http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/545.html
Tweet |
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120329/230374/?ST=print
ドイツ経済はなぜ絶好調か
「隠れたチャンピオン」が持つ高い技術力が成長のカギ
日本の8割の労働時間で、3%多いGDPを稼ぎ出す
2012年4月5日 木曜日 熊谷 徹
前回お伝えしたように、ドイツは他の大半のEU加盟国とは対照的に、1999年からの8年間で単位労働費用を減らすことに成功した。その結果、経済成長率や輸出額、雇用の創出で他国に大きく水を空けている。1990年代に、高い労働コストに起因する「ドイツ病」に苦しんでいた同国は、痛みを伴う社会保障改革を実行したことによって、今やヨーロッパ経済の優等生となったのである。
会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(E&Y)のドイツ支店が2012年3月21日、ドイツの強さを象徴する数字を発表した。DAX(ドイツ株式指数)市場に株式を公開している大手企業30社のオペレーティング・プロフィット(OP=営業利益)の総額が、2011年に初めて1000億ユーロ(10兆円)の大台を突破した。DAX企業は、日本の日経平均における225社に相当する、大手企業である。
OPが最も多い上位5社はすべて製造業であり、しかもその内3社が自動車メーカーである。このことは、ドイツの物づくり企業が2011年に、いかにめざましい業績を記録したかを示している。全DAX企業の売上高の総額も2010年に比べて9%増えた。研究開発支出は同10%、従業員数は同1.4%増えている。DAX企業は中国や南米の新興国で売り上げを大きく伸ばした。2011年には多くのDAX企業が、それぞれ創業以来最高の業績を挙げた。
オペレーティング・プロフィットの上位5社
企業収益の改善によって、税収も大幅に増えた。歳出削減努力とあいまって、ドイツ連邦政府は2016年に財政均衡を実現する見通しだ。財政赤字は、現在の32分の1に減少する。財政赤字がほぼゼロになるのは1969年以来、43年ぶりである。
IMFのラガルド専務理事によるドイツ批判〜減税して消費拡大を
だが、どの学校でも優等生は妬まれる。ドイツ経済がヨーロッパで独り勝ちの状態であることに対して、批判的な声が出始めている。
国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事は、フランスの経済大臣だった2010年3月頃、英国の新聞やドイツのラジオ局とのインタビューの中で、ドイツだけが貿易黒字を増やしていることを批判した。「ドイツ政府は減税によって市民の可処分所得を増やし、国内需要を高めるべきだ。賃上げの過度な抑制も問題だ」と述べ、輸出だけに依存する体質を改めるよう求めた。ユーロ圏内では、強大な競争力に基づいてドイツだけが貿易黒字をため込み、ギリシャやポルトガルなどでは貿易赤字が拡大している。ラガルド氏の発言の背景には、「ユーロ圏内の労働コストや競争力の不均衡が、深刻な債務危機の原因の一つだ」という分析がある。
当時IMFの専務理事だったドミニク・ストロース・カーン氏も、欧州議会の公聴会で「多額の経常赤字を抱える国は消費を減らして輸出を増やすべきだ。これに対し、ドイツのように経常黒字が多い国は、消費と投資を拡大するべきだ」と述べ、ラガルド氏のために援護射撃を行った。
私は21年前からドイツに住んでいる。この国は税金と社会保険料が高いので、日本や米国に比べると国民の可処分所得は少ない。したがって、庶民の財布の紐は堅い。独身の会社員の場合、税金や社会保険料で給料の約40%は消える。ドイツ人が多く金を支出するのはクルマ、住宅、バカンスであり、エルメスやルイヴィトンのバッグではない。日本人に比べると、洋服やカバンに対するブランド志向は、ほぼゼロに等しい。ラガルド氏は、税金を減らしてドイツ人が外国製品をもっと買うようになれば、ヨーロッパにおける経常収支の不均衡の是正につながると主張しているのだ。つまり「市民がもっと支出するように、税金を減らしなさい」とドイツ政府に訴えたのである。
