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岩田一政の万理一空
4月17日 デフレ脱却のための2条件
デフレの克服のための閣僚会議設置
政府は、デフレ克服のための閣僚会議の設置を決定した。野田総理は、10年におよぶデフレを克服することは、全力を挙げて取り組むべき最重要課題であると述べた。古川経済財政政策担当大臣は、デフレの背景として(1)需給ギャップの存在(2)デフレ予想の定着(3)予想成長率の低迷を指摘した。
私は、日本が1990年代半ば以降の持続的なデフレ傾向、すなわち、「デフレ均衡」からの脱却を図るには、2つの条件を満たすことが重要と考えている。
第一は、根強い円高傾向(円高期待)を円安傾向(円安期待)へと方向転換することである。
第二は、一人当たり名目賃金が安定的に上昇するようになることである。
また私は、1970年代からの持続的な円高傾向(円高期待)が、1990年代半ばに一つの頂点に達し、日本経済を「デフレ均衡」へと導いた主要な要因であったと考えている。
「デフレ均衡」という用語は、物価上昇率が正で財市場・金融市場・労働市場の需給が等しくなる「正常な均衡」とならんで別の均衡(複数均衡)が経済に存在することを暗黙の前提にしている。複数均衡を想定することは、日本のデフレは正常均衡からの一時的な乖離ではなく、構造的な性格をもっていることを意味している。従って、経済が一時的にデフレに陥った場合よりも、デフレ克服が一層困難であることを意味している。他方で、戦前1930年代のようなスパイラル的な物価下落が生ずるわけでもないことも意味している。
デフレ均衡に陥った要因
日本がデフレ均衡に陥った要因として、多くの論者は、貯蓄と投資を均衡させる実質利子率(自然利子率)が急速に低下したこと、および自己実現的なデフレ予想が定着したことを挙げている。
前者については、少子高齢化といった人口構造変化や不良債権処理に関するバランスシート調整によって、 自然利子率が大幅に低下したことが考えられる。いくつかの実証分析の示すところでは、日本の自然利子率は、一時的にマイナスになった可能性もある。実質市場利子率は、デフレの下ではマイナスになりえないので、自然利子率がマイナスになることは必然的にデフレを生み出すことになる。
後者は、国内経済の停滞の持続と円高傾向持続によって自己実現的なデフレ期待が定着したことに着目する。ところが、自己実現的なデフレ期待の定着傾向は、日本の家計部門については観察されない。現実の消費者物価指数が下落していても、各種サーベイ調査によれば、消費者の過半数は、物価が上昇していると判断しており、先行きも上昇すると予想している。消費者の期待物価上昇率と現実の物価上昇率が乖離する理由としては、物価指数における品質調整の効果を消費者が正確に把握することが困難であることが挙げられる。加えて、消費者は、日常観察される品目、たとえばガソリン価格の動向に大きな影響を受けていることが挙げられる。
他方、市場参加者が期待する物価上昇率は、物価連動債と長期国債との利回り差(ブレーク・イーブン・インフレ率)から推察することが可能だ。しかし、日本の物価連動債市場は、まだ未成熟であり、市場参加者の期待物価上昇率を代表しているか疑問が残る。「ブレーク・イーブン・インフレ率」から観察される期待物価変化率は、年初から3年ぶりにプラスに転じたが、先行き消費税が引き上げられることを市場参加者が予想するようになったからだ。
その一方で、家計部門とは対照的に、企業部門では、日銀短観によれば、1991年以来、2008年を例外として、先行き物価下落を予想する企業は過半数を占めてきた。日本の企業部門には、デフレ期待が定着しており、現在もデフレ期待が持続していることを示唆している。
かりに、持続的な円高期待を通じたデフレ期待の定着が、デフレ均衡をもたらした主要な要因であるとすれば、持続的な円高傾向を是正することは、デフレ克服にとって第一に優先して実行すべき政策ということになる。投機筋の円買いポジションは、すでに円売りポジションに転換しているが、ユーロ危機の深まりいかんによって、円高期待から円安期待への転換が覆されるリスクが残っている。2月14日の日本銀行の「当面1%の物価上昇率の目途」と10兆円の国債追加購入は、円高期待を転換させたようである。しかし、その転換が定着するかどうかなお注意が必要である。1970年代以降定着している円高傾向を考慮すると、円高期待を一掃するためには、今後とも為替レート政策を担当する財務省と金融政策を担当する日本銀行意の一致結束した行動が求められる。
デフレ均衡の下でのデフレ率
デフレ均衡の下でのデフレ率はどのように決定されるのだろうか?
