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バーゼルVに残されたリスクシナリオCoCos調達コスト、国債「益出し」利益控除時の内部留保減少のストレステスト 2012年6月4日 金融調査部 菅野 泰夫
【サマリー】
◆大手邦銀の2012年3月期連結決算では、軒並み堅調な利益水準となっており、業績の回復が鮮明となってきた。この結果、邦銀の多くは内部留保の蓄積を加味すれば、普通株式等Tier1比率の7%の達成の目処が立つこととなり、来年から実施されるバーゼルVに関する懸念は払拭されたとの見方が強い。
◆4月にバーゼル銀行監督委員会から発表されたバーゼルVの各国の進捗状況をみても、日本での対応が先行しており、どこかバーゼルU実施時の状況と重なる部分もある。6月18日、19日に開催されるG20メキシコサミットでは、バーゼルUの実施タイミングが各国で足並みが乱れた反省から2013年からのバーゼルV同時実施に対する強固な意思決定が行われるかが注目される。
◆残されたバーゼルVのリスクシナリオとしては、予想外の内部留保の減少であろう。特にコンティンジェント・キャピタル(CoCos)での調達コストに関しては依然不透明な部分も多く、調達コストの上昇で内部留保が予想以上に減少することも想定される。
◆本稿では、当該リスクシナリオの検証として、邦銀大手行を対象に、コンティンジェント・キャピタルによる調達コストの上昇によって、内部留保がどの程度減少するかのストレステストを実施した。加えて、昨今邦銀の利益を大きく押し上げたといわれる、保有国債等の売買益を控除したインパクトの試算も行った。その結果、資本保全バッファーが完全実施される2019年3月の段階で、最も高いストレスがかかるときには、2.78%程度普通株式等Tier1比率を押し下げる試算を得た。ただし、前期並みの収益力が継続するならば、資本には、尚、余力が残る結果となり、邦銀のバーゼルV実施に関する優位性が維持されることには変わりはないであろう。
http://www.dir.co.jp/souken/research/report/capital-mkt/12060401capital-mkt.html
バーゼルVに残されたリスクシナリオ
また普通株式等Tier1 比率より、総自己資本比率を優先して達成することの意
義が、そもそもバーゼルVの規則文書に記述されている。バーゼル銀行監督委員
会によると、“普通株式等Tier1 は、残額が資本保全バッファーに寄与する前に
まずは最低所要自己資本比率を満たすために使用されなければならない” として
いる4。要するに普通株式等Tier1 比率7%の達成の前、まずは総自己資本比率8%
を超えた後でないと、資本保全バッファーの積み立てに充当できないとの見解を
示している(図表4参照)。無論、総自己資本を全て普通株で積み立てることが
可能であれば良いが、現実的には、総自己資本の一定程度はバーゼルVに準拠し
たコンティンジェント・キャピタル5(CoCos)で積み立てる事となる。また現段階で
は正確な発表はないが、おそらく、資本サーチャージやカウンター・シクリカル・
バッファーに関しても資本保全バッファーと同様、その積み立てには、総自己資
本比率の水準達成が重要となる可能性も高い。
ただし現段階では国内・海外ともに発行事例が少なく、マーケットが形成され
ていないためコンティンジェント・キャピタルのプライシング(発行条件)は未
知数の部分が多い。我が国で参考になるのは、昨年12 月に国内で初めて発行され
た、野村ホールディングスのコンティンジェント・キャピタルが記憶に新しい。
当初5年の利率2.24%水準は、同等の格付けの円建て劣後債より高い利率ではあ
るが、欧州各国のコンティンジェント・キャピタルでの発行事例と比較すると、
各国の金利水準の違いを考慮しても低位な利率との印象を受ける。
投資家からの需要が強く、低い利回りで発行できるのであればバーゼルU仕様
からのリファイナンスは問題にならないであろう。ただし銀行の資本状況によっ
て、トリガー事由の発動が認識されるリスクが大きく異なるため、所要普通株式
等Tier1 比率を何とか超えられる程度の銀行では高い利回りが要求されるリスク
が予想される。その場合には、リファイナンスのたびに、コンティンジェント・
キャピタルでの調達コストが上昇し、普通株式等Tier1 に充当することを予定し
ていた内部留保に更なる減少が生じる、負のスパイラルに陥る可能性が高い。こ
の不確定要因が、バーゼルV実施において邦銀に残された数少ないリスクシナリ
オのひとつといっても過言では無いであろう。
図表4 バーゼルVの資本充足順位
コンティンジェント・キャピタル調達におけるストレステスト
今後もし、各行が調達しているバーゼルU準拠の資本を、コンティンジェント・
