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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34757 ニッポンビジネス・ななめ読み
「オルタナティブ投資の呪縛」が解けるとき
AIJ問題が残した巨大な禍根(前編)
2012.03.19(月)
相場 英雄:プロフィール
独立系運用会社・AIJ投資顧問が顧客からの受託資産約2000億円を消失させたことが発覚してから約1カ月が経過した。
AIJの企業年金基金への積極的な営業活動のほか、AIJに運用を委託していた年金基金に厚生労働省から多数の役人が天下っていたことが判明するなど、波紋は広がるばかりだ。老後資金の喪失懸念に直面する企業人が増加するなど、同社の“犯罪行為”は社会問題化が必至だ。
今回は、同社が客寄せに積極活用し、結果的に顧客資産を“溶かす”要因となった危うい運用手法の一端を明らかにする。
「オルタナティブ」の呪縛
「(AIJは)“天才的”な運用会社として、ある意味有名だった・・・」(外資系運用会社のファンドマネジャー)
AIJ問題が発覚した直後、筆者は旧知のファンドマネジャーと連絡を取った。すると、件のベテランマネジャーは吐き捨てるように言い放った。
同氏は株式運用のプロであり、バイサイドのアナリストでもある。業務の中では、足繁く企業訪問を行う。もちろん、全国、あるいはアジア各地の生産現場を直に取材し、当該企業の株式が売りか買いか見極める。
割安、あるいは今まで誰も注目してこなかった企業や有望な製品を見出し、株式を買う。企業の業績アップとともに株価も上昇、この値上がり益を、顧客である企業年金の配当に回す典型的な「ロングオンリー」の投資家でもある。
企業年金を受託する投資顧問には、このマネジャーのように株式で運用するファンドのほか、世界各国の国債、優良企業の社債で運用するファンドも存在する。また、株式と債券を併せ持つスタイルもある。
だが、世界的な超低金利政策の長期化のほか、金融危機に伴う株式・債券市況の悪化とともに、こうしたスタイルのファンド(投資顧問)の運用成績は悪化の一途をたどった。
こうした向きと一線を画す形で登場したのが、AIJのようなオルタナティブ投資をウリにした新しいタイプのファンド(同)だ。
具体的には、将来時点の金融商品をやりとりする先物、売り買いの権利そのものを売買するオプションのほか、未公開株投資、不動産投資、テーラーメード型の私募債投資などを複合的に組み合わせ、「株式や債券市況の値動きに左右されず、安定的かつ高収益を計上する」ことがオルタナティブ運用の特徴であり、最大のウリだ。「従来型の代替」という位置づけこそが「オルタナティブ」という名前なのだ。
「プットの売り」が内包する巨大リスク
各種の報道を総合すると、AIJはオプション取引の中でも「プットの売り」に強みを持つ投資顧問として知られていた。
ここで、オプション取引の仕組みを簡単に解説しておく。先に触れたように、オプション取引は、将来の「金融商品の売買の権利」を売り買いする。
オプション取引では、買う権利を「コール」と呼び、売る権利を「プット」と称する。AIJのように「プットの売り」で収益を得るにはどのようにしたらよいのか。
「プットの売り」の投資概略は、以下のような形となる(ネット証券やFX業者のサイトを参考に日経平均株価を例に取って説明する)。
今日現在、日経平均株価が1万円だとする。その上で、3カ月後の清算日と権利行使価格(オプションを清算する際の価格)を設定する。
仮に、景気の実態が底堅く、企業業績も上向いていると想定し、日経平均が9500円までは下がらないだろうと判断した場合、「9500円のプットを売る」という投資戦略が成り立つ。この場合のプットとは「9500円で株式や債券を売る権利」のことである。取引が成立したら、プットの買い手から100円のプレミアムを得る。
3カ月後に精算日が到来し、実際に日経平均が9500円を下回らなかったとする。プットの買い手は「9500円で株式や債券を売る権利」を行使しても儲からないので、権利を放棄する。プットの売り手は、取引の最初の時点で得たプレミアムの100円が丸々収益となる。万が一、9400円まで下がったとしても、売り手は差額とプレミアム収入でチャラ、というわけだ。
だが、日経平均が9400円を下回ると、プットの売り手は損失を被ることになる。買い手が権利を行使するため、株式や債券を9500円で買わなければならないからだ。日経平均がどんどん下がれば、損失は無限大に広がる。現実にはあり得ないが、日経平均がゼロ円になった時のことを想像してほしい。当初得たプレミアムは消し飛び、損失が天文学的に膨らむ、という具合となる。
極めて簡単に記すと、プットの売りは「市況があまり動かない」ことを前提に、プレミアムを得ることを狙う戦略だ。逆の言い方をすれば、市況が荒れ始めた途端に、損失が膨らむ仕組みだと言い換えることもできる。
AIJが具体的にどのような指標をターゲットにした「プットの売り」を展開してきたのかは承知していないが、サブプライムローン問題をはじめ、リーマン・ショック、その後の世界的な金融危機の連鎖という歴史上稀に見る動乱期を経たここ数年の市場動向を勘案すれば、「市況があまり変動しない」という戦略は、完全に裏目に出た、と筆者は見る。「2000億円消失」という事態に対し、筆者は違和感を持たない。
「妄言」を信じた側にも問題はある
「高い絶対リターンを保証できるオルタナティブのファンドを作れと社内で散々突き上げられた・・・」(同)
ここ数年、先のファンドマネジャーは営業担当者から迫られたという。コツコツと企業の価値を見極め、株式の値上がり益を分配するファンドが売れにくくなり、AIJのような“危うい”運用に手を染めていた向きに、企業年金の人気が集まったからだ。
筆者は通信社の市況担当だったころ、先物やオプション取引の原理を学んだ。この際、先に紹介した「プットの売り」のようなハイリスク商品の仕組みを、ディーラーや商品開発担当者から学んだ。
翻ってみると、年金基金側でもこうしたリスクを承知していたはずなのだ。AIJによる過剰な接待、あるいは年金基金に天下った元官僚の勧めなどがあったにせよ、「正直なところ、騙される側にも問題はある」(同)。
先に指摘したように、市況担当だった筆者でさえ「プットの売り」の危うさを理解している。企業年金の担当者がこれを知らないでは済まされない。
もちろん、虚偽の運用報告を行い、ずさんなリスク管理体制でカネを預かっていたAIJの責任は免れない。また、金融当局や厚生労働省の検査、監督体制にも問題はある。だが、問題の根源は、「オルタナティブ投資=ハイリターン」という妄言を信じた側にも確実にあるのだ。
AIJは氷山の一角か
2年前、筆者はリーマン・ショック後の金融市場の混乱を舞台に『金融報復』(徳間文庫)という短編集を発刊した。
この中では、オルタナティブ投資を売りにする、ある投資顧問会社のずさんな運用体制の詳細を描いた。「プットの売り」が運用の主体ではなかったが、別のハイリスク・ハイリターンのオルタナティブ運用が破綻するストーリーだ。
本編中では名前を変えたが、当時から根強く「危うい」とささやかれていたある運用会社をモデルに、ストーリーを紡いだ。残念ながら、このモデル企業はAIJではない。AIJは氷山の一角だと言わざるを得ない。
後編では、年金運用を巡る日本固有の構造問題に触れる。
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