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野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
いまや日銀が財政赤字をファイナンスしている
日本銀行は、4月27日に、資産買入等の基金を65兆円程度から70兆円程度に5兆円程度増額し、長期国債の買入れを10兆円程度増額することとした。
この資金は、2010年10月に創設されたものだ。そのときの規模は5兆円と、ごく少額だった。
ところがその後徐々に増額され、今年の2月14日には、基金を55兆円程度から65兆円程度に10兆円程度増額することを決定した。それが、今回70兆円になった。こうして、設立当初には想像できなかった規模にまで拡大したわけだ。
2月の金融緩和は、効果を発揮したと一般に受け止められている。実際には、欧州金融危機が一時的に緩和されたこと(ギリシャの国債デフォルトが回避されたこと)と、アメリカの金融引き締めが遠のいたとの期待から、円高圧力が弱まったことによるものだった。しかし、日銀の緩和策もほぼ同時期に行なわれたことなどから、「日銀が行動すれば円安が進み、デフレから脱却できる」という幻想が生じたと考えられる。
こうしたこともあって、日銀に国債購入を増加させる政治的な圧力が、日増しに強まっていた。民主党の「円高・欧州危機等対応研究会」は、3月上旬、日銀に一段の追加緩和を求める提言を提出している。
日銀券ルールからの逸脱は
重要な問題か?
日銀は5月7日、『2011年度の金融市場調節』の中で、日銀の保有長期国債の残高が、今年末にも銀行券発行残高を上回る可能性があるとの試算を公表した。
国債買入オペによる国債の残高が12年末で約68兆円になると予想し、基金は年末までに24兆円まで長期国債の残高を積み上げていくとすると、合計で長期国債残高は約92兆円に達する。他方、銀行券発行残高が直近3ヵ月の平均的な伸び率(前年比2.3%)で増加すると仮定すると、年末の残高は約83兆円となり、残高が逆転する。
次のページ>> 国債購入を評価する基準
長期国債の買入額は年間約40兆円に達し、12年度予算の新規国債発行額とほぼ同規模だ。
ただし、日銀券ルールに経済的な意味があるとは思えない。これは、2001年に量的緩和を始めたとき、購入額が野放図に増えないために導入した内部ルールにすぎない。
より重要な点は、「これを守っていれば問題ない」とは言えないことだ。なぜなら、国債の購入が日銀券を増加させてしまうからである。実際、2001年に量的緩和が導入されてから、日銀券は顕著に増加した。
「限度」というからには、アクションによって変わらない独立のものでなければならない。そうでなければ、有効な歯止めにならない。「日銀券ルール」は、この条件を満たしていない。
そもそも、「基金」の創設自体、従来の日銀券ルールによる以上の国債購入を行なうことが目的である。いまから考えれば、日銀券ルールの破たんは、基金が創設されたときにすでに予定されていたとも言える。
国債購入を評価する基準
重要なのは、「日銀券ルールを守れるか」という形式的なルールの問題ではない。現在行なわれている政策のメリットとデメリットを客観的に評価することである。
これを是とするかどうかは、つぎの3つの観点から評価する必要がある。
(1)経済的に意味のある結果をもたらすこと
(2)必要性がなくなった場合に、残高を元に戻せること(出口戦略があること)
(3)財政規律が確立されること
以下では、これら3つの条件について考えることとしよう。
次のページ>> 国債が安全資産と見なされるのは、日銀が買い支えてくれるから
第1の条件について、日銀の国債購入によるマネタリーベースの増大がGDP(国内総生産)を増加させたり物価を上昇させたりする効果がないことは、これまで論じてきたとおりである。
ただし、長期金利を高騰させない効果はあったし、現在でもあると考えられる。日本の長期国債利回りは、財政事情に比して低位にとどまっている。
その理由は、「日本国債が安全な資産と見なされているから資金が流入するためだ」と説明される。しかし、問題はなぜ安全資産と見なされているかだ。日本の財政事情はギリシャ並みの破たん状態なので、投資資金の国債からの逃避が生じてもおかしくない。それが生じないのは、「日銀が買い支えてくれる」との期待があるからだ。
ヨーロッパの金融危機が日本に波及せず、日本で国債が問題を起こさない最大の理由はここにある。つまり、危機が抑えられているという効果はある。
しかし、これは、麻薬で苦痛を和らげているようなもので、一時的な痛み止めだ。その間に経済の歪みは拡大してゆくことに注意が必要である。
量的緩和終了後は国債残高を
元に戻せたが、今後は?
