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日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>記者の眼
第2の「ゴーンショック」はあるか 輸入鋼材の増加、鉄鋼業界を蝕む
• 2012年5月29日 火曜日
• 伊藤 正倫
やはり、「鉄は国家なり」なのかもしれない。先月、新日本製鉄の君津製鉄所(千葉県君津市)を見学した際に、ふとそう思った。東京湾岸を埋め立てた敷地面積は、東京ドーム220個分(1000万平方メートル超)。日本の高度成長を支えた鉄を生み出してきた製鉄所のスケールの大きさには圧倒される。
君津製鉄所の粗鋼生産量は約1000万トンと、日本の総生産量の1割を占める。大型貨物船を岸壁に横付けでき、運んできた鉄鉱石と石炭を2000℃以上で熱する「高炉」が3基ある。こうしてできた銑鉄は専用の貨車で「転炉」に運ばれ、高圧の酸素を吹き込んで不要な炭素分などを取り除く。その後、最終製品の形状・重量などに応じて特定の大きさに固め、鋼となる。製鉄の上工程と呼ばれる部分である。
高炉(写真上)で作り出された銑鉄は、転炉(中)で残留する不純物が取り除かれ、最終製品に合わせて形状・重量をそろえていく(下)
上工程で作った鋼は中間品で、ここから本格的な加工が始まる。下工程と呼ばれ、鋼片を加熱した状態で圧延して熱延鋼板に。それを、常温でさらに圧延して冷延鋼板にする。自動車や家電製品などで多く使われる種類だ。熱延鋼板をらせん状に巻いた鋼管は、ビルの基礎杭、ガス管などになる。
わずか30年で中国に抜かれた
君津には、1978年に中国のケ小平・元国家主席(当時は副首相)が訪問した。中国鉄鋼大手、宝鋼集団の前身である上海宝山製鉄所の建設支援を要請され、君津は大量の中国人技術者を受け入れた。当時、君津の製鉄技術は、驚異的な成長で欧米を追い上げる日本の国力の象徴そのものだった。
それから30年あまり。宝鋼集団の粗鋼生産量は4000万トンを超え、生みの親である新日鉄を超えた。軌を一にして、中国は国内総生産(GDP)で日本を抜き去った。下のグラフは世界全体の粗鋼生産量と日本を比べたもの。2011年の世界生産量は15億トン。2000年から8割近くも増え、この大部分は中国での生産増による。
一方、日本の粗鋼生産量は1億トンで横ばいが続く。新日鉄が世界最大の製鉄会社だった2000年、世界に占める日本の比率は約12%あった。ところが、2011年は7%まで低下した。需要が伸びず、各社とも国内で大規模な設備投資に踏み切りづらい。全体的に老朽化した国内製鉄所の設備は、産業としての“成熟度”を端的に表す。
先日、新日鉄が韓国鉄鋼大手ポスコを相手取り、変電所など向け特殊鋼板の製造技術を不正取得したとして提訴したように、日本の鉄鋼業界は技術力ではなお世界最高水準にある。だが、技術力だけでは収益が上向かないのは、ほかの製造業とも共通している。
新日鉄、JFEホールディングス、住友金属工業の鉄鋼大手3社の連結営業利益の合計は、2011年度で約2000億円。リーマンショック後の2009年度の約1200億円からは回復しているものの、各社が過去最高益を叩き出し、3社合計で1兆4000億円近くあった2005、2006年度と比べると落ち込みの大きさが分かる。
現在の利益水準は、2000年度前後とほぼ同じ。当時、鉄鋼業界を揺るがした一大事件があった。1999年、日産自動車の再建に乗り出したカルロス・ゴーン社長(当時は最高執行責任者=COO)が、鋼材調達先の絞込みを決めたいわゆる「ゴーンショック」である。大口顧客である自動車メーカー大手の方針転換に焦った鉄鋼各社は、シェア確保を優先した結果、値下げ競争に走り、業績が軒並み悪化。旧川崎製鉄と旧NKKが経営統合し、JFEが誕生したきっかけともされる。
