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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35120
日本半導体・敗戦から復興へ
電気自動車は破壊的イノベーションを起こせるか? 中国・山東省の「低速EV」の衝撃
2012.05.08(火) 湯之上 隆
「EV、EVって騒ぐけど、電気自動車のどこが破壊的技術なのか?」
ある方から、このような問いかけを受けた。確かに、現在クルマ産業界が開発しているEVは、ガソリンエンジン車の延長線上にある。CO2は出さないかもしれないが、移動手段および運搬手段としては動力装置が換わるだけであり、何ら破壊的ではない(ただし、エンジン部品や材料を供給している下請けメーカーにとっては、EV普及によりビジネスがなくなるという意味では破壊的である)。
現状では、リチウムイオン電池が高く、重く、1回の充電で走れる距離が十分でないため、ガソリンエンジン車並みの性能も価格も実現できそうもない。クルマを利用する側の立場からすると、環境に優しいこと以外は、良いことは何もないように思える。
果たしてそうだろうか? 本稿では、EVが破壊的イノベーションを起こす可能性について考察する。
「ローエンド型」「新市場型」という2種類の破壊的イノベーション
まず、破壊的イノベーションには2つのタイプがあることから話を始めたい。
図1 持続的イノベーションと2種類の破壊的イノベーション
ハーバード大学ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンは、『イノベーションのジレンマ』(2001年、翔泳社)にて、ハードディスクドライブ(HDD)の歴史などを詳細に調べることにより、イノベーションには「持続的イノベーション」および「破壊的イノベーション」の2種類が存在することを示した。
続いてクリステンセンは、『イノベーションへの解』(2003年、翔泳社)および『明日は誰のものか イノベーションの最終解』(2005年、ランダムハウス講談社)で、「破壊的イノベーション」にはさらに2つのタイプが存在することを示している(図1)。
まず、既存市場に、より高性能・高品質な製品を投入する「持続的イノベーション」があるとする。伝統的な大企業がこの戦略を採用し、高いシェアを獲得する。
次に、同一の市場において、低コストのビジネスモデルでローエンドユーザーを攻略する「ローエンド型破壊的イノベーション」(1つ目の破壊的イノベーション)が起きる場合がある。ローエンド型破壊に対応できない企業はシェアを落とすことになる。
さらに、まったく異なる性能尺度で、これまで消費者ではなかった人々を消費者に取り込む「新市場型破壊的イノベーション」(2つ目の破壊的イノベーション)が起きる。
新市場型破壊は、既存の主流市場を侵略するのではない。これまでその市場には無関心だった無消費者をターゲットにする。したがって、既存の大企業は、破壊が最終段階に至るまで、まったく痛みを覚えず、脅威も感じない。しかし、気がついた時には、既存の主流市場が破壊され、パラダイムシフトが起こり、大企業が転落するというのである。
コンピューター業界の破壊的イノベーション
「2種類の破壊的イノベーション」という視点から、コンピューターの世界を見てみよう(図2)。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/b/7/400/img_b77aa1e2a28afc9a744234395a8f904f55407.jpg
図2 コンピューター業界の破壊的イノベーション
まず、IBMがメインフレーム市場を作り出し、世界市場を独占した。コンピューターが初めて世の中に登場した頃、IBM会長のトーマス・M・ワトソンは、「世界で、コンピューターの需要は5台ぐらいだと思う」と言った。また、メインフレームの次に登場したミニコンの時代に、DEC社長のケン・オルセンは、「個人が家庭にコンピューターを持つ理由など見当たらない」と断言した。
