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http://bizacademy.nikkei.co.jp/seminar/marketing/suisui_keizai/article.aspx?id=MMACl6000001062012&print=1
産業政策でGDPを増やすことが重要、増税だけでは問題を解決できない
2012/6/5
まずは前回の続きとして、最初に欧州のGDPを見ていきます。欧州は景気後退局面に入った可能性があります。金融面はギリシャの再選挙までは非常に不安定な状態が続くでしょうし、その先も選挙結果次第では大きく混乱する可能性があります。
後半は、日本国内に目を向けます。ギリシャの問題は、日本にとっても人ごとではありません。野田政権が実現しようとしている消費増税は党内からも国民からも反対の声が出ており、難航しています。では、国民の支持を得るためには、政府はまず何をすべきなのでしょうか。日本経済新聞のコラム『経済教室』に載っていた興味深い論文の一部を引用しながら、私の考えをお話しします。
南北格差が歴然と表れる欧州のGDP
2012年1-3月の欧州主要国の成長率が出そろいました。
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ユーロ圏全体は0.1%、ドイツは2.1%、フランスは0.2%、イタリアはマイナス3.2%、英国はマイナス1.3%となりました。イタリアは3四半期連続のマイナス、フランスもかろうじてプラスを維持しているとはいえ、3四半期連続で伸び率が鈍化しています。
欧州経済全体で見れば景気後退局面に入りつつあると考えていいのではないかと思います。ギリシャやスペインなどは、金融システムだけの問題ではなく国の経済全体が思わしくありません。EU(欧州連合)や欧州中央銀行(ECB)などが多少の支援策を打ち出しても、6月17日のギリシャの再選挙までは状況が安定しないでしょう。
ギリシャ国民はどちらを選ぶのか
ギリシャ国民の中には、ユーロ圏離脱を懸念して、銀行からユーロを現金で引き出したり、外国の銀行へ預金を移動させる動きも出ているようです。下手をするとギリシャの銀行は「取り付け」になり、ギリシャの銀行に資金を貸している周辺国も含めて、ユーロ圏の金融不安が一気に再燃する可能性があります。
そして、再選挙が終わっても、緊縮財政を行えなかったら、他のユーロ圏の国々からの支援が得られず、再び不安定さが増す可能性があります。ギリシャ国民がどちらを選ぶかは、結果が出てみないと分かりませんから、どちらに転ぶかはだれも予測できないのです。
5月18、19日に行われたG8の報道を見ますと、欧州の問題について、ギリシャのユーロ圏からの離脱を歓迎しないということを発表していましたが、結局はユーロ圏が結束すべきだと言っているだけで、具体策は何もありませんでした。前回お話したようなシナリオは、周辺諸国はよく分かっているはずですから、ギリシャが緊縮財政を受け入れてユーロ圏にとどまることを強く希望しているのです。
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ただ、再選挙で緊縮財政派が勝利したとしても、ギリシャは今後も緊縮財政によってさらなる景気後退が起こるでしょう。ユーロ圏内は他の国も緊縮財政を行っていますから、これで問題が解決するというわけではありません。すでにスペインのように、失業率が24%、若年層に至っては50%と、経済危機を超えて国自体の危機にまで発展している国も出てきています。ドイツでも地方選挙で緊縮派の与党が負けている状態です。
つまり、抜本的な解決策は今のところ何も見出せていないのです。ユーロ共同債などの話も出ていますが、あまり進展はしていません。ある程度、成り行きに任せておくしかないのですが、何が起こるか予測できず、不安だけが燻っているのです。その結果、市場は弱気で、安全資産に一時的に逃避している状況になっているのだと思います。
根本的な問題は欧州の南北格差
GDPだけではなく各国の失業率も考えますと、南北間の格差や矛盾が浮き彫りにされているように思います。
