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日銀の国債引受けは、なぜ「悪魔的手法」なのか
――熊野英生・第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
日銀の金融政策を巡っては、様々な論争がある。その中で、究極の禁じ手とされる日銀の国債引受けについて考えてみたい。
思考実験として、増税をすることを止めて、政府の必要資金をすべて日銀からの資金供給で賄うことにしたとする。皆さんは、「消費税の増税をせずに、日銀が国債発行分を全て引き受けて、税収不足を補えばよいのではないか」と問われたならば、その可否をどう答えるか。
財政管理は
通貨の信認につながる
筆者がその問いかけに回答するならば、「政府がお札を勝手に印刷すると信用を失うから、止めた方がよい」と答える。極端な例として、もしも紙に「1,000,000円也」とペンで書いて、自動車購入の代金に充てればどうなるか。
もちろん、それは詐欺的行為である。なぜならば、100万円と書かれた紙と、自動車を交換しようとすれば、間違いなく不等価交換になるからだ。
では、100枚の1万円札と、自動車の交換はどうか。それは、等価交換だからOKである。お札の表示は、価値の裏付けがある。価値の裏付けとは、政府がお札の額面で納税などの支払いに充てることを保証していることにある。
国民は、政府が1万円で受け取るのだから、同様に1万円の価値で相互取引をしてもよいと認めるのである。1万円札に与えられた信用が、連鎖的に認められて、不換紙幣の価値が成り立つ。
紙幣の歴史では、金の代用品として兌換券が流通し、それがやがて金の裏付けのない不換紙幣へと変わっていった。不換紙幣は、その価値が政府・中央銀行によって厳格に管理されていることが、信用の根拠になっている。管理通貨制度とは、不換紙幣を流通させるための信用確保の制度だとも言える。
次のページ>> 国民が通貨の健全性を信じなくなったら終わり
通貨を厳格に管理しようとしても、ルーズになりやすいのは、政府の財政運営である。そうならないために、政府が行なう借金(国債発行)は、いつか必ず税金で償還されることが約束される。
現在、日本政府が、2020年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化させることを公約して、消費税率を引き上げようとしているのも、財政運営の健全性をどうにか維持しようと考えているからだ。最終的に税金で債務を完済するという約束が、通貨の信用をつなぎとめているとも言える。
ところが、今、日本の財政再建が危ぶまれている。政治的に、消費税率の引き上げへの反対論が強まっている。消費税を上げずに済ませる戦術の中には、いっそのこと消費税を増税せずに、日銀が新発国債を直接引き受けて、政府に財源を供与すればよいという考え方もある。
この日銀の国債引受けは、日銀が政府の当座預金に無制限に資金を振り込むことになり、お札の増刷と同じことになる。一方、従来のように、日銀が流通市場から長期国債を買い切る政策は、日銀の保有国債にもいずれ税金から償還資金が支払われるという点で、増税策と両立する。
日銀の直接引受けは、増税策の代替案として論じられる点で質的に異なる。日銀の国債引受けは、マネー・プリンティング(紙幣増刷)や財政ファイナンスと同義であることには注意が必要だ。
国民が通貨の健全性を
信じなくなったら終わり
もしも政府が、お札を刷って国民に対して、各種の支払いを始めればどんなことが起こるか。増税は絶対にできなくなり、安易な減税や歳出拡大が繰り返されて、日銀が便利な現金自動預け払い機(ATM)と化する。
次のページ>> 「ぎりぎりの節度」はどこにあるのか
恐ろしいのは、政府がお札をプリントして大々的に配ると、次第に国民が「受け取ったお札は1万円の価値がないのではないか」と疑い始めることだ。タコが自分の足を食べて生きていこうとするように、常識が麻痺した状態になることこそ、日銀の国債引受けが「悪魔的手法」と呼ばれるゆえんである。
江戸時代には、幕府が小判の金の含有量を減らして流通させ、財源不足を補おうとすることがあった。庶民は、品質が劣化した小判が流通することを知ると、手元に金の含有量費の高い小判を置き、品位の落ちた小判を率先して手放した。これが、「悪貨が良貨を駆逐する」という現象である。
