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日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>倉都康行の世界金融時評
中央銀行の独立は「幻想の産物」だ
欧州危機の再燃と中銀独立時代の終焉
2012年4月17日 火曜日
倉都 康行
世界の金融市場で、一度収束しかけていた欧州債務問題への懸念が再浮上している。3月20日に満期が到来したギリシャ国債は、ユーロ圏の巧妙な政治的操作で難局を何とか切り抜け、欧州中銀による1兆ユーロを超える3年間の流動性供与という奇策もあって小康状態を迎えていた欧州国債市場は、スペインやイタリアの国債利回りが再上昇し、昨年末の恐怖感がよみがえりつつある。
ユーロ圏は、ギリシャに始まった債務危機を克服するために欧州金融安定基金(EFSF)と欧州安定メカニズム(ESM)という二つの支援基金を並走させて、その総額を8000億ユーロ(新規の実質的な消火パワーは5000億ユーロ)とすることで合意し、国際通貨基金(IMF)がこれに呼応して支援体制を表明してくれることを待つ、という戦略を立てたが、それがうまく作動する前に、スペインの財政状況に対する懸念が再燃してしまったのである。
政治家としての限界を露呈したスペイン首相
ではなぜスペイン問題が、この時期に急速に注目を浴びるようになったのだろうか。それは、3月末に同国が270億ユーロの赤字削減という厳しい今年度予算を発表したのが契機と見られる。同国の財政赤字縮小に疑念を抱く人々は「この厳しい情勢の中でそんな緊縮財政が可能なのか」と訝り、実体経済を悲観する立場からは「こんな予算では失業率がさらに上昇して社会不安を強めるだけだ」と深いため息が漏れた。ギリシャ同様に、スペインも出口の見えない経済運営を強いられている。市場では、早くもスペインが4番目の支援国になる、といった悲観論が飛び交い始めている。
昨年末に「問題児」扱いされたスペインとイタリアは、年初以来その財政赤字縮小への取り組みで大きく差が付いた。イタリアにおいて再建を託された「非政治家」のモンティ首相が次々と改革路線を打ち出していく一方で、スペインのラホイ首相は政治家としての限界を露呈してしまった。2012年の財政赤字を対国内総生産(GDP)比4.4%に縮小させると欧州連合(EU)にコミットした数字を、財政規律を高めようと25カ国がEU新条約に署名したその日に、5.8%へと勝手に修正してしまったのである。
確かに失業率が23%台へと跳ね上がっている状況での緊縮財政には限界がある。成長路線も必要だ、とEUも理解を示し始めてはいるが、経済成長と財政再建の両立というのは、解の無い方程式に取り組むようなものである。特に同国の場合、銀行の過小な自己資本や自治州など地方自治体の財政赤字への取り組み遅延が問題視されている。前者に関しては、住宅市況が今後さらに悪化するとの見方が強いので、不良債権はますます増える可能性が高い。それを支援する財政能力が乏しいことも、国債や株式の売り材料となっている。
だがユーロ圏を悩ませるのは、問題がスペインに止まらないことだ。改革スピードでスペインに差を付けたと見られていたイタリアでも、「モンティ首相との蜜月時代は終焉した」というムードが強まっている。ベルルスコーニ前首相の後継として、内外から信頼を集めてきた同首相も、労働市場改革で大きな試練に立たされているのである。イタリアで争点になっているのは、労働法の中の「Article 18」と呼ばれる条項の改正だろう。
同国ではこの条例によって労働者の権利が保護されている。仮に企業がたとえ生産性の乏しい労働者を解雇したとしても、その解雇の正当性を判断する裁判所が不適切と見なせば、企業は再雇用せねばならない。裁判所は経済的な観点から心情的な判断を下すことも多く、これが非効率性を生む温床となっている、と企業経営者らは不満を示している。
イタリア首相の妥協路線に市場の評価揺らぐ
モンティ首相は、裁判所に解雇の是非判断の権限を与えない改革断行へと舵を切ったが、当然ながら労働組合はこの改革案に対し、大規模なストライキを決行する、と猛反発した。労組は既に同首相が発表した年金改革案にも強く反対しているが、雇用制度改革にはさらに敏感になっており、中道左派の民主党内からの反発も強まっている。その結果として同首相は、当初の原案を緩和することを余儀なくされたのである。