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2012年3月の失業率は、ユーロ圏は10.9%、フランスは10%、イタリアは9.8%、スペインは24.1%、ギリシャは2月の数字ですが、21.7%。主要国の中で改善が目立つのはドイツで、過去最低の5.6%となっています。ある意味、欧州の金融不安で生じたユーロ安のメリットを享受しているのはドイツだということは間違いありません。BMWもベンツもユーロ圏以外では安く輸入できるわけですから、世界中で売れるのです。貿易収支の黒字幅も拡大していますが、為替はユーロ安に振れたままです。ドイツの製造業は強い競争力を回復しています。
それほどユーロのメリットを受けているドイツ国民ですが、「なぜ我々が怠惰なイタリアやギリシャを助けないといけないのか」という市民感情があるわけです。また、財政緊縮に対する不満も出ています。ですから5月13日に実施されたノルトライン・ウェストファーレン州の地方選挙でメルケル首相が率いる与党キリスト教民主同盟(CDU)が敗北したのです。
このように、国民というのは、全体的に見れば目先の利益を得るために誰を支持すればいいかということを考えている人が多いとも言えるのです。当たり前のことですが、多くの国民は長期的なことや国全体のことは考えにくいのです。大衆とは、そういうものかもしれません。ただ、あまりに目先のことばかり考えると、政治自体がポピュリズムに傾いてしまいますし、中長期的にはうまくいかないことも少なくありません。
日本経済は回復している
欧州問題は、日本にとっても人ごとではありません。まさに今、消費税増税の法案の話が出ていますが、国民の支持が得られず、また、与党自体も意見が二分されていますから、実現できるかどうか微妙な状況にあります。
日本経済自体は、2012年1−3月のGDPを見てもお分かりのように、今は少し持ち直している状態です。
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GDPの55%を支えている消費の指標である「消費支出2人以上世帯」も同時に見てみますと、前年比の数字ですから、昨年の震災の影響で分析が難しい部分はあるのですが、それでも上昇傾向にあると判断してよいでしょう。小売業販売額も上昇傾向にあります。
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3月の数字は、前年が落ち込んでいた時期のために大幅に上がっています。それでも回復しつつあるという状況であると思います。
ギリシャや米国経済の行方次第では、この景気回復もどこまで続くかは分かりませんが、今のところ、短期的には日本経済はそれほど悪い状況ではないと言えます。
しかし、ここで消費税増税の話が出てきています。現在5%の消費税を、2014年に8%、2015年に10%と段階的に引き上げて行くという法案が出ているのです。
ここでよく考えなければならないことがあります。確かに、今の財政状況を考えれば、消費税を上げることも必要だとは思います。ただし、ギリシャの話を見ていても、フランスの状況を見ていても、国民が納得することは非常に難しいのではないでしょうか。
国民の国への信用度と求める福祉の関係
これに関連して、興味深い記事が日経新聞の「経済教室」にありましたので紹介します。
(図・データ提供:鶴光太郎教授)
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「経済教室 エコノミクス トレンド 鶴光太郎 慶大教授
日本は南欧化するのか? 国民の「公共心」がカギ 負担増は国への信頼から
(略)
先進国を対象に他人への信頼と社会保障支出の関係をみても(図参照)、信頼度が高い北欧諸国やオランダは社会支出の割合も高い。信頼度が中程度まで下がると、社会支出の割合が低く小さな政府であるアングロサクソン諸国と日本のグループとなる。さらに信頼度が低くなると、逆に社会支出の割合が高い南欧諸国が主体となる。ギリシャ、イタリア、スペインなどの南欧諸国の公共心の低さは、脱税の温床となる地下経済の規模が大きい(オーストリア・ヨハネスケプラー大学のフリードリッヒ・シュナイダー教授の調査では国内総生産比20〜25%)ことからもわかる。(2012年5月21日付 日本経済新聞朝刊より)」
他人への信頼と福祉国家の規模について考察している論文ですが、個人的に、非常に興味深いと思ったコラムでした。見落としてしまった方は、ぜひ、日経新聞電子版で検索して全文を読んでみてください。
