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日本だけが知らない〜太平洋資源外交の現実
米国が中東シフトしていた間に、中国が存在感を拡大
2012年5月23日 水曜日 森 永輔
ジェトロ・アジア経済研究所の塩田光喜氏に話を聞いた。同氏は、長年にわたって、太平洋地域における政治・経済・社会について研究している。塩田氏は「太平洋をめぐるパワーバランスが変化している」と語る。(聞き手は森 永輔)
塩田さんは、太平洋をめぐるパワーバランスが変化していると指摘していらっしゃいます。これは、具体的にはどういうことですか?
塩田:「海」、特に海中・海底を新たなフロンティアとして認識する動きが始まっています。大陸棚には鉱山、油田、ガス田などが豊富にあることが明らかになってきました。技術の進歩により、開発コストを吸収し、元が取れるようになりました。石油や天然ガスなど地上の地下資源が少なくなってきていることと、これらの価格高騰も追い風になっています。こうした理由から、海洋資源の開発がビジネスとして成立するようになってきました。
これから、海中・海底資源の奪い合いが始まります。いや、既に始まっています。その舞台の1つが太平洋−−ミクロネシア、ポリネシア、メラネシア−−です。太平洋の島嶼諸国は、いずれも領土は小さい国々です。しかし、広大な排他的経済水域を持っています。同水域では、地下資源の開発権などの経済権を行使できます。
彼らは必要な採掘技術を持っていないので、欧米の海底資源探索会社が進出しています。例えば、カナダの海底資源探索会社、ノーチラスが近く、パプアニューギニアのラバウル沖でレアメタルの開発を始める予定です。同社はこのほか、トンガとクック諸島のレアメタルにも目をつけています。
中国が太平洋諸国と関係を強化
太平洋にある資源を、中でも強く欲しがっているのが中国で、島嶼諸国との関係強化を進めています。米国はブッシュ政権の8年間、中東における戦争に専念し、アジア太平洋を顧みませんでした。その間に中国が影響力を拡大したわけです。これが、パワーバランスの変化です。
太平洋における中国の経済的プレゼンスは、オーストラリア、ニュージーランド、米国(それぞれの頭文字を取って、この3国を「ANZUS」と総称する)を既に上回っています。太平洋の島嶼諸国と中国との貿易高は、2001年には9100万ドルであったものが、2008年には10億ドルに拡大したというデータがあります。これは、島嶼諸国と米、日、EU、豪との貿易高のいずれをも上回る規模です。
中国は太平洋の島嶼国家に対して財政支援も実施しているようです。中国が2001年以降に援助を与えた主な国として、クック諸島、トンガ、フィジー共和国、パプアニューギニア、東チモールなどが挙げられます。Herr氏とBergin氏が書いた論文“Our near abroad: Australia and Pacific islands regionalism”によると、北京を中国政府と認める6カ国に対して2億ドルを援助したと推測されます。
資源獲得のために、中国がアフリカの国々を援助しているとの報道があります。同様のことが太平洋でも行われているんですね。
塩田:そうです。
中国は、ANZUSとの間に摩擦が生じた国を取り込むこともしています。2006年にフィジー共和国で、軍がクーデターを起こしました。「民主主義に反する」としてANZUSはフィジーに制裁を課しました。黒崎岳大氏の報告によれば、これに対して中国は、2007年に2億9300万ドルの援助を行い、そのプレゼンスを高めました。中国のフィジー向け援助は2005年には2500万ドルでした。
太平洋における安全保障上の懸念
イランや北朝鮮に対して取っている態度と似ていますね。
中国海軍が第1列島線(沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ線)の外に出る機会が増えています。これは太平洋の島嶼諸国との間のシーレーンを確保するための措置という意味もあるのでしょうか?