ところが、1977年に、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが、ガレージでアップルIIを作り、売り出したことから、パーソナルコンピューター(PC)の時代が幕を開けた。コンピューターのユーザーは、企業から個人へ移った。今まで無消費者だった個人が、PCの主流顧客となったのである。これは新市場型破壊と言っていいだろう。メインフレームメーカーの多くが撤退し、ミニコンメーカーはもはや1社も残っていない。
2007年に、台湾のASUSTeKが、価格5万円の超低価格PC「Eee PC」を発売した。これは、既存の高性能PCに対するローエンド型破壊であった。Eee PCが端緒となった超低価格PCは「ネットブック」と呼ばれる。だが、ネットブックは爆発的なイノベーションを起こすことができず、線香花火的に終わってしまった。
これは、ネットブックが従来型ノートPCの単純な小型化だったからだ。つまり、劇的に安いし、軽くて、持ち運びに便利だったが、PCの性能や使い勝手を犠牲にしてしまった。
しかし、ネットブックの「安く、軽く、いつでも繋がる」思想は、次のステップへの布石となった。
ジョブズ率いるアップルがスマートフォン「iPhone」とタブレット端末「iPad」を発売した。これは、従来の高性能PCに対する新市場型破壊となった。PCが仕事のためのツールだとすれば、スマホやタブレットは、老若男女が何時でもどこでも、楽しみ、役に立つ、いわば生活のツールとなった。その結果、2011年には、販売台数において、スマホ+タブレットがPCを上回った。
スマホとタブレットの普及により、最も慌てているのはインテルであろう。これまでプロセッサ市場において、世界シェア8割以上を独占してきたが、スマホやタブレットのプロセッサーには、全く食い込めていないからだ。
今年になってやっと、モトローラやレノボと提携してモバイル用プロセッサーに参入することを発表し、「ウルトラブック」(という「Mac Book Air」の真似っこのようなもの)を作ったりしているが、明らかに出遅れてしまった。
インテルがどうなるかは、今後も行く末を注目していきたい。話をクルマとEVに戻そう。
EV化による破壊的イノベーションの可能性はあるのか
前述したように、破壊的イノベーションにはローエンド型破壊と新市場型破壊の2つタイプが存在する。EV化により、このどちらかが、クルマ産業に起きる可能性があるだろうか?
三菱自動車のEV「i-MiEV G」(写真:三菱自動車)
例えば、三菱自動車工業が発売しているEV「i-MiEV」のGタイプは、価格380万円、車両重量1100キログラム、1回の充電による走行距離は180キロメートルである(「JC08」モード)。これと同型のガソリン車は、価格150万円以下、車両重量900キログラム程度、1回ガソリンを満タンにすれば恐らく300〜500キロメートル以上走行できるであろう。
EVが高価で重い理由は、リチウムイオン電池が高く、重いことに原因がある。電池性能が飛躍的に向上し、劇的に価格が下がらない限り、イノベーションは起きそうもない。この現状を客観的に判断すれば、誰もがそう考えても不思議はない。
日産自動車のカルロス・ゴーン社長は、「2020年に世界新車販売台数9000万台の10%、EVが普及する」と最も強気な予測を発表している。これに対して、野村総合研究所は(補助金や税制優遇があれば)150万台、米J.D.Power and Associatesは130万台と予測している。現在の電池開発の状況からすると、この程度しか普及し得ないという予測になるのだろう。
では、EV化による破壊的イノベーションの可能性なないのか?