この中で、北欧諸国の人たちは他人への信頼度が高いというデータがありますが、私も現地で同様のことを感じたことがあります。2年前にデンマークを訪れた時、現地の人に「最も尊敬される職業は、公務員だ」という話を聞きました。彼らは、公務員が不正を働くなんてことはあり得ないと考えているのです。本当に幸せな国だと思います。
だから、政府にたくさんの税金を取られても、それが教育や福祉などで十分に国民に還元されている限りは不満も少ないのです。デンマークの所得税は40〜60%、つまり、稼いだ額の約50%は税金として納めなければなりません。なおかつ、消費税は25%もあります。それでも、デンマークは世界一幸福度の高い国の一つなのです。
このように、他人への信頼度というのは、公務員等組織や政治家に対する信頼度も含まれているのです。だから政府に対する信用度の高いデンマークなどは納得した上で高い税金を払っていますし、そのかわり高福祉も求めるという、国と国民との間が強い信頼関係で結ばれているという結果が出ているのです。
信頼度の低い南欧も高福祉を期待
一方で南欧諸国は、北欧諸国とは逆で、他人への信頼度が低いにも関わらず、高福祉を求めているのです。イタリアやギリシャなどは、皆さんもご承知のように、汚職や脱税の問題が数多く起こっている国々です。国民は政府を信用していませんから、当然、他人への信頼度は低くなっています。しかし、要求する福祉の規模は高くなっています。脱税などが多いにも関わらず、もらえるものはもらっておこうという「タダ乗り」の考え方があるわけです。そして、結果として、信用度の高い国と信用度の低い国、両方とも高福祉を求める傾向があるということを言っているのです。
ちなみに、日本などの中間層はどうでしょうか。日本人で公務員や政治家を尊敬している人はほとんどいないと思います。しかし、腐敗もそれほど起こっているわけではありません。日本はいわゆる中間層に属しているわけですが、そういうグループは福祉の規模は小さくなっています。これらのことは、確かに自分の感覚から言っても当たっていると感じます。
つまり日本は、国民の政府に対する信用が十分にないという中で、政府は消費税を上げていこうとしているのです。これまでの選挙を振り返りますと、消費税を上げると言った時に勝った与党はありません。それでなくても、多くの人は民主党には心から失望しているわけです。そんな中で、野田内閣は消費税上げを実行しようとしており、与党内でも反発が起こっています。
では、国民が納得するために、政府は何をすべきなのでしょうか。
消費税増税の前に政府がやるべきこと
ここで、私はいくつかのことを主張したいです。
自民党政権だった頃の2008年の一般会計予算(リーマンショックによる約20兆円規模の補正予算を除く)は、約83兆円でした。今はどうでしょうか。2011年度の一般会計予算は92兆円でした。つまり、民主党政権になってから約10兆円も増えているということです。今年度も90兆円を超えていますし、年金の国庫負担分を考慮すれば、実質的には92兆円を超えていると言われています。
以前もお話ししましたが、民主党は公約の中で、予算を組み替えることで「コンクリートから人へ」を実行すると言っていたのです。しかし、今では完全にその約束を反故にしてしまったわけです。その上、消費税を増税しようとしています。
日本の現状を考えると、消費税を上げることは仕方のないことかもしれませんが、その前にやるべきことがあるのではないでしょうか。消費税を1%上げたら、2.5兆円ほど税収が増えると言われています。つまり、民主党政権になった後に増えた一般会計予算10兆円の分、財政規模を戻せば、消費税4%分の税金が節約できることになります。ですから、まずはそちらを考えるべきなのではないでしょうか。
ただし、今は国内景気が若干上向きですが、政府の予算規模を小さくすると、景気後退を招く恐れがあります。そういう点でリスクがあるとは思いますが、それでも元の予算規模に戻すことは可能なのかどうか、真剣に考えるべきではないでしょうか。今の状況だと、いずれは消費税を上げざるを得なくなることは間違いありませんが、そうだとしても、まずはそちらを先に考えるべきだということです。
さらには、前々回も述べましたが、名目GDPを伸ばす努力が必要です。主要60か国でこの20年間GDPが伸びていないのは日本だけです。逆に、GDPが伸びていれば、対GDP比での政府債務の量も減り、税収も増加していたでしょうから解決した問題も少なくないはずです。
