05. 2012年3月05日 00:14:45
: TxegOlEGxk
アメリカでは、マイクロソフトや、インテルや、アップルや、グーグルや、アマゾンや、イーベイといったそれぞれの分野で6割とか7割、時にはそれ以上のシェアを持った大企業が、毎年のように高収益を出し続けて、世界中からカネを掻き集めるというパターンが定着した。ただ、国も企業もとにかく世界中から借金を掻き集めることを使命として運営されている経済には、致命的な弱点がある。 それは経済を慢性的なインフレ状態に保ちたいという誘惑が強すぎることだ。インフレは一般市民にとって過酷な経済状態である。なぜ借金依存体質はインフレを志向せざるを得ないのか。 もし、貨幣価値が全然変わらなければ、何年、何十年経とうと、借りた時1万ドルだった借金は返す時にも1万ドルの価値がある。ところが、例えば、年率せいぜい2〜3%といった「穏やかな」インフレでも、10年続くと返済時の実質負担はけっこう大きく減少するのだ。年率2%のインフレなら、約18%目減りするし、3%のインフレなら、何と26%も減少してしまう。 これは、借り手としては魅力的だ。インフレ率が高ければ高いほど、また借入期間が長ければ長いほど、インフレによって借金の実質負担は大幅に軽減される。そこで、アメリカの指導者たちが実施したのが、慢性的に出てくる経常赤字の実質負担を軽減するために、慢性的なインフレを維持するという経済政策だった。そうすれば、アメリカにとっての経常赤字、諸外国にとっての経常黒字という形で、諸外国が米ドルという形で持っているアメリカのモノやサービスに対する請求権の価値も、歳月が経つにつれて目減りする。 こうして、経常赤字を黒字あるいはせめて収支トントンに持ち込む努力を完全に放棄してしまってからのアメリカでは、国は国債の、そして企業は自社債務の返済時の実質負担を軽減するために、慢性インフレを大歓迎する風潮が蔓延した。 もし、アメリカが普通の経済大国であれば、この政策はあまり長続きしなかっただろう。アメリカに対する経常黒字の出ている諸外国は、必ずしもその黒字を米ドルで持つとは限らない。アメリカに自国通貨での支払いを要求するかもしれないし、第三国の通貨での支払いを要求するかもしれない。 そういう取引が多くなれば、インフレによる借金の実質負担軽減というアメリカの目論見は、うまくいかなくなる。外国為替市場で他国の通貨に対する米ドルの交換レートがどんどん下がってしまう。結局、アメリカはインフレ分だけ安くなった米ドルを他国通貨に替えてから決済しようとすれば、為替レートの下がった分だけドルベースでは高い支払いをしなければならず、結局ほとんど得はなくなってしまうからだ。 ここで、アメリカは普通の経済大国ではなく、自国通貨米ドルが世界の基軸通貨となっている覇権国家だという利点が生きてくる。米ドルが基軸通貨なので、アメリカに対する債権を持っている諸国は、その債権の大部分を米ドル建て資産として持っている。だからこそ、アメリカ政府は自国内のインフレ政策で、政府として国債保有者に対して負っている債務を軽減できるだけではなく、アメリカ経済全体が負っている体外債務の実質負担軽減も果たすことができる。一石二鳥というわけだ。 ただ、これは普通であれば大きく下落するであろう米ドルのその他通貨に対する為替レートが、穏やかな下落にとどまるというだけのことだ。下落するはずの為替レートが、逆に上昇するという話ではない。 しかし、たとえその程度のことでも、やっぱりこれはうまくいってる限り、絶対に自発的に返上するはずがないような基軸通貨国の旨味なのだ。例えば、インフレ率だけの比較で言えば5%下がるはずだった米ドルのその他通貨に対する為替レートの下落率が、3%にとどまったとしよう。そうすると、その差である2%分は、アメリカが諸外国に負っている債務の実質負担を軽減できていることになる。 普通の経済環境なら、物価水準を安定させるための貨幣供給より多めの貨幣供給を維持していれば、国内経済をインフレに保つことはできる。そういう、ほとんど苦労のない作業を金融政策でやっている限り、モノやサービスの生産現場で何の努力をしなくても、国民経済として諸外国に対する債務の実質負担が着実に、かつ自動的に目減りしていくわけだ。これは、一度始めたら止められない方針だろう。 結局のところ、この万年ドル安・インフレ政策もまた、ギリシャがユーロ圏内のギリシャ国債所有者に対してやってのけたのと同じような借金踏み倒し政策なのだ。ただし、非常に大きく違っているところもある。 今ユーロ圏で起きている連鎖的な国債の債務不履行危機は、返すと約束したカネが返せないと居直ることだ。立派な犯罪であり、こんなことを4〜5年も許していれば、契約の概念とか社会全体の信頼関係がボロボロに崩れ落ちてしまう。どう考えても長続きするはずのない、脱法行為としての借金踏み倒しだ。 2011年12月中旬に朝日新聞との単独インタビューに応じた世界銀行のロバート・ゼーリック総裁ーもちろんアメリカ人だーは、「欧州内で財政的に余裕のある国(具体的にはドイツ)がもっとカネを出すべきだ」という持論を繰り返した。財政基盤の脆弱な国に、もっともっと大きく借りてうまく踏み倒せれば、丸儲けというスタンスでドイツのすねかじりをすることを奨励するような内容の発言だ。なぜ、アメリカの財政界の首脳は、この手の愚劣な主張を押し通そうとするのだろうか。 結局のところ、アメリカとギリシャやイタリアやスペインは、同じ穴のムジナだからだ。今のところ、アメリカの借金踏み倒しには脱法的な要素はない。アメリカの借り手側は、あくまでも返済期限が来たら米ドルでいくらという額面通りの返済をすると約束し、その通りの金額を返済してきている。ただ、返済期日までに米ドルのモノやサービスに対する購買力がどれほど落ちていようと、あるいは諸外国の通貨に対する為替レートがどれほど下がっていようと、それは借り手の関知するところではない・・・というわけだ。 この合法的な借金踏み倒し政策は、基軸通貨としての米ドルの地位に不安や疑惑が広まらない限り、いつまででも持続できる。だが、あっちこっちで続々借金の大きすぎる国が破綻し始めたら、アメリカだって基本構造は同じだから、いつ破綻するか分からないという不信や疑惑が芽生える。そうなったら、アメリカにカネを貸している国は、今まで通りに貸したカネを米ドルのまま持っていることをためらうようになる。 アメリカという国の資金が回っているのは、アメリカにカネを貸している国が、米国債、アメリカ企業の株や社債、アメリカへの直接投資のような形で、つまりは米ドルのままで貸し続けているからこそなのだ。このカネが一斉に引いてしまったら、アメリカの国際収支はもたない。だからこそ、アメリカの政財界首脳は、過重借金国家はいつか必ず破綻するという当たり前のことが、当り前に起きることを防ごうとする。だが、もちろん自国に救済資金はないから、ヨーロッパではドイツ、全世界では日本や中国に頼って救済をしてもらおうとという虫のいい主張を繰り返すのだ。 |