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JPモルガン巨額損失に見る脇の甘さ
心底に見える金融経営と国家財政の持たれ合い
倉都 康行
2012/05/14
もう数年前のことになるが、英国のエコノミスト誌のある記事の中に、二人の酔っ払いが肩を組んで千鳥足でふらついている挿し絵があったことを覚えている。確か右側の冴えない中年男には「State」という名札が、そして左側のネクタイを緩めた男には「Bank」という名札が付いていた。国家は公的資金で民間銀行を救い、銀行は国債を買って財政を助けている構図である。そして、どちらも「正気」ではないことをその挿し絵はほのめかしていた。
今日であれば、そこに酒瓶を担いだ「Central Bank」という名札を付けた男も加わって、三人の酔っ払いがまさに金融理論が好んで使う「ランダム・ウォーク」する姿になったことだろう。もっとも前回(「中央銀行の独立は『幻想の産物』だ」)述べたように、中央銀行は独立とは言いながら事実上政府部門の一角を担っている訳だから、右側の男の名札を「State and Central Bank」に変えれば良いだけの話かもしれない。
「Too Big To Fail」を想起させるJPモルガンの巨額損失
もちろん、国家と怪しげな二人三脚をしているのは金融だけに限った話ではない。エネルギー産業も同様である。日本では東京電力の国有化が話題になったが、アルゼンチンでもスペインの資本の入った石油大手YPFをフェルナンデス大統領が強引に国有化するという荒業に出た。中国やロシアなどの新興国がエネルギー事業を国家による基幹産業として育成しているのは周知の通りである。また中東産油国は文字通り原油輸出を国家事業として行っている。
金融に関しては、日本は欧米よりも一足先に不良債権問題に直面したため、経済的余裕のある時期に13兆円に上る公的資金を投入し、金融システムを健全化させたと言われているが、実際にはまだ2兆円以上が回収されずに民間金融機関に投入されている。今後、徐々に返済されていくはずではあるが、地域金融再編の中途半端な状況や、国債偏重というリスク管理の甘さなどを勘案すれば、再び公的資金の注入残高が増えることも想定されよう。
ただし、日本が欧米に比べればまだマシな姿であることは事実である。欧州は、連休明けのフランス大統領選挙やギリシャの再選挙、そしてスペインの銀行国有化といった波乱材料の中で、大手銀行は右往左往している最中である。またギリシャのユーロ圏離脱はカウントダウンに入った気配が濃厚であり、欧州の銀行経営に甚大な影響を与える可能性もある。
欧州と比較すれば、米国の銀行は景気回復とともに巡航速度を取り戻したように報道されているが、実際には大手の中でも勝ち組と負け組の分類が鮮明化しつつあり、無風とは言い難い状況にある。さらにその勝ち組といわれる米金融大手ゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースにすら、構造的な経営力の脆さが垣間見えるようになってきた。
国家に依存する「Too Big To Fail」のシステムは一刻も早く修正すべきだが、金融危機を契機として「大きいことは良いことだ」と言わんばかりに焼け太りしてしまったケースもあり、現実には変わりそうにない。世界的に銀行は儲からなくなってきたため、どこかで無理をして思わぬ損失を重ね、大手銀行が再び税金によって支援されるといった可能性も想定される。
5月10日に突然発表されたJPモルガンのクレジット・ヘッジ戦略のミスによる20億ドルの評価損計上というサプライズは、そんな懸念が決して杞憂ではないことを暗示しているように思える。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120513/231958/?mlp&rt=nocnt
最初に断わっておくと、JPモルガンの経営体力から言って20億ドル程度の損失が致命傷となる訳ではない。同行によれば、市況次第で評価損はさらに10億ドル増える可能性があるというが、それでも経営が揺らぐ話ではない。この損失発表が示すものは、世界最高クラスのリスク管理能力を持っていると言われてきたJPモルガンですら、肥大化した規模の中ではリスク・ヘッジで失敗するという事実である。
