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金融政策は限界? 自然利子率を考える
〜資産収益率がプラスでも投資が増えない背景〜
発表日:2012年5月29日(火) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生(пF03-5221-5223)
金融政策を使って投資刺激をするのは、もう限界に突き当たっている、という見方が長い間言われてきた。この限界説は、
実物面で決まる自然利子率がマイナスになり、たとえ貨幣利子率がゼロであっても投資・融資が増えないという、ヴィクセ
ル流の解釈ができる。しかし、調べてみると、資産収益率そのものはゼロではなさそうだ。むしろ、資産収益率がプラスで
あっても投資抑制されるメカニズムが注目される。筆者は投資抑制の理由は、厚くなったリスクプレミアムにあるとみる。
ヴィクセル流の解釈
金融政策が、短期の誘導目標金利を10 年以上もゼロにし、さらに長期金利の低め誘導を行っているのに、経済成
長に加速感が表れない。これを日本銀行の努力不足となじるのは安直な発想だ。短期金利をゼロにしても、景気刺
激効果が明確に表れないのだから、メカニズムのどこかが壊れていると考える方が自然であろう。仮説として短期
金利がゼロでも投資採算が合わない理由は、「投資収益率がマイナス」という考え方ができる。インターバンクに
超過準備が生じるのは、企業の設備投資抑制を背景にして銀行の資金需要が乏しくなり、日銀の供給した資金が在
庫のように積み上がったという見方もできる。
経済学の歴史を振り返ると、スウェーデンの経済学者クヌート・ヴィクセルは累積過程論の中で、自然利子率と
貨幣利子率の関係によって金融政策の効果を説明している。実物市場で決定される長期均衡実質金利=自然利子率
に対して、中央銀行が操作する貨幣利子率が低すぎると、景気過熱と金融資産の膨張が起こり、物価が上昇する。
逆に、自然利子率よりも貨幣利子率が高すぎると、投資採算が取れなくなり、不況になって物価が下落する。不均
衡を生み出さないためには、金融政策に対して独立に決まる自然利子率に、貨幣利子率を乖離させないような運営
が重要ということになる。それになぞられると、金融政策の有効性が甚だしく低下した今日の日本経済では、自然
利子率自体がマイナス域まで低下してしまい、短期金利をゼロに引き下げても、追加的緩和効果を生み出すことが
できないという説明の仕方ができる。
20 世紀初頭を生きたヴィクセルは、貨幣数量説を論敵にしながら、累積過程論を構築したとされる。彼のアイデ
アは、限界にぶち当たった日銀の金融政策を説明する上で、極めて有用度の高いツールになっているとも言えよう。
実物投資はマイナスか
筆者は、ヴィクセル流の説明にある切れ味には感心しつつも、本当に実物投資の収益率がマイナスなのかどうか
という点には疑問を抱く。
まず、マイナスという概念が成り立つかどうかを考えると、仮に不採算の資本ストックがあれば、企業はバラン
スシートにその資本ストックがあれば除却するのではないか。資本ストックの収益率は、最低限がゼロ%なのだろ
う。ストック面で資産収益率がマイナスで放置された場合、時間とともに自己資本が低下するので、株価が長期的
な企業価値が細っていくのを織り込んで無価値同然になる。
次に、企業が新しく設備投資をする余地であるが、能増投資でなくとも、既存の生産性の劣っている資本ストッ
クを新しいものに取り替えることでもできる。資産収益率を上げるには、新しい資本ストックに更新投資をするこ
とで、ストックとしての資産収益率を引き上げることができる。おそらく、多くの企業がそうした更新投資すらで
きないのは、先行きの需要予想が十分に強くないと企業経営者がみていることが理由ではないか。
さらに、実際のデータを検証して、実物投資の収益率を調べてみた。内閣府「国民経済計算」では、非金融法人
の営業余剰/生産資産残高=名目資産収益率は、2010 年7.1%であった。過去のデータをみると、2000〜2010 年平
均8.1%、1995〜1999 年9.2%、1990〜1994 年11.4%であった(図表1)。これを消費者物価の伸び率でデフレー
トすると、1990 年以降、ほぼ8〜10%の範囲内で安定している。
ただし、企業が投資を判断するときの資産収益率は、こうしたストック全体の平均収益率ではなく、追加的な投
