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「お金のバブル」をなくし、雇用を増やせ 小野善康・大阪大学フェローに聞く
2012年4月17日 火曜日
松村 伸二
「新しい経済の教科書 2012」では、最近のデフレ不況の分析やその対処方法について、経済学を通した学者の方々の分析・解説も掲載しました。大阪大学フェローで、ケインズ主義を重視する小野善康氏には、独自の「不況の経済学」という考え方について熱く語ってもらいました。インタビューの一部を抜粋し、未収録部分と合わせ再編集してお届けします。
(聞き手は松村 伸二)
小野先生は不況に関する理論構造について、ケインズ主義の「短期不況」とは異なる「長期不況」を主張されていますね。
小野 善康(おの・よしやす)氏
1973年、東京工業大学卒業。79年、東京大学大学院終了・経済学博士。90年、大阪大学社会経済研究所教授。99年、同研究所所長。2010年から現職、及び内閣府経済社会総合研究所長。専門はマクロ経済動学、国際経済学、産業組織論。最近の著書に『成熟社会の経済学』(岩波新書)がある。
(写真:菅野 勝男)
小野:私が「不況の経済学」のアイデアを思いついたのは、1980年代の終わりから90年代初めの頃でした。その時はまだ日本は全く不況ではありませんでした。しかし、自分なりにいろいろと分析してみると、ずっと不況が続いて抜け出せないという恐ろしい理論的可能性が出てきました。それに、そのような場合に必要とされる政策も、それまで言われてきたものとは全く違うことが分かってきました。
自分でも驚いて、そういう話を色々な人にした時、「間違っている」とか「理論的にはそうでも、現実にはデフレなんて考えられない」と言われましたね。私自身も含め、当時の人たちにとっては、それまでの日本経済でデフレが続いた経験などなかったわけですから、無理もないですね。
92年に初めて理論書にまとめて、その中で、ひょっとして日本はそういう長期不況の入り口に立っているのかもしれない、ということを書きました。もう、ドキドキでした。だって、本当に長期デフレ不況になるかどうかなんて、自信もないわけですから。だけど理論的にはそう結論づけられる。これは書き留めておかないとまずいと思ったのです。そうしたら、今現在、そのようになってしまっています。
不況を引き起こす需要不足を解消するには、どうすればいいのでしょうか?
小野:不足している需要を喚起するためにどうすればいいか。我々が今知っているケインズ主義では、その時にお金をばらまくということです。お金を手にした人たちは、お店に飛んでいってモノを買う。この動きが広がることを「乗数効果」と呼んで、経済が潤う効果が指摘されますが、私は認めていません。ばらまくお金の原資はどこかから持ってこなければなりません。その時には全く同規模のマイナスの乗数効果が働く。つまりそれによって相殺されるから、効果は全部消えてしまうわけです。
このことに気づくと次に出てくるのは、お金だけ渡して、その原資分を新たに調達すればいいだろう、という考え方です。つまり、赤字国債を発行するケースです。ところが、それでは借金を増やしているだけなのです。結局、皆さんにお金を渡し、その分の借用証書も渡すけれど、それは見ないようにしよう、という発想です。これが出てくるのは、一時不況しか頭にないからです。いずれ景気が回復してから原資を回収すればいいという理屈です。
しかし、長期不況だと、そうした状況はいつになっても来ません。結局、不況のままで返すしかなくなり、そのとき、それまで支えていた分がすべてマイナス効果として現れてくる。それを避けていれば、赤字国債がどんどん積み上がって、いつかは返済不能になり、とんでもない金融危機が起こってしまいます。実際、今の日本でも、いつまでたっても返す時期が来なくて巨額の国債が積み上がり、大問題になっています。
お金の出し方で、単に減税や補助金の形でなく、公共事業で人を雇うことに使うと、経済効果が大きくなるとの指摘があります。
