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三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」
第160回 異様な消費増税報道
予め書いておくが、筆者は消費税増税に「何が何でも」反対しているわけではない。インフレ環境下で名目GDPが堅調に成長しているならば、政府の財政再建や社会保障の財源確保のために、増税はむしろ積極的にするべきだ。特に、国民経済の供給能力が足らず、インフレギャップが拡大しているような環境であれば、増税は「物価抑制」を実現できるため、まことに適した解決策である。
逆に、デフレ期に増税をすると、国民の可処分所得を減らし、消費や投資を縮小させる。「誰かの消費、投資は誰かの所得」である。国民の可処分所得が減れば、次なる「所得」が必ず減る。そして、政府の税収の源泉は、まさに国民の所得だ。源泉である国民の所得が「増税」により小さくなると、当然ながら政府は減収になってしまう。
デフレ期の増税は「政府の税収を減らす」からこそ、筆者は現時点における消費増税に反対しているわけだ。別に未来永劫、消費税を5%のままにしろと言っているわけではない。というよりも、現在の日本のデフレの深刻度を考えると、消費税は「今は」むしろ減税するべきだ。国民の消費税負担を減らし、可処分所得を増やし、デフレを脱却する。インフレ率が正常な値に戻り、名目GDPが順調に拡大を始めたならば、改めて消費税率を5%に戻すなり、あるいは8%、10%に上げることを考えればいいのである。
要するに、消費税率といった「政策」が正しいか否かは、環境によって決まるのだ。インフレ率が高い時期の消費税率アップは、政府の税収を増やすがゆえに政策として正しい。デフレ期の消費税率アップは、政府の税収を減らすため、間違っている。ただ、それだけの話だ。
単に「正しい政策は、環境によって決まる」と言っているに過ぎないわけだが、世に出る評論家たちは、消費税のアップをイデオロギー的に主張してくる。例えば、
「消費税を上げ、重税感があった方が国民の政府に対する監視が行き届いていい」
などと、意味不明な理屈で、
「デフレ期の増税は、政府の税収を減らす。ゆえに間違い」
という経済学的に正しい反増税論に対抗してくるわけだから、始末に負えない。
さて、民主党と自民党、公明党の三党が合意した「社会保障と税の一体改革」法案は、26日に衆院で採決される予定になっている。本法案に関連し、ほぼ全てのメディアが、あたかも自動的に14年に8%、15年に10%に増税されるかのごとき報道を繰り返している。これは、三党合意の内容を無視したミスリードである。
26日に衆院に採決される一体改革案は、消費税増税に関して以下の附則事項(第十八条)が記載されている。
『(消費税率の引上げに当たっての措置)
第十八条 消費税率の引上げに当たっては、経済状況を好転させることを条件として実施するため、物価が持続的に下落する状況からの脱却及び経済の活性化に向けて、平成二十三年度から平成三十二年度までの平均において名目の経済成長率で三パーセント程度かつ実質の経済成長率で二パーセント程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるための総合的な施策の実施その他の必要な措置を講ずる。
2 税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する。
3 この法律の公布後、消費税率の引上げに当たっての経済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟に対応する観点から、第二条及び第三条に規定する消費税率の引上げに係る改正規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、前二項の措置を踏まえつつ、経済況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ず等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる』
恐らく最も重要な文言は、十八条3の最後の、
「その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」
という部分であろう。すなわち、十八条に書かれた各種の条件を勘案し、時の政権が半年後(4月)に消費税を上げるか否かを判断するという法律になっているのだ。
十八条の「消費税増税に際した条件」の1(五年間の平均で名目GDP3%、実質GDP2%の成長率を目指す)は民主党の、2及び3は主に自民党の要求で書きいれられたものだ。まずは、民主党が主張した「成長率」について見てみよう。
【図160−1 日本の名目・実質GDP成長率とデフレーター(単位:%)】
日本の名目GDP成長率は、97年という唯一の例外を除き、常に実質GDPの成長率を下回っている。GDPデフレーターがマイナス(除97年)というわけで、延々とデフレ状態にあることが分かる。
97年にしても、実質GDPがわずかに1.6%成長、名目GDP2.2%成長で、民主党が増税の条件(努力目標だが)として書き入れた値を下回っている。かつ、民主党の「努力目標」は「平成23年度から平成32年度までの平均」であるわけだから、単年で達成すれば済むという話でもない。
橋本政権期の消費税増税におけるミスは、大きく二つあった。一つ目は、
「名目GDP2.2%、実質GDP1.6%、GDPデフレーター0.6%に過ぎず、そもそもデフレ脱却と断言するには低すぎた」
であり、二つ目は、
「しかも、97年単年のみGDPデフレーターがプラスになっただけ。たった一年で『デフレ脱却』と断言するには、あまりにも時期尚早」
