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野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
アメリカがデフレに落ち込まないのはなぜか?
これまで、つぎのことを述べてきた。
1.日本で消費者物価指数が上昇しないのは、財価格が下落しているからである。それは、新興国の工業化によって工業製品の価格が下落したからである。このことは、耐久消費財の価格下落がきわめて著しいことを見れば明らかだ。
2.サービス価格は、2008年頃までは上昇していた。それ以降マイナスの伸びになったのは、高校無償化など、政府の施策に起因するものが多い。
3.金融緩和が不十分であったり、需要が不足であったりすることによって生じる物価下落は、財にもサービスにも等しい率で生じるはずである。財とサービスの価格動向にこのように大きな差があることは、日本で「デフレ」と言われる現象が、教科書的な意味のデフレではないことを示している。それは、金融政策によって生じている現象ではない。そして、金融緩和をいかに進めたところで解決できる問題ではない。
以上の議論に対して必ず出る反論は、「新興国工業化の影響は世界的なものであるから、日本だけが大きい影響を受けるはずはない。日本のデフレは、日本国内の需要が少ないことによって生じている現象だ」というものである。
そこで、以下では、アメリカの消費者物価について見ることとしよう。「新興国工業化の影響を受けているにもかかわらず、アメリカの消費者物価が上昇しているのはなぜか?」というのが、ここで解明したい問題である。
アメリカの物価上昇は、
サービスとエネルギーによる
【図表1】は、アメリカの消費者物価について、1999年と2011年を比較したものである(注1)。
総合指数は、この12年間で、年率平均2.5%で上昇した。
その大きな原因は、第1にサービスが年率2.9%という高い伸びを示したこと、第2にエネルギー、農産物の値上がりがあったためだ。
サービスについては後で述べることとし、まず財価格について見よう。
次のページ>> アメリカにおけるサービス価格引き上げの原因は何か?
「財」価格の年平均伸び率は2.0%であり、日本の場合に上記期間の「財」の価格上昇率が−0.5%であるのと、大きく違う。
ただし、この原因は、エネルギー関連価格の上昇が著しかったことによる。上記期間の年平均伸び率は、7.1%にもなる。アメリカの場合、日常輸送のほとんどを乗用車に頼っているので、「エネルギー」のウエイトも、9.1%という高い値になっている。
原油価格の上昇によってガソリン価格が上昇し、ガソリン消費が全体の消費の中でかなりのウエイトを占めているために、消費者物価を引き上げたのだ。
「エネルギー、食料を除く財」では、年平均伸び率は0.1%、耐久財では−0.9%となり、日本とあまり変わらない状態になっている。
しかし、「エネルギー、食料を除く財」のウエイトは20.9%と低いために、(そして、後に見るようにサービスのウエイトが60%と高いために)、総合指数が伸びる結果となっているのである。
日本の場合の「財」価格の上昇率は、上記の期間に−0.5%となっている(図表2)。
アメリカの場合も、上で述べたように、エネルギー、食料を除けば、財の年平均伸び率は0.1%となる。だから、日米の差は、それほど大きくない。日米で財価格の伸び率に大きな差が発生する原因は、日本において、エネルギーの価格上昇がアメリカより低く、ウエイトも低いことである。
もし日本においても、アメリカと同じようにサービスのウエイトが6割であり、その上昇率が2.9%であったとすれば、総合指数の伸び率は、プラス0.4%になったはずである。
(注1)ここで用いている消費者物価指数は、都市消費者指数(CPI-U)であり、1982〜84年を100とする指数で表されている。Archived Consumer Price Index Detailed Report Informationに2000年からの報告がまとめられている。各項目のウエイトは、月別報告書を参照。
次のページ>> 日米の違いは、金融政策の違いによるものではない
アメリカのサービス価格上昇の原因は家賃
上記の期間における日本の消費者物価総合指数は、年平均0.3%の下落となっており、アメリカと比べて2.8%の差がある。
この違いをもたらした最大の原因は、日本では、サービス価格がアメリカのように上昇しなかったことだ(2008年までを見れば、日本でもサービス価格は上昇していたのだが、アメリカほどの伸び率ではなかった。また、それ以降はサービス価格も下落した。これは、前回述べたように、政府の施策の影響が大きい)。
では、アメリカにおけるサービス価格引き上げの原因は何か?
【図表3】に、アメリカにおけるサービスとエネルギー関連価格の推移を示す。
では、アメリカでサービス価格上昇の原因になったのは何か? もっとも大きいのは、サービスの半分以上のウエイトを占める家賃サービスが、平均年率2.5%という高い伸びを示したことである。
この原因は、移民の流入などのために、アメリカの人口が増加したことだ(注2)。日本は、前回見たように、家賃サービスの伸びは低い。これは、日本の場合に、労働年齢階級の人口が減少したためである。
日本の場合、上記期間中の民営家賃(ウエイトは、1万分の773)の上昇率は、−0.27%である。これは、日本の場合、人口が増加せず、とくに借家を求める年齢階層の人口が減少しているためであると考えられる。
この違いがサービス価格の動向に与えている違いは大変大きい。
その意味では、人口構造の違いが、日米のサービス価格の動向に大きな違いをもたらしたといえる。
次のページ>> 日米の差は消費構造の違い
ただし、人口高齢化でサービス価格の下落が必然的に起こるわけではない。なぜなら、高齢者人口が増加すれば、医療サービスに対する需要は増えるので、医療サービスの価格は上昇してしかるべきだからである。
アメリカの場合のこの期間の医療費の増加率は、年平均4%と、かなり高い。
ところが、日本の場合には、上記期間中の上昇率は、「公共サービス」の中の「医療・福祉関連サービス」(ウエイト、767)は0.65%、「その他サービス」の中の「医療・福祉関連サービス」(ウエイト、777)は2.59%である。
日本の場合には、医療・介護が公的な保険の枠内で行なわれているため、価格上昇に制限がかかっているのである。
(注2)アメリカでは、この時期に住宅価格のバブルが生じている。ただし、家賃の上昇はそれによってもたらされたものではない。実際、「バブル」とは、フローの価格である住宅家賃の伸びに比べて、ストックの価格である住宅価格の伸びが高まることである。
住宅家賃の上昇をもたらしたのは、移民の流入や経済活動の活発化などの実物的な要因だ。住宅価格のバブルは、それをきっかけにして生じた投機的現象である。
日米の差は消費構造の違い
以上の検討からわかるように、日米物価動向の差は、消費構造の違いによる面が大きい。具体的には、アメリカでサービスの比重が高く、かつ上昇したこと、そして、財ではガソリン価格の上昇で上昇したことの影響が大きい。
したがって、日米の違いは、金融政策の違いによるものではない。
ただし、こうした要因だけで日米間の物価上昇率の違いのすべてを説明できるわけではない。マクロ経済の構造の違いが物価動向に影響を与えたことは否定できない。
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