私の答えは、「ある!」だ。さらにそのイノベーションは、ローコスト型破壊であると同時に新市場型破壊であると思っている。その根拠を以下に示す。
中国・山東省で普及している低速EVの衝撃
京都大学経済学部の塩地洋教授によれば、中国・山東省にはクルマ統計には現れてこない新たなカテゴリーの電動車が相当数、普及しているという(『中国自動車市場のボリュームゾーン』2011年、昭和堂)。それは、最高速度が時速50キロメートル程度であることから、「低速EV」と呼ばれている。
低速EVは、高級なリチウムイオン電池ではなく鉛酸電池を使うことから、1回の充電で50〜100キロメートルしか走れない。乗り心地も悪く、安全対策も不十分である。しかし、ナンバープレートなし(届け出なし)、よって税金なし、免許も保険も必要なし。ランニングコストはガソリン車の10分の1。価格は10万〜50万円と激安である。
山東省には低速EVを作る「スモールハンドレッド」と呼ばれる企業群があるという。年間数万台の生産能力があり、電気自転車を起点として、「2輪 → 3輪 → 4輪」「2人乗り → 3人乗り→ 4人乗り」「2輪車 → 農用車 → 乗用車」という流れで、低速EVを製造している。
「スモールハンドレッド」は、安価に手に入る部品だけで、兎にも角にもEVを作ってしまったのである。
前掲の『中国自動車市場のボリュームゾーン』によれば、「世界中の電気自動車がスタート時点にある現在、国情に合致する環境の中で自然発生し、『過剰要素を背負わない日常生活移動用車両』をコンセプトとする電気自動車の現物が目の前にあり、人びとが乗り回している光景が、『実在している現実』として確認できた」とある。
そう、中国・山東省では、2輪車〜4輪車合計で、(正確な数値はではないが)1億台程度の電動車がすでに普及しているのである。この事実に、私は大きな衝撃を受けた。
日本で「コンビニカー」を走らせるには
中国・山東省の低速EVは、日本クルマ産業が想定しているEVとは、まったく別の乗り物である。日本のクルマ関係者に言わせれば、このような低速EVは「クルマとは言えない代物」かもしれない。そもそも中国政府は、低速EVをクルマとして認めていないため、これが産業として発展するかどうかも分からない。
しかし、中国・山東省の低速EVは、破壊的イノベーション創出の大きなヒントになる。前出の京大・塩地先生は、次のような「コンビニカー」を提唱している。
(1)まず、航続距離が50キロメートルと短くても我慢する。すると、電池の数を減らすことができ、大幅にコストを削減できる。その結果、車両重量が軽くなり、電池効率が改善される。
(2)次に、速度を30キロメートル以下に制限する。すると、衝突安全性の対策を軽減できる。その結果、やはり車両重量が軽くなり、電池効率が改善される。
図4 専用レーンの設計(出所:京大経済学部・塩地洋教授の発表資料より抜粋)
このように航続距離と最高速度を制限したコンビニカー(低速EV)を、軽自動車の下の新たなカテゴリーとして設け、さらに、低速車両の免許が容易に取得できるようにする。ナンバープレート登録も別にする。税金は「消費税+低額の環境税」のみとする。保険料金も低額とする。そして、走行レーンを、人、低速車両、自動車と分離する(図4)、という提案である。
このようにすれば、安価で、手軽で、安全で、環境にも優しいEVが可能になる。そして、ローエンド型破壊+新市場破壊的イノベーションを一挙に実現できるに違いない。
その上で、コンビニカーという低速EVのグローバルスタンダードを、日本の企業と政府が一体となって、世界市場に売り込みをかけたらどうかと、京大・塩地先生は提唱しているのである。
エルピーダが経営破綻した。ルネサスの苦戦も漏れ聞こえてくる。ソニー、パナソニック、シャープは3社合計で1兆7000億円もの損失を計上し、いずれも社長が交代した。日本の半導体と電機は大崩壊した。
日本製造業のもう1つの柱であるクルマ産業がもし崩壊したら、日本という国自体が成り立たなくなるのではないか(昨年31年ぶりに貿易赤字に転落し、黒字化の見通しは立たない)。
いつも、日本の技術は、韓国、台湾、そして中国に真似されてばかりである。そして苦境に陥っているのだ。低速EVは、中国初のアイデアかも知れないが、今回は、日本がやり返すチャンスである。日本発の破壊的イノベーション創出に期待したい。
湯之上隆有料メールマガジン 「内側から見た『半導体村』 −今まで書けなかった業界秘話」をイズメディア・モールで販売中。日本の半導体産業の復興を願う筆者が、「過去の歴史から学ぶ」材料として、半導体技術者として経験した全てを語る問題作。1月の連載開始以来、草創期のエルピーダに出向した著者だからこそ語れる「エルピーダ失敗の原因」を赤裸々に綴っています。5月10日配信号では、NEC組との対立の末、やむにやまれぬ思いでエルピーダを去った湯之上が、坂本幸雄社長の就任でV字回復を遂げたエルピーダに乗り込み、経営学の研究者として技術者ら12人にインタビューをした内容を明らかにします。メルマガは申し込み初月無料。申し込み月以前のバックナンバーは月単位で購入可能です。
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