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「何度も言うが諸悪の根源は円高」 フジマキ・ジャパン社長 藤巻健史氏--(日本経済新聞)
4月27日、日銀が追加金融緩和を行った。私に言わせれば、これは景気が回復しないのでフラストレーションのたまった世間に、日銀がスケープゴートにされただけの話に過ぎない。日銀はすでに最大限の金融緩和を行っており責任を果たしている。かなり前からゼロ金利政策を採用しているのだ。昔の経済学の教科書によれば、中央銀行の金融緩和とは「金利を下げること」に尽きる。すでに金利をゼロまで下げてしまった以上、今回のような「準備預金残高を増やす」などの施策は、苦し紛れの悪あがきにすぎない。少なくとも経済学者の間では、「たしかに効果あり」との結論は出ていないはずだ。
米国でも共和党は「米連邦準備制度理事会(FRB)がこれまで進めてきた国債購入などの量的緩和は効果がない」として―段の金融緩和には反対していると聞く。日本でも、今後、さらなる量的緩和を行っても効果は期待できないであろう。
このように日銀はすでに最大限の金融政策を打っているし、財政も最大限出動している。それにもかかわらず日本の景気は低迷している。それも、半端な低迷ぶりではない、すさまじいほどの低迷ぶりだ。世間は、その低迷ぶりをはっきり理解していないから、枝葉末節的な景気回復論に振り回される。正しい処方箋は、正しい実態把握が必要だ、ということを福島原発事故で痛感したはずなのに、景気対策ではそれが生かされていない。
日本の2011年末の名目国内総生産(GDP)は468兆円と1991年末の469兆円と変わらない。20年間も名目GDPが伸びていない。低迷している日本を抜いて中国が昨年、世界第2位のGDP大国になった。1.1の10乗は2.6だから10%成長を10年続ければGDPも2.6倍、20年も続ければ6.7倍になる。20年前に日本の8分の1のGDPしかなかった中国が長らく10%成長を続け、いとも簡単に日本を抜いたのはあたりまえだ。米国もこの20年間で名目GDPは2.5倍以上、オーストラリアもこの17年間で3.3倍と聞く。20年間、無成長の日本は、今後、他国にもどんどん抜かれていくだろう。
GDPは伸びていないのに、国の累積赤字の方の伸びはすさまじく、この15年間で3倍近くに膨れ上がってしまった。財政状況は先進国中、ダントツに悪く危機的な状況だ。今は、世界の目が欧州に向かっているから大事になっていないだけだ。
■20年間GDPは変わらず株価は4分の1、情けなや
経済活動を反映する株価を見てみよう。日経平均は現在、1989年12月につけた史上最高値3万9150円の4分の1以下に落ち込んでしまった。一方、1989年末のNYダウは2753ドルであるから、米国株は5倍だ。しかも再度、史上最高値を狙っている。この20年間で日本の株価は4分の1、米国の株価は約5倍なのだ。ああ、日本株、情けなや、である。
個別企業を見ても、その沈滞ぶりがわかる。5月9日に発表されたトヨタの2012年3月の純利益は前期比31%減の2835億円だった。確かに東日本大震災やタイ洪水による生産減の影響があったとはいえ、昨年度でも約4100億円しかない。一方、米国では斜陽産業と言われる自動車産業であるが、それでもフォード・モーターは2011年12月期に純利益は202億ドル、約1兆6000億円もあげている。
トヨタは黒字だからまだよい。製造業の純利益は昨年度、軒並み赤字である。パナソニックが前期推定値より大幅に改善して、500億円の黒字になる見込みとたったの500億円で喜んでいるくらいだ。
日本勢が世界の8割のシェアを握っていたDRAM市場も、今や散々だ。エルピーダメモリが米半導体大手マイクロン・テクノロジーに買収されることがほぼ決まったそうで、国内メーカーが一社もなくなってしまった。DRAMの世界市場は今や日本勢のかわりに韓国勢が圧倒している。
大相撲5月場所の初日に、国技館に相撲を見に行って優勝額除幕式で気が付いたのだが、館内に飾ってある優勝額32枚のすべてが外国人力士だった。製造業でもこれと同じことが起きつつあるのだ。
利益低迷は製造業だけではない。4月12日に2012年2月期の連結決算を発表したイオンの純利益は前期比12%増の667億円となり、過去最高を更新したそうだ。製造業は駄目だが、サービス業は堅調だと誤解しないでいただきたい。米国のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートの昨年の税引き前純利益は244億ドルで約2兆円もあるのだ。イオンの30倍である。
米国企業がすごいのではない。日本企業の最終利益が欧米や韓国の企業の10分の1から100分の1なのが問題なのだ。日本企業の利益低迷を世界経済低迷のせいにする人もいるが、他国企業も世界経済の影響を受けているはずだ。でも彼らは儲けている。日本企業はグローバルスタンダードでみると劣等生もいいところだ。「日本株は欧米株に出遅れているから、これから上昇余地がある」と主張する人もいるが、私はそうは思わない。出遅れたのは出遅れたわけがある。ダントツに儲かっていないのだ。