この発言に対し、ドイツのメルケル首相は猛反発。ドイツ連邦議会で行った演説の中で、こう語った。「ドイツは、優位性を自らあきらめることはしない。むしろ今後、競争力をもっと高めていく。競争力の強い国が、弱い国に合わせなければならない、というのは本末転倒。ヨーロッパ全体が、競争力を高めなくてはならない」。
ドイツの保守政党、キリスト教社会同盟のアレクサンダー・ドブリント幹事長も、「ラガルド氏の発言は、噴飯もの。隣国の妬みとしか思えない」と批判した。
欧州議会には、「財政赤字や公的債務を迅速に減らさない国だけでなく、莫大な経常黒字を減らさない国にも制裁措置を加えるべきだ」と主張する議員もいる。名指しこそされなかったが、ドイツが対象であることは一目瞭然。「学校の授業を進める速さは、一番理解が遅い子に合わせるべきだ」という主張にも似ている。
ドイツが猛反対したため欧州委員会は、この提案をユーロ安定協定に盛り込まなかった。とはいえ、ドイツ経済の快進撃に対してヨーロッパでいかに不満が高まっているかを示すエピソードである。
優等生のあり方について、ドイツ国内でも意見が割れる
実はドイツ国内でも、政府の軌道修正を求める声が出ている。社会民主党(SPD)に近い研究機関フリードリヒ・エーベルト財団のマルクス・シュライヤー氏は、「ユーロ圏内の貿易不均衡の最大の原因は、単位労働費用の格差拡大と、価格競争力の開きだ。今後は経済政策を緊密に調整しなくてはならない。ユーロ圏内の不均衡をこれまで以上に積極的に是正し、南欧諸国の債務が拡大しないようにするべきだ」と指摘した。
シュライヤー氏はさらに「こうした構造改革の負担は、ギリシャやスペインなど経常赤字を抱える国だけでなく、ドイツのような黒字国も負うべきだ」と述べて、ドイツの莫大な経常黒字についても是正措置が必要だという姿勢を示した。
つまりシュライヤー氏は、「優等生は勉強ができさえずれば良いというわけではない。クラスから落ちこぼれる子どもが出ないように貢献するべきだ。そのためには優等生の成績が少しくらい悪くなるのも甘受するべきだ」と主張しているのだ。リベラルなSPDに近い研究機関らしい意見である。
これに対し、財界寄りの経済研究機関であるケルン・ドイツ経済研究所(IW)のミヒャエル・ヒューター所長は、真っ向から反論する。「ドイツは競争力の高さは恥じるべきだろうか? とんでもない。我々は90年代の初めに労働コストを上昇させてしまったが、21世紀に入ってからは、コストの伸びを抑制する宿題に取り込み、これをやり終えたのだ」。
ヒューター氏は、リーマンショック後の世界同時不況でドイツの失業率が急激に悪化しなかったのは、この国が単位労働費用の抑制に成功していたからだと強調する。実際、リーマンショック後の失業率は2008年が8.7%、2009年が9.1%と一けた台にとどまっている。
短時間労働制度が、不況期の雇用と回復期の成長を支えた
ドイツの製造業界は、外国からの受注が急激に減っても、従業員の解雇を極力避けた。この時に大いに役立ったのが、短時間労働(クルツ・アルバイト)制度である。受注が大幅に減った場合、企業は連邦労働庁に短時間労働制度の適用を申請し、社員の労働時間を短縮する。労働時間の削減によって社員の給料は減るが、連邦労働庁が、本来の給料との差額の60〜67%を社員に支払う。さらに公的年金保険、健康保険、介護保険などの保険料も政府が払う。つまり、社員の給料が減った分を、国が補填するわけだ。
短時間労働の支援を受けられる期間は、原則として最長半年だった。だが、戦後に例のない深刻な不況に襲われたことから、ドイツ政府は2009年1月1日に、支援期間を1年半まで延ばした。
クルツ・アルバイト制度は、経営者にとってもメリットがある。経験豊富な社員を失わずに済むのだ。ドイツの経営者は、専門知識が豊富なスペシャリストを大事にする。社員の教育、研修には非常に長い時間とコストがかかる。経営者にとって、熟練工やベテラン社員を不況で失うことは大きな痛手なのである。
したがってドイツ企業は、2010年に景気が回復すると、解雇せずに温存していた労働者を直ちに職場に呼び戻して、顧客からの注文に素早く対応することができた。ドイツの自動車輸出台数は2009年、前年比で17.1%減少したが、景気回復後の2010年には23.7%も増えた。この成果を陰で支えていたのが、クルツ・アルバイト制度なのである。
