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企業・経営>「気鋭の論点」
学歴社会の米国、男性社会の日本 日米が直面する格差解消のジレンマ
• 2012年5月28日 月曜日
• 山口 慎太郎
賃金の不平等は多くの先進国、とりわけ米国では大きな社会問題の一つになっている。米国では、賃金の不平等が1980年頃から急速に拡大した。同年時点で、男性大卒者の賃金の中央値は高卒者のおよそ1.1倍に過ぎなかったが、そこから急速に上昇し、2010年には1.6倍にも達している。ただ学歴間の賃金格差が進む一方、男女間の格差は大きく縮まった。男女の賃金の中央値を比較すると、80年頃までは女性は男性の60%の賃金しか得られていなかったが、女性の賃金はそこから急速に上昇し、2000年には男性の80%程度の賃金を得ているのである。
米国労働者の賃金格差
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グラフから明らかなように、80年以降、学歴間賃金格差と女性の相対賃金は極めて似た動きを見せている。しかし、この両者の変動が一つの要因によって引き起こされてきたものなのか、異なる要因がたまたま同時期に作用したのかは必ずしも明らかではない。賃金は、様々な社会・経済的な要因が複雑に絡み合うことで決まると考えられるためだ。社会科学者の間では長年、両者の一致は偶然だとする見方が有力とされていたが、近年の労働経済学の研究ではこうした見方を覆す動きがある。両者のつながりを理解する鍵は、80年代に急速に進展した生産工程におけるコンピュータ管理と自動化だ。
技術革新によるコンピュータ化が格差を縮小
コンピュータは、製鉄、製紙、繊維といった様々な製造業種の生産現場に導入され、生産工程の管理に幅広く使われた。米労働統計局が94年に出版した報告書は、次のように述べている。
「自動化が進んだ製紙工場では、労働者の仕事は空調の効いた制御室で生産工程を見守ることである。かつてのように蒸し暑く、時には毒性のある物質に身を曝す危険を犯しながら機械を管理することはなくなり、仕事に伴う肉体的な苦痛は大きく減少した」
コンピュータによる生産工程の自動化は、肉体的な重労働を機械が肩代わりするに留まらず、熟練した職人のような手作業も次第に引き受けるようになった。これに伴い、コンピュータを利用した生産工程管理業務の重要性が増し、身体的作業から知的作業へのシフトが進んでいったのである。
こうした生産現場における変化が、賃金にどのような影響を与えるかを理解するため、労働者が仕事をする時に発揮する、能力の種類について考えてみよう。人間には多種多様な能力があるが、大雑把に身体能力と知的能力に分けられる。ここで言う身体能力が含むものは幅広く、体力、筋力 といった体を大きく動かす能力のみならず、手先の器用さのように細かい動きを伴う能力も含んでいる。
知的能力は情報の理解と分析、企画立案、コミュニケーションなどを効果的に進める能力を幅広く指す。人々は働く際にこの2つの能力を組み合わせることで仕事をするが、身体能力は生産現場で特に重要であり、知的能力は管理業務で特に重要となる。
賃金はそれを受け取る人の身体、知的能力水準のみならず、そこに付けられた市場価値にも影響される。ある人の身体能力と知的能力が全く変化しなかったとしても、それらに付けられた「値段」が変動すれば、彼が受け取る賃金もそれに伴って変動する。能力に対する「値段」を決めるのは労働市場における需要と供給のバランスだ。
生産工程におけるコンピュータ管理と自動化は、体を使う作業を大きく減らし、生産工程や販売・流通を管理するための知的能力に対する需要を増加させた。一方、米国での大学進学率は既に頭打ちを始めており、知的能力に優れた労働者の供給が進まなかった。そのため身体能力の市場価値は低下し、知的能力に対する市場価値は上昇した。筆者はこうした身体・知的能力の市場価値の変化が学歴間、及び男女間の賃金格差に与えた影響を定量的に評価した。
知的能力の市場価値の上昇は、学歴間の賃金格差を拡大した。大卒者と高卒者の間では身体能力の差は小さいものの大きな知的能力の格差が見られ、それが学歴間賃金格差の大元になっている。知的能力そのものの学歴間格差は、大きな賃金格差が生じる80年以前の水準からあまり変化していない。それにも関わらず、企業が必要とするスキルの変化に伴い知的能力の「値段」が大幅に上昇したことで、賃金の学歴間格差は大幅に上昇した。
身体能力の「値段」が低下し、女性が同じ土俵に
