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Financial Times
ユーロ圏のエリートの意志を見くびるな
米国だってトクヴィルの予想を覆した
2012.04.19(木)4月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
「もし合衆国の主権が今日、諸州の主権と争うことになったら、負けるのは合衆国の方だと自信たっぷりに予想されるかもしれない。また、そのような争いが真剣に企てられる事態は考えにくい・・・どこかの州がこの契約からの離脱を選択したら、そうする権利がないことを立証するのは難しいだろう。それに連邦政府は、力ずくにせよ、正当なやり方にせよ、その権利を直接主張する手段を持たない」
米国の将来についてこのように書き記したアレクシ・ド・トクヴィルは、この国を観察した外国人の中では最も鋭い洞察力の持ち主だった。それでも、内戦の結果を予見することはできなかった。
ユーロ圏は経済的な政略結婚か?
名著『アメリカのデモクラシー』で知られる19世紀の政治思想家アレクシ・ド・トクヴィル
同じように、筆者が米国に滞在した10日間で、情報に通じた米国人たちがユーロ圏は生き残れないと考えていることが分かった。
なぜなら、かつてトクヴィルが、合衆国は政治的な政略結婚だと考えたように、米国人識者は今、ユーロ圏のことを経済的な政略結婚と見なしているからだ。
この対比は不正確ではあるが、話を非常に分かりやすくしてくれる。「不正確」だというのは、ユーロ圏が国ではないからだ。もし国だったら、ユーロ圏にのしかかる経済的ストレスは対処しやすいものになっているだろう。
「話を非常に分かりやすくしてくれる」というのは、いかなる政治構造であろうと、それが存続するか否かはそこに作用する遠心力と求心力の強さに左右されることを示しているからだ。
南北戦争当時の米国の事例で言えば、遠心力はアメリカ連合国(南部連合)に分離を決断させるには十分な強さを持っていたが、求心力はその試みを頓挫させるのに十分な強さを持っていた。
経済的、政治的な遠心力
では、ユーロ圏に作用しているこの2つの力については、どんなことが言えるだろうか?
経済の面で遠心力が働いていることは、これ以上ないほど明らかだ。第1に、ユーロ圏は財政の支えがない通貨同盟であるため、その調整の圧力は、柔軟性がないことで知られる労働市場にのしかかる。
また、ユーロ圏では低インフレを目指すことが合意されているため、名目賃金に下押し圧力がかかる。その結果、失業は増加し、経済は衰退し、債務デフレが進むことになる。
ユーロの誕生は世界的な信用ブームと重なった〔AFPBB News〕
第2に、ユーロの誕生と時を同じくして世界は信用ブームに入っていった。ユーロが創設された結果進んだ金利水準の収斂は、リスクスプレッドの消滅により一段と進んだ。
その結果、国境をまたぐ貸出が民間セクターに対しても公的セクターに対しても急増し、多額の債務を抱えた国(イタリアなど)では財政再建圧力が低下し、巨大な対外収支不均衡と競争力の乖離が生じた。
そこに金融ショックが襲いかかり、貸出が「急停止」し、民間セクターの借入と支出が急減し、財政危機の波が押し寄せてきた。
第3に、このような危機に際して、ユーロ圏は銀行システムを維持したり、苦境に陥った国に資金を融通したり、債権国と債務国による調整を確実なものにしたりする効果的な手段を全く持ち合わせていなかった。繰り出した対策はまさに即興だった。ユーロ圏という飛行機は、墜落しながら設計変更がなされつつあるのだ。
次に政治的な遠心力について考えてみよう。筆者は2つ挙げたい。
第1に、ユーロ圏の人々が抱く連帯感は、概ね国単位にとどまっている。ユーロ圏諸国と言えば、世界で最も福祉が手厚い国々だ。ところが、困っている他の国を助けるために資金を融通するのは、それほど大きな額でなくとも極めて難しいことが明らかになっている。欧州中央銀行(ECB)が国境をまたぐ資金供給の主役に事実上なっているのはそのためだ。
第2に、権力はまだ加盟国各国が保持している。ユーロについて言えば、権力は最大の債権国であるドイツに集中している。そのためユーロ圏は、政治的には、国ではなく多国間取り決めのような形で機能している。ドイツ人はこの問題を当初から理解していたが、フランス人は分かっていないことが多かった。
遠心力と求心力のバランス
