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米国、「貧困」と「貧困予備軍」が人口の3分の1に
雇用不安、住宅ローン、賃金切り下げで中間層が疲弊し、経済は弱体化
2012年4月16日 月曜日 中原 圭介
2012年に入り、NYダウ平均株価はリーマンショック後の高値をあっさりと更新し、現在は1万3000ドル前後で推移しています。GDPの7割を占める個人消費も回復基調を維持しており、失業率も徐々に低下傾向を辿ってきています。これらを受けて、米国経済の先行きについては、楽観的な見方が未だに優勢であります。
しかし、本当に米国経済は底堅いと言えるのでしょうか。実は昨年の今頃も、米国経済に対するエコノミストたちの見方は非常に楽観的でした。「2011年後半には力強い回復軌道に入る」との見方が大勢だったのです。あたかも世界経済の危機は去ったかのように報じられましたが、当時から私は、成長率の回復や株価上昇は、戦後最大規模の財政出動や量的緩和策の効果によるもので、景気は回復にはほど遠い状況にあると訴えていました。
さらに、ギリシャ危機に端を発した財政問題で、欧州各国が財政再建に舵を切らざるを得ず、世界経済の下振れ要因になることも指摘していました。つまり、この先、景気を下支えする各国の財政政策は行き詰まるということが、目に見えていたのです。
では、なぜエコノミスト多くが、見通しを誤ったのでしょうか。その答えは、コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授の述べた見解に端的に示されていると言えるでしょう。スティグリッツ教授は、リーマンショック後の米国景気の先行きに、一貫して厳しい見方を示してきました。市場関係者の多くが2011年後半からの回復を予想していたのに対し、米国の景気後退リスクに警鐘を鳴らしてきました。
株価が上がっても景気がよくなるとは限らない
楽観的な見方が広がった理由として、教授は株式市場の上昇を指摘し、次のような発言をしています。「多くのエコノミストが株価に影響を受けすぎている。株価は景気が悪くても上がることがあるが、株価が上がると景気が良くなりそうに思えてしまうからだ」と。
私の見解もこれとまったく同じです。エコノミストの多くが「ウォール・ストリート」しか見ていないことが、見通しを誤らせる最大の原因なのです。
米国経済には、「ウォール・ストリート」経済と「メイン・ストリート」経済の2つの経済が存在します。「ウォール・ストリート」経済とはまさに、ウォール街を中心とした金融中心の経済、あるいは株式市場に上場している大企業の経済を意味しています。一方、「メイン・ストリート」経済とは、米国経済の大部分を占める中小企業や地方経済を意味するものです。
私たちが新聞やニュースなどで目にしているのは、「ウォール・ストリート」という米国経済の光の部分に過ぎません。その光の部分の過去3年間の状況を簡単に振り返ってみると、オバマ政権が輸出倍増計画を推し進めていたところに、FRBが大規模な量的緩和でアシストする形でドル安が進みました。その結果、大企業の収益が順調に拡大し、株式市場が上昇するという好循環を生んできました。
ところが、政策的に優遇されている「ウォール・ストリート」に対し、「メイン・ストリート」にある中小銀行や中小企業は苦しい状況に置かれたままです。特に地方銀行を始めとする中小銀行は、財務がまったく改善していません。地方の中小銀行の多くは、いまだに商業用不動産融資の焦げ付きや不動産ローン担保証券の含み損で身動きが取れない状態に陥ったままです。全米のあちらこちらで、融資先のショッピングセンターが廃虚化してしまうというケースも珍しくありません。
預金の保護を行っているアメリカ連邦預金保険公社(FDIC)によると、破綻した銀行は、2008年の25行から2009年には140行、2010年には157行と急増しました。2011年こそ92行に減少しましたが、最新の2011年12月末の集計では、米国にある8000あまりの地方金融機関のうち、健全性に問題がある(=いつ破綻してもおかしくない)銀行は、依然として813行もあることになっています。この数字は、リーマンショック後で最悪だった2011年3月末の888行からさほど大幅には減少していません。
地方経済と不動産融資は密接に結びついているため、不動産バブル崩壊の影響は、地方に深刻な事態をもたらしているのです。地方金融機関の財務が悪化すれば、当然のことながら、中小企業への融資は減少します。その結果、資金繰りを心配する中小企業は、人件費を含めたコスト削減に踏み切らざるをえません。米国では民間の雇用の7割を中小企業が担っていますから、地方金融機関の経営不安は、地方の雇用不安というよりも米国全体の雇用不安を生じさせることになっています。
米国経済の本当の姿を見極めようとするには、私たちは「ウォール・ストリート」ではなく、「メイン・ストリート」の状況をよく見なければならないのです。それは、私が日頃から言っている「米国経済を見るには、雇用と住宅価格に注目せよ」という言葉と同じ意味でもあります。
メイン・ストリートの苦悩
日本において米国経済というと、まずNYダウ平均株価や大企業の業績ばかりに目が行ってしまいますが、米国の企業のうち約7割が中小企業で、雇用の7割は中小企業によるものです。また、その多くが大都市ではなく地方都市に存在しています。
