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格付会社への規制 公益財団法人 日本証券経済研究所
金融商品取引法研究会
研究記録第36 号
i
ま え が き
日本証券経済研究所の金融商品取引法研究会は、その時々の証券市場、資
本市場をめぐる様々な法律問題について、ご専門の研究者や法律実務家の先
生方を中心に、また、金融庁のご担当者や実務関係の方々にもオブザーバー
として参加していただき、ご報告、ご討論をしていただく場である。研究会
の都度、出来るだけ早く研究記録を刊行し、皆様のお役に立ちたいと考えて
いる。
今回の研究記録は、平成24 年4月4日開催の研究会における山田剛志委
員(成城大学法学部教授)による「格付会社への規制」と題するご報告と、
それについての討論の議事録をお届けするものである。
山田先生からは、IOSCOが2008 年5月に改訂した「信用格付機関の
基本行動規範」と対比しつつ、平成21 年に改正された金融商品取引法及び
関連する業府令による、わが国の格付会社の規制について、詳細なご報告を
いただいた。また、格付会社への規制強化に対する、諸外国の法整備の現状
についてご説明いただき、今後の証券市場に係る問題をご指摘いただいた。
このご報告を巡り、いつものように委員やオブザーバーの先生方から活発
なご議論があり、大変有意義な研究記録となっている。
ご報告をいただき、議事録の整理にご協力いただいた山田委員に厚くお礼
を申し上げ、また研究会にご参加いただき、熱心にご討論いただいた委員や
オブザーバーの先生方に心から感謝申し上げる次第である。
平成24 年5月
公益財団法人 日本証券経済研究所
理事長 東 英 治
iii
格付会社への規制
(平成24 年4月4日開催)
報告者 山田 剛志
(成城大学法学部教授)
目 次
T.はじめに …………………………………………………………………… 1
U.金商法改正による格付会社の規制
〜 IOSCO の基本行動規範との対比 …………………………………… 3
1.登録規制
2.無登録業者の格付に関する金融商品取引業者の説明義務
3.信用格付業者の体制整備に関する事項
4.信用格付業者の禁止行為
5.信用格付業者の情報開示に関する事項
6.資産証券化商品の特例
7.現状での問題点
V.格付会社への規制強化に対する諸外国の法整備 ………………………15
1.諸外国における各種規制の相違
2.EU における格付会社への規制動向
3.アメリカにおけるドッド=フランク法による格付会社への規制
W.格付会社への規制と今後の証券市場 ……………………………………24
1.民事責任
2.ルックバックレビュー
3.非依頼格付(勝手格付)と格付方針への規制
討 議 ……………………………………………………………………………29
報告者レジュメ …………………………………………………………………48
資 料 ……………………………………………………………………………57
iv
金融商品取引法研究会出席者(平成24 年4月4日)
報告者 山 田 剛 志 成城大学法学部教授
会 長 神 田 秀 樹 東京大学大学院法学政治学研究科教授
副会長 前 田 雅 弘 京都大学大学院法学研究科教授
委員 太 田 洋 西村あさひ法律事務所パートナー・弁護士
〃 川 口 恭 弘 同志社大学大学院法学研究科教授
〃 神 作 裕 之 東京大学大学院法学政治学研究科教授
〃 黒 沼 悦 郎 早稲田大学大学院法務研究科教授
〃 近 藤 光 男 神戸大学大学院法学研究科教授
〃 中 東 正 文 名古屋大学大学院法学研究科教授
〃 中 村 聡 森・濱田松本法律事務所パートナー・弁護士
〃 藤 田 友 敬 東京大学大学院法学政治学研究科教授
〃 松 尾 直 彦 東京大学大学院法学政治学研究科
客員教授・弁護士
オブザーバー 永 井 智 亮 野村證券常務執行役員
兼チーフ・リーガル・オフィサー
〃 荻 野 明 彦 大和証券グループ本社経営企画部長
〃 藤 瀬 裕 司 SMBC日興証券法務部長
〃 金 井 仁 雄 みずほ証券法務部長
〃 伊地知 日出海 日本証券業協会常務執行役
〃 平 田 公 一 日本証券業協会常務執行役
〃 三 森 肇 日本証券業協会自主規制本部自主規制企画部長
〃 廣 瀬 康 東京証券取引所総務部法務グループ課長
研究所 東 英 治 日本証券経済研究所理事長
〃 若 林 良之助 日本証券経済研究所常務理事
〃 萬 澤 陽 子 日本証券経済研究所主任研究員
〃 安 田 賢 治 日本証券経済研究所事務局次長
(敬称略)
1
格付会社への規制
前田副会長 定刻になりましたので、金融商品取引法研究会の第6回会合を
始めさせていただきます。
まず、お知らせとして、オブザーバーに変更がございます。SMBC 日興
証券法務部長として、これまでは松本譲治様にご出席いただいておりました
けれども、今回からは藤瀬裕司様にご出席いただくことになりました。どう
ぞよろしくお願いいたします。
藤瀬オブザーバー(以下OBS) どうぞよろしくお願いいたします。
前田副会長 既にご案内のとおり、本日は、成城大学の山田剛志先生から「格
付会社への規制」というテーマでご報告をいただきます。
では、山田先生、よろしくお願いいたします。
山田報告者 ただいまご紹介いただきました成城大学の山田と申します。本
日は、「格付会社への規制」という題で報告をさせていただきます。
T.はじめに
格付会社にはいろいろ紛らわしい言葉が出てまいりますので、最初に、私
が本報告でご説明する言葉の定義を述べさせていただきたいと思います。基
本的には金融庁の発行された書籍によっております。
まず、「格付会社」というのは、信用格付を付与し、かつ提供し、または
閲覧に供する行為を業として行う会社。それに対しまして「信用格付業者」
というのは、金商法によって登録を受けている格付会社であります。そのほ
かに、「指定格付機関制度」というのは、従前利用されていた発行登録制度
を利用するための格付会社制度のときの呼称でございます。その他、特に欧
米の法制等を参照させていただきますと、よく「Credit Rating Agency」と
いう言葉がございますが、これは「信用格付機関」というのが定訳に近いの
かなと思いますので、外国の法制等で「Credit Rating Agency」という言葉
が出てきた場合には「信用格付機関」として使わせていただきたいと思いま
2
す。
それでは、報告に入らせていただきます。
2011 年の欧州危機に際しまして、ギリシャ国債を初めとして、格付会社
の各国国債への非依頼格付、いわゆる勝手格付が欧州危機を助長したという
批判が強いと思います。イタリアでは警察が米系格付会社を強制捜査したと
いうニュースが出ておりましたが、欧州各国は米系の格付会社の動向には非
常に神経をとがらせていると思います。
2007 年に戻りますと、夏以降に顕在化しましたサブプライムローンの証
券化商品に端を発する世界的な金融危機に関連して、投資銀行や機関投資家
が、サブプライムローンの証券化に際しまして、格付会社の格付を無条件に
信頼したことがその後の世界的危機を引き起こした1つの要因というのが定
説になっております。その際、格付会社による不適切な格付及び証券化商品
の原資産の開示が不十分だったことがその原因とされております。
投資家が判断を誤った背景といたしましては、証券化商品に実態以上の高
い格付が付されていたということが挙げられております。格付会社が実態よ
り高い格付をつけた理由としては、@証券化商品の格付ビジネスにはもとも
と利益相反問題が存在する、A格付モデルの妥当性に関し、適切な検証また
はディスクロージャーがなされていなかった、B投資家が格付とは民間企業
の評価であるという事実をよく認識していなかったということが挙げられて
おります。以上のような背景から、証券化商品に対する格付に対する規制も
大きな課題となっております。
本報告に際しましては、金融庁の小長谷補佐及び日本格付研究所からイン
タビューに応じていただいているなど、非常に協力を得ましたので、あらか
じめご披露させていただきます。
その後、世界各国で格付会社を規制するため検討がなされまして、同時に、
証券監督者国際機構(以下「IOSCO」とする)は、格付会社の自主ルール
に盛り込むべき「信用格付機関の基本行動規範(Code of Conduct
Fundamental for Credit Rating Agencies)」(以下「基本行動規範」という)
3
を2008 年に改訂いたしました。これが資料9でございます。
一方、アメリカでは、2006 年、信用格付機関改革法が成立しまして、
2007 年より格付会社の登録制を開始し、その後、SEC 規則を改定して格付
会社に対する規制強化を図っております。また、2010 年7月に成立しまし
た金融規制改革法(以下「ドッド=フランク法」という)では、931 条以下
で規制が大幅に強化されております。これが資料11 でございます。
他方、欧州では、欧州委員会が2009 年4月に「格付会社に関する欧州議
会および理事会規則」を制定し、規制強化が図られております。また、さら
なる規制が議会で検討されておりますので、これについては後ほどご報告さ
せていただきたいと思います。
他方、我が国における格付会社への規制といたしましては、平成21 年6
月24 日に公布されました金融商品取引法等の一部を改正する法律及び改正
法に係る政令・内閣府令等が挙げられますが、特に本報告では、上記金商法
改正及び金融商品取引業等に関する内閣府令(一般には「業府令」)を中心
に現行法を検討し、具体的に我が国の格付会社に係る規制を考察したいと思
います。その上で、格付会社に対する不信は払拭されるか、さらなる問題点
は何かなどにつきまして、欧州規制及びアメリカの法制・判例を参照しなが
ら検討していきたいと思っております。
U.金商法改正による格付会社の規制〜 IOSCO の基本行動
規範との対比
続きまして、2の「金商法改正による格付会社の規制」につきまして、
IOSCO の基本行動規範との対比で検討していきたいと思います。
我が国では、サブプライムローン証券化商品の被害はそれほど深刻とは言
えませんでしたが、我が国で活動している格付会社のうち、多くはアメリカ
系格付会社であります。これは資料1をごらんください。現在登録されてい
る信用格付業者一覧でございます。日本の会社が2社で、そのほかは英米系
の格付会社及びその子会社等ということで、合計8つの会社が信用格付業者
4
として登録されております。
そのような背景もありまして、規制の国際的な統合を図るため、金融審議
会による審議結果、これは資料8ですが、先生方の多くがその委員でもあら
れますので、先生方のほうがよくご存じと思いますが、その審議結果を踏ま
えまして、21 年改正によって格付会社への規制が導入されたということで
ございます。その際、格付会社への規制は、2008 年5月に改正された
IOSCO の基本行動規範と整合的なものにすることが国際的に合意されてお
りましたため、我が国改正金商法でも、@誠実義務、A情報開示義務、B体
制整備義務、C禁止行為の4つの柱に基づき制度整備がなされております。
以下、本報告では、先ほど申し上げましたように、IOSCO の基本行動規
範と比較しながら我が国の格付会社への規制を検討したいと存じます。
改正法の大きな特徴は、指定格付機関制度を変更し、格付会社に登録制度
を導入し(登録した格付会社を「信用格付業者」という)、格付会社は登録
できるという規定になっております(金商法66 条の27)。この場合、「信用
格付業」とは、信用格付を付与し、かつ提供し、または閲覧に供する行為を
業として行うことをいい、さらに、「信用格付」とは、金融商品または法人
の信用状態に関する評価の結果について、記号または数字を用いて表示した
等級をいうと規定されております。
なお、信用格付を付与する行為でございますが、第三者に対する提供や閲
覧に供する行為がないときは、信用格付が投資判断材料として利用される確
率はないので、信用格付業から除かれるとされております。その具体的な例
としては、私的格付と中小企業スコアリングが定義府令25 条で挙げられて
おります。具体的には、私的格付というのは、格付関係者等の要求により、
信用格付を付与し、かつ信用格付を当該関係者のみに提供する行為であって、
広く投資家一般への公表が予定されていないもののことをいいます。また、
中小企業スコアリングとは、特定の法人(中小企業であり、有価証券報告書
非提出会社)を対象とするスコアリングモデルに基づく評価結果で閲覧を予
定していると規定されております。
5
今まで申し上げましたとおり、登録制の枠組みとして、格付を付与するた
めには、登録を義務化するのではなく、登録をすることができるという方法
が採用されたことでございます。このことと関連いたしまして、投資家保護
の観点から、無登録業者の格付利用に関しましては、金融商品取引業者等に