最後に、各国の見解について考えてみよう。最も重要な遠心力は、ユーロ圏のどこがおかしくなっているのか、そしてこれを直すにはどうすればよいのかについて見方がバラバラなことだ。
特にドイツは、今回の危機は財政の規律のなさを反映したものだと考えており、これが支配的な見方になっている。だが他方には、真の問題は過剰な貸出と競争力の乖離、そして対外収支の不均衡にあるという(正しい)主張がある。
この見解の不一致は問題だ。なぜなら、調整というものは単純に押しつけることができないからだ。ユーロ離脱という選択肢があることを考えれば、調整は交渉を経て行われなければならない。そしてそのような交渉では、この危機において債権国が果たした役割を債権国自身も理解しなければならない。
もし債権国が対外収支の黒字を維持したいのなら、債務国に資金を貸さなければならない。貸した資金を返してほしいのなら、自らの対外収支を赤字の方向に動かさなければならない。つまり、金融と貿易の両面で調和を図らなければならないのだ。
では、こうした遠心力は、ユーロというシステムを破壊するのに十分な強さを持っているのだろうか? この問いに答えるには、求心力にも考察を加えなければならない。
ユーロというシステムを経済の面で支えている最大の求心力は、ユーロ圏崩壊に対する恐怖心だ。また危機で打撃を受けた国々では、改革の促進に役立つとしてユーロの維持を正当化する向きもある。
単一通貨は長期的に利益をもたらすと考える人は多い。ただこの主張は、危機が生じて国境をまたぐ金融統合の度合いが低下する事態に対処するコストの分だけ、割り引く必要があるだろう。
政治の面における最大の求心力は、統合された欧州という理想への傾倒と、このプロジェクトにエリート層が投じた膨大な時間や労力だ。これは非常に重要な動機づけになっているのだが、欧州以外の国や地域の人々には過小評価されることが少なくない。
単なる通貨同盟ではないユーロ圏
ユーロ圏は国ではないが、単なる通貨同盟以上のものだ。飛び抜けて重要な加盟国であるドイツにとってユーロ圏とは、20世紀前半の災厄を経た後の安定と繁栄をもたらすのに貢献した、近隣諸国との統合プロセスの頂点にほかならない。ユーロ圏が解体されれば、重要な加盟国は非常に大きなものを失うことになるのだ。
従って、ユーロ加盟国は、欧州および世界における自分たちの立ち位置についての考え方によって束ねられていることになる。加盟国の政治エリートと大半の国民は、以前ほど熱心ではないとしても、この戦後の大事業に取り組む必要があると引き続き信じている。
また、話を経済の面に限ってみても、為替レートの柔軟性が助けになると考える向きはほとんどいない。多くの人はこれまで同様、ユーロを離脱して為替レートを切り下げてもインフレ率が高くなるだけだと見ている。
もしユーロ圏が経済的な政略結婚にすぎないのであれば、どろどろした離婚劇が展開される可能性があるように見えるだろう。
悲惨でも耐え得る結婚
だがユーロ圏は、そんな結婚をはるかに超えたものだ。今後も、連邦国家にははるかに届かないレベルにとどまるとしても、だ。ユーロ導入の背後にある意思の強さを甘く見るべきではない。
最も可能性の高いシナリオは(確実にそうなるとはとても言えないが)、ドイツ的な理想と欧州のひどい現実との間で妥協が成立するというものだろう。困難に陥った国々への支援がさらに膨らみ、ドイツのインフレ率が上昇して対外黒字も縮小し、調整が始まることになるのだろう。
この結婚はあまりにも惨めなものになる。しかし、持ちこたえる可能性は残っている。
By Martin Wolf
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35034
The Economist
ドイツ経済:「すべてに勝るドイツモデル」
2012.04.19(木)(英エコノミスト誌 2012年4月14日号)
世界中の国々がドイツから学ぶべきことと学ぶべきでないこと。
危機に苦しむ欧州でひとり気を吐くドイツ〔AFPBB News〕
大半の先進国はドイツに魅了されている。硬化症に苦しむ欧州の真ん中にいながら、ドイツの1人当たり国内総生産(GDP)はこの10年間で先進7カ国(G7)のどの国よりも拡大した。
問題を抱えるユーロ圏の失業率が、単一通貨の誕生以来、最も高くなっている一方、ドイツでは、失業率が過去最低を記録している。
また、大半の先進国では、製造業の輸出が外国との競争で大打撃を受けているが、ドイツでは輸出産業が今も強力な成長の原動力となっている。フランスやスペイン、イタリア、英国の追い詰められた政治指導者たちが物憂げに、もっとドイツのようになりたいと話しているのも無理はない。
