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202X年、消費増税で流しのタクシーが消える
課税業者と免税業者が同居する矛盾
2012年2月27日 月曜日
伊藤 正倫
202X年の年末。銀座での旧友との忘年会で飲みすぎてしまい、タクシー乗り場で順番を待っていると、自分の番に現れたのは初乗り運賃880円の法人タクシー。その次は710円の個人タクシー。思わず頭を抱えた――。
日経ビジネス2月27日号の特集「消費税30%の足音」では、このまま政治が停滞し、政府債務の膨張から長期金利が上昇する最悪シナリオの場合、消費税を30%に上げざるを得ないことを指摘している。詳しくは本誌をお読みいただきたいが、冒頭の作り話にある初乗り運賃880円は、消費税30%分をすべて価格転嫁した場合に想定される価格。710円は現行運賃だ。
もちろん、同一サービスを提供していて基本料金にここまで差が出ると、880円の業者は生き残れないから、現実にはあり得ない。しかし、タクシー業界はこれまで、消費税によって生じる歪みを何とか抑え込んできた経緯がある。関係者は消費税がまず10%に上がることで、それが一気に顕在化するのではないかと気をもんでいる。
増税の重荷、法人タクシーだけが対象
歪みとは、同じ業界でありながら法人タクシーが運賃に消費税が課税される半面、個人タクシーの大半は、年商1000万円以下のため消費税が全額免除される「免税点制度」の恩恵を受けることである。いわゆる“益税”と呼ばれるもので、この制度がある限り、個人タクシーは年商が1000万円を超えなければ、消費税率がたとえ30%になろうが運賃を据え置ける。増税分を料金に上乗せした場合は、その分が益税として手元に残る。
個人タクシーは、病気になれば収入が絶たれるリスクを負っているのだから多少の恩恵は必要だ、との意見もあるだろう。だが、法人タクシーの乗務員も厳しい。下のグラフに、東京都のタクシー乗務員の平均年収の推移を示した。バブル後の1992年に570万円のピークをつけ、その後はほぼ右肩下がり。2010年は348万円まで落ち込んだ。一方、同じ東京都の全産業男性労働者の平均年収は、1992年と2010年でほとんど変わらない。
法人タクシーの業界団体、東京乗用旅客自動車協会(東旅協)によると、23区と武蔵野市、三鷹市にある法人タクシー会社の原価のうち73.8%を人件費が占める。これ以外には、車両修繕費や自動車リース料、保険料など削るのが困難な科目が並ぶ。「タクシー乗務員の給料が最低賃金の基準に引っかかりそうになることもある」(東旅協の秋山利裕・広報委員長)くらい原価を切り詰め、ようやく経営が成り立っているタクシー会社も少なくない。
つまり、消費増税分の値上げは顧客離れの観点から避けたいが、法人タクシーは内部で増税分を吸収する余力がほとんどない。秋山委員長は「単純な値上げはせず、現在2kmの初乗り距離を短縮することが現実的な選択ではないか」と話すが、それにも対応できない業者が出ても不思議はない。
1997年に消費税が3%から5%に引き上げられた時には、法人タクシーの多くが増税分を転嫁して初乗り運賃660円とし、650円の個人タクシーとの価格差がついた。しかし、価格差はわずか10円で、2007年の運賃値上げ時には両者が歩み寄って710円でまとまった。ところが、東旅協の秋山委員長は「10%増税を控えた今回は、まず法人タクシー間で足並みが揃うかどうかも分からない」と顔を曇らせる。
前述したように、業界を取り巻く環境が1997年当時より格段に厳しくなっていることが背景にある。そして、秋山委員長が懸念するもう1つの理由がある。昨年12月、公正取引委員会が新潟の法人タクシーに対して、運賃引き上げを話し合いで決めたとして独占禁止法違反で排除措置と課徴金納付の命令を出したのだ。公取委は消費増税時にも、業界のなれ合いに厳しい目を向けるはずだ。
法人間の足並みが揃わないのであれば、個人タクシーとの価格差を縮めるどころではない。「同一地域、同一料金」の暗黙のルールは完全に崩れ、かつてない価格競争の時代に入るだろう。そして、勝者は明白である。消費税が免税される個人タクシーだ。
社会的役割に目を向ける必要ないか
ルールに基づいた競争の結果であれば、それを受け入れるべきとの指摘はもちろんあるだろう。海外では個人タクシーが主流の都市も多い。しかし下のグラフに示す通り、日本では個人タクシーの比率が高い東京でさえ全体の3分の2を法人が担っている。しかも、規制によって個人タクシーの新規参入は難しくなっており、この15年で都内では台数にして8%減った。
別の見方もある。現行ルールのまま法人タクシーだけが疲弊すれば、交通機関であるタクシーの公共性が損なわれ、社会の利便性が後退するのではないか、というものだ。
法人タクシーには現在、道で客を乗せる“流し”と無線による予約配車、ハイヤーと大きく3つの営業パターンがある。このうち、採算が悪いのが流しだ。流しの実車率は4割程度で、6割が空車で走っているとされる。
経営が追い込まれれば当然、流しは抑制する。流しがつかまる場所は、特定の繁華街やオフィス街に絞られ、タクシーが拾えないエリアは拡大する。個人タクシーは特定の繁華街やオフィス街、それも長距離輸送が見込める深夜に重点的に営業する傾向がある。現在、法人が広範囲の需要に目配りし、傘下のタクシーを地域的に分散させながら営業することで、一定の社会的な役割を果たしているのは確かだ。
免税点制度などは、立場の弱い中小・零細事業者を保護する目的がある一方、かねて益税の問題点を指摘する声があったのも事実。制度対象の絞り込みで益税は減少方向だったが、17日に閣議決定した社会保障・税一体改革大綱では、「中小事業者の事務負担への配慮というこれらの制度の趣旨に配意し、制度を維持する」と明記した。このままでは税率引き上げで、益税額も再び増加に転じるだろう。
免税点制度がけしからんと言いたいわけではないが、今回の大綱では同制度が引き起こす矛盾はより大きくなる。そして、タクシーに限らず、増税は社会のあちこちに変化を及ぼす。
そのすべてを想定することは無理にしても、単に増税の必要性を訴えて強行突破しようとするのでなく、社会の変えるべきところと変えざるべきところをしっかり議論することが求められるのではないか。それを踏まえた増税後の日本の将来を明示する懐の深さがあれば、政府・民主党への風当たりも少しは和らぐと思うのだが。
■変更履歴
2ページ3段落目で「同一地域、同一賃金」としていましたが,「同一地域、同一料金」の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2012/02/27 18:45]
このコラムについて
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
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著者プロフィール
伊藤 正倫(いとう・まさのり)
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