日本経済や日系企業のこの凋落(ちょうらく)ぶりを「古臭い看板方式のせい」「斬新な発想がないせい」「経営者に戦略がないせい」「リスクを取らないせい」「日本人が働かなくなったせい」と総括するのはあまりに能天気である。こんな理由で、他国とここまでの差がつくのだろうか。DRAM業界が完膚なきまでに韓国勢にやられるのだろうか。金融政策も財政政策も限界まで発動しているのにもかかわらず、だ。
■日本民族は世界で1、2の学力・知力を誇るが…
思いつく限りの最大限の努力や政策を打っても他国にこれほどの差をつけられてしまうのなら、日本民族はよほどの劣等民族で、DRAM業界をはじめとする経営者はボンクラもいいところとなる。もちろん、そんなことはない。私の見るところ、日本民族は世界で1、2を争うほど学力、知力とも高く、技術力も抜きんでていて、勤勉で道徳的、極めて優秀な民族だ。
ここまでついた他国との経済力格差を「観光業に力を入れる」「付加価値がつく産業を見つけ出す」「教育制度を変える」「補助金を増やす」などという生易しい対策で埋めることが出来るだろうか。出来るわけがない。
根本的なことが間違っているから、日本は、他国に比べ、これほどまでの遅れを取ってしまった。そこの修正がなければ日本の未来はない。その根本的な間違いとは為替のレベルに他ならない。だから私は「諸悪の根源は円高だ」と言っている。経済学では景気回復の手段として「金融政策」、「財政政策」、「為替政策」の3つをあげる。日本は為替政策を全く無視してきたどころか逆噴射させている。ここが大問題なのだ。
前回も述べたが、円高とは値上げ、円安とは値下げだ。ここが為替の基本のキである。どの会社の販売会議でも、売り上げを伸ばすための最重要決定項目は価格だろう。どんなによい製品を作ろうとも、2倍の値段差があれば競争相手に負ける。売れない。それはモノでもサービスでも労働力でも同じである。為替問題とは価格問題に他ならないのだ。
同品質のテレビを中国も日本もその昔、16万円と同じ価格で売っていたとしよう。ところが中国が、そのテレビを1万2700円へと12分の1に大幅値下げしたらどうなるだろう。どんなに日本の電機メーカーがデザインを工夫しても、販売員のサービスを向上させても16万円のままでは全く売れなくなるはずだ。輸出市場でも日本の国内市場でも中国製テレビが圧巻する。
中国の人民元は1980年に1人民元約160円もした。1人民元買うのに160円も必要だった。今や1人民元12円70銭だ。13円弱で1人民元が買える。人民元は12分の1に下落したのだ。そうなれば価格は12分の1だ。今、例として述べた中国と日本のテレビの販売競争が実際に起きたのである。日本に替わり中国が世界の工場になったのは当たり前だ。米国がいくら元の切り上げ要求をしても、お茶を濁す程度にしか元の切り上げをしないのは、中国の政治家が日本の政治家と違って為替の重要性に気がついているからだ。
■韓国ウォンは円に対し13分の1に安くなった
1997年の通貨危機で、「あの国は終わった」「地獄を見た」とまで言われた韓国がここまで回復したのも、ひとえにウォン安のせいだ。ウォン安でモノもサービスも労働力も何分の1かに大幅値下げしたことになり、国際競争力が回復したせいだ。「企業が集約化を図ったからだ」と解説する専門家もいるが、そんなものはウォン安になっていなかったら、なんの意味も持たない。
私が大学生2年まで日本は1ドル360円の固定相場制だったが、今1ドル80円であるから、円は当時の4.5倍に強くなった。一方ウォンは1ドルおおよそ400ウォンだったものが、今や1130ウォンであるから3分の1に安くなった。すなわちウォンは円に対して13分の1と安くなったのだ。日本は何をやっても太刀打ちできない。これでは日本のモノもサービスも労働力も韓国勢に勝てるわけがない。
今、新卒者の就職が難しくなり、政府もいろいろ予算をつけて対策を練っている。失業者対策でもハローワークに予算を振り向け、失業率低下への努力をしている。しかし、そのようなことをしても更なる円高が進めば、そんな努力も予算も全くの水の泡だ。日本人労働力もモノと同じで円高による値上げを続けてきたのだから、売れなくなるのは当たり前の話だ。中国人も日本人も依然同じ月給16万円だったとしよう。中国人労働者が、人民元が12分の1になったせいで月給1万2000円で雇えるようになれば、月給16万円の日本人を雇い続けない。
企業は安くなった外国人労働力を求め国内の工場を閉鎖して海外に進出する。空洞化である。空洞化になれば、工場周辺の商店街はシャッター通りとなる。日本人の仕事が大幅に減るのだから就職が難しくなり、失業者が増えるのは当たり前だ。この労働力の値上げ問題に手を付けない限り、どんな失業対策も枝葉末節だ、と私は思う。