現代においても、日銀の国債引受けが行われると、同じように「悪貨が良貨を駆逐する」現象が起こるだろう。個人は、円を信用しなくなり、資産保全のために率先して外貨を保有しようとする。キャピタル・フライト(資産逃避)である。
そして、制御できない大幅な円安になった挙句、輸入物価が予想外に上昇して、国民は物価高に苦しむ。消費税を5%上げることを嫌がっていたのに、もっと大きな輸入物価上昇に直面するのでは、元も子もない。輸入物価の上昇が国内からの購買力を流出させることは、庶民を貧しくさせる。
ぎりぎりの節度は
どこにあるのか
経済学の教科書に則して言えば、「日銀は物価をコントロールすることができる」前提になっている。しかし、「物価」を「通貨」と読み替えると、日銀は通貨価値を完全に操作・制御できない。特に、経済情勢が平時であれば、コントロールの力は高まるが、危機時になるとその力量は大きく落ちる。
次のページ>> 包括的金融緩和によるデフレ解消効果は大きいか
管理通貨制度は、政府や中央銀行の規律によって、通貨の信用を築いているのだから、その信用が崩れたとき、通貨・物価のコントロールは制御不能に陥る。「通貨を堕落させる」操作には、ブレーキが効かない。
最後に、日銀の金融政策について述べておきたい。筆者は、今の日銀の政策姿勢が全て正しいなどとは思っていない。もっと積極的に、デフレ解消の知恵を出すべきだと常々考えている。
2月14日になって、日銀は「物価安定の理解」を表明し、消費者物価の上昇率1%を目指すことを改めてアピールした。程度の差はあれ、擬似的なインフレ目標である。この擬似的なインフレ目標の焦点は、日銀が消費者物価1%の伸びを達成するために、「何をやるか」が問題である。
今のところ、日銀資金を使って政府が財政拡張をし、民間需要を刺激するという手法は、支持されていない。量を操作しながらプライス・メカニズムを通じて金融面での間接的な効果を高めようとしている。
具体的には、中長期金利の低下を促し、間接的に為替を円安化させて、民間需要を刺激しようとしている。
ただし、この間接的な刺激効果は、限界が見えている。その限界を超えて、日銀がどんな非常手段を採れるかは、まだ合意がなされていない。
金融関係者の中には、「日銀の包括緩和政策の枠組みをもっと拡張した方がよい」と考える人も少なくない。筆者もそう考えるが、それで手応えのあるデフレ解消効果が得られると言い切れないのが、もどかしいところだ。
世論調査
質問1 日銀の国債引受けはやるべきか、やるべきではないか
やるべき
やるべきではない
どちらとも言えない
熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト],森田京平 [バークレイズ・キャピタル証券 ディレクター/チーフエコノミスト],島本幸治 [BNPパリバ証券東京支店投資調査本部長/チーフストラテジスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト]
http://diamond.jp/articles/-/16945
豊かな国の富裕な銀行を守るために公的資金
ギリシャのデフォルトは“大山鳴動してネズミ1匹”
2012年4月4日 水曜日
サイモン・ジョンソン,ダロン・アシモグル
著者のサイモン・ジョンソン氏はMITスローン経営大学院教授で、ピーターソン国際経済研究所のシニア・フェロー。IMFでチーフ・エコノミストを務めた経験を持つ。
Prospect誌は、同氏を「金融危機に臨む頭脳トップ25」の1人に選んだ。経済(及び経済学)が今どこに向かっているのか、を読み解く最も影響力のある人物との定評がある。
共著書にWhite House Burning: The Founding Fathers, Our National Debt, and Why it Matters to Youがある。
ダロン・アシモグル氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学教授。Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity and Povertyの共著者。
