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【肥田美佐子のNYリポート】
来日間近のサンデル教授が語る新著のすべて「市場の道徳的限界とお金の話をしよう」
2012年 5月 14日 6:39 JST
ハーバード大学のマイケル・サンデル教授(政治哲学)が、『What Money Can't Buy: The Moral Limits of Markets』(邦訳『それをお金で買いますか――市場主義の限界』は早川書房、5月16日発売)を上梓した。
前作のベストセラー『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』(早川書房)では、コミュニタリアン(共同体主義者)としての立場から、5人の命を救うために1人を見殺しにするのはフェアかなど、分かりやすい例を挙げながら、「正義」とは何かという遠大な哲学的問いかけを世界に向かって放ったサンデル教授――。
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Kiku Adatto
サンデル教授
12年余りの年月を費やした新著で論ずるのは、過去30年以上にわたって拡大し続ける市場の影響力と道徳的限界だ。原書発売日の4月24日、ニューヨークで開かれた出版記念講演会では、学生からシニア世代まで、集まったファンを前に、得意の対話方式を交えながら、「われわれの社会では、静かな革命が起こっている。われわれは、無意識のうちに市場経済から市場社会へと漂流してきた」と、静かに語りかけた。
サンデル教授によれば、市場経済は、生産活動を組織化する「価値のあるツール」だが、市場社会は、あらゆるものが売りに出されている場所だ。市場社会では、市場価値が、人間関係や社会関係のあらゆる面に入り込んでいる。
友情や愛さえもアウトソーシング(業務委託)され、ほぼすべてのものがお金で買えるようになったことで失われるものは何か。市場社会からの脱皮は可能なのか。出版記念講演ツアーで全米を飛び回りながら、5月26日の来日に向けて準備を進めるサンデル教授に話を聞いた。
――出版記念講演ツアーでの手ごたえは?
サンデル教授 上々だ。(地元)ボストンを皮切りにニューヨーク、ボルチモア、ワシントンDC、シカゴ、ミシガンのトラバースシティーなどを回った。トラバースシティーでは、古式あふれる美しいオペラハウスに700人もの人たちが集まってくれた。この後は、西海岸やテキサスなどを回る。3週間余りで、全米13都市を訪れることになる。それから、ロンドンとアムステルダム、そして東京と福岡だ。ソウルやイスラエル、ブラジルにも行く予定だ。
今は、ネブラスカのオマハから電話している。明日(5月5日)、ウォーレン・バフェット氏の(米投資会社バークシャー・ハザウェイの)年次株主総会に出席する投資家の一部と会合を開き、話をすることになっているからだ。日々、市場を相手にしている投資家たちが、この本にどう反応するか興味深々である。ナーバスかって? いや、好奇心でいっぱいだ。
――教授は、1998年に英オックスフォード大学で、市場の限界について講義を行っている。この本の構想は、当時から温めていたのか。
サンデル教授 そうだ。途中で、正義の本の出版など、迂回してしまったが。とはいえ、『これからの「正義」の話をしよう』でも、徴兵と傭兵の話や代理出産など、市場と道徳の問題にも紙幅を割いているため、新著は、ある意味で前作の続編といえる。
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写真提供:ファラー・シュトラウス・アンド・ジロー社
サンデル教授最新の著書
――くしくも金融危機を経た後の出版となったわけだが。
サンデル教授 図らずもこのタイミングで出版できたことで、本書が、いろいろな意味で、より今日的な意味を帯びてきたと思う。金融危機により、人々が、社会における市場やお金の役割について真剣に考え始めたからだ。金融危機は、市場の道徳性について考える重要さを浮き彫りにした。危機を招いた失敗の1つは、金融業界の多くの部分で、道徳的価値が欠落していたことだ。
――新著を通して最も言いたいことは何か。
サンデル教授 市場やお金が社会で果たすべき正しい役割とは何か、という根本的な問いかけを行う必要性を訴えることだ。米国では、そうした国民的論議は行われてこなかった。
今や、お金で買えないものは少なくなる一方であり、市場や市場価値が、モノを超えて家族生活や人間関係、教育、健康、市民生活など、従来、非市場価値によって支配されていた世界に浸透している。市場は、どのような分野で公共善(パブリックグッズ)を提供し、また、どのような分野にはかかわるべきでないのか――われわれは、この点を自らに問わねばならない。本書では、市場とお金に関する多くの倫理的ジレンマを挙げているが、これという正解は載せていない。
だが、われわれが大切にし、残したいと願う非市場価値が、時として市場や市場価値によって追いやられ、台無しになってしまうことに気づく必要があるというのが、本のメインテーマだ。
――たとえば、教授は、ニューヨークでの記念講演会で、結婚式の祝辞をカスタマイズして3日で届けるオンラインサービスに触れ、親友への祝辞を「買う」ことで友情が商品化され、2人の関係にヒビが入りかねないと指摘した。愛する人への贈り物をパーソナルショッパー(買い物代行者)に頼む富裕層もいるが。