これからでも遅くないので、産業政策を強化して、国内で強い産業を育成していくことがとても大切なのです。そのためには、民間企業の努力だけでなく、政府の強力なバックアップが必要です。経済が伸びれば解決できる問題がたくさんありますし、国民、とくに若い人も希望を持ちやすくなります。少子化問題にも好影響が出ますし、年金や医療についても予算的な自由度が増します。いずれにしても、経済が停滞していては問題の根本的解決は難しいという認識が必要です。
家庭用電気料金の値上げを認めるべきではない
二つ目は、電気料金値上げについてです。夏に向けて電気料金を値上げするという話が注目されていますが、ここでもよく考えなければならないことがあります。それは、電力料金を上げるということは増税するのと同じだということです。電気を使っていない家はありませんからね。ですから、政府は安易に、特に家庭用電気料金の値上げを認めるべきではありません。
もう少し深く議論すべきなのは、値上げによって電力会社が得るお金の総額です。電力会社が試算している一般家庭の値上がり想定額は月480円とのことですが、年間で考えますと一軒当たり6000円弱になります。東京電力管内には約2000万世帯あると言われていますから、東京電力管内の家庭用電気料金の年間値上がり額をざっくりと計算しますと約1200億円になります。
この程度の額であれば、東京電力が身を削ってもいいのではないでしょうか。売上高が5兆円もある会社です。自社の責任で電力不足の問題を引き起こしたわけですし、まず値上げありきではなく、家庭に迷惑をかけずに自分たちの身を削るべきではないかと思うのです。
そもそも、そんなことを大々的に議論していること自体、おかしいのです。燃料費調整制度のせいで、燃料費増加の分はすでに電気料金に上乗せされているのです。なおかつ、それ以上電気料金を上げると言っているのですから、おかしな話ではないでしょうか。
先程もお話ししましたが、電気料金の値上げは増税と同じです。隠れた増税なのです。ですから、そんな馬鹿げた議論をしているのではなくて、送配電を分離して、競争原理を働かせるような仕組みにすればいいのです。以前にも述べましたが、そもそも独占企業というのは、規模のメリットによって国民に安価に電力を供給できるという前提があるから独占を許しているのであって、独占企業で働いている人の待遇を維持するための仕組みではないはずです。
独占を認めたのは戦前の話ですし、発電の仕方も変わってきています。ですから、議論をきちんと行った上で送配電分離をするなどして競争原理を生かさせるべきだと思います。仕組みを変えることなく、何でも国民にツケを回すというのはおかしな話だと思います。
三つ目に、一票の格差の問題にも触れておきたいと思います。政府は、一票の格差是正と議員定数削減の同時決着を目指していると言っていますが、それは当然の話です。例えば米国では、上院は100議席、下院は435議席しかいないことを考えると、日本の議員の数は多すぎるのではないかと思います。
一票の格差をなくすという話は当然の話ですが、制度的にもどうすればいいのかというのもしっかりと考えるべきです。地方を無視していいというものでもありませんからね。
国会議員の数が問題になっているのは、国が権限をたくさん持ちすぎているからだと言えます。国の権限を小さくすれば、つまり、地方分権を進めれば、国会議員は今ほど重要性がなくなってきますから、議員定数も今ほど必要なくなってきます。ですから、そう言う意味でも「道州制」も含めて、地方分権を進めるべきだと私は考えています。
投資家に利用されるだけの日本
色々な問題が絡まり合っていて、なおかつ財政赤字がどんどん膨らんでいますから、国としてもフリーハンドが小さくなってきています。しかし、短期的には「円が安全だ」と判断され、今は一時的に円が変われている状態です。ただ、円が買われているかといって日本が買われているわけではなく、その結果、株価は下がっているのです。そして、円高のせいで、輸出企業は厳しい状況に立たされています。家電や半導体は競争力を失おうとしています。