塩田:そうです。
そうすると、太平洋における米軍の再編−−沖縄に駐留する海兵隊の一部をグアムや豪ダーウィン、ハワイに移動させる−−は、中国海軍のこの動きにも対応するものになりますね。
塩田:その米軍の再編に関して懸念があります。例えば、グアムから豪ダーウィンに物資を運ぶためにはパプアニューギニアの海域上空を飛ぶことになります。ハワイからダーウィンに行くためにはソロモン諸島の上空を通過します。これらの国が中国の側について妨害したら、米軍のロジスティックスが寸断されることになります。
実際、パプアニューギニアとソロモン諸島はANZUSに対する反感が強いのです。ANZUSが太平洋を彼らの“湖”――公の海ではなく自国の海――として利用してきた、として反発しています。このため彼らは、1980年代に、バヌアツ共和国ともに連帯組織「メラネシア急先鋒」を立ち上げました。
フィジーも後に、メラネシア急先鋒に参加しています。このフィジーが地政学的に要の位置にあります。ここから、オーストラリアにもニュージーランドにも、ハワイにも、軍事的ににらみを効かすことができる。仮にここにミサイル基地を配備したら、豪ダーウィンを容易に攻撃できる。
中国の台頭に米国はアジア回帰
フィジーが持つ戦略性は、かつてのキューバのようですね。
そして、既にお話いただいたように、フィジーもパプアニューギニアも中国の援助を受けている。
こうした状況に対して、米国はどのように反応しているのでしょう? アジア回帰を唱え始めたのは、太平洋における中国の動きと関係があるのでしょうか?
塩田:オバマ政権でアジア外交を取り仕切っているのはクリントン国務長官とキャンベル国務次官補です。彼らは2008年の秋ごろ、西太平洋のパワーバランスが中国に傾いていることに気づきました。クリントン長官が2009年にハイチを訪問しようとしたのは、これを是正するための第一歩だったわけです。2010年に起きた尖閣問題で「尖閣諸島は日米安保条約の対象になる」と発言したのも、この一環と理解しています。
2010年の11月、クリントン長官はハワイを出発点に東南アジアやパプアニューギニア、米領サモアを歴訪しました。この時点で同長官は「米国はアジアに帰ってくる」と発言しています。ゆえに、米国のアジア回帰は今に始まったわけではないのです。
クリントン長官のアジア歴訪のその延長線上に、オバマ大統領による2011年秋のオーストラリア訪問と、今回の豪ダーウィンへの米海兵隊配置があります。
クリントン長官は非常に優秀です。ブッシュ政権下で失った、太平洋における地政学上の米国のポジションを2年間で戻した。その手腕は、かつてのキッシンジャー、ブレジンスキー並と評価してよいでしょう。
日本と太平洋諸国との関係はどうなのでしょう?
塩田:日本のプレゼンスはほとんどありません。
日本は1940年代、大東亜共栄圏をスローガンに太平洋に進出しました。この影響でしょうか?
塩田:そうです。敗戦後の反動で、その後、日本は太平洋に背を向けてしまいました。
日本と太平洋諸国が対話する唯一の舞台となっているのが太平洋・島サミット(2012年5月25〜26日)です。3年に1回、日本で開かれます。この機会を大事にしなければなりません。
政府だけでなく、日本の商社も、太平洋の海底資源の重要性にまだ気づいていません。
太平洋の島嶼国家の間に、資源の取り合いは起きていないのでしょうか? 例えば日本と中国は東シナ海において排他的経済水域が重なる部分についての境界について合意ができていません。
塩田:武力紛争は起きていません。太平洋の島嶼国家の中で軍を持っているのはパプアニューギニア、フィジー、トンガの3カ国だけです。そして、いずれも規模は小さい。最大のパプアニューギニア軍でさえ3000人程度しかいません。
それよりも懸念すべきは「水俣で起きたことが太平洋で再び起こること」だと思います。海底資源の開発を始めれば、必ず廃棄物が出て、海洋汚染が起こります。しかし、これに対する規制は現在存在しません。
塩田 光喜(しおた・みつき)氏
ジェトロ・アジア経済研究所 開発研究センター 貧困削減・社会開発研究グループ 主任研究員。 専門は文化人類学、地域研究(太平洋諸島)。
1979年、東京大学卒業。
著書に「知の大洋へ、大洋の知へ−太平洋島嶼国の近代と知的ビッグバン−」(彩流社、2010年)、「石斧と十字架 パプアニューギニア・インボング年代記」(彩流社、2006年)など。
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森 永輔(もり・えいすけ)
日経ビジネス副編集長。
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