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やはり、専業主婦の方が幸せなのか?「比較優位」理論から見た夫婦の分業
小野浩・米テキサスA&M大学准教授インタビュー(1)
2012年4月18日 水曜日
広野 彩子
「新しい経済の教科書 2012」では、オンラインで掲載した小野浩・米テキサスA&M大学社会学部准教授の「ワークライフバランスは女性を幸せにするか?」を再録しています。小野准教授には、女性が働くことと幸福度の関係を、日本だけでなく米国など他国のデータにも基づいた定量分析などを基に、率直に論じてもらいます。(聞き手は広野彩子)
寄稿された「ワークライフバランスは女性を幸せにするか?」では、機会均等で門戸が開いたのは良いけれど、仕事も家事も育児も事実上すべてを負って成果を求められ、結局は女性が“ペナルティ”を受けている社会のあり方に疑問を呈しています。
小野:研究は、私が博士論文の指導を受けた経済学者でノーベル賞経済学者のゲーリー・ベッカー・米シカゴ大学教授が示した「家庭内分業」という考え方に基づいています。この考え方はかなり誤解されがちなのです。米国でも「Feminists Against Gary Becker(ゲーリー・ベッカーに反対するフェミニスト)」というホームページがかつてあったくらいで、ベッカー教授はフェミニストからとても敵視されているのです。
ベッカー教授のインタビューは「新しい経済の教科書2012」にも収録しています。「人的資本論」を切り開き、犯罪や結婚など、社会学的なテーマを経済学で分析し、ノーベル賞を受賞した経済学者ですね。
貿易理論を応用すると、家庭内分業が是となる
小野 浩(おの・ひろし)
米テキサスA&M大学社会学部准教授。1999年、米シカゴ大学社会学博士(Ph.D.)。ノーベル賞経済学者であるゲーリー・ベッカー米シカゴ大学教授に師事。スウェーデンのストックホルム商科大学准教授を経て2007年米テキサスA&M大学社会学部助教授、2010年から現職。専門は計量社会学、労働経済学。
(写真:陶山 勉)
小野:ベッカー教授の理論はイデオロギーではなく、比較優位性(Comparative Advantage)という経済学的な議論に過ぎません。仮に先進国と途上国が貿易関係にあったとしましょう。先進国がすべての財で生産性が勝っていても,より生産性の高い財に特化し,先進国と途上国の間で「分業」することで結果として両国の生産性を向上させるという考え方が比較優位性です。
この比較優位性を社会の現象に応用して考えると、夫と妻のうち、どちらが家庭に専業し、どちらかが仕事をするべきだという完全分業制を支持することになるわけです。ただし決して、「男が仕事をして女が家庭を守るべきだ」ということは言っていない。あくまでも「比較優位」だから、2人の間で女性の方が仕事に優位性があれば仕事をすべきなのです。そこを「要するにこの人は女が家庭を守れと言っているのね」と誤解してしまう人が多い。
ベッカー教授が性差別主義者だということは全くありません。貿易の比較優位論でも、どの国が何をすべきかなど、現実に存在する特定の国の名前を出して論じているわけではありません。生産性の比較優位の考え方に基づいて論じているのです。
米ハーバード経営大学院のMBA(経営学修士)も取ったけれど、子供を産むのをあきらめた女性がいるという逸話がありました。キャリアと育児、二者択一になりがちなのは米国でもそうなのですか。
小野:米国の性分業に関する価値観は意外と保守的で、さらにリーマンショック以降はさらに保守的になる動きが強まっていると思います。
先ほどの家庭内分業でいうと、1つは、米国人男性は本音では女性に仕事をしてほしくないと思っているということです。1950〜60年代の米国社会は「男=仕事」「女=家庭」という完全分業体制でした。それが60年代に入ってから男女平等の動きが強まった。女性はどんどん社会進出していきましたが、男性はまだ文化のラグ(遅行)として、考え方に伝統的な分業体制のしがらみがある。そこでどこかで「不一致」が出てきている。世論調査などでは、男女平等社会には賛成だが、自分の妻には仕事をして欲しくないと答える男性が意外と多い。
日本もその極端な例だと思うのです。現代、日本の中高年男性にはアイデンティティークライシスのようなものがあるかもしれません。