サンデル教授 祝辞の代行については、感動して目がうるむようなはなむけの言葉を親友がオンラインで調達したことを知ったら、その意味が減じてしまうだろう。お金で買った事実を隠せば隠したで、その「欺瞞」が、祝辞の価値を減じ、おとしめる。これは、多くの社会財や社会的慣習に当てはまる。お金が、社会的慣習に意味を与えているものをむしばんだり、壊したりしてしまうのだ。
パーソナルシェフを雇って家族や友人のために料理を作らせるのは、お金を持っていることの利点であって、(家族や友人との)連帯感を損なうとは思わない。だが、忙しいからといって、誰かを雇って妻や夫への誕生日プレゼントを買わせるのは、2人の関係をよそよそしくさせかねない。吟味して選んだ贈り物ではなく、アウトソーシングしたものだと知ったら、そのプレゼントは、多くの意味を失ってしまうだろう。
――米国社会には、市場の限界をめぐって国民論議が巻き起こる土壌が出来上がっていると思うか。
サンデル教授 分からない。そう願うが。本の目的の1つは、市場と道徳性について真剣な議論が起こるよう働きかけることにある。今後、読者の反応を通して、米国人の準備が整っているかどうかが分かるだろうが、こうした議論への参加を望んでいると思われる証拠はいくつかある。
たとえば、過去1〜2年に起こった2つの抗議運動だ。1つは、米国で拡大する格差に疑問を突きつけた占拠運動。もう一方が茶会党だ。通常、政治的スペクトルが対極にある運動だとみなされがちだが、どちらも抗議運動であり、ウォール街救済への収まらない怒りによって触発されたものだ。左派からも右派からも、銀行救済は不公正であり、金融危機を招いた張本人が、そのあやまちを償っていないという声が聞こえてくる。
特に占拠運動を見れば、多くの米国人が、広がる一方の格差や、とどまるところを知らない金融市場のパワーにフラストレーションや怒りを感じていることが分かる。
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英語版発売日(4月24日)、NYでのブックツアーで、にこやかにファンのサインに応じるサンデル教授(筆者撮影)
――お金で買えるものが増えれば増えるほど、格差が広がる。
サンデル教授 そうだ。近年、米国社会では、2つの現象が同時進行してきた。お金の力が大きくなるにつれ、貧富の差が拡大してきたのだ。富裕層と貧困層は、ますますかけ離れた世界で暮らすようになっている。住居も仕事も買い物も遊びも別々の場所で行い、子どもたちも別々の学校に通わせている。つまり、米国人の生活が「スカイボックス化」しているのだ。スカイボックスとは、野球場の上方に設けられた(ガラス張りの)豪華なエリアで、お金のあるファンと下の席のファンを分けるものだが、米国社会で進む、こうした分離傾向に懸念を抱いている。
お金があれば、じきに遺伝子構造も改造でき、子どもにさまざまな優位性を与えることができるようになるかもしれない。
――そうした市場社会がもたらす最大の弊害は何か。
サンデル教授 富裕層と貧しい人たちの生活がかい離しすぎ、日常生活のなかで触れ合い、お互いを知り合う機会がなくなっていることだ。それにより、市民生活の構造が損なわれてしまう。階級の分離は、共通善(コモングッズ)をむしばむ。共通の生活を分かち合う同胞という意識を持ちにくくなることで、民主主義も弱体化する。お金の力と格差の拡大が招く最大の危険は、社会的一体感が損なわれることだ。
――問題解決は可能か。
サンデル教授 容易にはいかないが、可能であることを願っている。まずは問題を認識し、お金と市場に関する問いかけを国民論議の俎上に乗せることだ。それは、本書が目指すところでもある。
そして、具体的には、公共の場所やサービスを再構築し、あらゆる社会背景や経済的なバックグラウンド、階層の人々が一つになれるようにしなければならない。スカイボックスにいる人たちが民主的経験に再び身を置けるよう、共通のスペースに招き寄せるのだ。民主主義が必要とする社会的結束や共通の目的を再構築できるよう、公共の集会や交通機関などを強化し、分裂傾向を食い止めねばならない。
――日本の読者へのメッセージは? 現在、東京都では、尖閣諸島3島の買い取り計画が進んでおり、多額の寄付金も集まっている。領土問題をお金で解決する動きともいえるが……。
サンデル教授 (尖閣については)耳にしていたが、残念ながらコメントするに足る知識がない。たぶん訪日後、もっと学んで、意見を立てることができるようになるかもしれないが。
外国での出版記念講演ツアーのなかで最も楽しみなことの1つが、日本を再訪し、新たな倫理的ジレンマについて、読者や聴衆の皆さんとさらなる議論を重ねることだ。前作への温かく情熱的な反応には深く感謝している。記念講演ツアーは体力的に大変だが、人々との対話から得る刺激が活力の源だ。訪日を心待ちにしている。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
Ran Suzuki
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。現在、『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』『ニューズウィーク日本版』などに寄稿。『週刊新潮』、NHKなどの取材、ラジオの時事番組への出演、日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳にも携わるかたわら、日米での講演も行う。翻訳書に『私たちは“99%”だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com
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