国債市場が最も懸念するのは、こうした政治的妥協の姿勢だ。モンティ首相を市場が評価してきたのは、非政治家としてポピュリズムにとらわれずに経済構造を改革していこうとするその真摯な姿勢であった。同国10年債利回りが先月5%を割り込んだのは、前述したECBの流動性対策の効果が大きいが、同首相に対する期待感もかなりの部分を占めていたはずだ。だが今回の妥協路線によって、その高い評価も揺らぎ始めたのではないか。
ユーロ圏への懸念がスペインとイタリアに注がれていることは自明だが、他にも気になる要素は少なくない。ポルトガルが、ギリシャに次いで第二次支援が必要になる可能性はかなり高い。支援を受けて輸出を中心に経済再建を図ってきたアイルランドも、欧州各国のリセッション・ムードでその財政赤字削減に警戒信号が灯り始めている。
勝ち組オランダでも異変
また、ギリシャはいったん危機を脱したように見えるが、債務残高をGDP比120%にまで落としたとはいえ、経済力の乏しい同国がその債務を返済できる確率は高くない。同国の総選挙は5月6日に行われることが決まったが、EU/IMF/ECBのトロイカ債権団に財政削減をコミットした与党連合への支持率は40%程度に止まっており、選挙結果次第では、財政再建が頓挫するリスクもある。
また、ドイツやフィンランドと並んで「ユーロ圏の勝ち組」と見られてきたオランダでも異変が起こっている。昨年第3四半期に続いて第4四半期もマイナス成長となって事実上の景気後退入りした同国では、2013年の財政赤字の対GDP比3.0%という目標達成が危ぶまれている。この対応策として歳出削減が検討されてきたが、連立政権に閣外協力してきた勢力がこれに反対して離脱し、与党は議会で過半数割れとなってしまった。仮に歳出削減が困難となれば、オランダもフランスやオーストリアに続いて最高格付けを失う可能性が高い。
フランスも、大統領選挙は大きな山場である。現職のサルコジ大統領が猛追しているが、緊縮財政に反対しEU新協定への再交渉を主張する社会党のオランド氏が依然として優位な情勢に変わりはない。一回目の投票では決着が付かず、ギリシャ総選挙と同日の5月6日に両氏の決選投票となる、との見方が大勢だ。仮にオランド氏が新大統領に就任することになれば、ドイツのメルケル首相との間に築かれてきた「メルコジ路線」は崩壊し、ユーロ圏には隙間風が吹くことになろう。
ユーロ解体の具体案に懸賞金が
こうした各国における揺らぎは、ユーロという共通通貨の問題にも微妙な影響を与えかねない。今はやや下火になっているが、ギリシャのユーロ離脱という欧州エリート層がタブー視する問題が再浮上してくることは十分想定されよう。
ちなみに、先般英国の保守党系のシンクタンクである「ポリシー・エクスチェンジ(Policy Exchange)」が、ユーロ解体への優れた案に25万ポンドの賞金を授与するとのプロジェクトで、最終選考に残った5名の案を公表している。ユーロ圏にしてみれば迷惑な話だろうが、この企画を提唱した同国ウォルフソン上院議員にちなんで「ウォルフソン経済賞」と名付けられた賞金を目指し、各国から400以上の応募があったという。
その5名の案を簡単に羅列すれば、(1)ギリシャなど弱小国が離脱する、(2)ドイツなどの強国が離脱する、(3)各国がすべて元の通貨に逆戻りする、(4)ユーロをECUに戻す(5)ユーロ圏を「白身と黄身」に分けてユーロを合成し直す、といったものである。
最終選考には残らなかったが、オランダの11歳の少年が「ギリシャはユーロ圏を離脱し、ユーロを新ドラクマに交換しない人にその2倍の罰金を科す」との漫画付きのプレゼンで100ポンドのご褒美をもらう、といったオマケも付いている。
依然として「ユーロ離脱は絶対に有り得ない」という論調も目立つが、ユーロ圏内でも現状維持を諦める「プランB」としての通貨対応策が水面下で議論されていることは、もはや否定しがたい事実である。共同体理念を貫く理想主義と、市場メカニズムからの演繹を重視する現実主義との対立はまだ当分続きそうだが、数年後に現在のユーロが残っている確率は、日々小さくなっているように思われる。
中央銀行が時間稼ぎはいつまでもつか
かくして欧州危機が長期化するであろうことは、もはや市場のコンセンサスになっているが、皆が知りたがっているのは、その痛みを和らげて時間稼ぎをする欧州中銀の施策がいつまでもつか、という点であろう。ECBの3年間の流動性供与という奇策の効果は、徐々に薄れ始めている。ただ、その懸念は欧州に限った話ではない。