ドイツの成功の秘訣
最近のドイツの成功には、新しい原因と古い原因がある。わずか10年前、まだ東西統一のコストに苦しんでいた頃、ドイツはどうしようもない経済国だった。それ以来、同国は力強く立ち直り、特に単位労働コストの抑制により、高賃金国が付加価値の高い製造業で成功を収められることを見せつけた。
ドイツ人はかなり前に国家財政を立て直した。現在、財政赤字はGDPのわずか1%で、GDPに占める公共支出の割合は欧州の平均を大幅に下回っており、ドイツ国債の利回りは記録的な低さとなっている。
主にゲアハルト・シュレーダー氏の社会民主党(SPD)主導の連立政権が2003年に着手した改革「アジェンダ2010」のおかげで、ドイツは労働市場の規制の多くを緩和し、それが今の羨ましいほどの低失業率を生む要因の1つとなった。
だが、ドイツの優位性には、古来の強みもある。概して製造業のニッチな分野に特化するドイツのミッテルシュタント(中小企業)は19世紀後半に発展した。見事な抵抗力と多様性を持つミッテルシュタントは、高品質な資本財、消費財に対する新興国の需要急増の恩恵を受けてきた。
協調主義に基づくドイツのミットベスティムンク(共同決定)モデル――従業員に経営に対する発言権を与える仕組み――は、構造改革と賃金抑制の推進を容易にした。
そして、ドイツの徒弟制度やおよそ350の職種に分類された職業訓練制度は、若者の失業率を欧州のどの国よりも低く抑えるのに一役買った。
最大の賛辞
では、ドイツよりも弱い欧州諸国は何を真似るべきなのか? 労働市場の規制の緩和は当然だろう。これは実現し始めているが、イタリアが気づきつつあるように、不況時に労働市場の自由化を進めるのは難しい。ドイツはその他欧州諸国の需要がまだ強かった頃に、労働市場を自由化した。
また、大抵役に立たない学位を持った大卒者をどんどん輩出するのではなく、職業訓練に重点を置くことには、多くの利点がある。しかし、ドイツでうまく機能しているもの――協調主義、企業集団、優れた製造技術――は同国の伝統的な文化の一環であり、ある国から別の国へ移植させるのは、不可能とは言わないまでも難しい。
また、ドイツの近隣諸国はこのモデルを丸ごと輸入しようとすべきではない。例えば、ドイツの協調主義的な労使関係は企業が賃金を抑制する助けになるが、株主にとっては不利益になる場合もある。
ドイツの製造業は強さを誇るが・・・〔AFPBB News〕
さらに、ドイツの製造業は生産性が高いかもしれないが、サービス産業はそうではない。そしてサービス産業は今ではGDPの3分の2を占めている。
金融業界も比較的利益率が低く、これまで怪しい外国資産(無価値な米国の住宅ローンなど)に投資してきた過去がある。
ドイツの人口動態の先行きも思わしくない。生粋のドイツ人の人口は急速に縮小、高齢化しているのに、ドイツは移民を歓迎していない。
何より、成長より緊縮、消費より貯蓄、そして内需よりも外需を優先するドイツの厳粛な価値観は、多くの場合、害をもたらしてきた。ドイツ人の生活水準はそのせいで押し下げられてきた(成長率が他国より高かったにもかかわらず、ドイツの個人消費の伸びは過去10年間、その他欧州諸国より低かった)。
また、ドイツが事実上、需要の足かせの役目を果たしたことで、その他ユーロ圏諸国は悲惨な目に遭った。
4月半ばにスペイン国債やイタリア国債を売却した投資家は、公的債務の水準と同じくらい過剰な緊縮策の影響を心配していた。ドイツの輸出依存は巨額の経常黒字をもたらし、他国ではそれに応じた経常赤字が生じた。これがユーロ危機の大きな要因となった。
ドイツがパートナー諸国から学ぶべきこと
その他欧州諸国に緊縮と賃金抑制だけを求めるドイツの政策立案者は、成長の目的は個人所得(そして消費)を引き上げることであり、輸出拡大から得られる本当の恩恵は、輸入品の購入により多くのカネを回すことだ、ということを忘れている。
欧州諸国はドイツモデルの最良の特徴を真似るのが賢明だろう。だが同時にドイツも、パートナー諸国から内需を拡大し、維持することの大切さを学ぶべきだ。そうすれば、すべての人の暮らし向きが良くなるはずだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35030
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