なお、「女性=家庭」という価値観は、国際比較調査でも確認されています。また米国で権威のある社会学者が2011年に「Happy Homemaker」という論文を発表しました。直訳すると「幸せな専業主婦」です。この研究では、欧米諸国を含む28カ国の国際比較調査のデータを使い、仕事をしていない既婚女性、つまり専業主婦の方が仕事をしている既婚女性よりも幸せだということを実証しました。「Social Forces」という権威ある社会学の学会誌に載りました。
お金が理由で共働きが増えているのはスウェーデン的
若年層では、十分な収入が見込めないから妻に働いてもらいたいと考える夫が増えているとも聞きます。だんだんとスウェーデン的になる過程にあると言えますか。
小野:そうですね。男性の給料だけでは足りないから女性も働かないと家計のやりくりができない。女性を労働市場に引き出す形になっているのは、まさにスウェーデン的な現象でしょうね。スウェーデンで専業主婦がいないのは、専業主婦になっているゆとりがないからです。僕はスウェーデンにも住んだことがありますが、スウェーデン人と話すと、日本人女性はうらやましいと言う。私だってずっと家庭に専念したいと言う人もいるわけです。働きたいから仕事をしているのではなく、経済的に余力がないから、お金が理由で仕事をしている。
日本でも、今は共働き世帯の方が多いです。
小野:従来は結婚したら幸せになれるとの共通概念がありましたが、今はどの国でも経済的な概念が先行していると思います。日本でもお金がないから結婚できないという方がいます。非正規労働の方などを中心に結婚しない男性が増えているのは、いかにしてお金を稼ぐかを一番気にしているからです。
米国では今、不景気だから、離婚したいけどできないという人が結構います。離婚したら高くつきますね。ベッカー教授に言わせればこれは非常に合理的な選択です。愛や幸福度は関係なく、あくまでもお金で決まっている。
日本では以前、熟年離婚が問題になりましたね。経済的な理由でずっと嫌な夫に我慢していたけれど、定年したタイミングで三行半を突きつけるという話です。経済学的には理にかなっているわけですね。
小野:極めて合理的です。幸福度は関係ない。もっとも、離婚は幸福度をかなり低くするのですが。全国民を対象にした幸福度調査で見ると、確実に既婚者の幸福度が一番高いです。順番に言うと、既婚者が一番高く、次以降は国によりますが、同棲者、単身の順。その後に死別、離別が来ます。だから死別、離別の人というのは非常に幸福度が低い。
熟年離婚は合理的だが、離婚は幸福度を低くする
米国は離婚する莫大な額のお金を取られる場合が多いと聞きます。契約社会ですし。
小野:本当に契約社会です。Implicit(暗黙)とExplicit(明示)という言葉がありますが、米国は明示を基盤にする社会だから、すべて白黒をはっきりさせてグレーゾーンを少なくする必要がある。一方、日本は暗黙の社会です。
明示の社会は、教育機関などを通じて米国の文化に非常に根づいている。正義の社会とも言えます。米国には非言語コミュニケーションがありません。日本は言わなくても理解してくれるとの「甘え」がある。米国は甘えがなく、甘えはむしろ蔑視されます。「まあいいじゃないか」とか、「少しだけ」とか、そういうことには「なぜ」「どうして」と詰問され、「いつ補うの?」と求められる。
日米での幸福度を比較しましたけれど、それもデータから読み取ることができました。例えば家計の管理は、日本の従来型の常識では基本的に女性がしてきました。それも変わりつつありますが、それは男性が女性に甘えている文化です。一方、米国は分離している。さらにスウェーデンではまったく甘えがない。完全な個人主義です。スウェーデン人は極端に自主独立の意識が強く、女性が嫌だと言ったらすぐ離婚できる。離婚がしやすい社会です。
スウェーデン人のカップルの極端な例ですが、共働きで、スーパーに行って買い物をしたり、お酒を買ったり、2人でレストランに食事に行ったりするとします。そういう出費をすべてレシートで管理する。月末に束にして全部計算して50%で割る。そこまで甘えがないというか、独立している。逆に米国では、そこまで極端な話は聞かないです。
スウェーデンでは税金や年金など社会保険も個人単位ですね。離婚しても老後にも影響ないため、踏み切りやすいのかもしれません。
小野:そうですね。完全に分離されているから、いつでも離婚できる。
離婚しやすく、シングルマザーでも困窮しないようにすれば、もっと子供が生まれるのでしょうか?