さらに言えば、この問題が今年4月に表面化してきた際に、JPモルガンの最高経営責任者(CEO)であるジェイミー・ダイモン氏が「コップの中の嵐に過ぎない」と軽くあしらったことの軽率さ、そして傲慢さが、批判の対象となっている。同氏は一時、ガイトナー財務長官の後任候補にすら名前が挙がった人物だ。巨額の損失が明らかなとなった今、同氏の銀行経営者としての甘さを指摘されても仕方はあるまい。
「ロンドンの鯨」を「コップの中の嵐」で片付けていた
少し話を整理しておこう。市場でJPモルガンの英国拠点が行っているクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の売買が話題になり始めたのは4月上旬である。CDSには個別銘柄やインデックス銘柄など数多くの売買対象があるが、その中で注目を集めたのがMarkit CDX Series9という、米国企業125銘柄のバスケットで構成されたCDSであった。巨額の売りに押されて、公正と思われる価値を大きく下回る推移が続いていたのである。
これほど巨額の取引になれば、誰が売っているのかはすぐに分かる。売り手はJPモルガンの「Chief Investment Office(CIO)」という、日本流に言えば投資リスク管理部といった本部機構のような部門で働くオフィサーであった。この組織はいわゆる「切った張った」のトレーディングを行う市場部門ではなく、同行全体のクレジット・リスクを管理する経営直轄の本部という位置付けらしい。
世界有数の銀行の本部機能が日々大きなポジションを動かし始めたのだから、関係者が異常に思うのは当然だ。市場では「London Whale(ロンドンの鯨)」とニックネームが付けられて、その動向に関係者の目が釘付けとなった。メディアもそれを放ってはおかない。
JPモルガンも4月中旬にコンファレンス・コールでこれに対応したものの、特にそのヘッジ操作に特定した説明はなされず、CIOの組織では様々なリスクヘッジを長期的な観点で行っており規制当局も了承済みだ、という漠然とした回答に終始することとなった。ダイモン氏の「コップの中の嵐」発言で、話は終わってしまったのである。
だが、5月10日の夕刻に慌てたように開催されたコンファレンス・コールでは一転して同氏がこの戦略ミスを認め、同部門の評価損失が4月以降の6週間で20億ドルに上ったことを発表した。他の利益で相殺される部分があるため、第2四半期の損失自体は8億ドルになる見通しだが、市況次第ではさらに損失額が増加する可能性がある、という。さすがのダイモン氏も、決まりの悪さを隠すことができなかったようだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120513/231958/?P=2
JPモルガンは、世間から叩かれっぱなしのゴールドマンと違って優等生の看板を背負ってきた印象が強いが、業界では水面下で幾つかの「悪評」が指摘されてきた。例えば2008年のリーマン・ブラザーズ破綻の直接の契機は、JPモルガンが主要債権者として同社の生殺与奪を握り、過大な担保要求を行ったからだ、とする批判は今でも生きている。リーマンの管財人は、その主張をベースに86億ドルの賠償請求を起こす予定だと報じられている。
また、先般ゴールドマンの元CEOでニュージャージー州知事まで務めたジョン・コーザイン氏が経営するMFグローバルが破綻して話題になったが、この件に際してもJPモルガンの関与を示唆する声が出ている。他社と比べて堅牢な収益基盤は、金融危機の際に同行が力業でライバル社をねじ伏せて取引を独占した結果に過ぎない、という批判も根強い。
金融市場の主役ともなれば様々なケースで批判されるのは一種の有名税でもあり、業界の妬みが無いとは言えないが、一方でその強烈な自負がリスク管理の甘さを招いていると言えなくもないだろう。
心底に「最悪は政府救済」の認識があったのでは
ロンドン拠点が行った取引は、意図的な投機ではなくあくまでポートフォリオの「テール・リスク」をヘッジしようとしたものだ、と同行は述べている。市場では、そのポジションは自社のクレジット評価が改善して負債評価損が出るのを回避するためのヘッジではないか、との観測が浮上している。
これは、信用状態が改善すると自社の発行している負債の価格が上昇して評価損が出るので、それをヘッジするためにCDS市場で逆ポジション、つまりプロテクションを売ってクレジット・リスクを取り、信用力の改善で評価益が出るような操作を行った、という見方だろう。だが、真相は定かではない。