これに対し、現在の業績悪化要因としてまず挙がるのが、鉄鉱石や石炭といった原料価格の高騰。資源メジャーと呼ばれる鉱山運営会社の寡占化が進み、鉄鋼会社側の価格交渉力が相対的に弱まったことに加えて、中国を筆頭に新興国での鉄鋼需要の急増で需給が引き締まったことが背景にある。
「1ドル=80円ではまだきつい」
円高も大きい。鉄鋼大手の輸出比率は、新日鉄で4割と意外と高い。自動車メーカーの海外生産移転などに伴って、輸出が収益に与える影響は年々強まっており、円高が輸出分の採算を直撃する。足元の為替レートは1ドル=80円前後で安定しており、一時期に比べると円高の進行はおさまっているが、それでも「足元の水準ではまだきつい」(新日鉄の谷口進一副社長)。
円高の影響で無視できないのが、輸入鋼材の増加だ。日本鉄鋼連盟によると、2011年度の普通鋼鋼材の輸入量は463万トンと、過去2年間で66%も増えた。全体のおよそ3分の2を占める韓国勢のほか、中国からの輸入も目立つ。建材用を中心に、価格攻勢を強めており、「輸入鋼材が国内市況に与える影響は大きい」(大手幹部)。
日本の鉄鋼大手の競争力の源泉は自動車向け鋼板など高品質製品で、中韓勢の侵食が建材向けなどにとどまるのであれば、直接の影響は限られる。ただ、業界の構図はそう単純でもない。
「自動車用などの鋼板の方が競争は厳しいが、そこにしか生き残りの道はない」――。鉄スクラップを原料に鋼材を生産する電炉メーカー大手の東京製鉄。西本利一社長は鉄鋼大手との真っ向勝負も辞さない覚悟を示す。
電炉メーカーは建材などを主力としてきたが、輸入鋼材との直接の競争にさらされるほか、東京電力の電気料金引き上げも大打撃となる。
しかも、東京製鉄は約1600億円を投じて2009年に稼動させた田原工場(愛知県田原市)の稼働率低迷に苦しんでいる。この田原工場は、自動車や家電などに使う高品質な鋼板も生産できる。退路を絶たれた同社は、高品質鋼板の拡販に生き残りを賭ける。
業界の住み分け崩れ、消耗戦も
第一弾として3月に、東京製鉄はリコーの事務機向けにこの電炉鋼板を納入することを発表した。事務機向けでは鉄鋼大手が手がける高炉鋼板の独壇場で、電炉鋼板が採用されることは初めて。西本社長は「自動車向けでも案件が動き出している」と明かす。
このことは、輸入鋼材の増加をきっかけに業界の住み分けが崩れ、消耗戦が鉄鋼業界全体に広がりかねないことを示す。各社がシェア確保を優先し、ゴーンショックのように再び厳しい価格競争に突入する可能性もある。
8月、新日鉄傘下のステンレス最大手、新日鉄住金ステンレスは住友商事などと共同で、中国でステンレスの製造・販売会社を設立する。同社が海外進出するのは初めて。伊藤仁・常務執行役員は「中国に進出した自動車メーカーからの要望もあり、中国拠点の開設はかねての課題だった」と話す。
輸入鋼材の対抗策として、国内で守りをひたすら固めるだけでは、消耗して共倒れとなるだけ。脅威が迫っているからこそ、外に出て規模と収益力を高めることが必要。円高が長期化しているのだから、なおさらだ。
10月1日、鉄鋼業界に「新日鉄住金」というガリバーが誕生する。残念ながら、現在の鉄鋼業界は需要低迷と円高に苦しむ日本経済の縮図であり、順風満帆の船出とはいかないかもしれない。だが、「鉄は国家なり」との言葉通り、鉄鋼業は今でも産業の土台であり、国力のバロメーターでもある。規模を確保したことで、いかに攻めに転じられるかが、日本経済の将来を左右するといっても過言ではないだろう。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
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伊藤 正倫(いとう・まさのり)
日経ビジネス記者。
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