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AIJより深刻な企業年金危機
あなたの年金に影を落とす3つの不安
2012年3月9日 金曜日 田村 賢司
「『いい運用をしてるよ』って、ほかの厚生年金基金の事務局長さんに紹介されて会ったんだけどねぇ」
東京のある厚年基金の常務理事はその日のことをよく覚えている、と続けながら語り出した。
昨年11月半ば。冷たい木枯らしが吹くある日、基金を訪ねてきたのは、約2000億円の運用資産のほとんどを消失させたとして今、社会問題になっているAIJ投資顧問の営業員2人だった。
「アイティーエム証券」。AIJの関連会社だと紹介しながら50代とおぼしき2人が差し出した名刺を横目に常務理事は尋ねた。「それにしても凄い成績だねぇ」。245%、23%、35%。AIJが運用指図する3本のヘッジファンドの設定(それぞれ2002年、2005年、2007年)来のリターンがあまりに高かったからだ。
怪しまれても「調査」なしだったAIJ
営業員たちは言葉巧みに常務理事の質問をかわす。「日本国債の先物とオプション、それに日経平均の先物とオプションの売りを市場の動きを見ながら売る独自の運用手法で…」。
デリバティブ(金融派生商品)の運用戦略をしゃべり続ける営業員に常務理事は黙り込む。その様子を見て2人はさらにまくし立てようとした。だが、常務理事が1つの質問を返したところで、今度は営業員側が言葉に詰まり始めた。
「で、プライムブローカーはどこを使ってるの?」
コールオプション(一定期間内に一定の価格で買う権利)やプットオプション(同じく売る権利)と呼ばれるデリバティブを日経平均株価が上げすぎたり下げすぎたと見るタイミングで売るというなら、そのオプションを調達する投資銀行はどこかと聞いたわけだ。この時、常務理事は、2人の顔に狼狽の色が浮かんだのを感じたという。
この点景には、実は結構な意味がある。なぜ、少しつつけば分かりそうな「嘘」がいつまでも分からなかったのか、という背景の広がりである。
まず1つ。市場関係者の間からは、今になってのように「AIJは、以前から怪しかった」という声が聞こえてくる。AIJの基幹ファンドは、リーマンショック後の2008年度を含め、10年間も一度もマイナス運用がなく、累積で245%もの超高利回りを上げたということに早くから疑念が広がっていたというのだ。だが、それならなぜ金融庁に知らせ、特別検査にならなかったのか。本気で疑っていなかったのではないか。
当事者はさらに甘かった可能性もある。運用委託元の厚年基金に対して、彼らの年金資産が今、いくらの時価になっているかという情報は、AIJからだけでなく、実際の資金を預かる信託銀行も把握しているはず。そうなればAIJが嘘の時価情報を伝えても信託銀の数字と異なるから厚年基金も異変に気づかないはずはない。それなのに10年もの間、誰も気づかないとはどういうことか。
AIJの運用スキームでは、信託銀は、AIJの指図に基づいてケイマン籍の私募投資信託を買う。この時、信託銀はアイティーエム証券を通じて買い付ける。そして、その買い付けた投信がオプションなどで運用するというのが仕組みと見られる(図参照)。
しかし、「(こうした資産は)事務処理のみを行う信託銀が機械的に管理している可能性がある」(大手証券会社の資本市場専門家)。
そこでもし、アイティーエムのような証券会社が介在して「嘘の時価情報を、信託銀に流したりすればごまかせる可能性はある」とあるヘッジファンド関係者は推測する。有り体に言えば、日本の信託銀は時価情報を自ら収集し、運用資産の状況を把握していたかどうかに疑問があることになる。
だが、こうした謎が追求されるに至らなかった一因には、前述の常務理事氏のように、超高利回りに疑問を抱くだけの金融知識のある人が、被害にあった中小の厚年基金には少ないせいもあるだろう。そうして騒ぎにならなければ、疑問はあっても本腰を入れて調べる関係者もない総ぐるみの“甘い管理”があったのではないかという2つ目の問題もそこに浮かぶ。
必要な資産もない厚年基金が大半
しかし、より大きな3つ目の問題は、厚年基金が遮二無二、高利回りを求めて動かなければならない状況に放置され、その状態がもう行き詰まってきたことだろう。
厚年基金は、国の厚生年金の一部の運用を代行し、それに基金の資金を上乗せして投資資産を拡大することで、より大きなリターンを狙うのがその仕組み。
ところが、IT(情報技術)バブル崩壊後の2000〜2002年度、そして米サブプライムローン(信用力のない個人向け住宅融資)問題からリーマンショックに至る金融危機に世界経済が直撃された2007〜2008年度に大幅な運用損を出し、年金財政は大打撃を受けた。
2000〜2002年度の最初のショックでは、大企業を中心に代行運用部分を国に返上し、母体企業への業績への影響を回避しようとする動きが続出。代行返上した年金は、確定給付企業年金など新たな制度に移行し、残ったところの大半は中小企業が業界単位などで組織する厚年基金となった。
しかも2度の運用危機を経て、これらの厚年基金には、将来の年金給付に備えて持っておくべき資産を割り込む基金が急増し、本来公的年金の一部である代行部分の資産すら割り込む基金さえ珍しくないほどの窮状となったのである。リーマンショック後の2008年度には約600の厚年基金のうち、8割が代行割れになったほどだ。
厚生労働省の調べによれば、全体のうち81の基金は、代行部分の必要資産を3年連続して10%以上割り込んだまま。その割り込んだ部分は、運用で取り返せなければ、母体企業が特別掛け金を拠出するか、従業員の年金保険料を引き上げて埋めるほかない。
だが、中小企業が大半となった厚年基金は、逆に運用の予定利率を5.5%と高く設定し、そこで稼ぐ形にすることで何とか企業と従業員の保険料を抑えてきたのが実態。多くの厚年基金にとって保険料を上げ、それで欠損部分を埋め合わせることは、相当な難事なのである。
もちろん、5.5%の運用を達成することも極めて難しいから、代行割れ部分のような過去の不足分を埋めるどころか、毎年新たな不足が生じかねない有様となっている。
この危機が、株式やヘッジファンドなど債券などに比べ相対的にリスクの高い資産への投資に、厚年基金を駆り立てる原因になっている。本来、2000年以降の株式市場のように上下動の激しい時期には、安全資産を増やす必要があるが、厚年基金の場合は、高い運用利回りを達成するために逆に動かざるを得なくなっているとさえいえるのである。
現実から乖離した運用計画の“罪”
これだけではない。大和総研の菅野泰夫主任研究員によれば、日本の株式の期待リターン(インフレを加味したもの)は1971年12月以降の40年間(2011年8月まで。以下同)では年平均6.51%、1981年9月以降の30年間では同4.25%、1991年9月以降の20年間では同マイナス1.37%になるという。
しかし、信託銀や年金コンサルタントといった厚年基金などに運用商品を紹介したり、運用戦略を指南する側がしばしば用いるのは長期の期待リターン。「年金は超長期の運用だから」というのがその理由だが、結果として市場の現実とは離れたリスク資産への“傾斜”になった可能性はあるのではないか。
AIJは、こうした複合的な問題の隙間に入り込み、長期間、関係者の目を欺き続けたのだろう。その背景となった現実は今も変わっていない。1つのAIJが消えても、別のAIJがまだ隠れているかもしれない。企業年金の危機は今も続いている。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
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田村 賢司(たむら・けんじ)
日経ビジネス編集委員。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120306/229532/?ST=print
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