男女間の知的能力には差が見られないものの、身体能力においては男性が女性を大幅に上回り、かつてはそれが男女間賃金格差の大きな原因であった。しかし、身体能力の「値段」が低下するにつれ、身体能力の差が生み出す賃金格差も減少した。筆者の計算では、身体能力の「値段」の低下が、男女間の賃金格差の縮小の半分程度を説明する。残りの半分は、より多くの女性が大学に進学し、より長い期間労働市場で経験を積むようになったことで説明される。
もちろん、賃金格差の変化は経済的要因だけで全てが説明できるわけではない。とりわけ男女間賃金格差の縮小には社会運動や法律面の支援、そして人々の意識の変化といった要因も一定の役割を果たしただろう。しかし経済的要因は市場圧力となって、男女間の格差是正に積極的でない雇用者をも巻き込み、労働市場全体を大きく変えた。
米国に残された大きな課題は学歴間賃金格差の解消である。米国社会はそのために何をすべきだろうか。長期的かつ根本的な解決策は教育や職業訓練の推進だ。人々の知的能力の水準を上げ、技術の変化に対応した労働者を増やすことで、能力自体の格差を縮小することができる。同時に、これは高い知的能力を持つ労働者の供給を増やすことにも繋がり、それが知的能力の「値段」の上昇を抑えることによって、さらなる格差の拡大を防ぐことにもつながる。
最後に、ここまで述べてきた理論が日本の労働市場においても妥当であるか簡単に見てみよう。もちろん日本においても生産工程の自動化とコンピュータ管理は進められてきた。労働経済学者の川口大司氏と森悠子氏が2008年に発表した論文によると、日本の学歴間賃金格差は80年代と90年代を通じてほとんど変化していない。この事実は米国の経験と大きく異なるが、これは上で述べた理論が日本においては適用できないことを意味しているのだろうか。
一見、理論に矛盾するように見える日本の経験を理解する鍵は、大卒労働者の需給バランスである。米国同様、日本でも高い知的能力を持つ大卒労働者への需要が増大した。しかし、大卒労働者の供給が頭打ちとなった米国と異なり、日本の大卒労働者の供給は増加を続けた。というのも戦後、70年代半ばに至るまで、文部省は政財界の要請に応える形で大学定員を拡大し続け、この時期に大学進学した層が80年代から90年代にかけて労働者の大部分を占めるようになったためだ。こうして日本では知的能力の「値段」の上昇は抑えられ、学歴間格差の拡大は起こらなかった。この日本の研究結果は、米国社会が学歴間格差縮小のために何ができるか、重要な示唆を与えているといえるだろう。
日本は大学定員の拡大進め、男女格差は未解決
一方で、日本の男女間賃金格差の縮小ペースは極めて遅い。雇用機会均等法が成立した86年に女性は男性の60%の賃金を得ていたが、2000年になっても65%の賃金に留まっている。上で述べたような需給バランスのため、日本においては身体能力の「値段」の下げ幅が米国に比べて小さかったとすれば、男女間格差の縮小ペースが遅いことは理論と整合的だ。こうした経済状況下で男女間格差を縮めるには、制度面の改革を進めなければならない。
例えば米国で定着しているアファーマティブ・アクション(少数派への差別を是正する措置)は、採用・昇進に当たっての男女差を積極的に解消しようとする法制度であり、特に統計的差別の解消に有用であることが知られている。こうした制度の運用には米国に一日の長があり、日本が学べる点も多いだろう。
「気鋭の論点」
経済学の最新知識を分かりやすく解説するコラムです。執筆者は、研究の一線で活躍する気鋭の若手経済学者たち。それぞれのテーマの中には一見難しい理論に見えるものもありますが、私たちの仕事や暮らしを考える上で役立つ身近なテーマもたくさんあります。意外なところに経済学が生かされていることも分かるはずです。
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山口 慎太郎(やまぐち・しんたろう)
カナダ・マクマスター大学経済学部助教授。1999年慶応義塾大学商学部卒業、2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年米ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D.)。専門は労働経済学。「Journal of Labor Economics」, 「Labour Economics」, 「Health Economics」などに論文掲載。
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