欧州では「政策エリート」と呼ばれる意思決定者が深刻な問題に陥っている。それぞれの国とユーロ圏全体を支配する彼らは、舵取りを間違えて、深刻な危機へと事態を悪化させた。ユーロを創設した時に掲げた「統合と繁栄を実現する」との高邁な約束を、すべて裏切った。通貨同盟は生き延びるかもしれない。だが、持続的な成長と安定の確保という役目をユーロは遂に実現できなかったのだ。このようなことがなぜ起きてしまったのか、考えてみたい。
ギリシャ、ポルトガル、アイルランド、イタリアの経済は、果てしない予算削減と増税を強いられて疲弊している。この政策ミックスは、これらの国々だけでなく欧州全体の成長を鈍化させるだろう。
だが、これは問題の一部でしかない。より大きな問題は「過剰債務の重荷」だ。この重荷ゆえに、欧州政府はひたすら現在の政策ミックスを取らざるを得ない。ここに問題の根源がある。
欧州の状況は、過去数年間に米国が陥っていた状況とかなり似ている。米国では、負債の重荷に耐えきれないと感じた多くの家計が支出を抑えた。この結果、消費は大きく冷え込み、今もまだ回復していない。
欧州の調整はもっと苦しいものになる。ソブリン債務危機が消費者から投資家、公的部門を含めてすべてに圧力を及ぼしているからだ。
この過大な債務の重荷に対処する簡単な方法がある。債務を再編、つまり借金を棒引きして支払いを減らせばよいのだ。実際のところ、少なからぬ企業が、借入条件について債権者と交渉し、既存債務の返済負担を減らすことに成功している――通常は返済期限の延長などの方法をとる。こうした措置は、債務者が、より良い新規プロジェクトに投資するための資金手当てにつながる。
こうした交渉が自発的に達成できない場合、米国企業は米国連邦破産法第11条を申請することができる。裁判所が、同法に従って債務再編を承認し、再編過程を監視する。米国の家計や、債務の重圧に喘ぐ欧州政府も同様の手段が利用できると考えたいところだ。しかし、これまでのところ債務再編はほとんど行われておらず、時期も遅きに失している。これはなぜだろう。
「債務の再編に踏み切れば金融市場は大混乱に陥る」
家計についても欧州政府についても、過大な債務の重荷を取り除くのに頑なに反対しているのは銀行だ。銀行は「債務の再編に踏み切れば金融市場は大混乱に陥る」とし、その理由を2つ挙げている。第1は、最大の債権者は銀行なので、どのような形で債務再編が実施されても銀行は大幅な損失を被る。それはドミノ倒しのように広がる。その結果、センチメントが大きく冷え込んで金利が上昇し、他の借り手にまで影響が飛び火する。
第2は、銀行はクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)――デフォルトに対する保険――を販売している。債務が再編されれば、CDSが発動され、銀行はさらに重大な損失が免れないというわけだ。
ギリシャについて、国際的な銀行は、債務再編の影響は、ユーロ圏内はもちろん、恐らくはより幅広い地域に波及すると声高に主張してきた。だが最終的にギリシャ政府は、民間投資家が保有するギリシャ国債の額面価値の約75%を減額した(それでもギリシャの債務負担を持続可能にするには恐らく不十分)。ギリシャにはこれ以外の選択肢がほとんど残されていなかった。ギリシャがとった措置は「信用事由(クレジットイベント)」に相当したことから、CDSが発動となった。CDSを提供した者はすべて支払いを余儀なくされた。
結果として、金融市場は大混乱に陥っただろうか? 現実には、どの銀行も破綻せず、ドミノ倒しが起きる兆候もない。しかも、混乱を回避できたのは、銀行が資本を厚くして事態に備えたからではない。それどころか欧州の銀行は、想定される将来の損失と比較して小規模な資本しか増強していない。さらに、この小規模な資本増強の大半は勘定操作によるものだ。株主資本の増大――損失を吸収する、真のクッションの役目を果たす――によるものではない。
“我が身”を守るため金融機関は強力なロビー活動を展開
恐らく、ギリシャの債務再編が金融のメルトダウンを引き起こすリスクは最初から小さかったのだ。市場がさしたる反応を示さないことは想定内だった。ならばあの騒ぎは一体何だったのか。