したがって、米国経済の先行きを見るならば、注目すべきは「メイン・ストリート」経済のほうで、NYダウ平均株価や大企業の業績ではなく、中小企業や雇用の情勢、さらには住宅価格を見なければなりません。
では、2012年3月末の段階で、中小企業や雇用、そして住宅価格はどうなっているのでしょうか。
中小企業や雇用については、依然厳しい状態が続いていると見るべきでしょう。ただでさえ、地方の銀行はバブル期に不動産融資にのめり込んでしまったために、大手銀行に比べて財務の改善が一向に進んでいません。加えて、FRBの金融緩和により、短期金利がゼロのままで長期金利の低下が進み、銀行が行う貸し出しの利益幅は縮小し続けてきました。その結果、銀行の収益力は著しく低下することになりました。そこで銀行は、融資先を財務内容が健全な企業に絞り込まざるをえなくなりました。
収益力が高かった以前であれば、100の企業に同じ金額だけ貸し出して1つや2つの企業が倒産しても十分に利益が上がりました。しかし、長期金利が2%前後の今となっては、1つの企業が倒産するだけでも利益が出なくなってしまう可能性があるため、融資先を絞らざるをえません。そして、そのしわ寄せは一般的に大企業と比べて信用力も財務内容も劣る中小企業への貸し渋りとして表れているのです。
そんな状況下で、雇用が増えるはずがありません。米国の失業率は、リーマンショック後、一貫して9〜10%前後と高い水準で推移していました。さらに企業では、正社員を減らして派遣社員を増やすという「日本化」が進行しつつあります。
2012年1〜2月の失業率は8.3%、3月が8.2%と、2011年6〜8月の9.1%から0.9ポイントの改善を見せていますが、この数字は決して額面通りには受け取れないのです。実際には、長引く雇用環境の悪化から職探しをあきらめる人々が増えたことで、労働参加率が1983年以来の水準に低下しているからです。
したがって今後は、多少なりとも景気が上向いたと感じられる指標が出て来た時には、再び職探しを始める人々が増えてくることが予想されます。ですから、失業率がこのまま低下傾向を維持し、7%台に下がって定着するということはなかなか考えられないでしょう。
一方の住宅・不動産価格についても、決して明るい見通しは立てられません。もっとも、2011年10〜12月の中古住宅販売件数は、3カ月連続で増加し、過去最低水準の住宅ローン金利が消費者の購入意欲を刺激しているという解説も聞かれるようになってきました。しかし、最悪期を脱したように見える住宅市場でも、ピーク時に比べるとなお半分以下にとどまる業界統計も多いのが現実です。
また、住宅価格についても同様で、代表的な住宅関連指標であるS&Pケース・シラー住宅価格指数は、2011年3月に住宅バブル崩壊後の最低値を付けてから、その後は8月まで5カ月連続で前月比で上昇しましたが、再び9月から5カ月連続の前月比で下落に転じています。直近の1月分の主要20都市の指数を見ると、前年同月比で3.8%下落、16カ月連続の下落となっています。すでに前月分の指数では、2003年2月以来の低水準とねり、住宅バブル崩壊後の最低値を更新してしまっています。住宅価格は依然として底値圏にあり、本格的に上向く気配はまったく見えない状況です。
住宅価格の低迷は、家計のバランスシートの悪化に直結します。自宅を売っても住宅ローンを完済できない債務超過の家計は、全体の4分の1(約1000万世帯)にも達しています。可処分所得に対する債務の比率も、2007年の130%から2010年には115%まで下がりましたが、過去の平均の75%まで下がるには、あと10年はかかるかもしれません。そうなると、家計は借金返済を優先せざるをえず、消費が右肩上がりで持続的に回復するということは、とても予想することができません。
このように、米国経済を動かす「本質」の部分、すなわち「メイン・ストリート」に注目すれば、株式市場がリーマンショック後の高値を更新してきたのとは対照的に、多少の失業率の低下や住宅関連指標の改善があったとしても、米国経済の先行きが決して楽観できないことは予測できるはずです。
米国民の3分の1は貧困層か貧困層予備軍
米商務省の統計によると、米国の「貧困層」は4600万人にも及んでいます。世界最大の経済大国で、実に7人に1人が貧困層という事実に、米国では衝撃が走りました。ところが、本当の恐ろしさは、4600万人の背後にまだ表面化していない多くの「予備軍」が控えていることです。米国政調査局が2011年11月に明らかにした新貧困算定基準に基づくと、何と米国民の3人に1人が貧困、あるいは貧困予備軍に入る計算になります。
かつての豊かな米国を象徴する自動車産業では、全米自動車労働組合に属する労働者は手厚い賃金や福利厚生を受けてきました。ビッグ・スリーの経営難で多少待遇は見直されたものの、今でも労働者の基本給は時給30ドル、ボーナスや福利厚生も考慮すると年収は10万ドル前後と恵まれています。この豊かな中間層の人々が、米国経済の活力の源泉であるのは疑いようがありません。