キャピタルでリファイナンスするたびに高い調達コストが必要となった場合、本
当に株式調達をしない形で、普通株式等Tier1 比率を達成できるのであろうか。
そこで大和総研では、リスクシナリオが発生した場合において、経過措置の期間
中どの程度の普通株式等Tier1 比率の減少につながるのかを検証するストレステ
ストを行った。
(ストレステストの前提)
当該ストレステストは、日本の国際基準行において、特にその他Tier1、Tier2
どの程度押し下げられるかの試算も行った。
図表5 は、当該ストレステストの結果を示している。コンティンジェント・キ
ャピタルの調達コストを考慮しない大手邦銀4 行での普通株式等Tier1 の平均値
(グラフ中の控除前)は、バーゼルVが開始する2013 年3 月の完全実施ベースで、
7.85%、3つのバッファーが開始される2016 年3 月には、9.93%、そして完全施
行する2019 年3 月には12.01%と推移する結果となった。そして、各々の調達コ
ストによる違いをみると、3%の利回りで2012 年以降の償還金額を全てコンティ
ンジェント・キャピタルで調達すると(グラフ中のCoCos 3%)、2013 年3 月時
点で、▼0.02%普通株式等Tier1 比率を減少させる。同様にコンティンジェント・
キャピタルを5%で調達すると(グラフ中のCoCos 5%)、▼0.04%、7%で調達
すると(グラフ中のCoCos 7%)、▼0.05%押し下げる効果が確認された。この時点
では各調達コストの違いは乏しいが、年数が経過していくと更に大きな違いが確
認できる。3 つのバッファーが開始される2016 年3 月の完全実施ベースでは、控
除前の普通株式等Tier1 比率は9.93%となる。同様にCoCos3%で、▼0.17%、
CoCos5%で、▼0.28%、CoCos7%で、▼0.39%押し下げる効果がある。更にフェ
ーズイン期間が終了する2019 年3 月には、控除前での普通株式等Tier1 比率が
12.01%となり、CoCos3%で▼0.44%、CoCos5%で▼0.73%、CoCos7%で▼1.03%
まで押し下げる効果が確認された。
この試算はあくまでも2012 年3 月期の邦銀の好調な決算での当期純利益をベー
スに内部留保を試算しているため、利益の前提が変われば大きくブレが生じる可
能性が高い。特に前期決算では、大幅な金利低下の効果もあり保有国債の“益出
し”の効果も大きいといわれる。そこで2012 年3 月期における国債等売買益(債
券5 勘定尻で代替)を控除した当期純利益(債券益控除)での普通株式等Tier1
水準の押し下げ効果も経過期間中の試算を行った。2013 年3 月には▼0.25%、2016
年3 月に▼1.00%、2019 年3 月には▼1.75%普通株式等Tier1 比率を押し下げる
効果が確認された。当該結果を合わせると2019 年3 月のバーゼルV完全実施に、
最大▼2.78%(CoCos7%:▼1.03%+債券益控除: ▼1.75%の合計)まで普通株式等Tier1 比率を低下させる結果となった。
図表5 邦銀大手4 行平均のCoCos 調達コスト、債券売却益控除後の普通株式等Tier1 比率の推移
まとめにかえて
一連のストレステストでは、普通株式等Tier1 を一定の水準まで押し下げる効果が確認されることとなった。しかしながら、当該試算では、2019 年3 月時点で
は、求められるバッファー込みの普通株式等Tier1 比率を十分に達成できる見込
みが高い。また経過措置ベースでみても、2013 年3 月、2016 年3 月の双方とも所
要普通株式等Tier1 比率をクリアできる水準にあることも注目に値するであろう。
今回の試算はあくまで平均値ベースであり、個別銀行ごとには多少のブレは存在
するが、日本におけるバーゼルV規制の実施のインパクトは、現在の好調な銀行
決算が継続すれば軽微である可能性が高い。
また残された不確定要因としてはやはり与信コストの上昇が挙げられる。特に1
年間の延長が決定された金融円滑化法の出口戦略でのソフトランディングの成否
は注目されるだろう。もっともバーゼルVを当面実施しない地域金融機関(国内
基準行)で影響が表面化したとしても、大手行における大幅な与信コストの上昇
は想定しづらいであろう。我が国では、既に国際基準行向けの改正告示も発表さ
れており、大きなサプライズがなければ、バーゼルV実施への対応が先行してい
る状況には変わりは無い。今期以降、本業での貸出金の収益力が継続するならば、
なお余力が残る結果となり、邦銀のバーゼルV実施に関する優位性は、維持され
るものと言えるであろう。
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