資の予想収益率になる点で、両者を同一視はできない。それでも、ストック面の平均収益率が8〜10%の範囲で安定
しているところから考えて、フローにおける追加的な予想収益率も同程度だと推察される。このように、実物投資
に関する追加的な予想収益率が、マイナスであるという仮説はやや極端に思える。
別の角度からの見方として、企業が予想する業界の需要に対する見通しを参照することもできる(図表2)。企
業アンケートを使って、自分の業界需要をどのくらいの成長率でみているかを調べてみると、内閣府「企業行動に
関するアンケート」では、2011 年は次年度1.42%、今後3 年間1.36%、今後5 年間1.27%と一応プラスで見てい
た(図表2)。また、過去の時系列をみると、今後5 年間の需要見通しは1980〜90 年代初頭は3〜5%だったが、
1993 年以降はまで2%台以下まで低位に沈み込んだ。注目したいのは、次年度の見通しが単年度でマイナスになる
ことはあっても、先行き3〜5 年後を展望すると、実質成長はプラスになっていた。
(図表1)非金融法人の資産収益率の推移 (図表2)業界需要の実質成長率の見通し
問題はリスクプレミアム
ヴィクセル流のフレームワークを使うと、金融政策の機能不全は、極めてシンプルに描くことができる。自然利
子率>貨幣利子率ならば、金融が緩和状態になって融資・投資が増える。自然利子率<貨幣利子率ならば、引き締め
状態になって融資・投資が減る。
ところが、実際には自然利子率>貨幣利子率であっても、融資・投資が減っていくことがあり得る。その理由は、
両者の間にリスクプレミアムが存在するからだ。例えば、実物投資の収益率が実績として8%であったとしても、投
資家からみて、この予想収益率には事業の成功確率(失敗確率)が十分に織り込まれていないとみることができる。
リスクを過小評価している場合は、投資家や銀行が資金融通を躊躇することはしばしば起こり得る。表面上、実体
経済が3%で経済成長できるとしても、事業に参入しようとする場合、事業に対するリスク評価をどうするかは抜き難く重要な問題になる。
これまで設備投資が増加し始めるために必要な実質資産収益率がどのくらいかを推定してみると、1980 年代は資
産収益率が4.5%になると設備投資がプラスに増え始めていた。この閾値は、80 年代の4.5%から、90 年代は9.7%、
2000 年代は8.3%へと上昇していた(図表3、4)。このデータは、投資が実行されるハードルが、80 年代に比べる
と、90〜2000 年代は+4〜+5%ほどリスクプレミアムとして上乗せされていることを暗示するものである。
きっと自然利子率と貨幣利子率の間には、リスクプレミアムがあるのだろう。データで観察される資産収益率に
対して、金融機関が投資や融資に応じてもよいと考える利回りは、金融政策で決まってくる貨幣利子率に上乗せされることになる。
しばしば銀行関係者からは、資金需要がないと
いう不満が聞かれる。反対に、企業経営者からは、
銀行がなかなか貸してくれないという対称的な不
満を聞く。この両者の間にあるのは、事業案件の
リスクを勘案したフェアな金利水準の捉え方にあ
るギャップなのだろう。投資家が運用利回り
10%が得られなければ、投資できないという感覚
は、事業収益をベースに考えているというよりも、
事業のリスクプレミアムを勘案すると、10%未満
では投資リスクに応じられないということだろう。
企業自身でも、実物資産の収益率を調べてみる
と、有利子負債残高に対する支払利子率は大幅に
低い状況がみてとれる(図表5)。考え方として、実物資産の収益率が、資金調達コストを上回っていれば、レバレ
ッジをかけるかたちで負債を増やして収益増加を目指すことが可能になるはずだ。集計値として表れた企業の資産
収益率と、支払利子率との間にこれだけの開きがある理由は、企業経営者もレバレッジを大きくかけるような財務
戦略を採れば、経営が不安定化しやすいという不安感を潜在的に抱いているからだろう。この心理に表れている慎
重姿勢が、リスクプレミアムの根拠だと言える。
政策的に何ができるか
以上のように、日本経済の投資活動を抑制しているのは、経済主体の抱いているリスク感覚が過敏になっていて、
今も大幅なリスクプレミアムを確保したいと思うからだと考えられる。もしも、事業のリスクプレミアムが過去の
景気情勢に順応するかたちで変動するのならば、自己実現的にリスクプレミアムは高止まりしたままになろう。民