これは、日本の状況を非常によく表していると思います。日本は世界中から短期的な安全弁として使われているだけです。また、日本政府も何がしたいのか、日本をどうしていきたいのか分かりません。スイスなどは、自国通貨を防衛しようとして、スイスフラン安を誘導しています。日本は、中長期的なビジョンを描かないまま、場当たり的な対処を繰り返しているだけです。一時期、EUの問題が安定しかけた時は1ドル=84円台まで戻しましたが、最近は1ドル=78円台まで円高が進んでいます。今は欧州が不安定ですから、短期的に安全な円が買われているという状況です。
日本は今後、今のギリシャと同様に世界から試される時期が来ると思います。ギリシャ国民が緊縮財政を受け入れるのかどうか、世界が注目しているのと同様に、日本国民が消費税上げを容認するのかどうかも注目されるでしょう。ただ、消費税上げをする前に、政府も身を削ることをしないと、国民は納得しないでしょう。さらには、先ほども述べたように、選択と集中をする目るなど産業政策を強化して経済力を高め、GDPを増やしていく必要があるのです。そうしなければ根本的な問題は解決しません。
今回引用したコラムもそうですが、月曜日の日経新聞は企画記事がたくさんあって面白いのです。景気指標も掲載されますし、一週間のうちでもっともじっくりと読みたい曜日だと思います。ぜひ、ニュース記事だけでなく、コラムの方も読んでみてください。
(つづく)
>> 本連載は、BizCOLLEGEのコンテンツを転載したものです
◇ ◇ ◇
小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表。十数社の非常勤取締役や監査役も務める。1957年、大阪府堺市生まれ。81年京都大学法学部卒業。東京銀行に入行。84年から2年間、米国ダートマス大学エイモスタック経営大学院に留学。MBA取得。主な著書に、『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』(以上、ディスカバー21)、『日経新聞の「本当の読み方」がわかる本』、『日経新聞の数字がわかる本』(日経BP社)他多数。最新刊『ハニカム式 日経新聞1週間ワークブック』』(日経BP社)――絶賛発売中!
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緊縮疲れのギリシャ国民、それでもユーロ圏に残りたい理由とは
2012/5/29
ギリシャがユーロ圏から離脱を余儀なくされる可能性が出てきました。6月17日に行われる再選挙で財政緊縮派が負けてしまうと、EU(欧州連合)やIMF(国際通貨基金)などが要求している財政改善策が実行されなくなる可能性があります。すると各国からの支援も打ち切られ、ギリシャは孤立します。ギリシャ人の多くは「緊縮財政には反対だが、ユーロ離脱は避けたい」と考えているようですが、では、そもそもなぜギリシャ国民はユーロ圏にとどまりたいと考えているのでしょうか。ここに、問題の本質があると私は考えています。
ユーロという甘い汁を吸っていたギリシャ国民
なぜギリシャ国民はユーロから離脱したくないのでしょうか。まずはそこから考えてみます。
もしギリシャがユーロから離脱したら、旧通貨であるドラクマ(GRD)を再び使うことになるでしょう。しかし、ドラクマは弱い通貨ですから、大幅に通貨安が進んでインフレが起こる可能性があります。逆に言いますと、ギリシャ国民は今までユーロを導入することによって次に述べるような大きな得をしていたと言えるのです。
ギリシャ国民がユーロを使うメリットは何でしょうか。一つは、ユーロは比較的強い通貨ですから、低金利でお金を借りやすいということがあります。旧通貨ドラクマと比較すると、通常の状態であればユーロ自体の金利はそれほど高くありません。このことから、2001年にギリシャがユーロを導入して以来、何が起こったのでしょうか。
例えば、ギリシャはEU加盟に際して財政赤字額を粉飾するほど、もともと国の財政基盤が弱かったのです。現在では皆さんもご存じのようにきわめて厳しい財政状況ですが、その一方で「ポルシェを世界一多く保有している国」と言われたりします。ユーロ導入前であれば、ギリシャ人がドイツで生産されたポルシェを輸入する際には、支払ったドラクマがどこかでドイツマルク(DM)に交換されることになります。つまり、仕組み的にはドラクマ売りのマルク買いが起こるわけです。
それがずっと続くとどうなるでしょうか。ドラクマの価値が下がって、ドイツマルクが切り上がっていきます。つまり、ギリシャ人にとってはポルシェが割高になっていくわけです。そうなると、ギリシャ人はポルシェを購入しにくくなっていきます。ユーロ導入前であれば、為替レートの調整が輸入を制限するとも言えます。