失業者に家賃を補助
ドイツはこのほかにも社会保障制度を充実させている。失業しても労働局に届け出れば、家賃が補助される。ドイツには、派遣社員も含めて勤労者を会社の寮に住まわせる習慣はない。このため、解雇されたために直ちにホームレスになる危険は比較的少ない。しかし、家賃は支払わなければならない。
またIWのヒューター所長は、「ドイツの労働者がリーマンショック以前に急激な賃上げを要求しなかったことも、彼らの雇用を守ることにつながった」と分析する。
さらに同所長は「ドイツはグローバル・プレーヤーなのだから、単位労働費用をユーロ圏だけではなく、他の地域と比べることも重要」と主張し。「日本や米国に比べると、ドイツの単位労働費用は決して低くない。したがって、ドイツが労賃のダンピングを行っているという指摘は当たらない」と述べる。
IWの分析によると、ドイツの単位労働費用は1999年以来ほぼ横ばいだ。いっぽう米国はこの時期に単位労働費用を約11%、日本は約30%減らした。つまりヒューター氏は、「日米に比べると、ドイツの単位労働費用は決して低くはない」と主張しているのだ。ここには、シュレーダー改革で削減されたとはいえ、社会保障サービスが日米に比べると手厚いことが影響しているのだろう。
2010年の単位労働費用の比較
高品質のカメラマン用三脚をつくる技術
筆者は、単位労働費用の低さと並ぶ、もう一つの競争力は製品の質にあると思う。この国は、労働集約型で価格競争にさらされる製品では弱い。例えば繊維製品や携帯電話、パソコン、家電製品ではアジアや東欧諸国に太刀打ちできない。ドイツが強いのは、工作機械や特殊な部品など、企業向けに売られるB to B 取引(企業間取引)の製品である。例えば、書類を自動的に封筒に入れて封をする機械、オペラハウスの緞帳、プロのビデオカメラマン用の三脚、自動車の配管用のパッキングまで多岐などぶ。またプラント輸出でも圧倒的な強さを誇る。
この国には、消費者には名前が知られていないが、特定のニッチ分野で世界のマーケットシェアの60〜70%を占める中規模企業がたくさんある。こうした企業は「隠れたチャンピオン」と呼ばれる。拙著「あっぱれ技術大国ドイツ」(新潮文庫)で詳しく紹介した。ご興味のある方はお読みいただきたい。
これらの企業の大半は家族企業で、製品の質の高さにおいて外国企業の追随を許さない。顧客企業は、他の製品で代替することができないので、売り手が提示する価格を受け入れる。このため「隠れたチャンピオン」たちは、値引き競争に苦しむことがない。
筆者はこうした優秀企業が、高付加価値製品に特化しているために、人件費の高いドイツで製造して輸出できると知って驚いた。ある隠れたチャンピオンの幹部は「アジアや東欧など人件費が安い地域に生産施設を移転しない理由は、高い品質を維持するためです」と断言した。この企業は、顧客のニーズに合わせて、一台一台の機械をオーダーメードのような形で製造していた。
これらの中規模企業は、技術革新を武器に、価格競争に巻き込まれない付加価値が高い製品に重点を置いて、国際競争でしのぎを削っている。高い人件費を払っても収益を確保するには、高品質で高価格の製品に重点を置く必要がある。IWのヒューター所長も、「ドイツ製品の輸出が好調である理由の一つは、品質の高さだ」と説明している。
ある市場調査会社が行ったアンケートによると、フランス、米国、英国などの回答者の半数以上が「ドイツの製品は高い品質と信頼性を持つと思う」と答えている。
「ドイツの製品は高い品質と信頼性を持つと思う」と答えた人の比率
貿易立国であるドイツにとって、独り勝ちによって他国から妬まれるのは得策ではない。ドイツは単位労働費用の抑制と高い品質による競争力を自ら捨てる必要はないが、成功のノウハウを他の国々に分け与えるべきかもしれない。ドイツは、南欧の国々が競争力を身に付けて、借金への依存度を減らせるよう、有効なアドバイスを与えることができるだろう。