今や、その答えは明確になった。ロビー団体が力を持つ政治と政策当局の世界観が背後にあったのだ。金融システムへのリスクはごくわずかでも、銀行と債券保有者への影響は甚大だった。彼らは何十億もの資金を失いかねなかった。金融セクターは多くの雇用を失ないかねなかった。大手銀行が積極的なロビー活動を繰り広げ、水面下でも公の席でも、債務再編に断固反対したのは当然だったと言える。
例えば、大手銀行のロビー団体で、ワシントン DCに本部を置く名高い国際金融協会(IIF)は一貫して次のように主張してきた――われわれを救済せよ、さもなければ悲惨な結果が待ち受けている、と。だが、その筋書きと同様に銘記すべきは、彼らの政治力だ。近年、彼らの政治力は大幅に高まっている。米国及び欧州の主な政策当局者はみな、経済に大きな影響がない場合ですら、銀行の利益を守ることに汲々としている。
今でも、銀行が直面すべきだった損失の多くを、公的部門が肩代わりしている。その方法は様々だ。直接支援する場合もあれば、欧州中央銀行(ECB)による異例かつリスクの高い手法を通じる場合もある。このセクターに向けられた補助金の規模は驚くばかりだ。それでも、現在の政策を続ける限り、補助金は増加の一途をたどることとなろう。つまり、極めて豊かな国の最も富裕な1%の人々のライフスタイルを守るために、巨額の公的資金が充てられている――これ現実なのだ。
ギリシャのデフォルトは、大山鳴動してネズミ一匹ということわざ通りの結果となった。欧州への、そして米国への教訓は明確だ。銀行の主張に耳を傾けるのはやめて、銀行がしていることに注目すべきだ。少数の人々の過大な力がすべての人々により多大な負担を強いる前に、金融セクターの歪んだ政治経済学を再評価する必要がある。
(2012年1月9日)
George Soros (c) Project Syndicate
このコラムについて
Project syndicate
世界の新聞に論評を配信しているProject Syndicationの翻訳記事をお送りする。Project Syndicationは、ジョージ・ソロス、バリー・アイケングリーン、ノリエリ・ルービニ、ブラッドフォード・デロング、ロバート・スキデルスキーなど、著名な研究者、コラムニストによる論評を、加盟社に配信している。日経ビジネス編集部が、これらのコラムの中から価値あるものを厳選し、翻訳する。
Project Syndicationは90年代に、中欧・東欧圏のメディアを支援するプロジェクトとして始まった。これらの国々の民主化を支援する最上の方法の1つは、周辺の国々で進歩がどのように進んできたか、に関する情報を提供することだと考えた。そし て、鉄のカーテンの両側の国のメディアが互いに交流することが重要だと結論づけた。
Project Syndicationは最初に配信したコラムで、当時最もホットだった「ロシアと西欧の関係」を取り上げた。そして、ロシアとNATO加盟国が対話の場 を持つことを提案した。
その後、Project Syndicationは西欧、アフリカ、アジアに展開。現在、論評を配信するシンジケートとしては世界最大規模になっている。
先進国の加盟社からの財政援助により、途上国の加盟社には無料もしくは低い料金で論評を配信している。
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著者プロフィール
サイモン・ジョンソン
サイモン・ジョンソン氏はMITスローン経営大学院教授で、ピーターソン国際経済研究所のシニア・フェロー。IMFでチーフ・エコノミストを務めた経験を持つ。
Prospect誌は、同氏を「金融危機に臨む頭脳トップ25」の1人に選んだ。経済(及び経済学)が今どこに向かっているのか、を読み解く最も影響力のある人物との定評がある。
共著書にWhite House Burning: The Founding Fathers, Our National Debt, and Why it Matters to Youがある。
ダロン・アシモグル
ダロン・アシモグル氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学教授。Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity and Povertyの共著者。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120402/230482/?ST=top