しかし、ギリシャの通貨がユーロになると、このような為替変動は起こらなくなります。ですからギリシャ人は、比較的低い金利でユーロを手に入れて、ポルシェを容易に買えるようになったのです。
為替レートの変動で貿易収支が均衡する
つまり、各国の通貨がユーロに統合されたことによって、貿易によって為替レートの調整が行われないわけです。融資のメドさえつけば、いくらでもユーロを借りることができたわけです。借りるのは外国の金融機関でも構いません。その結果、国としての貿易収支は悪化していくものの、個人としての暮らしぶりはそう悪くないという現象が起こったのです。これはイタリアなどでも同様のことが起こりました。
本来、通貨の交換レートが変動することで貿易収支などが均衡する力が働きます。経済学的に言うと、為替レートが「ビルトインスタビライザー(自動安定化装置)」の役割を果たしているのですが、それがユーロ導入によって失われてしまったということなのです。
強い通貨であるユーロの恩恵を受けたのはユーロ圏諸国だけではありません。例えば、ユーロ危機の時に問題になったポーランドです。ポーランドの通貨はズロチですが、多くの国民がズロチより金利が低いユーロ建てで住宅ローンを借りていました。“ユーロ建てのおいしさ”を満喫していたということなのです。
しかし、ポーランドの場合は2008年から始まった世界金融危機によってズロチが下落し、結果的に返済すべき住宅ローンが倍増してしまいました。ポーランド人は給与をズロチでもらっているわけですから、一気に負担が重くなったわけです。ギリシャもドラクマに戻れば、同様の事態が生じるでしょう。
ドラクマは暴落する可能性が高い
ギリシャ国民は「ユーロ圏から離脱しなければユーロのおいしさを享受できる」と考えています。ドラクマのような弱い通貨が再び使われるようになると、通貨が暴落して輸入物価を中心にインフレが進行する恐れがあり、購買力が落ちるからです。ギリシャ経済が一時的には破綻する事態になり、国民生活が大混乱すると考えられます。だから、ギリシャ人はやはりユーロ圏に残りたいというように考えています。
ただ、ユーロ圏に残っても、構造的な問題が改善しない限り、根本的な解決にはならないわけです。ユーロ圏ではドイツなどの北部諸国が総じて生産性が高く、ギリシャやイタリア、スペインなど南欧諸国の生産性が低くなっています。安くて品質のいい商品が北から南へと流入してきます。この構図が変わらない限り、同じことを繰り返すことになりかねません。
ギリシャのユーロ離脱の可能性が見えてきた今、もう一つの大きな問題が表面化してきました。
もし、ギリシャがユーロ圏を離脱してドラクマを使うようになったら、ドラクマが暴落する可能性があります。それを考えて、ギリシャ人は今のうちにユーロを現金通貨で持ちたがっているのです。あるいはギリシャ以外の銀行に預金を逃避させようと考えています。ドラクマが再導入されても、ユーロで現金や預金を持ち続ければ価値がどんどん上がっていく可能性がありますからね。
ここでの大きな問題のひとつは、ギリシャ人はユーロを現金で持ちたいと考えていることです。ユーロ建て口座に入れておいたら、いざという時に政府が預金封鎖をしてしまう、可能性があります。強制的にドラクマに両替されることも考えられます。すでにギリシャでは、現金で引き出す、あるいは他国の銀行に送金するなど預金流出が拡大しているようです。
預金流出で信用創造機能が縮小
預金の流出は金融システムに大きな影響を及ぼします。銀行というのは、預金量に見合うだけの現金を持っていません。どこの銀行でもそうです。例えば、日本の場合を見てみましょう。日本の通貨量(日銀券残高)は、2012年3月末で約80兆円です。一方で、預金量は約1000兆円です。つまり、日本でも預金量は通貨量の約10倍以上もあるということなのです。
ですから、預金をしている人たちが現金通貨で預金を引き出し始めたら、どんな銀行でもお金が足りなくなるのです。通常であれば、中央銀行や他の金融機関から融資を受けることでしのげますが、国全体で取り付け騒ぎが起こったら対処できません。これは現金通貨に限らず、預金の他国への送金でも同じことが起こりかねません。ギリシャ国民が本気で現金でユーロを持とうとする、あるいは、預金の海外送金が起こると、ギリシャのほとんどの金融機関で取り付け騒ぎが起こり、金融システムが崩壊する可能性が出てきます。