説明義務を課すこととされております(金商法38 条3号)。
さらに、格付会社への規制として、@利益相反の禁止、格付プロセスの公
正性確保の体制整備、A禁止行為、B格付方針の発表、説明書類の公衆縦覧
等の情報開示義務が法定され、IOSCO の基本行動規範と整合するように国
際的に合意されておりますので、その方針で業府令等々でも対応がされてい
ます。
1 登録規制
以下、分説いたします。
(1)として「登録規制」です。
登録の方法は、先ほど申し上げましたとおり、義務的な登録ではなく、登
録することができる旨の規制が採用されました。この点につき、信用格付と
は、金融商品や発行者の信用状態に関する意見の表明であって、何人も業規
制を経ないと信用格付を業として行うことができないとすると、言論の自由
への大きな制約になるという意見がございます。しかし、無登録会社が独自
に格付を付与することは特に規制はございませんし、業として格付を行わな
い限り規制はないと理解されています。
なお、格付の公的利用に関しましては、参照方式や発行登録制度の利用適
格要件に指定格付機関から一定以上の格付の取得を求める制度は、2010 年
の内閣府令によって廃止されています(企業内容等の開示に関する内閣府令
9条の4参照)。なお、金商法におきましては、信用格付業を行う者には参
入規制は設けられておらず、何人も信用格付業を営むことは可能であります
が、登録を受けて信用格付業者となることによって規制の対象となりますが、
付与された信用格付については、先ほど申し上げましたように、金融商品取
6
引業者等が追加的な説明義務を負うことなく顧客に提供することが可能とな
るということです。なお、無登録業者が付与しました信用格付を提供する際
の追加的説明義務は、勧誘の相手が特定投資家でも適用されるということに
なっているようです。
登録は、個人以外の者が登録の申請に基づき認められますが、申請書には、
商号または名称、役員の氏名等、営業所または事務所等、他の事業を営んで
いるときはその種類、その他内閣府令で定める事項を記載するとされており
ます。その記載事項の中には、基本事項のほかに、信用格付行為の内容・信
用格付の対象事項の区分、業務管理体制の整備に関する事項があります。こ
の点は後ほど報告いたします。
内閣総理大臣は、登録拒否事由に該当する場合を除きまして、登録申請書
の記載事項、登録年月日及び登録番号を信用格付業者登録簿に登録しなけれ
ばなりません。これが先ほどご紹介いたしました資料1でございます。さら
に、内閣総理大臣は、信用格付業者登録簿を公衆縦覧に供さなければならな
いとされています。
なお、外国法人である信用格付業者の国外拠点が付与する信用格付のうち、
非日本関連格付(日本に持ち込まれる可能性のない格付)につきましては金
商法の適用外とされております。
2 無登録業者の格付に関する金融商品取引業者の説明義務
続きまして、(2)の「無登録業者の格付に関する金融商品取引業者の説
明義務」に移りたいと思います。
金融商品取引業者が無登録業者の付与した信用格付を顧客に提供して金融
商品取引契約の締結を勧誘する際には、業府令で定める事項を説明する義務
を負います。逆に言うと、信用格付業者が登録を受けるメリットは、金融商
品取引業者が説明なしに信用格付を投資勧誘に用いることができる点が一番
大きな点でございます。この場合の説明事項といたしましては、@信用格付
を付与した者が信用格付業者の登録を受けていない旨、A信用格付業者の登
7
録の意義、B信用格付を付与した者の商号、役員、本店その他の所在地等、
C信用格付を付与した者が当該格付を付与するために用いる方針及び方法の
概要、D信用格付の前提、意義及び限界について説明をしなければならない
とされております。
なお、後述いたしますが、日本とアメリカは「登録できる」規制でありま
すが、登録を受けなければ登録の効果等が認められません。一方、欧州は、「登
録を受けなければならない」規制でありますが、規制目的で利用される格付
の発行に関する規制、例えば信用機関等の利用するための格付の付与という
のが主な目的でありますから、格付の付与・提供のサービス等に参入規制を
設けるものではないとされております。
この説明義務に関する点に関しまして、特に外国籍の格付会社海外オフィ
スは国内規制を嫌って無登録で格付を提供することになり、規制が厳し過ぎ、
国内市場が空洞化するのではないかという危惧が実務家から示されておりま
した。そこで、平成22 年10 月1日の説明義務の施行に先立ち、金融商品取
引業等に関する内閣府令(業府令)が改正され、平成22 年9月22 日に公布
されました。その大きな骨子はグループ指定制度の導入であります。
グループ指定制度は、制度の適用を受けた無登録業者について、一定の範
囲で金融商品取引業者等が直接説明を行うかわりに、グループ内の信用格付
業者を通じて情報提供をすることを認める。この場合、当該方法による情報
提供を認めるには、まずは説明事項に係るグループ指定制度の指定を受ける
必要があるとされております。
その結果、無登録格付の説明に関しまして、金融商品取引業等が反復継続
的に取引を行っている顧客に対し、説明義務に係るグループ指定制度の対象
となる無登録業者の信用格付に関しまして、無登録業者である旨の説明は毎
回必要でありますが、その他の事情は当初に包括的な説明を行えばよく、毎
回同じ説明は必要ないということになりました。また、口頭の説明が簡易で
あった場合でも、事後的にファックス等で説明を補完し、業府令116 条の3
に定められている説明事項が網羅されている事例では、顧客の知識等を考慮
8
して詳細事項の説明義務が免責される場合があり得るということにされまし
た。しかし、現状では、日系2社、欧米系6社の登録がありますので、事実
上、大手の欧米系の格付会社が登録をしたということで、私見ですがグルー
プ指定制度は例外としてはそれほど大きな意味を持たないのではないかと思
われます。
なお、外国法人であります信用格付会社の外国拠点が付与する格付のうち、
我が国に持ち込まれる可能性がない格付に関しましては、金商法の適用除外
(非日本関連格付)となります。この場合、外国法人である格付会社で我が
国の登録を受けていない格付会社は、次で論じます法令遵守等の体制整備を
行う義務はないとされました。
3 信用格付業者の体制整備に関する事項
続きまして、(3)の「格付会社の体制整備に関する事項」でございます。
信用格付業者は、信用格付業を公正かつ的確に遂行するため、業務の品質
管理、利益相反防止措置、その他業務執行の適正を確保するための措置を含
む業務管理体制を整備しなければならない。業府令では、基本行動規範及び
欧米の規制動向を踏まえて、業務管理体制の整備要件として詳細な規定を整
備しております。信用格付業者は、業府令で整備することが求められている
業務管理体制の各項目について、自社の業務の特性・規模等に応じた適切な
水準・深度となるような体制を整備することが求められます(監督指針V−
2−1)。これは資料2をごらんください。金融庁のホームページから抜粋
しました「信用格付業者向けの監督指針」です。そのV−2−1というのが
業務管理体制の整備でございます。
業務の適正性及び専門性を有する人員を十分に確保するための措置とし
て、格付アナリストを採用し、適切に配置するとともに、採用研修のための
格付委員会を設置し、格付アナリストを適切に監督することが求められます。
信用格付業者は、公正不偏の態度保持等が義務づけられております。資料4、
資料5が日本格付研究所の「格付付与方針」、及び資料6が実際にムーディー
9
ズが公表しております「NEWS」ですけれども、左側に、今申し上げたよう
な格付会社の主任格付アナリストや格付責任者についての記載がございま
す。
@ローテーションルール。格付対象商品の発行者等とのなれ合い防止のた
め、同一案件に関与したアナリスト等の交代を義務づけるローテーション
ルールが導入されました。一方、格付の品質確保の観点から、アナリスト等
の専門知識の重要性も踏まえ、主任格付アナリストのローテーション(5年
間継続した場合には2年間のインターバルを義務づける)こと、格付委員会
の委員の3分の1のローテーションの選択制が採用されました。なお、併用
の場合には適用基準を定めておくことが必要となります。これは、資料3の
監督指針のV−2−1(1)に規定されております。
A格付プロセスの品質管理及び利益相反防止。格付本来の役割が果たされ
るためにも、格付プロセスの品質確保が重要でございます。業府令306 条1
項6号において、専門技能を有する人の確保、情報の品質確保、十分な人が
確保できない場合の対応、格付方針のレビュー機能及び付与した格付のモニ
タリング等について、所要の措置を講ずることとされております。
我が国では、先ほど申し上げましたように、IOSCO の基本行動規範に盛
り込まれている事項は基本的に金商法の他、業府令等において規定したとさ
れていますが、利益相反につきましては、各国の実情を踏まえて対応されて
います。具体的には、利益相反またはそのおそれのある行為を特定し、当該
行為が投資者の利益を損ねないことを確保するための措置を求めておりま
す。
第1に、格付対象商品の発行会社との間で融資または資本関係がある場合
に利益相反回避の措置を求めております。これは後ほど申し上げる予定でし
たが、アメリカの判例の中で、被告の中にスタンダード・アンド・プアーズ
とマックグローヒルというのがありまして、これは何かなと思ったら、どう
もこのマックグローヒルというのがスタンダード・アンド・プアーズの親会
社のようであります。このような形の資本関係がある場合には利益相反回避
10
の措置を求めるということです。第2に、担当アナリストが格付対象商品の
発行者の役員等への就任を働きかけ得ることの防止措置。第3に、転職した
格付アナリストが転職先の案件の検証(ルックバックレビュー)を求めてお
ります。今まで信用格付業者等でアナリストだった方が退職をして、その後、
格付をした対象会社に就職する。この場合にはルックバックレビューを求め
ておりますが、欧米の議論を見ていますと、このような転職にかかわらず、
急激な格付の変更、例えば短期間で3ノッチ以上の変更があった場合、なぜ
そのような格付の変更があったのか検証を行うというふうな一般的なルック
バックレビューという議論もあるようでございます。
B資産証券化商品の情報開示。サブプライム問題に関連して格付の低下が
問題となったため、資産証券化商品の格付の妥当性につきまして、第三者か
ら独立した制度を求めております。具体的には、第三者が検証しやすいよう
に重要な情報を整理して開示すること、資産証券化商品の発行者に情報公開
を促すこと、及びその結果を公表することが求められます。資産証券化商品
に対する格付への監督については後述いたします。
C監査委員会の設置。信用格付業者の独立性を確保するため、信用格付会
社は内部体制の整備が義務づけられておりまして、内閣府令によって独立委
員が参加する監督委員会の設置が義務づけられております。ただし、信用格
付業者の役職員の員数から、前述のローテーションルールと監督委員会の設
置が困難な場合、他の代替的な措置を講ずることによって独立性及び公平性
の維持が図られていると思われる場合には、金融庁長官の個別承認により当
該規制の適用を免除することができるとされております。
4 信用格付業者の禁止行為
続きまして、(4)の「格付会社の禁止行為」です。
金商法改正法は、信用格付業者の公平性確保のため、以下の事項を禁止し
ております。
@格付会社と密接な関係を持つ発行会社の格付の禁止。信用格付業者の担
11
当アナリスト等が発行会社の役職員であること、及び格付対象商品を保有す
ることは禁止されております。これは、会社法改正で議論されている独立役
員と比べると少し定義が甘いかなという感じがしますので、今後恐らく議論
の対象になると思われます。
Aコンサルティング行為の同時提供の禁止。信用格付業者が格付対象商品
の発行者に対し、当該商品の格付に重大な影響を及ぼすべき事項について助
言を行った場合に、当該商品の格付を禁止するとされております。具体的に
は、信用状態の評価が格付の対象となる事項について、当該法人の資産及び
負債等の構成等がそれに当たるとされております。ただし、業府令では、信
用格付業者と発行会社等の間の適切なコミュニケーションを確保するため
に、発行者からの求めに応じ、当該発行者が提供した情報がどのように格付
に影響を与えるか、格付付与方針に基づき説明した場合を除いております。
格付付与方針につきましては資料4をごらんください。これは日本格付研究
所が公表している格付付与方針でございます。
Bその他禁止行為。金商法では、上記のほか、投資家保護に欠け、または
信用格付業の信頼を失墜させることのないように、以下の点を業府令で禁止
しています。第1に、格付対象商品の格付評価を行う前に、あらかじめ定め
