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出口治明の提言:日本の優先順位
【第42回】 2012年3月27日
著者・コラム紹介バックナンバー
出口治明 [ライフネット生命保険椛纒\取締役社長]
大学3年生の君へ。
これから就活と考える前に、考えるべきことは
わが国のメディアでは、相も変わらず「就活」特集が組まれ、事あるごとに就職難が喧伝されている。このような環境の下では、この4月に大学3年生になる君が、自らの就職について不安になり、気もそぞろになるのは仕方がないことかも知れない。しかし、そもそも就活とは一体何だろうか?一度、原点に戻って、自らの頭でよく考えてみるべきだと思うのである。
わが国の労働慣行はガラパゴス的
君は安定した大企業、できれば金融機関に就職したいと言っていた。定年まで落ち着いて働きたいから、と。でも君が当然視している(ように思われる)終身雇用という制度は普遍的なものなのだろうか。僕は戦後の特殊な時代における極めてガラパゴス的な労働慣行のひとつだと考えている。
戦後のわが国は、人類史上、稀に見る幸福な時代だった。戦乱もなく、半世紀にわたって高度成長が継続し、人口も増え続けた。高度成長はいくらでも労働力を吸収する。企業は新卒採用に躍起となり、「青田買い」という慣行が生まれた。
けだし、戦後の高度成長はアメリカに追いつくことであり(すなわちアメリカの産業構造を真似ること)、極論すれば、市民は自分の頭で考える必要がなかったのである。霞が関が(アメリカを真似て)経営資源の配分を行い、市民は黙って一所懸命働けば所得が倍になるという夢のような時代が実現した。俗に言う「1940年体制」が開花したのであった。
所得が倍になる時代においては、ほとんどの人にはそもそも転職願望のようなものが生じない。企業の側でも、雇用調整を行う必要がない。青田買いで採用された新卒はそのまま「終身雇用」を享受することになった。終身雇用であれば、賃金は「年功序列」になりやすい。個々の人の能力を公平に判断して給与を定めることは、実はそれほど簡単ではない。それに対して年功序列は簡便で、しかも高度成長期には年々業容が拡大していくのが普通であるから、従業員の納得も得やすい。また若い間は低賃金であっても、毎年給与が上がっていくシステムなら不満も起きにくい。
ところで年功序列のもとでは、部門長などの高位役付ポストは軒並み高齢者に占拠されることになる。そこで「定年」という制度を設けて、高齢役付者が滞留しないようにする。定年退職者には、退職金や年金を支払うことで老後の生活を保証する(高度成長期であれば、退職金・年金の支払いも企業は余裕を持って行えた)。
以上、極論風に述べて来たが、要するに、半世紀に及ぶ高度成長と人口の増加が、「青田買い→終身雇用→年功序列→定年というワンセットのガラパゴス的な労働慣行」を創り上げたのである。
次のページ>> 世界の常識は同一労働同一賃金、かつ国籍・学歴・年齢・性別フリー
21世紀に入ったわが国は、高度成長と人口の増加という20世紀後半のわが国の奇跡の成長(復興)を牽引した2つのエンジンを、ともに失った。それに代わる社会の基調は、低成長と少子高齢化(人口の減少)である。では、高度成長と人口の増加を前提とした労働慣行はどのように変化するのだろうか。
ごく普通の中小企業、たとえば小さな飲食店を想起してみよう。連日、千客万来となればそこで働く店員は給与のアップを期待できるだろう。逆に客足が遠のけば、給与のダウンを覚悟せざるを得ない。そして客足が途絶えれば、別の職場を探して離職していくことになるだろう。これが普通の世界の常識である。また、千客万来の店の皿洗いのアルバイトは、恐らく年齢にかかわりなく時間給は一律のはずである。
すなわち、収益が上がれば(収益に貢献すれば)給与が上がり、収益が下がれば、給与も下がる。同一労働であれば賃金は同一であり、業務が立ち行かなくなれば、解雇や離職も止むを得ない。これが人間の世界の常識であり、これからのわが国も恐らくその方向に進んで行かざるを得ないだろう。
以前のこのコラムでGDPは人口×生産性であるという話をした。経営者が恣意的に労働者を解雇するのは論外だが、労働の流動性を高めることは、実は生産性を向上させる一番の早道なのである。衰退産業(たとえば、客足の途絶えた飲食店)がいつまでも過剰な労働力を抱えていては、その社会の全体としての生産性が向上するはずがない。衰退産業から時代を担う新しい産業へと労働者が自由にシフトしてこそ、社会全体の生産性が上昇するのである。
要するに、労働者の流動性を高めることは、わが国の産業構造の新陳代謝を促し、労働生産性を向上させる切り札の1つなのだ。ガラパゴス的な労働慣行を改めることが、わが国社会の構造改革に資するのである。
次のページ>> 相性と株価で企業を選び、石の上にも3年