あの2月14日の日銀によるバレンタインデー・プレゼントの効果も、一カ月ほどで剥げ落ちてしまった。円高修正が一服し、株価上昇ムードも消えかける中で、永田町や市場は追加緩和を期待している。だがその効果は2月ほどの威力を発揮することは難しいだろう。まさに限界効用の低減である。
米国では恐らく「オペレーション・ツイスト」が終了する6月に「QE3」が導入されるだろう。バーナンキ議長が長期金利抑制策を放棄するとは思えないからだ。もっともその政策の威力も「QE1」や「QE2」に比べて大きく低下するのではないだろうか。
だが、政治家は容赦しない。日本のデフレ問題、欧州の債務問題、米経済の低成長問題に対し、中央銀行がこれを黙視することを許さないからだ。そこで鮮明になりつつあるのは、中央銀行が政治的に独立しているのはおかしい、という政治感覚である。日本では自民党の一部勢力が日銀法改正に向けて舵を切った。この動きは注目されよう。
欧州中銀も、政治に肩入れする方向性を厳しく批判するドイツ連銀の猛反発を受けながら、さらなる妥協を余儀なくされていくだろう。バーナンキ議長の連邦準備制度理事会(FRB)は、既に政治からの独立を事実上放棄していると言って良い。
「中央銀行の独立」は市場経済に対するイリュージョン
筆者はこれに反対するものだが、金融はリアリズムの世界であり、中銀も大きな政治的潮流に飲み込まれるのが常であることを認めざるを得ない。中銀の独立とは、しょせん「幻想の産物」なのである。英国史に見られるように、中銀は資金不足に困り果てた政治が土壇場で作り上げた組織に他ならないからだ。前回も書いたように、中銀は先祖返りして、結果として財政機関の道をたどらざるを得ないのではないだろうか。
日本では先日、日銀審議委員の人事案を参院が否決し、来年の総裁人事にも影響を与えそうな雰囲気が出てきた。明らかに大胆な緩和策へと舵を切らせる方向に政治が動き出している。日銀の独立時代は終焉に近づいている、と言えるかもしれない。
もっとも日銀に対して政治的プレッシャーを与えるというのは、ある意味で当然のことである。「中央銀行の独立」というのは、市場経済に対する一種のイルージョンを与えるものであり、それは通貨の信認を経済全般に対して「布教」するために必要な装置にすぎなかったからである。
人々は、通貨は愚行に陥りがちな政府から離れて中央銀行がしっかりと管理するものだ、と思ってきた。あるいは、そう思っていた方が安心であった。だから中銀は、中銀の独立という建前を捨てられないのである。それは金を捨てて信用貨幣を使い始めたどの国でも同じことなのだが、経済情勢はそれを許さなくなってきた。
ただし中銀は、ワイマール共和国や戦後日本などの例に見られるように、常識の範囲を逸脱することで、とんでもないインフレを引き起こす。そのブレーキ役が無くなることが最大の問題なのである。さて現代の頼りない政治家に、果たしてその機能を期待しうるのだろうか。その意味で、前回書いた「中銀リスク」とは「政治家リスク」と読み替えていただいても差し支えないだろう。
このコラムについて
倉都康行の世界金融時評
日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。
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著者プロフィール
倉都 康行(くらつ・やすゆき)
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業後、東京銀行入行。東京、香港、ロンドンで国際資本市場業務に携わった後、97年よりチュースマンハッタンのマネージングディレクターを務める。現在、RPテック代表取締役。日本金融学会会員。最新刊は『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』(日経BP社)。主な著書に『金融史がわかれば世界がわかる』『金融VS.国家』(ちくま新書)、『金融市場は謎だらけ』(日経BP社)、『予見された経済危機 ルービニ教授が「読む」世界史の転換』(日経BP社)など
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120413/230950/?ST=print
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