確かなことは、この巨大な売買が想定通りには効率的に機能せず、巨額の評価損失を生んだことである。言い換えれば、世界有数のリスク管理技術を持つはずのJP モルガンですら、クレジットを精緻にヘッジすることには大きな限界があることが浮き彫りになった、ということである。規模の巨大化が生んだ弊害という見方もできるかもしれない。
ダイモン氏は、今回の失敗はヘッジ戦略にかかわるもので市場部門の失策ではない、と主張し、規制強化をうたう「ボルカー・ルール」には依然として反対する姿勢を見せているが、市場観測が正しいとすれば、ヘッジとは言いつつ操作実態はほとんどリスク管理の名を借りた事実上の投機的なトレーディングに等しく、その説得力は乏しい。
またこうしたリスクの高い売買を経営が許容したということは、その心底に「最悪の場合は政府救済の道がある」との認識があったかもしれない。とるとするならば、「Too Big To Fail」の弊害はここに極まれり、であろう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120513/231958/?P=3
噂に過ぎないが、収益性の低迷を打開するために、JPモルガンは規制が強化される市場部門の外側に事実上のトレーディングで稼ぐ部門を作ったのではないか、と勘繰る向きもある。だが収益性に頭を抱えるのは同行だけではない。
むしろ、ここ数期の四半期決算からすればJPモルガンは明らかに勝ち組であって、経営再建に悩むバンク・オブ・アメリカや戦略転換に手間取るモルガン・スタンレーなどに比べれば、はるかに優位に立っている。そのJPモルガンですら、収益性の回復に焦燥感を抱いている、ということであろう。
ちなみに、米ムーディーズ・インベスターズ・サービスなど格付け会社は世界的な大手銀行の格付けを引き下げる方針を示しているが、バンク・オブ・アメリカは2段階の引き下げになると、取引相手先から追加担保として51億ドル、モルガン・スタンレーは3段階の引き下げで72億ドル、それぞれ要求されるとの試算を公表した。格下げによる資金調達コスト増や、担保差し入れに伴う費用増で、米銀はさらなる収益減少要因に直面することになる。
負担を強いられるのは「99%」と米国頼みの日本経済
現在、市場は欧州情勢の混迷で英系やユーロ圏の銀行の自己資本比率や収益力に耳目が集まっているが、米銀システムも実は体力を十分に回復した訳ではない。2008-9年の不安定な時期に比べれば自己資本比率こそ大きく改善したものの、ROEは10%に乗せるのが精一杯で、以前のように簡単に投資家から資本を誘引することができなくなっている。ダウやS&P500は危機当時の水準を回復したが、銀行株は低迷したままで一向に上昇気流に乗る気配がない。
日本では「邦銀が儲からないのは欧米流の経営と差があるからだ」と言われ続けてきたが、実は欧米の大手銀行も着実に日本化していたのである。違いがあるとすれば、是非はともかくとして、その収益力挽回に対する限りなき貪欲さと言えるかもしれない。今回のJPモルガンの20億ドルの損失には、そんな印象が拭えない。
リーマン・ショック後にはしばらく米銀も沈黙を続けていたが、その経営が狩猟型であることに変わりは無い。経営陣は、どうしても利益を狙わざるを得ないのである。
先日、シティグループの経営報酬制度に対して、株主が反対するという異例の事態が起きたが、現在の高額報酬を正当化するためにも、経営陣はどこかでリスクテイクすることを諦める訳にはいかない。喉元過ぎるのが早過ぎるように見えるが、それが米国スタイルなのだろうか。
それは、いくら2010年に制定された「米金融規制改革法(ドッド・フランク法)」で公的資金による救済が禁止されたからといって、巨大な金融機関が倒れるのを米政府やFRBが黙って放っておくはずがない、という米銀独特のDNAに組み込まれた、哀しい遺伝子のなせる業なのであろう。2008年のような危機が再発すれば、負担を強いられるのは再び99%の人々なのであり、米国の消費経済に依然として多くを依存する日本経済なのである。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120513/231958/?P=4
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