小野:公共事業で人を雇おうが、補助金でばらまこうが、お金を払うということの効果については同じです。だから違いは金額ではなく、実際に何ができたか、つまり中身こそが重要であって、経済効果もその便益分だけです。
公共事業については、これまで正反対の2つの意見がありました。反対派は採算が合わなければ無駄だ、そんな事業は止めろと言うし、賛成派は、中身とは関係なく規模が大切、つまり、公共事業で所得を生むことそのものが景気を拡大させると言っています。私は両方とも間違い、一見正反対に見えて、経済的には同じようにムダだと言っているのです。
このことを理解するために、今、全く役に立たない公共事業を考えてみましょう。そうすると、失業者に無駄なことをさせて、「月給」と書いた袋にお金を入れて渡すことになります。次に、そういう無駄な公共事業をやめて、失業者に「失業手当」と書いた袋にお金を入れて渡すとします。これだと国民経済計算上では「所得」にならないので、所得は増えません。だから公共事業の方が所得への効果は大きいと言われます。でも、どちらも同じお金を払い、しかし労働力は全く役立っておらず、同じようにムダです。つまり実質的には同じなのです。
それなのに、統計上は公共事業の方が経済を拡大するように見える。だから賛成派はそうしろと言う。反対派は採算が合わないから所得が増えても無意味だという。いずれも、失業した人をどう使うかという発想はまるでありません。失業とは失業手当で人を雇って、「何もしない公共事業」をやってもらっているのと同じ、ということに気づいていないのです。
それでも、公共事業より失業手当の方が安くすむのではありませんか。
(写真:菅野 勝男)
小野:金額は関係ありません。さきほど言ったように、お金をばらまいてもそのお金を集める時に必ずそれと同規模のマイナス効果があるからです。大きな金額をまけば大きな金額のマイナス効果が、小さければ小さなマイナス効果がある。ですから、金額の大小は関係ありません。ということは、穴を掘って埋めるより何かちょっとでも役に立つことをやってもらえば、その分いいじゃないか、ということです。かかったお金は関係なく、純粋に何を作ったか、これだけが重要だと言っているのです。
この点はケインズですら混乱して、「穴を掘って、それを埋めた人にお金を渡す」方が、何もしないよりましだと言っている。ここでは公共事業の中身より、それでお金をまくことが強調されています。だからケインズ主義はバラマキ主義だと非難されてしまうのです。ここでケインズのために弁護しておくと、彼は中身も大切だということも書いています。でも私は、そんな中途半端なことは言っていません。中身だけが大切、それ以外は金額も乗数効果も無関係だと言っているのです。
そこから導き出される具体的な政策として、どうすれば景気が良くなるのでしょうか?
小野:仮に私が、予算から何から経済政策全てを決めていいと言われたとしましょう。そうしたら消費税を今の5%から10%に引き上げます。その増税分でひたすら雇用を作ります。多くの人が待たされている介護や医療、観光でもいいです。それだけで200万人近い雇用が生まれます。それを恒常的に続けます。そうしたら、我々の生活の質は上がるし、新たな雇用が生まれて雇用不安もデフレもなくなるし、それで経済全体での消費意欲も膨らむから、経済も拡大して税収も増え、財政健全化にもつながります。
こう言うと、非効率な産業を続けて、赤字を垂れ流すのかと言われます。もちろん赤字なしに自立できた方がいいに決まっていますが、それは実行可能な選択肢ではありません。実行可能な選択肢は、働きたいのに働けない人を放置して社会保障費(失業手当)を払うか、働きたい人に少しでも社会の役に立ってもらうか、の2つだけです。どちらもお金はかかっていますが、社会保障なら赤字とは言われないだけです。それなら、役に立ってもらった方がいいでしょう。
どの分野が新たな雇用を吸収できそうですか?