間部門の努力だけでは、自然に融資・投資拡大が進んでいく余地は乏しいということになる。
では、政策支援としてリスクプレミアムを縮小させることができるのだろうか。すでに、政策金利もゼロ金利に
低下しているし、税制上も欠損金の繰り延べが認められていて、それなりの投資促進は行われている。
一部の経済学者からは、デフレ予想が実質金利を割高にしているので、投資抑制が行われると説明される。それ
に対しては、日銀がインフレ予想を高めることで、投資促進ができるという提言が行わる。しかし、日銀がインフ
レ目標を掲げたくらいで、事業のリスクプレミアムが低下して、銀行融資が活発化に変わるという世界観でものを
考えるのは、あまりにナイーブな議論だ。
思い返すと、このリスクプレミアムを低下させるという政策的な課題は、古くて新しい問題である。金融不安が
台頭した90 年代後半から頻繁に言われてきたことである。不良債権問題に絡んで、引き当てや償却を行えば、銀行
は新たにリスクテイクができるという見解が述べられていた(筆者も強く主張していた)。しかし、不良債権問題
については、2003 年に山を越えても金融機関のリスクテイク能力が改善しなかった経緯がある。資本注入によって
自己資本不足を解消することは、投資促進のための必要条件ではあったが、それをやればすべてがうまくいくとい
う十分条件ではなかった。おそらく、金融機関が活発に投資・融資を増やすには、名目値の投資収益率がもっと高
くなって、リスクテイクをしても採算性が確保できるくらいになることが必要なのだろう。つまり、外部環境の変
化がなくては、金融機関の投資・融資活動は画期的に良くなることは起こりにくい。
一方、発想を変えて、国内からではなく、海外からリスクマネーを呼び込むという方法を描くことができるかも
しれない。もしも、円ベースの資産収益率が8%であっても、年間4%の為替円安が進めば、外貨ベースでの投資は
12%の名目資産収益率を見込むことができる。日本の輸出企業であれば、円安になれば輸出採算が改善するので、
海外投資家の名目資産収益率は上昇しやすい。
そうすると、日銀の金融政策が人為的な円安誘導を継続的にすればよいという議論になる。しかし、そうした誘
導ができるかどうかは、現実的に考えて難しい。仮に、それが技術的に可能ならば日銀・財務省はすでに実践して
いるだろう。筆者は、インフレ目標の代わりに、円安誘導の目標を金融政策に課したところで何もできないと考え
る。
円安誘導で、海外から投資マネーを呼び込もうという方法には別の難点もある。仮に、日本円のレートが毎年
20%ずつ減価するような予想が成り立ったとしても、そこで中国などアジア資本が日本企業をこぞって買収しにく
るとすれば、今度は外資の買収圧力に対する抵抗が生じるだろう。日本国内では買収防衛策を拡充するべきだとい
う意見が沸き上って、都合よくリスクマネーを国内に招き入れることができなくなる可能性もある。
このように考えていくと、国内金融機関のリスクテイク能力を高めて、厚いリスクプレミアムがあったとしても
投資が促進されるようにするという政策課題は、そう簡単には解決できそうにないことがわかる。この問題は、日
銀に融資・投資拡大の処方箋を丸投げしても、彼らだけで十分に解決できないハードルでもある
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/kuma/pdf/k_1205e.pdf
「2012年1-3月期GDP(2次速報値)の予測 〜前期比年率+4.4%への小幅上方修正を予想〜」
「法人企業統計季報(2012年1-3月期) 〜4四半期ぶりの増収増益〜」
「海外 経済指標・イベント予定(2012年6月4日〜6月8日) 」
「鉱工業生産指数(2012年4月) 〜横ばい圏内の推移が続く〜」
「住宅着工戸数(2012年4月) 〜貸家・分譲の好調、被災地着工の増加により高水準〜」
「主要都市の高度利用地地価動向報告(平成24年第1四半期) 〜イベントによって上昇する商業地地価〜」
「暗闇の中に垣間見える米国の光明 〜バランスシート調整加速の条件は整い始めた〜」
「アジア経済マンスリー(2012年5月) 〜国際金融市場は再び混乱。アジア新興国を救う鍵は「省エネ」にあり〜」
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