以上のように、わが国が置かれている現状を素直に認識すれば、就活にそれほど心配することはなくなるはずだ。まず少し長い目で見れば、わが国の労働力の不足は確実視されているので(2020年には400万人以上の不足)、若い君にとっては圧例的な売り手市場であることを忘れてはいけない。そうであれば、健康に留意し、インプットを続けていれば(自分に投資すれば)、就職に困るということは少なくともなくなるはずだ。
クラブ活動もサークル活動もやっていないので、就活で不利にならないかと君は心配していたが、そもそも大学は勉強するところである。就職面談で、大学生の本分である勉強のことを尋ねずに、クラブ活動やサークル活動のことばかりを尋ねるような企業は、君の方から払い下げにするべきだと思う。ちなみに、ライフネット生命では、「30歳未満、論文」で定期採用を行っているが、このような企業は、今後は増加すると考える。
次に、グローバルで見れば、わが国の経営幹部は低学歴である。グローバル企業の経営幹部の大半は、ドクターかマスターであって、バチュラー(学部卒)ではない。第一、青田買いのような1940年体制時のシステムを、社会環境の激変にもかかわらず、後生大事に抱えているような企業に今後の高成長が望めるはずもない。だから、あわてて就職する必要はまったくない。大学院に行ってもいいし、世界を放浪してもいい。
繰り返しになるが、先述した通り、労働力が不足する日本においては、自分に投資を続けていれば、就職に困るということは、マクロ的にはそもそもあり得ないのだから。
もちろん、大学を出てすぐに就職しても一向に構わない。その時の留意点は一言で言えば、「相性と株価」である。人にはそれぞれ相性というものがあると思う。企業でもまったく同じであって、相性の良くない人が大勢いる企業に入っても、楽しくないことは容易に想像がつく。また、勉学を旨とする学生にこれから栄える産業や会社が簡単に見極められるはずがない。経験を積んだ社会人でも、5年先、10年先に栄える産業や企業は予測ができないのだから。だから、何らかの御縁があって相性がいいなと思ったら、その会社に就職すればそれでいいと思う。
もう1つチェックすべき点は、実は株価である。株価には経営力のすべてが反映されるからである。10年間の株価を見て右肩上がりなら、その会社はこれからも伸びていく可能性が高い。逆に10年間の傾向値として株価が右肩下がりなら、その株価を反転させるためには君1人の力ではどうにもならないと考えるべきだろう。
相性も良く、株価も右肩上がりで推移している企業が見つかったと仮定する。その時は、「石の上にも3年」で、少なくとも3年間は必死に働くべきである。一所懸命働いていれば、何かしらの技術が身に着く。3年間働いて(当初の見込みとは異なり)、どうも相性が悪いと思ったら、「チェンジ」すればいい。会社を変えるのである。
相性の悪い職場で働き続けても楽しくない。人間は楽しくなければ、脳が活性化しない。すなわち、成長しないのである。相性の合う職場がみつかるまで、チャンジを繰り返しても、それはそれでいいではないか。第一、ほとんどの人間は、一生、本当にやりたいことが見つからないままに死んで行くのだから。このように気楽に考えることができるようになれば、就活をそれほど気にしなくてもいいだろう。
次のページ>> メディアの情報に左右されず、自分の頭で考え抜くこと
君は、大企業に勤めたいと言っていたが、今日の大企業が明日の大企業である保証はどこにもない。明日の大企業の卵は、今日の中小企業の中にこそ眠っているかもしれない。
ハーバード・ビジネススクール(MBA)の卒業式の日には、卒業生が互いに進路を報告しあうそうだ。アメリカ政府、国連、マッキンゼー、ゴールドマンサックスなど、政府や有名企業への就職者がやはり半数近くを占めるが、誰ひとり拍手をしないという。
これに対して、田舎に帰って農業をやる、アフリカでNGOに参加する、あるいはベンチャーを起こす、こういった卒業生に対しては、全員がスタンディング・オベーションで激励するという。わが国の大学も早くそうなってほしいと願わずにはいられない(現状では中小企業を希望する学生はわずか7人に1人である)。
わが国の経済が真に蘇生するのは、少なくとも半数近い大学の卒業生が、ありきたりの大企業や公務員を志望するのではなく、中小企業やベンチャー、NPOを志向する時ではないだろうか。
僕たちの未来である若い君には、メディアやいわゆる就活コンサルタントなどの意見に影響されることなく、また、僕の意見にも囚われることなく、自分の頭で腑に落ちるまで考え抜いて、自分の進路を決めて欲しいと心から願うものである。
(文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である)
http://diamond.jp/articles/-/16775?page=4
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