た格付の提供を約束すること(格付の事前確約)。第2に、担当アナリスト
が格付のプロセスにおいて発行会社から金銭または物品の交付を受けるこ
と。第3に、資産証券化商品に関しまして、他の信用格付業者が当該商品ま
たはその原資産等を格付していた事実をもって、当該証券化商品の格付付与
を拒否することは禁止されております(業府令312 条1〜3号)。
5 信用格付業者の情報開示に関する事項
続きまして、(5)の「格付会社の情報開示に関する事項」に移りたいと
思います。
金商法は、信用格付業者に対し、以下の情報開示を義務づけております。
第1 に、信用格付業者は、業府令で定めるところにより、格付方針を定めて
12
公表しなければならない。これは先ほどご指摘いたしました資料4でござい
ます。業府令で格付方針の記載事項及び公表方法を定めております。記載事
項に関しましては、格付付与方針及び格付提供方針が定められております。
特に資産証券化商品の格付の場合には、第1 に、投資者への情報開示の観
点から、資産証券化商品の発行者、アレンジャー、オリジネーターの氏名の
公表が求められております。第2に、資産証券化商品の格付につきましては、
損失、キャッシュフロー及び資産証券化商品の格付であることを明示する表
示の公表が求められております。
また、信用格付業者は、事業年度ごとに業務の状況に関する事項を記した
説明書類を作成し、事業年度から4カ月を経過した日から1年間公衆縦覧に
供するとともに、インターネット等を通じて公表しなければならないとされ
ております。その際、説明書類の記載事項として、業務の状況に関する事項
のほか、業務管理体制の整備状況が定められております。
また、格付方針等の策定及び公表に係る留意点として、インターネット等
の開示方法につきましては監督指針で具体的に規定しております(監督指針
V−2−3(1))。格付付与方針としては、格付符号、付与の方法、付与し
た年月日、主任アナリスト等の氏名、及び非依頼格付(勝手格付)の場合に
は、その旨及び未公開情報の有無等を含まなければなりません。なお、日本
格付研究所の場合、勝手格付でも国等の場合には承認をとるとしております。
これは資料5の4ページをごらんください。下から6行目で、「信用格付を
発行体の依頼によらず付与する場合であっても、原則として、通常の依頼信
用格付の場合と同様なプロセス、情報および格付方法に基づいて信用格付を
付与します」。下から2行目、「国に対する信用格付については、当該国の了
解を得ている場合に限りこれを付与する」となっております。
なお、当局の信用格付業者に対する検査は主として、業務が格付方針等に
従って行われているかのほか、禁止事項利益相反等はないか、法令違反はな
いか検査することであるとされております。格付方針または格付そのもので
はないというのが、この場合のポイントであろうかと思います。
13
信用格付業者に対する監督は、廃業の場合には届け出なければならず、そ
の際の年月日等の届け出事項は法定されております。内閣総理大臣は信用格
付業者の業務の運営状況に関し、公益等の保護のため必要な限度で業務改善
命令を発することができ(金商法66 条の41)、その他登録取消業務の全部
または一部の停止を命ずることができるとされております(金商法66 条の
42 第1項)。登録抹消後または無登録業者が信用格付業に関し不正または著
しく不当な行為をし、または投資者の利益を害する事実がある場合には、恐
らく業務停止命令を発することは可能なのではないかと思われます。この辺
はご教示いただければと存じます。
この場合、特に重要なのは、信用状態の変化に関する統計情報、すなわち、
格付分類ごとの過去のデフォルト率等が想定されます。また、格付の履歴に
関しましては、個別の格付について、格付の付与を行った日及び付与した格
付を時系列に整理したリスト等が考えられます。これは、サブプライム問題
等で急激な格付の低下が市場の不信を招いたことがその背景にあるのではな
いかと思われます。
6 資産証券化商品の特例
続きまして、(6)の「資産証券化商品の特例」です。
述べましたとおり、サブプライムローン証券化商品に関しまして種々の問
題点が指摘されましたので、一般的な社債等に対する格付のほかに、ストラ
クチャード商品に対する信用格付には特に追加義務を課しております。我が
国でも、業務管理体制の整備、禁止行為、格付方針等に関し、業府令で追加
的な義務を規定しております。我が国におけるストラクチャード商品の定義
といたしましては、原資産に関する信用リスクの移転が重視されて、原資産
がSPC または信託譲渡される形態の商品、及び、原資産の所有権を譲渡せず、
信用リスクのみをクレジットデフォルトスワップ等の手法を用いてSPC ま
たは信託財産に移転させる資産証券化商品に分類し(業府令295 条3項1号
イ〜ニ)、及び金融庁長官が指定するものが対象とされます。
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この場合、格付関係者の定義の中に原資産の主たる保有者というのを追加
したり、ローテーションルールでは案件ごとに構成員の同一性を評価するな
ど、規制が強化されております。
7 現状での問題点
次に、(7)の「現状の問題点」について話を進めさせていただきたいと
存じます。
金融審議会におきまして格付会社制度の見直しが議論され、これは資料8
ですが、先ほど申し上げましたように、先生方の多くはその委員でもあられ
ますので、私よりもよくご存じかと思いますけれども、その方針に基づき、
格付会社に関し今回の金商法改正がなされましたが、そこでは、データの利
用方法やモデルなど格付手法の妥当性について十分な検証が行われていた
か、また、発行体・アレンジャーから報酬を受領するというビジネスモデル
に利益相反の可能性が内在しているのではないか、市場参加者に格付の意義
と限界に対する情報が不足していたのではないかという問題点が指摘され、
今後の課題となっております。
特に、金商法の改正に伴いまして格付の公的利用制度が大きく変更されま
した。格付会社に対し登録制度が導入されて信用格付業者制度に移行したた
め、指定格付機関制度が廃止されました。そのため、発行登録制度において、
2009 年12 月28 日公布の業府令によって指定格付機関の格付要件について
は撤廃されました。これにかわり、過去5年間において公開等を行った募集
または売り出しに係る社債券の券面総額が100 億円以上であること(企業内
容開示府令9条の4第5項1号ホ)が規定されております。また、主幹事引
受制限についても、信用格付の公的利用制度を制限して、指定格付機関によ
る格付付与の要件を削除し、格付による適用除外を廃止しました。
その後、2010 年9月公布の業府令の改正におきまして、投資信託の運用
報告書交付義務の免除要件、SPC 保有資産の価格調査をする機関から指定
格付機関を除くということ、金融検査マニュアル等における企業の信用力の
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参考資料に関し信用格付業者を使う等の改正がなされ、その他、銀行の自己
資本規制等しか格付は公的に利用されておらず、格付の公的利用が大きく制
限されました。
その後、日本証券業協会におきまして、金商法改正、業府令等の改正を踏
まえて、望ましい格付会社への規制について検討が行われました。これが資
料7でございます。「中間報告書」となっていますので、これから最終報告
書が出るのか、わかりませんが、今の段階ではこれが公表されておりますの
で、参照させていただきました。
その際、格付の分析手法や表示方法、ビジネスモデルなどについて検討さ
れましたが、特に、我が国において発行体から報酬を受領するのではなく、
投資家から報酬を受領する方式などについては、市場における価格形成機能
が低下する危険性があるなど、問題点が指摘されております。また、格付の
限界を市場に周知することについても今後の課題とされております。
以上で2を終わりまして、今後、我が国の格付の法制がどのよう形で変更
される可能性があるのかということで少し比較法の報告をしてみたいと存じ
ます。
V.格付会社への規制強化に対する諸外国の法整備
3の「格付会社への規制強化に対する諸外国の法整備」です。
1 諸外国における各種規制の相違
(1)の「諸外国における各種規制の相違」ですが、何回も述べましたよ
うに、我が国では金商法及び内閣府令の改正によって格付会社への規制が強
化されましたが、その背景にあったのはIOSCO が制定した基本行動規範の
改訂です。アメリカでは、1934 年、証券取引所法による登録制度の導入及
びSEC 規則の改定、並びに欧州委員会による格付会社に関する欧州議会及
び理事会規則(以下、「欧州規制」という)であります。
この中で特にIOSCO の基本行動規範につきましては、先ほども申し上げ
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ましたように、@格付プロセスの品質と公平性、A格付会社の独立性と利益
相反の回避、B格付会社の一般投資家及び発行体に対する責任、C行動規範
の開示と市場参加者とのコミュニケーションの4つの原則に基づいて、格付
会社が遵守すべき具体的行動規範を求めております。これは、2009 年4月
のG20 会議で、各国の格付会社に対する規制は基本行動指針によるものと
合意されている点が背景にあるものと思われます。
また、欧州規制では、欧州域外の格付会社の格付に関しまして、欧州の金
融機関等が利用を継続するために一定の品質保証制度として証明制度を利用
することが求められました。証明制度とは、後からお話ししますが、欧州域
外の格付会社が母国当局において登録・監督され、欧州委員会により当該監
督が欧州規制と同等の実効性があると評価された場合に、当該格付の有効性
が認められる可能性がある制度でございます。
以上のように、格付会社への規制につきましては国際協調が重視されます
が、規制項目によっては規制態様が異なることがございます。例えばローテー
ションルールに関しましては、欧州規制では、主担当アナリストは4年、格
付主任者は7年で交代することが義務づけられておりますが、基本行動規範
及びアメリカ規制ではローテーションルールは義務づけられていません。同
時に、欧州規制では、格付アナリストは格付付与後6カ月以内に発行者の役
職員等に就任することが禁止されていますが、基本行動規範及びアメリカの
規制等にはそのような規制はありません。また、ルックバックレビューにつ
きましては、基本行動規範(2. 17 項)に定めがありますが、欧州規制では
過去2年間の関与案件に対するレビューが求められておりまして(同規則7
条3項附属文書IC6)、アメリカ規制では1年とされております。
このように、格付会社に対する規制に関し、国際的に影響力を持つ規範と
しての基本行動指針、欧州の規制及びアメリカの規制の間でも若干の相違が
ございます。そこで、個別に欧州及びアメリカの規制状況を検討したいと思
います。
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2 EU における格付会社への規制動向
(2)の「EU における格付会社への規制動向」です。
@欧州規制の導入。欧州では種々の規制が各国で行われていましたが、サ
ブプライムローン問題以降、格付会社への規制の導入に向けて、欧州連合レ
ベルで取り組みが大きく進展しました。欧州規制当局委員会(CESR)が
2008 年7月、格付会社を欧州委員会の登録制度の対象とするべきという原
則を支持するという結論に至りました。その後、欧州議会は2009 年に信用
格付機関に関する欧州規則を採択しました。同規則によりますと、格付会社
は規制目的で発行される信用格付を発行するためには登録を受けなければな
らないという枠組みが採用されております。その登録の効果として、投資会
社、保険会社等がEU 域内の規則を遵守するために利用可能な信用格付は登
録されたものに限るという形の規制になっています。
A欧州証券市場局(ESMA)の設立。登録を受けた格付会社に対しまして
は、欧州証券市場局(ESMA)が新たに設置され、格付会社の登録及びその
後の監督について権限を持つことになりました。具体的な権限といたしまし
ては、独立委員を含む監督機関の設置、法令遵守・内部統制・利益相反防止、
独立したレビュー機構の設置、アナリストのローテーションルール、格付方
法に関する情報開示規定等が規定されております。
欧州域内で信用格付利用を認められるためには、原則として、当該格付会
社はEU 域内で設立された法人でなければならないとされております。欧州
域外の格付会社の信用格付に関しましては2つの方法がございまして、@同
一グループに属する欧州域内の格付会社に承認(endorsed)を受けた場合、