預金の引き出しは信用収縮を起こして、お金をかりている企業などにも大きな影響を与えます。銀行の信用創造機能が縮小するのです。
参考までに、信用創造機能について簡単にご説明しましょう。例えば、ある人(A)が100万円を銀行に預けたとします。当然ですが、銀行はお金を預かっているだけでは損をしますから、その100万円を他の人(B)に貸し出します。企業の運転資金などであれば、Bは口座に100万円を入れておき、必要に応じて出金します。すべてを使いきることはまれで、常に一部は預金しています。銀行はその預金をさらに別な人に貸し出します。銀行は、このようなことをどんどん繰り返して行きます。そうすると、元の100万円が10倍くらいに膨らむのです。これを信用創造といいます。
ギリシャの銀行は危険な状態
先程もお話ししたように、日本でも貸出等を繰り返すことによって、預金量が通貨量の10倍ほどに膨れ上がっています。しかし、元の現金通貨量が減少してしまうと、貸し出しができなくなるために信用創造ができなくなってしまいます。現金通貨の引き出しでなくても、海外など他の銀行への送金で預金が減少しても同じことが起こるのです。その引出量が一定額を超えると、銀行が取り付け騒ぎになって破綻してしまう可能性もあるのです。
貸し出しは返済期限が決まっていますから、すぐに回収することはできません。しかし、普通預金などは即座に引き出されてしまいますから、引き出しが増えすぎてしまうと、一気に取り付け騒ぎが起こってしまうのです。
このようなことを考えますと、ギリシャの銀行は今、非常に危険な状態にあります。多くのギリシャ人が現金通貨を欲しがる、あるいは海外送金を続ければ、このような事態に発展する可能性があるのです。その場合、欧州中央銀行やギリシャの中央銀行が、ギリシャの銀行に対して資金を注入したり、信用を補完しないと、ギリシャの銀行が潰れてしまう可能性があるのです。
ギリシャの銀行が潰れてしまいますと、ギリシャの銀行にお金を貸していた周辺の国々の銀行も不安定になり、欧州全体の銀行にまで金融不安が広がっていくことも考えられます。
金融の世界というのは、信用で成り立っています。信用創造という名のバブルが常に起こり続けている状態なのです。ある意味、その信用創造が経済の活力でもあるわけです。
しかし、多くの人が現金通貨を持ちたがる、あるいは他国への預金の移動を行うと、信用創造が逆回転しはじめ、金融が非常に不安定になるのです。ギリシャでは、それが起こりつつあるということです。
金融不安はいつまで続くのか
6月17日のギリシャ再選挙に向けて、ギリシャ国内では何度か世論調査が行われていますが、緊縮財政派と反緊縮派の支持率は抜きつ抜かれつという状況です。緊縮財政派が勝利するのではないかというめどが立たない限りは、ユーロ圏の金融不安は続くと考えられます。
もし、6月17日の再選挙で緊縮財政派が敗北し、ギリシャがユーロから離脱するようなことになれば、ギリシャ危機が再燃します。すでに再燃しかけています。選挙結果によっては、ギリシャの銀行破綻を前にして金融危機が拡大する可能性もあるのです。もちろん、EU各国首脳や欧州中央銀行などはギリシャの銀行への資本注入などの対応策を考えてはいますが、その規模とタイミングが不十分なら危機の火は消えません。
そして、もう一つ大きな問題が起こりつつあります。一番端的なのはスペインです。スペインでは2012年3月の失業率は約24%、若年層に限っては50%近くまで悪化している状況です。これは、金融危機だとか財政危機だとかというレベルの問題ではありません。もはや国全体の経済的、政治的危機になってしまっているのです。
労働者の4分の1が失業しているわけですから、通常では考えられない話です。この状態がさらに財政を悪化させ、金融を不安定化させるという悪循環に陥っているのです。ですから、欧州全体でスペインやギリシャの国自体を建て直さないといけません。EUはこれらの国々全体の経済を建て直さないと根本的な解決にはならないという認識が必要なのではないでしょうか。
次回は、引き続き欧州のGDPなどの経済指標を見ながら、欧州経済の今後のシナリオを考えていきます。後半では、日本の主要な指標を見た上で、消費税増税問題について私の考えなどをお話ししていきます。
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