そうすることで、長期的には各国の経済政策の格差が減って、競争力のギャップも縮まるかもしれない。各国が域内競争力の不均衡を減らすことが、債務危機に対する最も有効な対策である。競争力を強化するノウハウを伝授することこそが、ヨーロッパ各国がいま、経済リーダーであるドイツに最も強く求めている役割なのではないだろうか。(完)
追記
執筆を終えて、ふと胸に去来したことがある。ドイツ政府は、企業で働いている勤労者に、毎年約30日間の有給休暇を完全に消化することを義務づけている(休暇をすべてを消化しないと、上司に叱責される)
完全週休2日制で、日曜日と祝日の労働は禁止。原則として1日あたり10時間以上働くことも禁止している。それにもかかわらず、2011年にこれだけの業績を上げた。日本のような長時間残業や過労死はほとんどない。労働基準監督署の検査が厳しいからである。企業では短い労働時間で成果を上げる人が、最も高く評価される。残業時間が多い社員はあまり評価されない。管理職にとって、残業の削減は重要な課題だ。日本では長時間労働が当然のように思われている。メディア企業でも労働時間は短い。
経済協力開発機構(OECD)の2011年の調査によると、ドイツ人の1日の平均労働時間は7時間25分で、OECD加盟国の中で最も短い。日本は9時間で、OECD加盟国の中で、メキシコに次いで2番目に長い。つまりドイツ人の平均労働時間は、日本より約19%短いのだ。
それにもかかわらず、国民1人あたりのドイツのGDPは4万3110ドルで、日本を3%上回っている(2010年・世界銀行調べ)。これらの数字を見ると、日独の間には労働効率に大きな違いがあると言わざるを得ない。
ドイツ人はこの短い労働時間にもかかわらず、2011年に史上最高の輸出額を達成したのだ。以前ドイツの駐在員だった日本人の会社員は、「ドイツは短い労働時間で、よくこれだけの経済水準を維持できるものだ」と感嘆の声をもらしていた。
日本の若い会社員が過労死するニュースを聞くたびに、悲しい思いをする。勤労者の健康と幸福のためにも、わが国の経済をより効率的なスタイルに変えることはできないのだろうか。ドイツ人にできることを、我々日本人ができないはずはない、と思うのだが。
ドイツ経済はなぜ絶好調なのか
ユーロ危機に関するニュースが頻繁に報じられている。多くの日本人が「ヨーロッパは大変な状況にある」と認識している。だがその陰で、ドイツ経済が絶好調であることは意外と知られていない。
ドイツは2009年、リーマンショック後の世界同時不況に直撃され、マイナス5.1%という戦後最悪の景気後退を体験した。しかし2010年には3.7%成長を達成して、不況の後遺症から急速に立ち直った。2011年の成長率は3%で、EU主要国の中で最高の水準である。
ドイツの力強い経済成長の原動力は輸出だ。2011年のドイツの輸出額は前年比で11.4%増えて、過去最高の1兆601億ユーロに達した。貿易黒字も2%増加して1581億ユーロに拡大している。
その背景には何があるのか? ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏がその謎に迫る。
⇒ 記事一覧
熊谷 徹(くまがい・とおる)
在独ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。早稲田大学政経学部経済学科卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、神戸放送局配属。87年特報部(国際部)に配属、89年ワシントン支局に配属。90年NHK退職後、ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な著書に『ドイツ病に学べ』、『びっくり先進国ドイツ』『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』『観光コースでないベルリン―ヨーロッパ現代史の十字路』『あっぱれ技術大国ドイツ』『なぜメルケルは「転向」したのか――ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。ホームページはこちら。ミクシィでも実名で日記を公開中。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。