誰も解除できないユーロという時限爆弾
(2012年4月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
ユーロ懐疑派にとって、今は素晴らしい時のはずだ。懐疑派は単一通貨がうまくいかないことを予想していた。彼らはほくそ笑みたいに違いないが、実際はジレンマに直面している。というのも懐疑派は今、ユーロを1つにまとめておくためにできることはすべてやらねばならないと言われているからだ。さもないと、経済的な終末を迎える恐れがあるという。
ユーロ懐疑派のジレンマ
「祝!定年生活」、通行人に1ユーロ配る ドイツ
ユーロ懐疑派はほくそ笑みたいところだが、実際はジレンマに直面している〔AFPBB News〕
この難問は、ダウニング街で大きな困惑を引き起こした。デビッド・キャメロン首相とジョージ・オズボーン財務相はともに、ユーロはまずい考えだと思っていたし、どちらもユーロの苦境を見て驚きはしなかった。
両氏は直感と知性から、単一通貨が崩壊する可能性が十分あると考えている。だとすれば、絶望的なプロジェクトに資金と労力をつぎ込むことは、無駄で非生産的に思える。
しかし、キャメロン、オズボーン両氏が英財務省から受けている数々の報告はどれも、単一通貨の解体は経済的な激変を引き起こし、欧州全土で銀行や企業が破綻し、新たな大恐慌が起きる恐れがあることを示している。
キャメロン首相と政府高官らに助言を求められた学者とシティ(英金融街)のエコノミストの多くも、財務省と同じくらい悲観的だった。ユーロ解体は大惨事を意味するという幾多の確約に直面し、英国の指導者たちは渋々、最初の直感に反して行動した。欧州の首脳らに、単一通貨の崩壊を防ぐために、できることをすべてするよう要請しているのだ。
ユーロを解体する安全な方法を考案した人に賞金25万ポンド
オズボーン財務相は印象的な言い回しで、ユーロ圏の指導者たちに対し、通貨同盟の「無情な論理」に従い、欧州における真の財政同盟に向けて前進するよう求めた。
このユーロの難題から抜け出す方法はあるのだろうか? 「ウォルフソン賞」の候補者リストが発表される4月3日に暫定的な答えが出てくるかもしれない。
保守党の貴族院議員であるサイモン・ウォルフソン卿は、経済的な動機は驚くべき効果を発揮し得るという健全な自由市場の原則に従い、欧州単一通貨を解体する最も優れた計画に25万ポンドの賞金を出すことにした。ユーロ爆弾を解除する安全な方法があるとすれば、ウォルフソン賞はその青写真を与えてくれるかもしれない。
ユーロに関する英国の議論は生来、副次的なものだ。ウォルフソン賞などから生まれるアイデアは議論に影響を与えるかもしれないが、英国はユーロに参加していないため、重要な意思決定はロンドンでは行われない。
実際、ユーロの運命は、ギリシャやスペイン、イタリア、そして中でもドイツといった国々で決められる。このため、水面下では、ドイツの支配階級の大物の間でもユーロ解体の議論が行われていることは重要な意味を持つ。
単一通貨プロジェクト全体に深い懸念を抱く一流ドイツ人エコノミストのグループ(ドイツ連銀分派と呼んでもいいだろう)は昔から存在していた。今では、こうしたドイツ人の懐疑派の一部は、自分たちの懸念が正しかったことが証明されたと考えており、現在の市場の落ち着きにもかかわらず、ギリシャは今後数カ月内にユーロから離脱せざるを得ないかもしれないとまで述べている。
ギリシャの選挙をきっかけに離脱に動き出すシナリオ
フランクフルトとベルリンを駆け巡っている1つのシナリオは、5月初旬に実施される見込みのギリシャの選挙により危機が引き起こされるというものだ。ギリシャ新政府は直近の債務削減合意の修正を試みるかもしれず、ギリシャのユーロ離脱に発展する一連の出来事を誘発しかねないというわけだ。
技術的には、ギリシャのユーロ離脱に際しては、一時的な銀行休業日が突如宣言されると言われている。その間、ギリシャの銀行にあるユーロ紙幣に、ドラクマとして再発行されることを示すスタンプが押されることになる。
1つ明白な危険は、この措置が発表されるや否や、ポルトガルなどの他の脆弱なユーロ圏諸国で、不安に駆られた口座名義人がお金を国外に持ち出そうとして銀行取り付け騒動が発生する事態だ。こうした動きを防ぐために、欧州中央銀行(ECB)が脆弱な国々の金融機関に大量の緊急流動性を供給することになるだろう。