A欧州域内の国により個別に格付利用を認めるための証明(certified)を受
けた場合のいずれかの場合に限って欧州域内の規制目的での利用が可能とな
ります。
なお、日系2社のうち、同一グループ内に欧州域内で設立された格付会社
が存在しないことから、Aの証明を受けた要件を利用することとなります。
なお、日本格付研究所は、恐らくフランスだと思いますけれども、Autorité
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des Marchés Financiers の証明を受けているので、承認がなくとも証明を受
けているということでございます。この証明制度は、一定の要件を満たせば、
欧州域外の格付会社の信用格付についても、承認を受けることなく欧州域内
の規制目的で利用可能とされ、欧州域外の格付会社が母国で登録・監督され、
欧州委員会が当該母国の監督上の枠組みが欧州規則と同等と評価し(同等性
評価)、母国当局との間で情報交換監督協力の取り決めが機能していること
の要件が満たされれば域内で利用可能とされております。なお、我が国の規
制は、2010 年9月、欧州委員会により同等と評価されております。その後、
格付会社に関する欧州規則は2011 年5月に改正されました。これが資料10
でございます。同改正によって欧州証券市場局(ESMA)の設立が認められ
ました。それ以降、欧州証券市場局(ESMA)が統一的に格付会社を規制し
ています。
B欧州委員会での規制に関する議論。既述いたしましたように、欧州危機
の際、特に米系格付会社がギリシャ国債を格下げしたことが混乱を助長した
として、これは全く余談で、後から削除させていただきたいんですが、欧州
委員会はよほど腹に据えかねているような感じがします。先ほど申し上げた
ように、アメリカ系格付会社のイタリア事務所に警察当局が踏み込んだとか、
そんなようなことが起きているようでございます。
欧州委員会は、規則及び指令の改正案を2011 年11 月に提示しました。そ
の中では、ソブリン格付に対する情報開示の拡大、信用格付の依存度の低下、
信用格付機関の独立性の向上、ローテーションルール及び民事責任に対して
規制強化を図ろうとしております。
民事責任に関しましては、提案されています修正35a 条におきまして、信
用格付を信頼した投資家は、故意または重過失に基づき欧州規則を犯した信
用格付機関に対し、損害賠償を可能とする改正を予定しております。さらに、
義務的なアナリスト等のローテーション及び格付方針変更に際しての
ESMA の事前承認も予定しています。
これに対しまして、アメリカ系の格付会社が非常に迅速に反応しました。
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アメリカの大手格付会社であるS&P は2012 年1月に反論書を公表しており
ます。その骨子は、もし当該規則が議会を通過すれば、さまざまな否定的な
影響を欧州市場に与えるだろうということであります。第1に、1〜3年の
義務的なアナリストのローテーションは余りに頻繁な格付の変更を助長し、
格付の質を下げることになると主張しています。また、故意または重過失に
基づき欧州規則に違反した格付機関に対し立証責任を転換し、投資家が民事
責任を追及できるということになると格付が非常に保守的になること、並び
に、登録格付機関は格付方針を変更する際には事前にESMA からの承認が
必要で、さらに欧州格付符号への統一について個々の反論が中心でございま
す。これがS&P の反論の骨子です。何人かと議論して、最悪といいますか、
一番影響が大きい事例は、仮に格付方針の変更だけではなくて個別の格付に
ついてESMA が介入するということになると、これは非常に深刻な影響を
与えるということであります。このようなことはないと思いますが。
以上、非常に駆け足でございましたが、欧州の状況でございます。
3 アメリカにおけるドッド=フランク法による格付会社への規制
次に、(3)の「アメリカにおけるドッド=フランク法による格付会社へ
の規制」です。
ドッド=フランク法に関しましては、松尾先生のご著書を参照させていた
だきました。
@ドッド=フランク法の成立前後の状況。アメリカでは、信用格付は20
世紀初頭に誕生し、投資者への参考情報として、また公的な利用も行われる
ようになったとされております。1975 年に採択されたSEC 規則において、
証券会社の健全性確保のための自己資本規制において、全国的に認知された
統計格付組織(NRSRO)の信用格付を使うこととされました。当初は、
1940 年、投資顧問法における登録を前提に、SEC がノーアクションレター
によってNRSRO と称しても問題ない旨の認定がなされたようでございま
す。
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その後、NRSRO の基準が不明確であるという批判がなされ、さらに、
2001 年に起きたエンロン事件において、格付会社が連邦破産法申請の4日
前まで投資適格の信用格付を付与していたことなどの問題が指摘されまし
た。その後、2002 年成立のサーベンス=オクスレー法では、格付会社の役
割についての報告がSEC からノーアクションレターよって求められたとい
うことでございます。
その後、2006 年に信用格付機関改革法が制定されまして、1934 年、証券
取引所法を改正して、NRSRO につきまして登録制を導入したとされており
ます。NRSRO の登録要件としましては、3年間の業務実績、適格機関購入
者による認証、財務基盤などが十分であることが求められます。2012 年4
月現在、日系2社を含む10 社がNRSRO としての登録を受けております。
2007 年夏以降顕在化したサブプライムローン問題をめぐって、前述のと
おり格付会社に対し大きな批判がなされましたが、特にSEC による調査で
明らかになったのが、2002 年以降、格付プロセスを文書化している格付会
社は皆無であったということや、格付プロセスが公表されていなかったこと、
また利益相反の管理が不適切だったことが明らかになりました。そこで、
SEC は2009 年2月、SEC 規則を改正しました。
その中で特に重要な改正は、日本の格付会社2社等に対してSEC 規則
17g-5 ⒜⑶が域外適用されるかどうかでございます。SEC 規則17g-5 ⒜⑶は
ストラクチャード商品の格付のために入手する情報を他のNRSRO にもアク
セス可能とする措置でございます。当初、この規定は2010 年12 月まで適用
が延期される予定でありましたが、影響が大きいので、金融庁が適用免除の
恒久化を求める意見書を提出したとされております。
Aドッド=フランク法における信用格付制度の改正。その後、ドッド=フ
ランク法における信用格付制度が改正されました。2010 年7月、オバマ大
統領はドッド=フランク法に署名をし、ドッド=フランク法は成立しました。
その中で格付会社への規制の強化が図られました。特に、後ほど申し上げま
すが、基本的なスタンスは、金融取引においては格付会社も証券市場におけ
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るゲートキーパーであって、信用格付機関の業務は基本的に商業であり、監
査人、証券アナリスト及び投資銀行に適用されるのと同様の監督及び賠償責
任を負担すべきであるという点でございます。格付会社への規制を見ますと、
大幅に規制が強化されて、格付が誤っていた場合、行政罰を与えたり民事責
任を問う仕組みを検討するなど、これまでの規制と趣旨が大きく異なってい
るように見えるため、具体的な方針を検討するとしております。
資料11 をごらんください。ドッド=フランク法の9章のみの抜粋でござ
います。特に民事責任に関しましては黒沼先生のご著書を拝見いたしました。
この中で、先ほど申し上げたようなアメリカ政府の姿勢がわかるのは931
条かと思いますので、簡単に931 条の内容をご紹介いたしたいと思います。
(1)信用格付機関が、資本形成、投資者の信頼及びアメリカ経済の効率
的な発展にとってシステム上重要になってきたので、信用格付の制度上の重
要性、信用格付に対して、個人投資家、機関投資家及び金融規制当局が寄せ
る信頼にかんがみて、NRSRO を含む信用格付機関の行動及び成果は国益の
問題と言える。
(2)NRSRO を含む信用格付機関は、デット市場における重要なゲート
キーパーの役割を果たすのであり、その役割は、エクイティ市場において証
券の質を評価するアナリスト、企業の財務諸表を審査する監査人の役割に類
似するものである。その役割は、同様の水準での公共の監視と説明責任を正
当化する。
(3)信用格付機関は、他の金融ゲートキーパーがするのと同様に、顧客
のために評価的・分析的サービスを提供するので、信用格付機関の活動は基
本的に商業の性質を有するものであり、そのために、監査人、証券アナリス
ト及び投資銀行に適用されるのと同様の責任基準・監視基準が課せられる。
(4)一定の活動、特にアドバイスを与えているストラクチャード金融商
品のアレンジャーに対し、当該商品の潜在的な格付をする場合に、信用格付
機関は利益相反の問題に直面し、当該利益相反は注意深く監視されるべきで、
したがって、SEC に明確な権限を与えるため立法で明示的に処理されるべ
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きである。
(5)最近の金融危機において、ストラクチャード金融商品の格付が不正
確であったことが明らかになった。当該不正確性は、金融機関及び投資家の
リスク管理の失敗に大きく影響を与え、さらに今回はアメリカ及び世界経済
の健全性に悪影響を与えた。このような不正確性は必然的に信用格付機関の
役割に関する説明責任を増大させる。
また、2006 年、信用格付会社改革法のもとではNRSRO に対する私的訴
訟権が生じないとされておりましたが、ドッド=フランク法933 条は、当該
規定を改正し、信用格付会社の言明につきまして、エンフォースメント及び
制裁金に関する規定が適用され、セーフハーバーの適用はないと規定された
わけでございます。さらに、933 条(b)項は、1934 年、証券取引所法21D
条で規定されている、原告が被告の心理状態を強く推認させる事実を明示し
て申し立てをしなければならないという原則に反して原告の立証を容易にし
て、原告は信用格付機関がみずからの信用リスク評価方法により依拠される
事実要素についての格付対象証券の合理的調査、または、能力のある他の情
報源からの要素に対する合理的確認を故意または重過失で行わなかったと強
く推認される特定の事実を申し立てれば十分とされるということで、民事責
任に関して信用格付会社の責任が重くなったと言い得ます。
また、信用格付機関が参照する情報について、各NRSRO は、発行者・引
受人以外の情報源からの情報が信頼でき、格付付与に対し潜在的に不可欠と
思われる場合には当該情報を参照しなければならないとしました(ドッド=
フランク法935 条)。また、ドッド=フランク法936 条は、NRSRO の信用
格付を行う従業員の資質等に関する基準をSEC に定めることを命じており
ます。さらに、ドッド=フランク法938 条により、信用格付の表示する記号
の意味を明確に定義・開示するための書面による方針等を義務づける規則の
策定をSEC が命じたとされております。ドッド=フランク法939 条は、格
付の公的利用の見直しについて規定していますが、特に939E 条は、NRSRO
により雇用される格付アナリストのための独立専門組織の創設等について、
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さらなる調査及び報告を要求しております。
つまり、信用格付機関はこれまで言論の自由のもとで保護されてきました
が、もともとは収益を上げることが目的の株式会社であり、証券アナリスト、
監査人、投資銀行と同様の民事責任を負い、監督を受けて当然であるという
のがアメリカ政府の基本的姿勢であると思われます。証券化商品への格付低
下が金融危機の引き金となったのは事実であり、責任も負わせるべきだとい
う主張でございます。これは、単に議会が政治的態度を表明したというだけ
でなく、格付が誤っていたことを理由に行政処分を下せるように読める条文
や、信用格付機関がSEC rule10b-5 の責任を負うことを前提として、責任
追及を容易にする条文が置かれているようにも見えます。
B民事責任をめぐる判例法の動向。LEXIS で調査したところ、非常に多
くの信用格付をめぐる訴訟が提起されておりますが、2011 年11 月12 日、
勝手に「ソーンバーグ証券事件」と名づけましたが、ニューメキシコ州連邦