になる。単年の「デフレ脱却の兆候」のみで、橋本政権は消費増税、公共事業削減といった緊縮財政を開始し、現在に続くデフレ深刻化の引き金を引いてしまったのだ。
上記の法律案の中に、「消費税率の引上げによる経済への影響等を踏まえ」「経済況等を総合的に勘案した上で」といった文言がある。この文言がある限り、増税を判断する「時の政権」は、
「橋本政権の時に名目2.2%、実質1.6%成長だったにも関わらず、増税がその後のデフレ深刻化の引き金を引くことになった。今回の増税が、経済に悪影響を与えず、再度のデフレ化の引き金にならないことを、きちんと説明しろ」
と、迫られることになる。上記の「説明」を来年の秋(14年から増税の場合)に国民を納得させる形で行うなど、絶対に不可能である。
とはいえ、もちろん「時の政権」が、どのような政権かによる部分があるのも確かだ。またもや財務省の手下のような政権が誕生してしまうと、国民に説明することもなく、「経済状況等を総合的に勘案」することもなく、適当に言葉尻で誤魔化し、半年後の消費増税を決定してしまう可能性がある。そして、デフレ深刻化のツケは国民が背負わされるということになるわけだ。
さて、次に第十八条2の、
「成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する」
という部分である。この文言を書き入れたのは自民党だが、明らかに同党が提出した「国土強靭化基本法」を意識している。自民党が6月初旬に国会に提出した国土強靭化基本法は、
『経済等における過度の効率性の追求の結果としての一極集中、国土の脆弱性の是正→ 戦後の国土政策・経済政策の総合的検証の結果に基づく多極分散型の国土の形成
地域間交流・連携の促進、特性を生かした地域振興、地域社会の活性化、定住の促進→ 我が国の諸課題の解決、国土の保全、国土の均衡ある発展(複数国土軸の形成)
大規模災害の未然防止、発生時の被害拡大の防止、国家社会機能の代替性の確保→大規模災害発生時における我が国の政治・経済・社会活動の持続可能性の確保』
と、震災大国、自然災害大国という日本の現実を踏まえ、「成長戦略」としての国土強靭化投資を実施することを主目的としている。東京一極集中を排し、大地震の脅威にさらされている太平洋側の国土軸に加え、日本海側などに新たな国土軸を構築する。防災及び「減災」を目的とした投資を行い、日本の国家としてのレジリエンシー(強靭性)を高める。具体的には、当初の三年間を国土強靭化集中期間(第一段階)とし、追加的に15兆円の公共投資を実施するというものだ。
国土強靭化基本法が成立し、年に5兆円の強靭化投資を実施すると、少なくとも実質GDPは1%成長する。国土強靭化基本計画(10年)を政府が明確に示せば、建設産業や資材産業の設備投資を誘引し、さらに実質GDPは増える。
同時に、国会が日銀法を改正し、日本銀行に対し明確なインフレ目標を指示し、インフレ率が1%を上回れば、名目GDP成長率が3%に近づく可能性が出てくる。政府の公共投資は、有効需要の創出だ。そこに日銀の金融緩和(通貨発行=国債買取)が加われば、まさに「財政政策と金融政策のパッケージ」という正しいデフレ対策の姿になるわけだ。
すなわち、今回の「社会保障と税の一体改革」法案には、一応は「デフレ下の増税はやらない」というコンセプトが含まれているのである。個人的には、名目GDP3%成長ではデフレ脱却と断言するには低すぎると思われるし、そもそも本数値は努力目標であり、増税の前提条件ではない。また、第十八条に明確に「デフレ下の増税はしない」と書いていないことも不満ではある。一応、「我が国経済の需要と供給の状況を踏まえ」となっているため、「デフレ下の増税はしない」というコンセプトにはなっているが、書き方があまりにも曖昧だ。
だが、少なくとも「方向性」としては「デフレ下の増税はしない」という法案になっているわけである。消費税増税の六か月前(2014年4月に消費税をアップするのであれば、2013年10月頃)に、時の政権が各種の条件を踏まえ、増税を実施するか否かの判断を下すわけだ。
ところが、上記の「法律としての事実」について、日本の国内マスコミはまともに報じようとしない。あたかも、自動的に消費税が14年にアップされるかのごとき報道を繰り返し、国民は真実を知らされないまま、
「14年に消費税が8%に、15年に10%に自動的に上がる」
と信じ込まされているのが現実だ。
財務省としては、消費税が「自動的に14年に上がる」という報道を繰り返させることで、国民の間で増税を既成事実化したいのであろう。国民に「消費税が自動的に上がる」という刷り込みがなされてしまうと、どうなるだろうか。例えば、13年秋の段階で、時の政権が半年後の増税の可否を検討し、
「経済的状況に鑑み、半年後の増税は不可能」
と、判断した場合、逆に「なぜ、増税しないんだ!」と批判されてしまうという、おかしな状況が生まれかねないわけだ。
今回の消費税議論を見ていると、マスコミがいかに「正しく報道していないか」が分かってくる。本連載のタイトルは「経済ニュースにはもうだまされない」であるが、実際には騙されている国民が少なくなく、結果的に政府の政策に歪みが生じ、日本経済はデフレの泥沼の中で足掻き続けている。
ならば、どうすればいいのか。
結局のところ、日本国民が「経済ニュース」に騙されることなく、選挙における一票を投じるしかないとう話である。迂遠に思えるかも知れないが、言論の自由が認められている日本国においては、国民が「経済ニュース」に騙されないように、情報リテラシーを高めていく以外に、民主主義を健全化させる方法は無いのだ。
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