確かに、この計画には多くの欠陥がある。だが、このような寒々としたシナリオがドイツで広まっているという事実そのものは、アンゲラ・メルケル首相が最近インタビューに応じ、ギリシャはユーロにとどまるとの確信を示し、単一通貨の解体は欧州にとって政治的な大惨事になると語っている理由を説明するかもしれない。
ギリシャが離脱すればユーロプロジェクト全体が深刻なダメージを受けるというメルケル首相の見解は、正しいように思える。もし、悲観論者たちが予想しているように、ギリシャが離脱後に経済的な混乱に陥れば、その他欧州諸国はただ傍観しているわけにはいかない。その結果生じる政治的、経済的混乱に再び巻き込まれることになるだろう。
ギリシャの離脱がうまくいけば、他国も追随
一方で、もしギリシャの離脱がうまくいけば、ユーロ圏内で苦しんでいる他の国々が後に続く誘惑に駆られるだろう。例えばスペイン政府高官の間には、若年失業率が既に45%に達している時に次の緊縮予算が実施されれば、スペインの政治的、経済的な破滅を招きかねないと懸念する向きもある。
彼らは、他の欧州諸国で起きた金融・経済危機が構造改革だけで解決されたことはめったにないと主張する。1990年代のスウェーデンと過去数年間のアイスランドの場合、競争力を高めるための大規模な通貨切り下げも実施された。通貨切り下げはユーロ圏内では不可能なことだ。これが意味することははっきりしている。スペインはユーロから離脱しなければならないということだ。
今のところ、スペインの閣僚は英国の閣僚と同様、ユーロ解体は惨事を招くと言われているために、こうした警鐘を鳴らす声は無視されている。もしウォルフソン賞に挑む参加者たちがユーロ解体は惨事にはならないことを示せたら、欧州全体に貢献したことになるだろう。
By Gideon Rachman
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34912
Financial Times
ユーロ解体論など無用、必要なのは「慈愛」だ
(2012年4月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
ダボス会議閉幕、楽観ムードに警鐘鳴らす専門家の「ユーロ圏崩壊」予想
そもそもユーロ創設が間違っていたと言われるが、本当にそうなのか?〔AFPBB News〕
通貨ユーロを救う戦いはまだ続いている。しかし、通貨同盟の真価を巡る知的な戦闘では、ユーロを擁護する側が弾丸を一発も撃たないうちに負けを認めてしまっている。ユーロにとっての真の悲劇は、親族から縁を切られてしまったことだと言えよう。
今では、通貨同盟を解体するのが最善の方策だという主張が実際的で良識のある考え方だと見なされている。
では、ユーロ擁護論者はこれにどう反論しているのだろうか? 彼らはまず、ユーロが破綻すれば欧州も破綻すると論じている。また、ユーロ解体を容認すればメリットよりもデメリットの方が大きくなる、とも主張している。
どちらもその通りであり、重要なポイントだ。しかし、ここまで来てしまったのだからユーロにしがみついていなければならない、ここで手を放せば、いろいろな災いが一気に降りかかってくるだろうという論法は、そもそもこの方向には進まない方がよかったと認めることに等しい。
「ユーロが危機を引き起こした」は間違い
また、通貨同盟の創設者の跡継ぎたちがレモンからレモネードを作る*1ように同盟を擁護すれば、ユーロが危機を引き起こしたとの見方はかえって優勢になってしまう。
この見方は過去、現在、未来という3つの時制を使って語られている。
欧州が混乱に陥ったのは、通貨同盟という成功の見込みが薄いお粗末なプロジェクトのせいだった(過去)。このユーロのために、足元の問題に対する最善の解決策が実行できずにいる(現在)。一部の加盟国の繁栄は、ユーロを捨てて独自通貨を持つか否かにかかっている。独自通貨なら為替レートの切り下げが可能になるし、またそうすべきである(未来)――という具合だ。
この3つの主張はすべて間違っている。
世間では、共通金利という不適切なもののためにユーロ加盟国は返済できない公的債務を累積することができた、と言われている。そういうごまかしはもうやめよう。全員にぴったり合うサイズなどないという議論は当初、ばらばらな景気循環について言われたことであり、公的債務について言われたことではなかった。