まず、最初に、日本が閉鎖経済であるとすると、名目金利は、実質市場金利と期待インフレ率の和に等しい(フィッシャー方程式)。
【名目利子率=実質市場利子率+期待インフレ率】
ここで名目金利がゼロになった場合、期待インフレ率は、実質市場利子率にマイナスの符号をつけた値に等しくなる。換言すると、期待されたデフレ率=日本の実質市場利子率ということになる。
ただし、日本においてすべての名目利子率がゼロになったわけではないので、将来「正常な均衡」に戻ることがすべて排除されているわけではない。
他方で、資本移動が自由な開放経済の下では、日本の名目金利とアメリカの名目金利の差は、期待された円高率に等しい(利子率平価説)。
【期待された円高率=外国の名目利子率―日本の名目利子率】
さらに、一物一価の法則が成立していれば、期待された円高率は、両国のインフレ率格差に等しくなっているはずだ。
【日本の名目金利=アメリカの名目金利+期待された円高率=アメリカの名目金利+(日本の期待インフレ率−アメリカの期待インフレ率)】
ところで、アメリカの期待インフレ率は、アメリカの名目金利と実質市場利子率の差に等しい。この結果、開放経済の下で、日本の名目金利がゼロになると、日本の期待されたインフレ率は、日本の実質市場利子率にマイナスの符号をつけた値ではなく、アメリカの実質市場利子率にマイナスの符号をつけたものに等しくなる。換言すると、日本のデフレ率=アメリカの実質市場利子率が成立することになる。
資本移動が完全であると、日米両国の実質市場利子率は等しくなるはずなので、日本のデフレ率は、日米共通の実質市場利子率に等しいということになる。日米間の実質市場利子率の均等化を妨げる一つの要因は、ゼロ金利制約だ。アメリカで2年物国債の実質市場金利がマイナスになっても、デフレ下の日本では、名目金利がゼロであっても実質市場金利はマイナスになりえない。このことが、デフレ均衡に陥った日本のデフレ脱却を他国よりも困難にしている主要な理由だ。
経済に非貿易財が存在する場合には、日米両国間の貿易財と非貿易財の生産性格差を考慮する必要があるが、その大きさは限定的であり、定性的な結果に変わりはない。円高期待が持続する環境の下では、少なくとも企業部門においては、円高を通じる自己実現的なデフレ期待の定着が、デフレ均衡への移行に大きな影響を与えてきたように思われる。
なお、貯蓄と投資を等しくする均衡実質利子率である「自然利子率」も、長期的な均衡状態では、日米間でも等しくなるはずだ。従って、日本の自然利子率のみがマイナスになることは考えにくいとする意見がある。しかし、現実の経済では実質市場利子率と自然利子率とは乖離するのが普通である。私は、資本移動が自由であっても、日本の自然利子率のみが大きく下落する事態は排除されないと思う。
名目賃金の安定的な上昇とGDPギャップ
さらに、円高期待の是正が、直ちにデフレ脱却につながるかどうかについても、不確実だ。国内の労働市場の需給が、均衡に向かわない限り、デフレから正常な均衡への移行は不可能だ。私は日本銀行副総裁の時代に、デフレ脱却のためには、対外面では、円高期待の転換が重要であり、国内面では、名目賃金の持続的な上昇が必要不可欠であると考えていた。2005年以降上昇に転じた名目賃金が、2006年末に下落したことは、団塊世代の引退という人口構造の変化による面が大きいとしても、正常な均衡への移行を妨げる要因になった。
名目賃金が持続的に上昇するためには、労働市場における需給ギャップの改善が必要だ。財市場における需給ギャップは、GDPギャップの大きさで示される。ケネディ政権の下でアメリカの経済諮問委員長を勤めたオークンは、財市場の需給ギャップと労働市場の需給ギャップには一定の関係があると考えた。おおまかには、実質GDPの変化と失業率の変化に一定の関係があることを示すのがオークンの法則だ。その関係を示す係数が、オークン係数だ。