小野:深刻な原発事故の後ですから、再生エネルギーや省エネの分野がいいかもしれません。再生エネルギーだけでも数十兆円規模のマーケットがあると思いますよ。これらの分野が確立できて、日本のエネルギーのほとんどが賄えるようにでもなったら、すごいことだと思います。もしそうなったら、今のようなエネルギーの外国依存がもたらす外交上の制約も解消され、独自外交もできるし、安全できれいな国も作ることができるでしょう。
とても再生エネルギーではエネルギー全体を賄えない、という意見も多いですが、私はエネルギーが不足してでも今すぐ原発をやめるべき、などと思ってもいません。再生エネルギーや省エネが将来、大市場に発展するという確かな見通しと計画を立てるべき、と言っているだけです。大体、日本人って、いったん目標が決まれば絶対達成してしまいますよ。今は将来のエネルギーがどちらの方向に進むかわからないし、これで、ほとぼりが冷めたら今まで通りのやり方でいい、とでもいうことになったら、せっかく再生エネルギーに本腰を入れても大損するだけです。それなら、企業も本気にはなりませんよ。
最近は「デフレ」という言葉で不景気そのもののことを指すなど定義があいまいになっていて、きちんとした議論ができていない印象です。
小野:まず需要が不足するから人が余って、それで賃金がどんどん下がっていく。賃金が下がってくれば、企業も価格を下げて少しでもシェアを取りたいから物価全体も下がってくる。こういう現象が続いているということがデフレです。つまり、需要が不足している証拠なのです。では、なぜ需要が不足するかと言えば、成熟社会では人びとは当面必要なモノは大体持っていますから、モノを買うよりお金でもっていたいのです。そんな時にいくら金をまいたって、何のことはない、みんなため込んでしまうわけです。
モノの値段は待っていれば待っているほど安くなる。裏返せば、お金を長く持っていると価値がどんどん上がっていくのです。デフレとは、お金の価値に対して、モノ全体が安くなる現象、つまり、デフレの今はお金のバブルの真っ最中というわけです。
デフレ克服のため、日本銀行が紙幣をどんどん印刷して市場に供給すればいいという声もよく聞かれます。
小野:お金が欲しくてしょうがなくてモノを買わないことが、長期デフレ不況の原因なのですから、日銀がお金を配ったって、ため込まれるだけで効果なんてありません。
消費者物価指数と日銀が供給してきたハイパワードマネー(日本銀行券発行高+貨幣流通高+準備預金額)の過去の推移を表した下のグラフを見ると、80年代末から90年代初め頃に、経済の動きがはっきり変わったことがわかります。それ以前は日銀がお金を増やしたら、それに比例して物価も上がっていきました。ところがそれ以降の90年代から2000年代を見ると、40兆円から120兆円近くまで増やしても物価はぜんぜん上がりませんでした。これとほとんど同じ関係は、ハイパワードマネーとGDPとの間にも見られます。これを見ても、まだ、お金を出せばインフレも起こるし景気も良くなるという気になるのでしょうか。そちらの方が不思議です。
日銀も成長分野にピンポイントでお金を出す手法も採用しています。
小野:成長分野といっても、昔の高度成長期のように、収益を上げる成長産業を探そうとしてもほとんど無理です。そんな分野があったら、民間でとっくに投資しています。そもそも民間銀行より日銀の方が成長分野を知っている、なんていうはずもありません。結局、人々がお金をどんどん払ってでも欲しがって、それで採算が取れるような成長分野がなくなったから不況が続いているのです。
(写真:菅野 勝男)
ですから、収益を上げるような成長産業でなくていいから、とにかく我々が幸せになるような分野で設備やサービスを提供すればいいのです。そのための資金が足りないなら、税金で集めるしかありません。それがいやなら、公共サービスも満足に受けられず、自分でも我慢してモノを買わず、働いてもなかなか作ったモノが売れず、所得も下がり就職機会も減って、自分が失業するか、そうでなくてもいつ失業するかわからない不安にさいなまれる状況、これを甘んじて続けるしかありません。
要するに私は、働きたいのに働けない人がいるなら、その人たちに働いてもらって、お金でなく実物の面で我々の生活の質を上げるようにすれば、その分日本が豊かになるという、実に当たり前のことを言っているのです。
脱デフレのための処方箋は?
小野:人々の気持ちがお金を使うことではなく、ためることばかりに向いているからデフレも不況も起こっています。ですから本格的な脱デフレは、お金よりももっと魅力的なモノを創るしかないのです。企業も努力をコスト削減ではなく、人々が欲しがるモノ、お金の魅力を超えるモノを創造する方向に向けてほしいのです。そうすれば、お金がモノを買うことに流れ、雇用も所得も生まれ、賃金も下がらずデフレも止まります。それで、モノやサービスという実物の面で生活水準も上がります。
でも、放っておけばどんどん売れていくようなモノはなくなってきた。それなら、税金を集めて、さっき言ったような代替エネルギーや省エネ産業を育てたり、介護や保育といった新しい分野でのサービス提供を充実させたりすればいいと思います。そうすることで、税金分は所得になるからそれが理由で経済が冷えることもありません。そのうえ、日本の将来にもつながる産業が生まれますから、雇用問題やデフレの解決にもなります。
このコラムについて
新しい経済の教科書
2012年で3年目になる日経ビジネス別冊「新しい経済の教科書」。
今年は装いも新たに、新しい経済学の潮流や、経済学の面白さを伝える企画が満載です。
日経ビジネスオンラインでは、紙幅の関係上「新しい経済の教科書」本誌未収録になった有益なコンテンツをご紹介していきます。
⇒ 記事一覧
著者プロフィール
松村 伸二(まつむら・しんじ)
日経ビジネス記者。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120412/230916/?ST=print
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