと円高のトレンドが続いた。戦後の日本の経済発展を反映した結果だ。
95年以降は、長期のトレンドは円安だ。リーマンショック後、欧州や新興国の通貨安が続き、若干の円高への戻りの動きはあるが、高齢化の進行、近隣国の経済発展など諸々の要素を考えると、円高方向にひたすら進み続けるとは考えにくい。
こう話すと、日本経済がうまくいっていないことを認める敗北主義のようだ。ただ、改革の進まない政治の現状を見ると、そう認めざるをえないだろう。
こうした円安のトレンドが根底にあるとすれば、今のマクロ経済状況に大きな変化が生じれば、為替レートは一気に大幅な円安に動く可能性が出てくる。なにより心配なシナリオは、政治の混乱から財政運営に不安が出てきたときだ。
6月26日の衆院本会議で消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連8法案は可決されたが、与党から57もの反対票が投じられるなど、政治の迷走は続いている。一体改革が今後停滞するようなことになれば、国債の格付けの引き下げがあるかもしれない。そのような動きが日本売り、円安に動かないという保証はない。
<経営者は、三枚の紙を貼ろう>
とはいえ、為替レートの動きを正確に予想するのは不可能だ。それが経済学の教えるところだ。
私は、経営者に対して、三枚の紙を貼ろうと言ってきた。今の円レートを考えれば、70円、80円、90円という三つの紙になる。この三つの紙を貼って、毎日一度は拝むのだ。
神頼みではない。70円になったらどうなるだろうか。自分はどのような準備をしておけばよいのか。しっかり考える。これをシミュレーションという。
もちろん、70円という円高シナリオだけではだめだ。90円という円安シナリオ、そして80円という現状維持シナリオの紙にもしっかりと拝む。
グローバル経済が大きく揺れている今日、為替レートは非常に変動しやすい環境にある。どちらに動くかは、これからの経済展開による。為替レートは、グローバル経済のあらゆる動きに反応するものだからだ。
*伊藤元重氏は、東京大学大学院経済学研究科教授。2006年2月より、総合研究開発機構(NIRA)理事長。東京大学経済学部卒、米ロチェスター大学大学院経済学博士。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE86101320120702
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