小野:シングルマザーになってもきちんと国が守ってくれるわけです。幸福でなければ離婚してしまえばいいとすぐ考えますので、子どもがいても離婚しない選択はない。ただ日本の「親子の文化」にそれを導入するのは難しいと思います。離婚して家庭が崩壊したらまず子供がかわいそうだと、日本ではそう考える傾向があります。一方「個人の文化」の社会は、それも考えるけれど個人を優先する。自分が幸福でなければこの結婚はもうおしまいだと考える。
日本の問題は少子化、海外をまねてもうまくいかぬ
スウェーデンの福祉制度は、社会的に国民の価値観までが全部パッケージになってできているのです。だからパッケージの中から1つだけ制度を取ってきてもうまくは行かないでしょう。そこまで全体的に考えなければいけないのが難しいところです。「インスティチューショナルパッケージング(Institutional Packaging)」という考え方です。
日本では社会保障制度改革が問題になっています。海外のモデルを模索する動きもあるようです。
小野:そうですね。ただ日本には日本の社会文化的な背景があるわけで、それに見合ったものを導入すべきです。米国とスウェーデンなら、スウェーデンの方が福祉国としては進んでいますが、それを直接日本に輸入するのは難しいと思います。
一方米国は宣伝上手な国だから良さそうなことを言っていますが、例えばワークライフバランスは優良企業に限られた話です。一般的な米国人を見るとワークライフバランスの達成度は日本並みです。何で問題視されていないか。それは、米国には少子化問題がないからです。出生率が2.0を上回る米国社会では、ワークライフバランスは今、かなり優先度が低い。
日本で今、なぜワークライフバランスが問題かというと少子化が最大の背景ですね。それがなければ、終身雇用のモデルで男は働いて女が家にいるという今までのモデルをあえて見直す必要はなかったかもしれません。少子化で経済がこの先危ぶまれるという流れの中で出てきた話です。それがなければ、米国のような社会になっていたと思います。
米国で少子化が問題にならないのは、ヒスパニック系の移民の出生率が高いからです。ヒスパニックにとってはビッグファミリーが幸福です。にぎやかで、5〜6人の子供を産めば、幸せだというのが彼らの価値観です。
ワーク・ライフ・バランスを中途半端に解釈すると、女性を労働者として酷使するだけになる恐れがあるのでは。結婚して育児しながら働け、そして仕事ではこれまで以上に成果を出せ、のような感じです。
小野:ワークライフバランスで女性の労働市場参画を高めること自体は素晴らしいのですけれど、仕事したくない女性も結構いるのが現実です。これはどの国の社会でもそうです。そういう人たちまで無理やり仕事させると非効率を生むので、経済的にも意味がないと思う。僕の日米比較の調査でも、日本人の女性は自分が仕事をしていると不幸だと感じているという調査結果が出ていました。欧米においても、先ほど話した国際比較調査の結果に出ているように、、仕事をしていない女性の方が幸福でした。
自分の意思や選択がかなう社会が理想
その結果は、小野さんが寄稿で「女性は、出産・育児に伴い仕事を辞める場合が多く、これが『ペナルティ』となって女性の賃金を低くしている」と書かれていたことなど、別の要因もありそうです。男女差ではなく、仕事をしたい人、仕事をする必要のある人が働き、暮らせる社会が望ましいですね。
小野:経済学の枠組みで考えれば、自由市場がまさにそうですね。自分の意思、自分の選択で仕事をしている。「自分の意思で仕事をしたくない」のであればそれは別にかまわないということが可能な社会であれば一番いいですね。
制度に関しては、海外ばかり見ると、日本のモデルや文化的背景を無視して、無理やり変えなければいけないと思い始めてしまいがちですね。米国がいい、スウェーデンがいいと安易に考える前に、自分たちの文化的基盤に根ざしたモデルを模索してほしいものです。
このコラムについて
新しい経済の教科書
2012年で3年目になる日経ビジネス別冊「新しい経済の教科書」。
今年は装いも新たに、新しい経済学の潮流や、経済学の面白さを伝える企画が満載です。
日経ビジネスオンラインでは、紙幅の関係上「新しい経済の教科書」本誌未収録になった有益なコンテンツをご紹介していきます。
⇒ 記事一覧
著者プロフィール
広野 彩子(ひろの・あやこ)
日経ビジネス記者。1993年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、朝日新聞社入社。阪神大震災から温暖化防止京都会議(COP3)まで幅広い取材を経験した後、2001年1月から日経ビジネス記者に転身。国内外の小売・消費財・不動産・マクロ経済などを担当し、『日経ビジネスオンライン』、『日経ビジネスマネジメント』(休刊)の創刊に携わる。休職し、CWAJ(College Women's Association of Japan)と米プリンストン大学の奨学金により同大学ウッドローウィルソンスクールに留学し2005年に修士号を取得(公共政策)。近年は経済学コラムの企画・編集、マネジメント手法に関する取材、執筆などを担当。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120409/230749/?ST=print
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