ところで、前回の「個人金融資産で円安を」という私の主張が「強引に個人金融資産を海外に向けさせて円安にさせよう」と誤解されたふしもある。私の主張はそうではない。あるべき状態に戻せ、と言っているにすぎない。市場原理が働いていれば、本来海外に出ていた個人金融資産を、本来どおりに海外に流しましょうと言っているにすぎない。本来の姿に戻すのだから方法論だけの問題で円安にするのは簡単だ、と主張しているのだ。
■20年もGDPが低迷する国への投資はあり得ない
普通の資本主義国家で人々が合理的な行動をとる国ならば、成長著しい世界経済に目を向けず、20年間もGDPが低迷する国にひたすら投資を続けるなどありえない。リスクが同じなら、リターンの良い方に金が流れるのが市場原則で合理的な動きだからだ。
しかし日本にはその仕組みやシステムが欠如していた。日本が社会主義国家だからだ。ちなみに「日本が世界で最大の社会主義国家だ」というと日本人は、驚くが、これは日本に住んでいる多くの欧米人の共通認識だ。少なくとも私が米銀に勤務していた頃付き合っていた外国人の間ではそうだ。
「郵政の金融部門が長らく国営だった」ことなどは「日本が社会主義」である身近な例だ。世界最大の銀行で、日本の個人金融資産の17%も預かっているゆうちょ銀行が国営だったのだ。そんな国を社会主義国家と呼ばず、なんと呼ぶのだろう。小泉改革で民営化への道へ進みはじめたと思ったら、つい最近、郵政民営化法改正案が国会を通過し、又、逆戻りの気配だ。
国営企業では、厳しい投資規制があるし、儲けることよりも損をしないことが重要になるから「リターンの良い方に金が流れる」という市場原理は働かず、合理的に金は流れない。実際にゆうちょ銀行は、預かった預金の80%。一時は88%をも、元本割れがない(と今は思われている)安全(?)だけが取り柄の、日本国債で運用している。よりよいリターンの民間にも海外にも目を向けずひたすら日本国債投資である。おかげで日本国民は頼んでもいないのに間接的に大量の日本国債を保有させられてしまった。
日本ではいくら政治家がばらまきをして、国債を大量発行しても長期金利が上昇しなかった。国営のゆうちょ銀行が、国が借金したければしたいだけのお金を、どんなに低利になっても国債購入という形で国に貸してくれたからだ。ゆうちょ銀行は、国にとっても、政治家にとっても打ち出の小づちのお財布だったのだ。その結果、ここまで累積赤字を大きくしてしまった。その結果が、ハイパーインフレか、はたまた消費税大増税の危機(注:私の言う消費税大増税とは10%への上げ程度の話ではない。今すぐ40%近くにするという増税)だ。
そもそも小泉政権下で郵政民営化を進めたのは、郵貯で集めたお金の大半が、国債購入に充てられていたことを是正するためで、資本主義国家への方向転換のはずだった。要は、ゆうちょ銀行に代表される日本の社会主義体制が、流れるべき場所へのお金の流れをせき止め、財政赤字問題を深刻化させ円高を進めたのだと私は思っている。財政赤字問題と円高問題の根は一つなのだ。
「根本治療として社会主義国家から資本主義国家への脱皮、対処療法としては円安誘導が必要」と20年来、私が主張してきた理由はそこにある。
■仏とギリシャの選挙は大衆迎合化の結果
先日のギリシャとフランスの選挙で両国とも財政緊縮反対派が勝利したが、政治のポピュリズム(大衆迎合)化の結果だと思っている。ばらまきの方が緊縮財政より明らかに選挙受けする。我が日本は、「ばらまき、ばらまき」で両国より、よほど政治のポピュリズム(大衆迎合)化が進んでいると思うが、その上に、ヨーロッパと違って長期金利市場の警戒警報機能が働いていないのだから始末が悪い。ブレーキ役が全くいないのだから円と国債のバブルは膨れに膨れ上がって、今や大爆発寸前だ。残念ながらもう膿が溜まりすぎてしまって、時すでに遅し、だと私は思う。ソフトランディング的な政策が手遅れなら、個人は自分自身の責任でハードランディングに備えるしかない。
だからこそ保険の意味で、少しでも外貨建て資産を買って資産分散をすることが必要なのだ。外貨建て資産は日本の銀行や証券会社、外資系金融機関の日本の支店で買える。なにも難しいことはない。ならば、あとは行動を起こすか否かの問題だと私は思っている。ここまで国の累積赤字が溜まった以上、今、外貨建て資産を買うのは、火事に備えて火災保険を買うのと似ている。火事が起こらなくても、火災保険が無駄になったと怒る人はいないはずだ。
藤巻健史(ふじまき・たけし) 1950年生まれ、一橋大卒、三井信託銀行、モルガン銀行など経て、フジマキ・ジャパン代表取締役。モルガン銀行時代はディーラーとして抜群の実績を上げ、東京支店長に。伝説のトレーダーと呼ばれる。ジョージ・ソロス氏のアドバイザーも務める。「外資の常識」(日経BP社、のち日経ビジネス人文庫)など著書多数
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