*1=酸っぱいレモンから甘いレモネードを作るように、悪条件下で最大限の努力をするの意
また、危機に見舞われた国の多くは好況期に債務を積み上げていなかったという主張も脇に置いておき、議論の前提が完全に間違っていることに着目しよう。今のユーロ圏の状況を見れば、通貨同盟を結べばすべての加盟国の借り入れコストは必然的に同じになるという主張は誤りであることがよく分かる。
FRB議長、サブプライム問題で追加対策を求める
投資家はサブプライムローンなどにもお金をつぎ込んでいたのだから、ユーロがあろうがなかろうが、欧州の国債に投資をしていたはず・・・〔AFPBB News〕
確かに、ギリシャとドイツの借入金利が同じだった時期もあった。だが、あの時期に投資家たちが誰に資金を投じていたか考えてみてほしい。所得がないのにローンを組んで住宅を買った米国人や、運用経験のないアイスランドの銀行に資金を貸し付けていたのだ。
そんなことができたのなら、欧州の国債にも――通貨がユーロであろうとなかろうと――投資をしていたはずだ。
たとえユーロが存在していなくても当時と同じクレージーな資金流入が生じ、実態とはかけ離れた値段がついてしまっただろうと推察するのが妥当であるに違いない。投資家や政策立案者、学者らが危険を見抜けなかったのはユーロのせいではない。
単一通貨の名誉は、金融のどんちゃん騒ぎが行われている家に生まれたために汚されてしまったのだ。
今回の危機やその解決策の性質にユーロが全く影響を及ぼしていないというわけではない。ユーロ加盟国が英国の戦略(すなわち、債券市場のパニックを未然に防ぐ方法としてマネタイゼーション=貨幣化=を行う戦略)に追随しにくいのは、国家の債務と超国家的な貨幣という組み合わせのせいだ。
その意味では、ユーロは明らかに、今日の困難に対処できるようには設計されていなかった。だが、それを言ったら、様々な経済モデルの中で、1930年代以来の深刻な金融危機への備えが十分にできていた(あるいは、多少なりとも備えていた)と言えるものがあるのか?
問題はユーロの経済ではなく欧州の政治
パニックを止められずにいるのは、ユーロの経済の問題ではなく欧州の政治の問題だ。最善の政策――ユーロ圏の救済基金を銀行に転換し、欧州中央銀行(ECB)から資金を借りられるようにすること――が実行されていないのは、政治が拒んでいるからにほかならない。
例えば、もし米国の新政権が量的緩和を禁止し、それが引き金となって債券市場がパニックに陥ったとしても、ドルは不適格な通貨だという議論にはならないだろう。
では、「未来」時制で語られる見方についてはどうなのだろうか。ユーロ懐疑論者たちは、危機に見舞われた国々が通貨を切り下げられずにいると嘆いている。しかし、ユーロ圏周縁国が既に行っている内的減価(賃金・物価水準の引き下げ)よりも外的減価(為替レートの切り下げ)の方が好ましいとする理由は明確に述べていない。
確かに、手っ取り早いのは為替レートの切り下げの方だ。国民は比較的速いペースで――そして大抵は過度に――貧しくなり、その速さゆえに調整は「下から」行われる。これに対し、内的減価は「上から」行われる骨の折れる調整だ。
どちらも痛みを伴うが、周縁国にとって必要な改革を実行せよという圧力が後者では維持されるという違いがある。ユーロ圏からはじき出されてしまえば、その国は孤立し、かなりの長期にわたって辛い日々を送ることになるからだ。
ユーロがもたらした利点に目を向けよ
もし通貨同盟が期待に応えていないというのであれば、ユーロがもたらした良い面にも再度目を向けなければならない。巨大な住宅市場によって支えられた欧州の経済成長は、為替変動から解放されたことによってより高められたのだ。
欧州の災難をユーロのせいにするのは、潜在能力を完全に発揮していないとの理由で子供を折檻するようなものだ。ユーロという若者は最終的には期待に応えられないかもしれない。しかし、だからといって、当初非常に有望だった点に着目するより親子の縁を切った方がよいはずはない。
By Martin Sandbu
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