アメリカでは、このオークン係数が不安定化していることが話題になっている。労働参加率の低下によって、実質GDPの伸び率に比べて大幅な失業率の低下が生じており、失業率低下の持続性が問われている。従来は、オークン係数はほぼ2に等しいとされてきた。失業率が1%低下するためには2%のGDPギャップの縮小が必要になる。潜在成長率が2%であるとすれば、2〜2.5%の成長率では需給ギャップが大きく縮小することはなく、失業率の低下幅も限定的であるはずだ。
日本のオークン係数は、アメリカよりも不安定であるとされているが、最近のデータを用いて調べると、おおむね2に近い。日本のGDPギャップは、内閣府の調べでは2011年第4四半期にデフレギャップが3.4%あるとされている。これをオークン係数の2で割ると、労働市場の需給ギャップをゼロにするためには、1.7%の失業率の低下が求められることになる。2012年12月の失業率は4.5%であるから、失業率が3%を切るようになれば、労働市場の需給ギャップがゼロになり、名目賃金のみならず消費者物価も安定的に上昇傾向を示すようになると考えられる。民間予測(ESPフォーキャスト)によれば、2014年第1四半期に失業率4%になると予測されている。この予測が正しければ、デフレ脱却までにはなお大きな距離があるということになる。注意を要するのは、GDPギャップの大きさは、GDP統計の改定とともに変化することだ。プラス、マイナス1%程度の改定は覚悟しておく必要がある。
政策のレジームシフトと労働市場のミスマッチ解消の重要性
現実のデータをみると、オークンの法則が示す姿とはやや異なるようである。1997年以降トレンドとして下落を続けた名目賃金が上昇しはじめたのは、2005年初めであった(図1)。その時点で失業率は4.5%であり、2004年のGDPギャップはマイナス1%程度であった。他方、食料・エネルギーを除く消費者物価指数が上昇を開始するのは、2008年からである(図2)。2007年末の失業率は3.8%であった(図3)。2007年のGDPギャップはプラス1%程度であった。過去のデータを見る限り、名目賃金の上昇には、4.5%を切る失業率、消費者物価が上昇するようになるためには失業率が4%を切る水準に低下する必要がある。
※図表をクリックしていただくと、拡大してご覧いただけます。
他方で、失業率3%から4%の間は、所定内賃金や消費者物価の反応が鈍く、フィリップス曲線は水平だとする悲観論(「デフレ脱却不可能説」)もある。しかし、賃金上昇率、物価上昇率と失業率の関係は、市場参加者の期待インフレ率の変化と労働市場の構造変化によってシフトすることを忘れてはならない。
1931年の高橋是清大蔵大臣の下での政策のレジームシフトは、金本位制度からの離脱とポンドへの事実上のペッグと国債直接引き受けによる財政拡大政策の2つであった。このうち、いずれの政策が期待インフレ率に対してより大きなインパクトを与えたか経済史上の論争点の一つになっている。重要なポイントは、政策当局である政府と日本銀行の政策スタンスが、どの程度転換したかに関する市場の評価だ。デフレ克服に対する政策スタンスが変化したことを伝えるコミュニケーションの重要性は、かつて無い程に高まっていることを忘れてはならない。
もう一つのポイントは、労働市場のミスマッチをどの程度解消できるかの問題である。企業内における従業員のスキル形成が弱体化している現在の状況の下で、積極的なマンパワー政策、個人のスキル形成と企業や社会が必要とするスキル形成の情報ギャップを解消することが重要だ。1.8万人にも達するポストドクター問題は、この情報の非対称性と深くかかわっている。高校生から大学院までを対象とする職業訓練や企業との共同研究の促進は、アメリカ(ジョージア州のクイック・スタート)やイギリス(ノリッジ・トランスファー・プログラム)でも実施されている。労働市場のミスマッチを解消する上で政府や大学、専門学校の果たす役割は重要である。
(日本経済研究センター 理事長)
http://www.jcer.or.jp/column/iwata/index353.html
#MR注:上は「日本の名目金利=アメリカの名目金利−期待された円高率」の間違い
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