ところが、ここ数年間で新規に採用された労働者の賃金体系はもとからいる労働者とは異なり、時給はわずかに14ドルあまり、福利厚生も大きく削られているため、年収は約2万7000ドル前後にしかなりません。これは貧困層をわずかに上回る水準です。これが何を意味するのかと言うと、生産性が低いのに高い収入を得てきた世代のツケを、不当にも若い世代が自分の収入を減らして払っているようなものなのです。
生産性も変わらない同じ仕事をしているというのに、年収が4倍近くも開きがあるのは、おかしいとは思いませんか? この賃金体系の格差が維持されたままで10年、20年と経てば、多くの中間層が消えてしまうことになるでしょう。長い目で見ると、世代間の賃金格差は豊かな中間層の喪失を意味しているのです。
全米自動車労働組合の例は行き過ぎとしても、実は日本でも同じようなことが10年以上も前から起こっています。それは、日本経済の長期低迷により、バブルを経験した世代と若い世代の賃金格差が広がってしまったことです。史上空前の好景気を経験した世代はその時に給料が大きく伸びたのに対して、1998年以降に社会人になった若い世代は給料があまり伸びていないのです。日本もあと10年も経てば、米国に先駆けて中間層が大きく減少してしまうのかもしれません。
米国でも世代間の年金格差問題が
また、米国では世代間の年金格差の問題も浮上しつつあります。米国の産業界では、企業年金の積み立て不足が経営を圧迫し始めました。米国の企業年金では、一般的に年8%の予定利回りを前提に給付水準を決めていますが、実際の運用利回りは過去10年の平均で5%にとどまっています。その背景には、2008年の金融危機後の株価低迷や、金利低下による運用不振があります。
実際の利回りは予定する運用利回りより大きく下回っているので、企業は年金の積み立て不足分を負担しなければなりません。そこで企業は、将来の負担を軽減するために、年金制度の見直しに動き始めています。確定給付型の年金制度を採用している企業の多くが、現役世代の予定利回りを引き下げたり、新しく採用する従業員に対しては、確定給付型ではなく確定拠出型の年金に切り替えたりするなどの対応を進めています。
企業年金だけでなく、州や地方政府が運営する公的年金でも積み立て不足が深刻になってきました。年8%の予定利回りに対して、過去10年の運用利回りは4%なので、企業年金よりも苦しい状況にあります。州や地方政府はもともと財政難にも苦しんでいるので、予定利回りの引き下げや確定拠出型へ移行する動きが企業よりも進んでいます。これは先ほどの賃金の格差問題と同じで、過去の厚遇を受け続けている世代のツケを後の世代が払わされる格好になっているわけです。
米国は景気回復が遅れる中で、年金財政の状況でもバブル崩壊後の日本と似た状況になりつつあります。日本では、少子高齢化の加速だけでなく、米国に先行した低成長や低金利の長期化そのものが企業年金や公的年金を圧迫してきました。日本の場合、60代後半より上の高齢者層は手厚い年金制度の恩恵を受けて逃げ切れるかもしれません。しかし、50代ではとても逃げ切れませんし、40代より下では若くなるほど、年金負担が増加する一方で給付額は減らされるばかりです。
中原圭介さんの近著
『2015年までは通貨と株で資産を守れ!』
米国が日本と似ているのは、これだけではありません。米国では2012年からベビーブーマー世代が大量退職期を迎えます。日本の団塊世代の大量退職期と重なっているのは、偶然とはいえ興味深い事実でしょう。たとえ人口増加が続いている米国であっても、年金や医療費の負担が今後は重くのしかかってくるのです。世代間の格差の問題は、このまま放置され続けると、国の経済成長を支えてきた豊かな中間層を失わせてしまうでしょう。
中間層に位置している多くの人々が、貧困予備軍に吸収されていくことが予想されます。ウォール街で起こった大規模なデモの背景には、今の米国が抱える問題が凝縮されていると言えるでしょう。いや、米国だけではありません。日本はもちろん、多くの先進国でも同じような問題を抱えています。そこには、かつてのような高い成長を維持できなくなった社会が、もがき苦しんでいる姿が映し出されているように思います。
(『2015年までは通貨と株で資産を守れ!』を元に加筆・再構成しました)
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中原 圭介(なかはら・けいすけ)
金融・経営のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ株式会社」のエコノミスト兼アドバイザーして活動。金融機関や企業への助言・提案や富裕層の資産運用コンサルティングを行う傍ら、執筆・セミナーなどで金融教育・投資家教育の普及に努めている。経済だけでなく、歴史や心理学など、幅広い視点から世界経済の動向を分析し、経済予測の正確さには定評がある。主な著書に『2013年 大暴落後の日本経済』『経済予測脳で人生が変わる!』(ダイヤモンド社)、『騙されないための世界経済入門』『サブプライム後の新世界経済』(フォレスト出版)、『お金の神様』(講談社)などがある。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120411/230865/?ST=print
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