裁判所において、ブロウニング判事による278 ページもの意見が出されまし
た。非常に厚くて読むだけでも大変でしたが、この中で格付に関するものが
十何ページございました。
本件は、サブプライムローンを証券化したソーンバーグモーゲージ証券を
購入した投資家らによる集団訴訟でありまして、被告の中には、投資銀行、
ローンユーザーのほか、有価証券の公売に関連して格付を付与した信用格付
機関が含まれておりました。原告は、有価証券の公売に関連して用意された
書類は、正確に証券のもとになる不動産の現状について情報を公開していな
かったと主張しました。本件は当初、2009 年3月に提訴され、被告らは棄
却の申し出をしましたが、ブロウニング判事はその申し出を一部認めました
が、一部棄却しました。信用格付機関に関しては、重大な虚偽の説明または
不作為に関し、原告は、マックグローヒル及びS&P レーティングサービス
に対しては十分な主張をしたと認めましたが、フィッチ、フィッチレーティ
ング、ムーディーズコーポレーションまたはムーディーズインヴェスター
サービスについては、これらの抗弁(主張)は認められなかったということ
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でございます。
その際、重要な判示といたしましては、アメリカ憲法第一修正に基づく信
用格付機関による抗弁(主張)は、格付が限定された投資家間内など私的な
ものである限りにおいて訴訟を棄却するものではないとされた点でありま
す。ブロウニング判事は、広告の自由における公益は、機関投資家のような
選択されたグループにだけ与えられる文書における信用格付制度とは異なる
と判示しました。
しかし一方で、格付は、仮に証券に向けられた格付がもともとの価値を不
完全にしか予測していなくとも、信用格付は客観的な事実ではなく、信用格
付機関が用いている分析モデルと要素に基づきそれぞれの機関が信じている
意見の陳述にしかすぎず、格付当時、格付機関が当該格付が正しいと主張し
ていない限りは訴訟の対象とはならないと判示する判決もたくさんありま
す。
このように、近時のアメリカにおける信用格付をめぐる判例の動向からす
ると、信用格付が客観的なデータと主張して付与されていない限り、すなわ
ち、信用格付の中に「当格付は意見であって、事実を反映しているものとは
限りません」とか、そういう言明がある限りは民事責任は生じないというの
が従来の判例の動向と言えますが、他方、ソーンバーグ事件、まだ少し分析
が足りませんが、機関投資家のような一群のみに向けられる格付は、言論の
自由によって保護される意見ではなく、合衆国憲法第一修正による抗弁(主
張)は成り立たないという判示は重要な意味を持つこととなるのではないか
と思います。
W.格付会社への規制と今後の証券市場
最後のまとめとして、4の「格付会社への規制と今後の証券市場」です。
問題の所在で検討いたしましたように、サブプライム問題で市場が混乱し
た原因の一つに、急激な格付低下の問題が指摘されております。すなわち、
2007 年7月にスタンダード・アンド・プアーズは209 案件のRMBS を格下
25
げしました。また同日、ムーディーズは、2006 年に格付されたRMBS のう
ち451 トランシェを格下げしました。そのような格下げが立て続けに起きま
して市場に混乱をもたらしたのは記憶に新しいことです。そのような背景も
あり、アメリカ及び欧州は金融再規制に積極的でありまして、信用格付機関
にもその形態(ビジネスモデル)自体を検討する等、格付会社に対する不信
感は想像以上に強いのではないかと思われます。
以下、本報告の締めくくりとして、民事責任、包括的なルックバックレ
ビュー、及び格付方針への規制等をまとめとしてお話しさせていただきたい
と思います。
1 民事責任
(1)は「民事責任」です。
格付会社の付与した格付が実体を反映しなかったとして、社債等購入者が
格付会社に対して、損害賠償責任を追及できるかということに関する問題で
す。
私のみる限りでは1つだったのですが、名古屋高判平成17 年6月29 日事
件があります。本件は、被控訴人A株式会社から、株式会社B発行及び同債
券についての被控訴人株式会社C(格付会社)による格付の紹介を受けて、
本件社債を購入した控訴人が、被控訴人らに対し、本件社債の償還期日前に
は株式会社Bについて会社更生手続が開始されたことをもって損失をこう
むったのは、被控訴人Cの株式会社Bの債務償還能力に関する格付判定及び
被控訴人Aの目論見書への記載事項等が不適切であったこと等によるものだ
として、格付会社に対しては民法709 条及び715 条、被控訴人Aに対しては、
旧証取法17 条または民法709 条に基づいて、〔1〕本件社債購入額200 万円
と控訴人が5回にわたり受けるはずだった利金合計10 万円、更生計画に基
づく償還額61 万2120 円との差額及び〔2〕慰謝料100 万円並びに〔1〕及
び〔2〕に対する社債の償還期限である平成16 年1月28 日からの法定利息
の支払いを求めた事件でございます。
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名古屋高裁は、この控訴を棄却しましたが、次のように判示します。「本来、
一般投資家は、自らの責任と判断において、当該債券に係る投資判断を行う
のであって、格付機関による格付けは、上記のとおり格付機関の意見の表明
に過ぎず、投資判断の一つの材料として提供されるものに過ぎないものであ
る。しかし、格付機関の格付は、信用リスク等に関する専門的な意見として、
市場に対して実質的に大きな影響力を有するものであり、その意味で当該企
業にとっても、また投資家にとっても重大な影響を与えるものであり、また
特に一般投資家にとっては、自らの情報量や知識、判断力の欠如を補完する
専門的知見としての意味を有するものとして、これを信頼することになるの
であるから、格付機関は、信義則上、誠実公正に格付けを行うべき義務を有
している。それ故、格付機関が、上記誠実公正に格付けを行う義務に反して
恣意的ないし不公正な格付けを行った場合や、当該格付けの評価の前提とな
る事実に重大な誤認がある場合、判断の過程に一見明らかな矛盾や不合理が
認められる場合等、およそ結果としての格付け(判断)が合理的な意味を有
するものとは認められないような場合(傍線筆者)には、格付機関は、これ
によって生じた損害を賠償すべき義務を負うと解するのが相当である」とし
て、格付会社の責任を否定しましたが、格付会社が恣意的に不公正な格付を
行った場合や、格付の前提となった事実に重大な誤認があったり、判断の過
程に一見明らかな矛盾や不合理が認められる場合には、損害賠償責任が認め
られる可能性を指摘したものと思われます。
一方、アメリカ判例法の検討でも見てきましたとおり、アメリカ法でも、
現行法によれば、前掲プルンパース事件では、「信用格付は客観的な事実で
はなく、信用格付機関が用いている分析モデルと要素に基づきそれぞれの機
関が信じている意見の陳述にすぎない」といたしましたが、ソーンバーグ証
券事件では、「格付が私的なものである限りにおいて訴訟を棄却するもので
はない」と意見を述べておりまして、格付が、仮に私募のような限定された
投資家間でのみ知り得るものだった場合には、私的な意見であるという抗弁
は成り立たない可能性があると指摘をします。
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つまり、資産証券化商品に対する機関投資家に向けられた格付の急激な格
付低下や格付対象会社が破綻したような場合、格付会社が故意または重過失
により、明らかに矛盾するような格付を付与して、機関投資家が投資を決定
した(ただし、この場合には機関投資家にも過失相殺は認められよう)場合
には、当該格付は単なる意見表明ではなくて、損害との間の因果関係が認め
られ、損害賠償責任を負う可能性があり得ると理解されるのではなかろうか
と思われます。
仮に、有価証券報告書等に虚偽記載があった場合、金商法21 条の2にお
いて、重要な事項に虚偽記載があり、または記載すべき重要な事項もしくは
誤解を生じさせないために必要な重要な記載が欠けているときは、これらの
書類の提出者(発行者)は、これらの書類が流通している間に流通市場に取
得したものに対し、上記虚偽記載により生じた損害の賠償をしなければなら
ない旨、規定しています。この場合、発行者等が負う責任は、無過失責任で、
損害額が推定され、周知のように近時相次いだ有価証券報告書等の虚偽記載
に基づいて、損害賠償訴訟が多く提起されております。一方、格付会社によ
る格付が誤っていたか、意図的に虚偽の格付が付与されて、その結果、投資
家が重大な損害をこうむった場合に、現行法上は民法の不法行為により救済
が考えられますが、格付会社の過失、損害額、そして投資家の損害との因果
関係の要件を投資家が立証するのは困難です。仮に金商法21 条の2のよう
な条文ができて、信用格付会社の特別規定ができたら、影響は非常に大きい
かと思われます。
2 ルックバックレビュー
(2)は「ルックバックレビュー」です。
欧州議会の議論では、義務的なアナリストのローテーションルールを設け
る提案がなされていますが、その場合、適切な品質を持つ格付が維持できる
か、格付会社から反論がなされていました。アナリストの変更に際して、現
行法でもルックバックレビューが義務づけられていますが、アナリスト等の
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交代に関係なく、急激な格付の変更に関し、事後的に「なぜ格付を急激に見
直さざるを得なかったか」、一定以上の、例えば数週間に3段階以上の変更
がある場合に、その基礎的事情の変化を記したルックバックレビューを格付
会社にみずから公表する義務を課すべきか。格付会社によるルックバックレ
ビューは、格付制度を向上させるためには極めて有効ではないかと思われま
す。
しかし、前述したように、金商法21 条の2のような特別規定を設け、投
資家にとって民事責任を問いやすく制度改正し、さらに格付変更に対し事後
的にルックバックレビューを法定化すると、それが証拠となるわけですから、
格付会社の過失も容易に認定されて、民事責任が認められやすくなるのは妥
当かということがございます。
問題は、果たして格付会社はそのような大きさの民事責任を負担できるか
です。例えば、本当に架空の話で恐縮ですが、勝手格付で、格付会社がある
国の国債の格下げを行ったとします。国ないし中央銀行や大手の機関投資家
が、それによって非常に大きな損害をこうむったこと対して、格付会社に損
害賠償責任訴訟を起こすという事例が考えられますが、個人的には少し恐ろ
しく思っておりますが、このようなことが妥当かどうかということは検討さ
れる必要があるかと思います。
この場合、これからアメリカで検討されるように、格付会社のビジネスモ
デルそのものも再検討する余地があります。この場合、私企業という面を強
調すると、表現の自由が制限されます。登録を末梢すれば、勝手格付は意見
の表明とされます。例えば、大手格付会社の現地法人の一つで、登録を抹消
し、勝手格付を格下げすることは、上記責任との関係で、非常に微妙な問題
を生ずるのではないかと思われます。
3 非依頼格付(勝手格付)と格付方針への規制
最後に、(3)の「非依頼格付(勝手格付)と格付方針への規制」です。
問題の所在で繰り返し指摘しましたように、アメリカ系の格付会社が国債
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の格付を低下させたことが欧州の財政危機を助長したとして、格付会社への
規制が強化されています。ここで厳密に議論するには、欧州危機で批判され
ている対象は、あくまでも勝手格付だということは認識しておく必要がある
かと思います。
勝手格付(非依頼格付)につきましては、格付先から依頼を受けないで行
う格付と認識されており、日本格付研究所は事前に承認をとるとしています
が、その他の格付会社は明らかではございません。
また、非依頼格付である旨の記載については、格付リリースにその旨を記
載するか、日系2社はop やp の記号をつけるとされています。S&P は、発
行額100 億円以上の債券に関し、発行体からの依頼がなくとも格付を付与し、
この場合には非依頼格付とは認識しないとしております。前述した財政危機
において、国債の格付が下がる場合には、格付会社は当該発行体に対し、事
前に通知し、反論の機会を確保するように議論さております。
また、格付方針の変更に対する当局の承認については、欧州規則の改定で
議論されております。ここからさらに規則が強化されて、個別の格付変更に
ついて当局の検査が入るとなると、自由な意見表明という格付の原則が非常
に困難になるかと思われます。
以上、時間をオーバーして大変雑駁な報告でございましたが、ご指導いた