第2の条件は、「必要性がなくなった場合に、国債保有額を元に戻せるか?」ということである。
日銀は2001年からの量的緩和においても長期国債の購入を増やしたので、そのときの記録を振り返ってみよう。
日銀の長期国債保有残高の推移は、【図表2】に示すとおりである。01年に60兆円程度であった残高は、04末から05年にかけては、90兆円を超えた。
しかし、06年第1四半期からは減少し、09年第3、第4四半期には50兆円台にまで戻った。結局40兆円強減らしたことになる。したがって、結果的には、日銀の財政ファイナンスとはならなかった。
次のページ>> 日銀の保有残高はどのように減らせたのだろうか
では、日銀の国債保有残高は、どうやって減らせたのだろうか?
第1に注意すべきは、「日銀が国債保有を急減させた06年以降に、金融機関全体としては国債保有残高を減らしたわけではない」ということである(注1)。
この状況を【図表3】に示す。金融機関全体としての長期国債保有額は、04年の第4四半期に500兆円を超え、05年第4四半期には約540兆円となった。その後徐々に減少したが緩やかな減少であり、ほぼ500兆円をキープしている。
つまり、日銀が保有していた国債は、他の金融機関が購入したのである。
では、どの部門がこの期間に国債保有を増やしたか? それは「保険・年金基金」だ(【図表4】参照)。06年初めの約140兆円から10年初めの約180兆円まで約40兆円増えた。これは、上で見た日銀の国債保有残高減少とほぼ見合っている(最近では残高が200兆円まで増えている)。
保険・年金基金は預金取扱機関ではないから、これによって日銀預金が変化することはない。つまり、日銀国債残高は減ったものの、マネタリーベースが減少したわけではなかった。
次のページ>> 財政規律がますます低下する
他方で、【図表5】に見られるように、預金取り扱いの国債保有残高は、06年以降もほぼ250兆円程度で不変だ。また、【図表6】に見られるように、「その他金融機関」は、06年から09年の間に、国債保有残高を30兆円程度減少させた。
なお、金融機関全体として保有額をほぼ一定に保てたというのは、新規国債の発行額が減ったからだ。
今後を見通した場合、以上のようなプロセスの再現は期待できない。とりわけ、06年当時のように税収が増加して国債発行額が減少するような事態にはならないだろう。
だから、増やした国債残高は、将来も減らずに残る可能性が高い。つまり、現在の日銀による国債購入は、財政赤字を恒久的にファイナンスすることになる可能性が高いのだ。
(注1)資金循環勘定における金融機関は、つぎのように分類されている。
金融機関=中央銀行+預金取扱機関+保険・年金基金+その他金融仲介機関+非仲介型金融機関
財政規律がますます低下する
第3の基準は、「政府が財政規律を確立できるかどうか」である。
もしできるなら、一時的な時間稼ぎとして容認できる。
しかし、できなければ非常に危険だ。「赤字垂れ流しをやっても日銀が処理してくれるから大丈夫」ということになり、規律はますます失われる。
現実にはそうなっている。政治家は、総選挙を意識して、痛みを伴うような政策を取ろうとしない。
政治・行政的なコストから、さまざまな政策を評価すれば、つぎのようになる。
(1)もっともコストが高い(政治的に実行しにくい)のは、財政支出の削減だ。
財政支出の削減が求められているギリシャで、国民がまったく受け入れていない現状を見ても、それは明らかである。
日本でも、本当に必要なのは社会保障制度の抜本的な見直しだが、論議の対象にすらなっていない。本気でやろうとすれば、暴動が起きるだろう。
(2)2番目にコストが高いのは、増税だ。これが進まないのも、改めて言うまでもない。
消費税増税法案の取り扱いを巡り、与党内ですら駆け引きが激化している。
(3)これらに対し、日銀によるファイナンスは、コストがゼロである。だからいくらでもできる。財政弛緩はさらに進む。
しかし、そんなうまい話があるだろうか? 長期的には、国民は何らかの形で負担を負わざるをえないのである。
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