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日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>Money Globe- from NY(安井 明彦)
求む、成長に貢献する移民
人材獲得競争に危機感覚え始めた米国
2012年6月28日 木曜日 安井 明彦
米国で趣向の変わった移民政策が提案されている。
高度技術者と起業家にビザを新設
6月15日に米国のバラク・オバマ政権は、幼少時に親に連れられて入国した不法移民について、一定の条件の下で国外退去の適用外とする措置を発表した。議会の立法を経ない行政措置による対応は、大統領選挙でも大きな論点になりそうだが、今回取り上げたいのはこれとは別のものだ。
それは、現在米議会に提案されている「スタートアップ法2.0」と名づけられた法案。不法移民対策とは別の文脈で、移民政策の転換を目指している。
この法律では移民向けの2つの新しいビザが設けられる。
第1は、技術系の移民向けのビザで、科学・技術・工学・数学(いわゆるSTEM)の修士・博士号を米国で取得した者を対象にしている。第2は、起業を目指す移民向けのビザであり、1年以内の起業や雇用の達成などが条件となる。
いずれのビザも、狙いは米国経済の成長に必要な人的資源の確保である。背景にあるのは、「高度化するグローバル経済を勝ち抜くには、高技能の技術者と起業家の活力が欠かせない」という認識だ。
STEM系の技術者は、将来、供給不足が危惧されている。ジョージタウン大学の試算によれば、米国では2018年までに約78万人のSTEM系の技術者(修士号以上)の需要が発生する。しかし、こうした需要を満たす米国生まれの技術者は、約56万人しか生み出されないという。
こうした需給のギャップを埋める役割を期待されるのが、外国生まれの技術系移民だ。実際に、しばらく前から米国では、技術系移民の存在感が高まっている。
全米科学財団(NSF)によれば、科学・工学分野における大卒以上の技術者に占める外国生まれの割合は、1980年の12%から2000年には25%へと上昇している。
改革の提案者であるマイケル・グリム下院議員は、「(米国は)世界最高水準のSTEM系技術者を教育しながら、(卒業後は)彼らをインドや中国などに帰国させてしまい、私たちに対抗する企業を生み出させている」として、技術系移民が卒業後も米国で働き続けられる道を確保するべきだと強調している。
移民が起業の活力に
技術系移民と並び、移民の重要性が注目されているのが、米国経済の「強み」といわれる起業の分野である。
伝統的に米国では、成功した起業に移民が携わっている場合が少なくない。民間団体のパートナーシップ・フォー・ニュー・アメリカン・エコノミーの調査によれば、米国の優良企業をランク付けした2010年の「フォーチュン500」のうち、全体の約40%にあたる204社が、移民、もしくは移民の子供(二世)を創業者に持つ。IT(情報技術)系に限っても、インテル、グーグル、ヤフー、イーベイなど、有名企業が目白押しだ。
さらに近年の米国では、移民が起業を志向する傾向が強まっている。カウフマン財団の調査によれば、移民が起業する割合は非移民の約2倍に達している(図1)。1996年には14%だった起業家に占める移民の割合も、2011年には28%にまで高まった。2011年の調査によれば、過去3年にベンチャー・ファンドの資金を得た企業からダウ・ジョーンズ社が選んだ有力50社のうち、46%が創業者に移民を含んでいたという。
(図1)起業活動する割合
考えてみれば、生活の場所を異国に移すという決断には、かなりのリスクが伴う。「必要に迫られた移住」という場合も少なくないだろうが、移民に踏み切る決断には、起業に似た側面があるのかもしれない。
労働力の「質」を左右する移民の子供たち
技術系や起業家志向の移民を惹きつけようとする改革は、これから米国を目指す移民の「質」に着目した取り組みだ。国外に目を向けると、起業家向けのビザを新設した英国など、各国が「戦略的な移民政策」を模索している。自然体で移民を呼び寄せる磁力に自信を持ってきた米国でも、こうした流れに取り残されることへの危機感が生まれつつあるようだ。
一方で、今後の米国の成長力という点では、既に米国に流入している移民の「質」を軽視するわけにはいかない。
焦点となるのは、米国に移民してきた家庭の子供たちである。現在の米国では、子供の約4人に1人が移民の家庭に育っている。こうした子供たちは、いずれ米国の労働力へと成長していく。将来的な米国の労働者の「質」は、移民の子供たちに左右される側面が小さくない。
移民家庭の子供たちを取り巻く状況は厳しい。ニューヨーク市立大学のドナルド・ヘルナンデス教授らの調査によれば、家計の所得が貧困水準を下回る割合は、移民家庭の子供では30%と、米国生まれの親を持つ子供の19%を大きく上回る。
とくに最近では、金融危機を契機に、両者の差が拡大している(図2)。医療保険に加入していない子供の割合も、米国生まれの親を持つ子供が8%であるのに対し、移民家庭の子供は15%に達している。
(図2)貧困家庭に暮らす子供の割合
将来的な労働者の「質」の観点では、とくに懸念されるのが教育水準の立ち遅れである。
同じくヘルナンデス教授らの調査によれば、移民家庭の子供たちは、米国生まれの親を持つ子供たちよりも、高校を卒業する割合が低い。18〜24歳で高校を卒業していない割合は、米国生まれを親に持つ家庭の子供が18%であるのに対し、移民家庭の子供は25%となっている。また、英語の補習授業を受けなければならない子供の場合には、初等教育での数学や英語の習熟度が大きく見劣りする傾向もあるという。
出自に関わらない「底上げ」が必要
もちろん、移民家庭の子供の厳しさは、親である移民の経済状況を反映している面が少なくない。高技能の移民の比率が高まれば、移民家庭の子供が置かれた環境にも変化は訪れよう。
それでも、既に米国で暮らしている移民家庭の子供たちが、次の世代の米国の労働力に与える影響の大きさは軽視できない。前述した改革で技術系移民向けに用意されるビザの数は5万人。これに対して、移民家庭の子供の数は1800万人を超える。影響力の大きさは一目瞭然だ。
先月の拙稿「景気後退で米国ではメキシコ移民が流出超に」で触れたように、最近ではメキシコ移民が流出超に転じるなど、「移民国家」米国の姿は刻々と変わり続けている。いくら「質」を重視した移民政策に工夫をこらしても、「ヒト」の流れを政策で御しきれるとは限らない。米国が成長力を維持するには、その出自にかかわらず、自国に住む人たちの質を底上げする視点が必要だ。
Money Globe- from NY(安井 明彦)
変わりゆく米国の姿を、ニューヨークから見た経済の現状と、ワシントンの政策・政治動向の両面をおさえながら描き出していく
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安井 明彦(やすい・あきひこ)
みずほ総合研究所調査本部 ニューヨーク事務所長
1968年東京都生まれ。91年東京大学法学部卒業、富士総合研究所(当時)入社。在米日本大使館、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所、同調査本部上席主任研究員などを経て、2007年より現職。著書に『ブッシュのアメリカ改造計画〜オーナーシップ社会の構想』(共著、日本経済新聞社)『ベーシックアメリカ経済』(共著、日経文庫)など
(写真:丸本 孝彦)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20120622/233698/?ST=print
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