だければ幸いです。ありがとうございました。
討 議
前田副会長 格付会社への規制について、諸外国の法制も含めて詳細なご報
告をいただくことができました。
それでは、どこからでも結構ですので、ただいまのご報告についてのご質
問、ご意見をよろしくお願いいたします。
近藤委員 最後の「民事責任」のところについてお聞きします。ここでの議
論は、一般投資家が格付機関の格付の間違いによって損害を受けたときに、
格付機関に対して損害賠償をできるかという問題かと思うのですけれども、
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その場合、発行会社といいますか発行体の依頼に基づく格付かどうかによる
区別は、するのでしょうか、しないのでしょうか。
山田報告者 基本的に、損害等の因果関係の問題ではなかろうかと思います。
結局、発行体がフィーを払って格付を取得する。その過程で、例えば実体よ
りも非常にいい格付を付与されていた結果、予想されていなかった破綻が起
きて投資家が損害をこうむったとかいう状況になれば、恐らく損害と不適切
な格付との間の因果関係に関連する事情になると思われます。一方、近藤先
生ご指摘のように、非依頼格付は、公表された情報をもとに格付会社が、い
わば勝手に格付をしているので、その情報の入手等も非常に制限されており
ます。これは因果関係という観点からは非常に遠いのではないかと理解して
おります。
近藤委員 つまり、勝手格付の場合には情報は制約されているので、とかく
不正確になりやすいということであって、もしそこで厳格な責任を認めてい
くのであれば、勝手格付はするなと制約することにならないかをちょっと心
配したのです。
山田報告者 私も個人的には、近藤先生がおっしゃるように、余りに厳しい
民事責任を課すことが、勝手格付を市場から、ある意味なくしてしまうこと
になりかねないだろうかと考えております。一方、登録を抹消して、勝手格
付をするのがいいのか。これは勝手な意見の表明であって、登録自体しなく
なるようなインセンティブが働く可能性もあります。ですから、仮に金商法
の特別規定で、その対象が例えば信用格付業者のみということになると、影
響は非常に大きいのかなということで、私個人的には、民事責任は、どちら
かというと慎重に考えたほうがいいのかなと考えておりますが、近藤先生は
いかがお考えでしょうか。
近藤委員 たしかにそうかも知れません。
前田副会長 民事責任の問題について、ほかにご意見ございませんでしょう
か。
藤田委員 「民事責任」のところで、アメリカの裁判例が紹介されていますが、
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これは勝手格付のケースですか。
山田報告者 勝手格付ではなくて依頼格付です。
藤田委員 もちろんそうでしょうね。民事責任が問題となるのは、むしろ勝
手格付ではないケースではないですか。
山田報告者 その通りと思います。
藤田委員 つまり、発行体とグルになって投資家を欺くのを手伝ってしまっ
たようなケースが一番悪質で、民事責任は、むしろそういう場合に問題にな
るので、さっきから問題にされている勝手格付の問題と投資家に対して民事
責任を発生させるような行為とは、性格が大分違うと考えたほうがよろしい
のではないですか。
山田報告者 その点につきましては、私もまさに藤田先生がおっしゃったよ
うな認識でおりますが、欧米では今、故意または重過失で欧州規則に反した
場合が要件になっている改正提案がございます。そうなると、欧州規則に反
したというのは、果たして勝手格付が入らないのか、そこが少し勉強不足の
ところです。入ることはないと思いますけれども。
藤田委員 勝手格付のケースを民事責任からカテゴリカルに外せという趣旨
ではないのですが、民事責任が典型的に問題となるのは、欧州における新た
な規制の提案の前提として問題視されている勝手格付とは全然違うというこ
とは最初に押さえておかなくてはならない点ですね。
次に、やや細かな点ですが、アメリカの判例で、訴えた根拠は何でしょう
か。連邦証券法ですか、州の証券法ですか、それとも一般不法行為ですか。
山田報告者 ニューメキシコ・ブルー・スカイ・ローと書かれておりました。
そんな法律ががあるのかと思いましたけれども。
藤田委員 ニューメキシコ州法ですね。だから、連邦の裁判所ではなく、
ニューメキシコ州の裁判所なのですね。
その場合、ある種の言明に基づくこの種の責任について、州法上の要件は
もともとどうなっていたのですか。でたらめなことをしゃべって、それに基
づいて第三者が行動して損害を被った場合に責任を負うという場合のルール
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が、一般法としてあって、そこをどう修正されたかが問題になると思うので
すけれども、それはもともとどのような話だったのですか。
山田報告者 ニューメキシコ・ブルー・スカイ・ローにつきましては、もう
少し検討させていただきますが、事実概要から見ますと、サブプライムロー
ンのローンユーザーも、この被告に入っておりますので、証券購入者は、関
係者、その投資会社及びローンユーザー、格付会社というものすべて集団訴
訟で訴えた事件のようでございます。
藤田委員 ここで報告レジュメにお書きになっていることの意味を確認させ
ていただきたいのですが、8ページの真ん中辺に、「原告は、(中略)十分な
主張をしたと認めたが」、一部の格付機関に対して「これらの抗弁は認めら
れなかった」とあります。これはどういう意味でしょうか。
山田報告者 記載不足で申しわけございません。ブロウニング判事のオピニ
オンというのは、この控訴に対して、被控訴人の側から棄却の申し出があっ
た。それについて、棄却の申し出を一部認めて、一部認めなかったという趣
旨でございます。
黒沼委員 「抗弁」という言葉の使い方がちょっとおかしいんですね。
山田報告者 そこは訳し方の問題で、申しわけありません。私の訳が少し不
十分かと思います。
藤田委員 この事件では、因果関係とか損害とか、原告が主張しなくてはな
らない事実がいろいろあって、それがそもそも十分にできていないというこ
とで、請求がしりぞけられたのではないですか。もしそうだとすると、何か
格付機関に固有の「抗弁」があって、それが認められたという話ではないよ
うな印象を受けたのですが。
山田報告者 事件の本体は、先生がおっしゃるように立証が不十分であった
ため訴えが退けられたと思います。私は、その格付会社と民事責任、ブロウ
ニング判事のオピニオンを特に注目しましたとが、事件の事実概要は先生の
おっしゃるとおりかと思っております。
藤田委員 修正第1条に基づく抗弁というのは、具体的に何を意味している
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のでしょうか。証券法上の抗弁なのか、一般法的な話なのか、これは一体ど
ういう性格のものを指しておられるのですか。
山田報告者 私も合衆国憲法の修正第一を調べてみて、わかったような、わ
からないようなものですが、「freedom of religion and freedom of expression
from government interference」ということがありまして、その中に「freedom
of expression consists of the right to freedom of speech, press, assembly」
とありますので、恐らく表現の自由に関する修正かなと思います。ですから、
私の理解では、自由な意見、といいますか表現の自由を指していると思いま
す。
またこれから勉強したいと思いますし、「抗弁」という私の使い方、認識
は再検討したいと思いますが、投資適格だと判断されていたので、それに基
づいて買ったという主張が投資家の側からなされていることにつきまして、
これは単なる意見の表明だということが「表現の自由」ということを「抗弁
(主張)」とし、そのような主張で免責されるのかというところをとらえて、
先ほどの説明にさせていただきました。
藤田委員 表現の自由だから好きなことを言う権利があって、それについて
後で間違っていたことが分かったからと言って、何でも訴訟を起こされ、責
任が認められたら困るという話だとすると、その後の「格付が限定された投
資家間内など私的なものである限りにおいて」がつながらないので、どうい
う種類かと思って伺ったのですが。これはどういうつながりなのでしょうか。
山田報告者 一番最初に藤田先生がおっしゃったように、勝手格付の場合に
は対象が非常に広い。それに対して、依頼格付で、しかも投資家が非常に限
定されているような場合については、格付というものが投資家の判断に非常
に大きな影響を与えて、最終的に、格付と投資決定、つまり損害の間に因果
関係ないし何らかの関係があるのではないかということ。確かに、勝手格付
でアメリカ国債が非常に格下げし、仮に自分が持っているアメリカ国債で損
をしたとして、それが誤っていたのは表現の自由だと言えるけれども、例え
ば依頼格付で、非常に限定された投資商品の格付に基づいて投資家が購入を
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した場合について、表現の自由ということで格付会社が民事責任を免責され
ない場合があり得るというのがその趣旨かと理解したのですが。
近藤委員 最初の質問に戻ることになりますが、つまり責任を追及するに当
たっては言論の自由ということが壁になるわけです。それは勝手格付に限る。
あるいは限るかどうかは別として、勝手格付の場合によく当てはまるのだと
いうことになり、勝手格付の場合には責任は制限されると、そういう理解で
よいのでしょうね。
山田報告者 判例では、厳密にはその点を区別していなかったような気がす
るのですが、その理論からすると、近藤先生がおっしゃるような方向に行く
のではなかろうかと思われます。
黒沼委員 今の点にも関連して、最初に、勝手格付か依頼格付かということ
と民事責任の関係について議論になったのですが、これは確かに分けなけれ
ばいけないのですが、分けるときに、勝手格付の場合は、いわば名誉毀損に
よる不法行為と同じような考え方をすることになるのではないか。会社自身
も損害をこうむっている。そして、例えば日本法で言うならば、民事責任を
生じさせる要件は何かを考えていくことになるのではないか。依頼格付の場
合は、むしろ、先ほどからも出ているように、会社とグルになって投資者を
だました。その格付が公表されている間に証券の売買をした者に損害が生じ
るという文脈で問題になるという違いがあると思うのです。山田先生は制度
論を言われたのですが、制度論も重要ですけれども、現在の法体制のもとで
それが乗っかってくる可能性があるので、それをどう考えるべきかというこ
とが、日本では重要になるように思います。
アメリカの裁判例も、私は読んでいないのですけれども、今のご意見を伺っ
ていて、修正第1条の「表現の自由」は、これも私の勝手な憶測ですけれど
も、公表されることに意味があり、価値があるということに重きを置いた「自
由」なので、当事者間でのやりとりには及ばないといった面があるのではな
いか。ただし、その場合でも、もちろん当事者間で詐欺に当たるような場合
には、禁止されるのは当然ですから、「詐欺に当たらない限り」ということ
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が入っているのではないかと思うのです。そういうことであれば、この判示
の意味は理解できるように思います。
それから、意見だから訴訟の対象にならないとか、なるとかいう話は、私
はアメリカではもう既に決着がついているのではないかと思っています。例
えば「合併条件は公正である」といった表示が虚偽に当たるかどうかを扱っ
た最高裁判例があって、その判決は、意見が事実に基づいていないとか、前
提としている事実が間違っている場合には、「公正である」という表示自体
も虚偽になり得ると言っているので、同じ考え方からすると、格付も虚偽に
なり得るのではないかと思っているのです。ただ、虚偽になり得るとしても、
さらに格付の場合には「表現の自由」との関係が問題になるのかという点は
よくわかりません。
山田報告者 最後の点に関しまして、付与した格付の中に、例えば「この格
付は、当社の個人的な見解であって、客観的な事実ではありません」とかい
う免責文言があるかないかということが民事責任にかわるものではないのか
というのは、私も先生のおっしゃるとおりかと思います。
勝手格付に対する訴訟は、まさに名誉毀損的なもので、依頼格付について
は、発行体とグルになって詐欺を行ったという話は、おっしゃるとおりかと
存じております。
ただ、依頼格付の場合に、恐らく前から問題だったと思いますが、この
17 年判決で、グルになっていなくても、例えば重大な見落としをして、買っ
た何週間か後に投資不適格になって、会社更生法の適用をしたということは、
まさに判事が言うところの「当該格付けの評価の前提となる事実に重大な誤
認がある場合」とか「判断の過程に一見明らかな矛盾や不合理が認められる
場合」に該当する。ですから、発行体と、故意、意図的に、内容よりも高い
格付をした場合のほかに、ほとんど重過失と同じように、普通に考えればも
う少し低い格付ですが投資適格と評価をするのも、依頼格付の場合には当然
民事責任の問題となるのかなと考えております。
中東委員 今の名古屋高判決についてですが、グルになっていなくてもとい
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うことではあったのですが、先ほど来ありますように、依頼格付の場合には
公正の問題も当然生じることになって、下線を引かれたところにも「誠実公
正に格付けを行う義務」に違反していないかどうかが問われています。そう
いう意味で、単純に責任を否定してしまっていいのかと、伺っていて思った
のですが、判決の結論自体は、山田先生は賛成ということでしょうか。
山田報告者 実際に破綻した会社の財務状況なり判断した資料を見ていない
ので、結論として具体的なことは申し上げられませんが、判示の一般論とし
ては、現行法では妥当ではないかと思っております。それは、先ほど申し上
げましたように、発行体と共謀して意図的に高い格付を出したとか、それに
匹敵するような間違った格付を出して、その結果、投資家が損害をこうむっ
た場合は因果関係があると思われますので、そういう場合には格付会社に責
任が生ずることはあっても、それより低い因果関係で民事責任を認めるのが
果たして妥当なのかというと、私は個人的には疑問があるように思われます。
中東委員 因果関係の問題かどうかは私はよくわからないのですが、金商法
21 条の2のような規定を入れるべきかどうかという立法論はさておき、不
法行為に基づいて損害賠償請求をしている事件です。
ただ、先ほど山田先生は、重過失がない限りは責任を負わなくてもいいの
ではないかということをおっしゃったと思うのですが、それが私にはわかり
にくくて、むしろ依頼格付をした格付会社Cの紹介を受けてこの社債を買っ
ていることをベースに考えると、もう少し違った形の結論が公正かなと思い
ます。その点はいかがお考えですか。
山田報告者 中東先生のご主張は、格付自体もそうですが、Cが紹介をして、
投資家が本件社債を購入したということですか。その内容が聞こえなかった
ので、申しわけございませんが。
中東委員 グルになったとまでは言わなくても、あるいは紹介を受けてとい
うのがどの程度かはともかくとして、Cが行った格付を相当信頼して社債を
購入しているのではないかということです。しかも、この格付が依頼格付で
あったことをもう少し重視することは考えていらっしゃらないのかというこ
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とです。
山田報告者 確かに、先生のおっしゃるような面があるとは思います。例え
ば、当然これは依頼格付ですし、その結果、当初は投資適格であった。それ
が急激に投資不適格になる。その点、私は別な観点、投資不適格になったと
いう情報が、販売した後に、金融商品取引業者のアフターケア義務、説明義
務の中に入るかどうかというところも個人的に興味があるのです。ただ、当
初、投資適格と出して、その後に投資不適格になったという情報は、一応出
したということ。あとは、当然ですけれども、このように小規模とは言いま
せんが、中規模程度の社債の発行については、発行格付が非常に重要な意味
を持って、それが適格だから買ったのだということはあると思うのですが、
不適格となった時点で売ることはできなかったのかとか、そもそもそれだけ
が投資の原因だったのかを考える。なおかつ、やはり格付の内容が、この判
示にあるように、素人とは言いませんけれども、普通の格付の関係者が見れ
ば、この格付は明らかにおかしいという場合に、民事責任が認められるべき
ではなかろうかということで、投資家の損害をいわば保険的に担保するのと
はちょっと違うのかなという気はしております。お答えになっておりますで
しょうか。
太田委員 今の中東先生の関連とはちょっと違った問いの立て方なのですけ
れども、状況としては、この格付会社の、この場合の責任に関する問題状況
は、監査法人が無限定適正の監査証明を出しているのと状況的には似ている
と思うのですけれども、依頼格付の場合には、監査法人と同様に、発行会社
からお金をもらって、一般公衆に対してこの会社の財務内容は適正ですよ、
こういう財務格付ですよということを表明するわけですよね。そうすると、
無限定適正の監査証明を出している監査法人が、その場合に問われる民事責
任に関する判断の枠組み・構造と、格付会社について民事責任が問われる場
合についての判断の枠組み・構造というのは、基本的に同一のものと考えて
いいのでしょうか。それともちょっと何か違った要素が入ってくるのでしょ
うか、その点をご教示頂ければ幸いです。
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山田報告者 アメリカでの議論にもありましたように、無限定適正の監査証
明を出す監査人、アナリスト、格付会社はゲートキーパーであると認識され
ていて、アメリカでは同じような責任を負うべきではないかという議論があ
ります。その上で、確かに、依頼格付の場合には、発行体から資料の提供を
受けて、その提供された資料に基づいて、もしくはインタビューを通して格
付を出すという点では、太田先生のおっしゃるように、同じ構造の状態にあ
るのかなと思います。
ただ、結局格付は、その債券が満期もしくは満期前もあるかもしれません
が、要するに当該社債等が償還されるかどうかについての投資家の意見ない
し記号化したものという点では、監査証明の対象とは、その対象自体が大き
く違うと思います。例えば会計監査人が全部監査して、決算がきちんと行わ
れていますという無限定適正意見と、社債についての償還可能性では大きく
意味が異なり、財務は、償還財源があれば投資適格になるという格付とは違
うのだろうと、今のところは考えております。
藤田委員 構造は全然違うのではないでしょうか。それはそもそも義務の内
容が全然違うからです。会計監査人の方は、基本的に虚偽の内容の報告を出
してはいけない、つまり間違ったことを言ってはいけないという義務があっ
て、それに違反した場合に、そのことについての過失の有無を問題にするの
です。
これに対して、名古屋高裁の判断を前提とするなら、格付機関はそもそも
「間違ったことを言ってはいけない」という内容の義務は負っていなくて、
誠実公正に振る舞う義務しか負っていない。そしてそのような義務に違反し
たということを原告が積極的に主張立証できない限り責任は生じないという
判断構造なのです。これを根本的に変えて、会計監査人と同じようにすべき
であるという立法論があり得るかどうかは別として、現時点では、責任の構
造は出発点が全然違うと思います。
永井OBS 発行会社として、実際に格付審査を受けている立場の感想を申
し上げます。勝手格付と依頼格付は、実際の審査手続きはそれほど違わない
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と思います。発行会社が審査コストを支払っているか否かで格付機関の責任
に、おっしゃるような区別をするべきなのか、私は疑問です。むしろ、仮に
依頼格付でも、前提とする事実について格付機関によって評価が分かれたり、
発行会社が同意しない評価がくだされないわけではありませんので、格付が
勝手か依頼かで、そんなに違いはないのではないかと思います。
格付けでは、長期格付と短期格付が両方出されますし、あるいは将来の見
通しについて、安定的か否かの評価も出されますので、発行会社は、事実の
認定・評価について、格付会社と十分な意見交換を行います。それが依頼格
付であろうと、非依頼格付であろうと、発行会社の思い通りにはならないの
が現状です。
川口委員 格付け会社の規制が導入された際に、ムーディーズとかスタン
ダード・アンド・プアーズといったアメリカの企業が日本で登録を行うのか
というのが話題になりました。先ほど先生は、これらの欧米の格付け会社が
日本で登録をしたので、グループ規制の意味が大部分なくなったとおっ
しゃった記憶があるのですが、それでよろしいのでしょうか。
山田報告者 一応私の結論としてはそのように考えております。
川口委員 といいますのは、登録しているのは日本法人で、アメリカの格付
業者自体は登録をしていないのです。このグループ規制を入れた大きな意味
は、アメリカの本体そのものは別に登録しなくてもよいけれども、グループ
内の日本法人が登録すれば、先ほどおっしゃった告知義務などが緩和される
ことにあります。この点で、やはりグループ規制は意味があるのではないか
と思います。
それと、資料1「信用格付業者登録一覧」によれば、ムーディーズ・ジャ
パンとムーディーズSF ジャパンの2つが、同じ会社の同じ階にあるようで
す。恐らくNRSRO に登録しているものと、していないものの区別だと思う
のですが、なぜ日本において2社が登録されているのでしょうかね。これは
山田先生にお聞きする話ではないかもしれませんが(笑)。
山田報告者 2点目はもちろんわかりませんが、1点目につきまして先生が
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おっしゃるのは、例えばここに挙がっている会社は日本の法人なので登録を
して、アメリカのS&P とかムーディーズが使った格付をこの会社が使うと
きにはグループ規制の適用がある、そうすると意味があるというご趣旨です
か。
川口委員 はい。そのときに告知義務が緩和されているということです。
山田報告者 アメリカもしくは外国の本体で発行された格付を、このような
子会社が日本で使う場合には、おっしゃるとおりグループ規制は意味がある
のだろうと思います。
中村委員 実務家的な観点から申し上げます。外国の発行体が、本国あるい
は米国の格付会社の格付を得ていて売り出しする場合、国内の機関の格付を
取らずに本国の格付を利用していると、このグループ会社のほうが規制の
……。
山田報告者 意味があるということでしょうか。
前田副会長 今回の金商法でとられた登録制度は、登録できるという制度で
す。登録できるという制度が適切だったのかというのは、前にもこの研究会
で議論されたことがあったかと思いますが、今ご議論にありましたように、
要するにグループ企業の1つあるいは2つだけを登録しておいて、あとその
周辺に多数の特定関係法人が存在して、現実には、特定関係法人が信用格付
業務を行っているのですね。ですから、格付業務の多くが無登録業者によっ
て行われていて、幾ら体制を整備する義務を課すとか利益相反についての規
制を課しても、現実に信用格付業務を行っている主体の多くにそれが及んで
いない状況になっている。果たしてそれで改正の目的が達せられたと言える
のかという問題はあると思うのです。
松尾委員 外国の話ですけれども、最近の金融庁のこの種のものについては、
私は全体として相互主義的な扱いが高まっていると思っています。従来は、
日本の法制度は、外国勢についてはもうちょっと鷹揚に取り扱ってきたよう
に思います。
金融庁の背景としては、まず、アメリカの考えは「とにかく外国勢は自国
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の規制に従え」で、一時期日本の格付会社はSEC に登録していました。EU
は、規制の同等性を求めまして、会計基準でも何でも、同等であればそれを
認めるということです。これもやはり外国の法制をチェックして、認めたも
のだけを認めるということです。
日本はどちらかというともうちょっと鷹揚だったのですが、アメリカや
EU が厳しいので、日本も相互主義的な発想になってきているように思いま
す。今回、私はちょっと驚いたのですけれども、要は、原案のままでは、外
国の格付会社本社を登録せざるを得なくなってしまうのですが、グローバル
化した世界で、当然そこまでするのは現実的ではないので、結局は無登録業
者の場合の開示事項を緩和したわけです。
立法論としては、むしろ公認会計士法34 条の35 で外国会計事務所の届出
制度(「外国監査法人等」制度)を定めていることが参考になります。アメ
リカは、2002 年サーベンス=オクスリー法(SOX 法)により外国会計事務
所の登録制を定めていますが、日本では届出制にとどめています。要は、外
国格付会社の本社については、届出制ぐらいにとどめれば良かったのではな
いかと私は思っていました。
これはどうして問題かと言いますと、結局グローバル化された世界の中に
おける日本の位置づけを考えますと、アメリカとEU ほど、日本がもはや「て
こ」になる力を持っているか疑問だからです。こういう考え方は、自分たち
の規制に従わないのならば外国勢は日本に来なくていいという発想なのです
が、「てこ」を持たない国がそういうことをしますと、外国勢が来ないだけ
の結果になりかねません。残念ながらそれだけの力はもはや日本にはないよ
うに思います。ですから、こういうナショナリスティックな、相互主義的な
考え方は生産的ではなく、私だったらこういう規制はしないです。もう少し
グローバルな現実を考慮して法律の企画立案をしてほしいものだと思ってい
ます。
山田報告者 前田先生、松尾先生、ありがとうございました。
私が1つ考えましたのは、確かに本体が、日本では無登録会社である場合、
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ただ、無登録会社といっても、今、格付会社に関しては、国際的に、法規制
を整合的にしようという動きがあって、結局アメリカでも欧州でも登録はさ
れている。そうすると、仮にケイマンか何かで格付会社の子会社で、規制に
服しないようなヘッドクオーターか何かがあって、そこで国際的な大企業の
格付はほとんど決められていて、それを国内ないし海外の会社では使ってい
るということであれば、確かに抜け道かなという気はしたのです。日本国内
の会社については、現地法人をつくっているということは、現地法人で格付
をかなりやっているのではないかということ。
国際的にこれだけ規制が強まってきて、なおかつ私が見た限りでは、関連
会社、先ほど申し上げたように、S&P につきましては、マックグローヒル
という会社が親会社のようですが、そこはそこでまた別に会社でいろいろ投
資の教育なんかをしていて、実際に格付はそこではなくて、S&P の本体で
行われているものがありました。個人的には、どっちかというと楽観的で、
当初の報告にございましたように、国内会社の格付が国内で行われるのが多
い。その場合には、グループ規制は余り意味がないのではないか。ただし、
川口先生、前田先生のおっしゃるとおり、実際に日本国外の、登録していな
い、無登録の格付会社が非常に重要な格付をしているということであれば、
当然グループ規制の意味があるのかなと思った次第です。
永井OBS 実際、大手の格付機関は、世界のいろいろなところにアナリス
トを置いています。例えば自動車産業だったら自動車産業を世界的に見てい
るアナリストがいずれかの場所にいます。ですから、投資銀行業でも、我々
を見るアナリストは、ムーディーズだったらロンドンにいる担当者が分析し
て評価をくだしている。ただ、ムーディーズとして、実際に格付を公表する
場合には、ニューヨーク本社で、全世界の同業者の中での位置づけなどが議
論され、産業としての将来性や収益性が検討されます。各地でローカルな背
景は異なりますので、リサーチ担当のアナリストは各地に配置しているので
すが、グローバル・レベルの格付対象先の格付けでは、どこの格付会社の法
人所属の担当者の分析か、という問題は、余り意味がない議論だろうと思い
43
ます。
山田報告者 そこで私から質問させていただきたいのですけれども、今、ロー
テーションルールというのが欧州で特に厳しくなっています。永井さんから
あったご説明で、例えば1年とか3年で担当のアナリストがかわらなければ
いけないという規制がもし強制的に導入された場合、影響は甚大でしょうか。
永井OBS それは一概には言えませんね。結局アナリストの資質の問題に
なってくるので、我々の説明していることが無意味に帰するような交代であ
ると被害です。しかし、一定レベルの格付機関、ここで前提しているような
ムーディーズ、S&P などであれば、そんなことにはならないと思います。
ただ、交代によって、もちろん従来から説明している前提がなくなり、初
めから再度説明が必要となるとすれば、双方にとって不利益です。なれ合い
が起きる心配は感じられません。
格付の最終決定には、格付機関のレーティングコミッティーを経る必要が
あって、アナリストが1人で決められるということではありません。むしろ、
現在、ムーディーズを例に挙げますと、米国・欧州の投資銀行業務に関して、
総じて非常にネガティブな評価を下しているので、アジアの我々の格付けは
先駆けてレーティングを下げられました。欧米の格付けは、近々発表される
予定ですが、かなり政治的な恣意性も感じられないわけではありません。公
的な資金援助が入ったアメリカの投資銀行の格付が、一部見直しをされて、
政府サポートについての評価が変わるのは当然かもしれません。投資銀行業
務の話だけを例に挙げて恐縮ですが、米系の会社と欧州系の会社と日系の会
社あるいはアジア・オーストラリア系などが、それぞれのインフラの前提と
なる制度が違う中で、世界的に比較された格付評価がくだされます。格付機
関との話し合いを十分に行い、正確な理解を得る努力を行っていますが、現
実の格付けへの正確な反映は、非常に難しいのが現状です。
中村委員 しつこく名古屋高裁の判例のところで最後に1点だけ。この判決
は民事責任を基礎づけるべき信義則上の義務を持ち出していますけれども、
信義則が本当に義務を基礎づけるのですかね。この格付会社というのは、だ
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れに対する信義則で義務を負うのでしょうか。格付機関と一般投資家は、信
義則で拘束されるような関係ではないのではないかという見方も多分あり得
ると思うのですけれども、いかがでしょうか。
山田報告者 結局、前提となって、先行行為といいますか、格付のシステム
そのものにもかかわってくるのかなと。つまり、発行体からフィーを持って
もらって格付をすることになると、目は投資家よりも発行体にどうしても向
いてしまう。そういうときに、だれに対して義務を負っているのかというと、
これで請求を認めようという規範定立にはなっていない。当たり前のことと
して格付機関(当時)は信義公正に格付を行っている義務を有していると言
い、だから格付会社はプロとしてきちんと判断をしてくださいということに
なる。
ところが、今回はそれについてこのような形で故意または重大な過失に
よって判断の過程で明らかな矛盾、不合理はないという形ですので、確かに
おっしゃるように、では格付はだれに対して義務を負うのか、それは信義則
上、損害賠償責任を生ぜしめるような義務なんだろうか、これが質問のご趣
旨かと思います。その点で果たして、依頼格付か勝手格付か、先ほど余り変
わらないというお話がありましたけれども、私はシステム的に、格付会社が
だれに対して善管注意義務を負っているのかというところが関係してくるの
かなと思います。
ただ、この判例を全部見ると、初めから信義則上一応こういう義務があっ
て、こういう場合には例外的に民事責任を生ずる場合がありますが、本件で
はこのような事情はありませんという判決でしたので、個人的には、「信義
則上」というのは投資家に向けて、もしくは市場に向けたのだと思います。
お答えになっていますか。
中村委員 この点は私も、きょう判例を子細に見ながら疑問に思った点なの
で解決がついていないのです。これは、法令違反だったら、違法性というこ
とで不法行為が基礎づけられると思うのですけれども、この信義則上の義務
というのが、今回疑問かなと。
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他方で、今度信用格付業者に登録された場合には、法令上の義務が生じま
すので、登録業者については法令違反が不法行為を基礎づける可能性は出て
くる。それに対して無登録業者については法令違反を言えないので、名古屋
高裁が言っているような信義則上の義務を根拠にできるかどうかがポイント
になってくるのかなと思いました。
山田報告者 そうすると、登録をすると、民事責任でも非常に大きな不利益、
法令違反というファクターが加わってくることになるんでしょうか。
中村委員 行政としてやるべきことは余り変わらないと思っています。
神作委員 また話を戻してしまうところがあって恐縮ですけれども、先ほど
来、勝手格付か依頼格付かという違いが注意義務の程度等に影響を及ぼすか
という論点が議論されています。依頼格付の場合には、格付機関が例えば依
頼主から報酬をもらっており、とくにそれに依存する状態が生じているよう
な場合には、誠実公正に格付を行うというインセンティブにゆがみが生じ得
るという問題があります。これは利益相反規制の問題だと思いますので、そ
ちらの規制の問題として整理することもできるかと思うのですが、例えば証
券化商品のように、単なる発行体の信用力だけではなくて、まさに商品の仕
組みそのものが評価の対象になっている商品については、単に信用力を評価
する場合とは異なる注意義務と申しますか、そのストラクチャー自体が、一
定の合理性があるのかどうかとか、そのような観点から格付を行う必要があ
り、そもそも注意義務の対象やレベル感がやや異なるところがあるように思
います。そうだとすると、勝手格付か依頼格付かという観点のほかに、単純
な社債についての格付なのか、そうではない証券化証券などのいわゆる仕組
み商品なのかどうかということが問題となり得ると考えます。さらに、証券
化商品の場合も、それを最初に引き受けて発行する人から依頼を受けたケー
スと、当該証券に関する情報が外部に開示等されて、それを第三者が評価す
るというのでは、注意義務の対象およびレベル等が異なり得ると思うのです。
レジュメに引用されているソーンバーグ事件というのは、証券化したという
意味では、私が申し上げた仕組みにまである程度立ち入らないといけない
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ケースであったと思うのですが、名古屋高裁はどうも普通の社債のようです。
そういう意味で、勝手格付か依頼格付かということのほかに、格付の対象で
ある商品の性質の違いが格付会社の責任に影響を与え得るのか、与えるとし
たらどのような影響を与えるのかということについて、ご質問させていただ
ければと思います。
山田報告者 証券化商品については、先生のおっしゃるとおりです。それゆ
え現行法でも特別に厳しい規定を設けて、特に原資産についての情報開示を
非常に徹底させると同時に、国内ですと所有権が移転するかしないか、あと
はSPC なのか信託なのかというところで場合分けをして、その基準に従っ
て情報開示をしなさいということで、通常の社債等の発行体の信用とは違う
観点から、特に情報開示の点で強化されております。その点は先生のおっしゃ
るとおりかと思います。
依頼格付と勝手格付ということが、それほど大きな影響を与えるのかとい
うご質問ですが、報告の中で少し申し上げましたが、それぞれ勝手格付につ
きまして会社によって対応が違っておりまして、承認をとるところとか、そ
れこそ勝手にやるところ、なおかつ情報提供を求めて、その相手方と一応情
報交換をするとかいうところがあるので、それだと入ってくる情報に質の差
があると考えております。
私の基本的な考え方としては、証券化商品については当然、スキーム自体
で証券化商品がどのくらいの確率で償還されるのかというのが一番大きな問
題で、まさに発行体と切り離されるからこそ、証券化商品に格付をする意味
があるというのは、先生おっしゃるとおりかと思います。
ただ、先ほど中村先生との議論の中でありましたように、では格付会社は、
だれに対して義務を負っているのかということになると、やはりフィーは大
きくて、フィーがあるということは、基本的には発行者に対してだというこ
とになる。それは結局情報をもらうかもらわないかというところ、あとは、
だれに対する義務なのか。そこを投資家に対する違反だと言うためには、少
し方向性が違うのではなかろうかというのが、個人的な、雑駁な感想です。
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前田副会長 まだご議論はあると思いますけれども、時間になりましたので、
これで質疑を終了させていただきます。
最後に、次回以降のアナウンスをさせていただきます。お手元の議事次第
に記載されていますように、次回は5月23 日、松尾直彦先生から「金商法
における不公正取引規制の体系」について、ご報告をいただきます。その次
は7月25 日に中東正文先生から、さらにその次には9月12 日に神田秀樹先
生からご報告をいただくことになっております。
それでは、本日はこれで閉会とさせていただきます。どうもありがとうご
ざいました。
http://www.jsri.or.jp/web/publish/record/pdf/036.pdf
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