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岸博幸のクリエイティブ国富論 【第173回】 2012年2月10日
中流階級の雇用喪失の危機
中流階級の雇用の現実
1950年代の米国を代表する企業であったGMは最盛期に米国内で40万人もの雇用を産み出していたのに、今の米国を代表する企業であるアップルはその1/10の4万人強の雇用しか産み出していません。
この事実が象徴するように、かつて米国で中流階級の雇用を大量に創出してきた製造業は、今や雇用吸収源としてあまり多くを期待できなくなりました。これは、工場が労働賃金の安いアジアなどに移転したのみならず、機械化やIT化などにより工場の生産性が向上するに伴い、雇用者の数が少なくて済むようになったからです。
実際、米国では、2010年の製造業の生産量は10年前の2000年とほぼ同じ水準でしたが、なんと600万人少ない雇用者数(2000年当時の雇用者数の2/3)でそれを実現しているのです。ちなみに、この600万人という数字は、米国の製造業がそれまで70年かけて増やした雇用者数と同じとのことです。
もちろん、中流階級の仕事は製造業だけではありません。サービス業も中流階級の雇用の場として重要な役割を果たしています。どこの国でも経済が発展するに伴い、産業/雇用の中心は農業→製造業→サービス業と推移しており、米国でも製造業で失われた雇用はサービス業で吸収されています。
しかし、そのサービス業でも、IT化による生産性の向上に伴い雇用者数は少なくて済むようになっています。
その極致は、米国MITの技術者が開発したPrestoという端末ではないでしょうか。この小型端末をレストランのテーブルに置けば、客はその端末から料理の注文や会計をすべて行えます。その端末を使えば、客は料理が来るまであと何分かかるかも分かるし、待っている間はゲームなどのエンターテイメントを楽しむこともできます。従来はウェイターやウェイトレスといった“人”がやっていた仕事を、IT端末がより完璧な形で代替するのです。
しかも、この端末は1台あたり月100ドルのコストで導入できるとのことです。1日8時間営業で定休日がないレストランなら、端末一台あたりの時給は42セントとなりますので、どんな安価な労働力を雇うよりも効率的です。
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米国での過去30年の構造的な変化
そして、米国で中流階級の生活を支えてきた製造業とサービス業の双方の雇用が減り始めているという現実は、データの上からも裏付けられています。昨年11月にニューヨーク連銀のエコノミスト2人が発表した分析がそれです。
この分析では、業種に関係なくスキルや賃金水準が同質の労働者の雇用の状況を明らかにする観点から、労働者を産業別ではなく職種別に25種類に分類しています。その上で、賃金水準がもっと高い5つの職種(法務、コンピューター/数学、技術、建築、経営管理、社会科学)を“高スキル職種”(high skill job)、賃金水準がもっとも低い5つの職種(建設/メンテナンス、農業、ヘルスケア、パーソナルケア、調理)を“低スキル職種”(low skill job)と定義し、残り15の職種を“中位スキル職種”(mid-skill job)としています。
そして、1980年と2009年を比較すると、雇用全体に占める高スキル職種の割合は12%から15%に、そして低スキル職種の割合は13%から17%に増加しているのに対して、中位スキル職種の割合は75%から68に減少しているのです。
ちなみに、中位スキル職種の中でも、機械運用(machine operation)は1980年に雇用全体の10%を占めていましたが、2009年には僅か4%にまで減少しています。同様に、管理補助(administrative support)は1980年の18%から14%に減少しています。
これらの中位スキル職種はまさに中流階級の仕事であることを考えると、IT化に伴う必要な雇用者数の減少と工場の海外移転による機械関係の仕事の海外流出の結果として、米国ではまさに中流階級の雇用が失われつつあるのです。
ついでに言えば、この分析によると、この30年の間に高スキル職種の給与水準は大きく上昇しています。例えば、コンピューター/数学の職種の給与は、1980年の年間4万9000ドルが2009年には6万7000ドルになっています。これに対して、中位スキル職種や低スキル職種の給与水準はあまり増えていないし、逆に減少している職種もあります。例えば、建設の職種の給与は3万8000ドルから3万5000ドルに低下しています。
即ち、米国の雇用全体を見ると、ITや途上国の労働力に代替されやすい中流階級の雇用が失われつつある一方で、高スキルの職種の給与のみが大幅な増加を続けた結果として、社会の格差も拡大しているのです。
その事実は、米国内で4万人しか雇用していないアップルのCEOクック氏の昨年の給与(給与自体は年間140万ドルであるものの、年棒諸特典〈compensation package〉として5900万ドル、今後10年に渡る株式付与が4億2700万ドル)からも明らかではないでしょうか。
http://libertystreeteconomics.newyorkfed.org/2011/11/job-polarization-in-the-united-states-a-widening-gap-and-shrinking-middle.html
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もちろん、この分析は米国の雇用状況に関するものですが、程度の差こそあれこうした傾向は先進国全体に当てはまると考えられているように、日本も例外ではないのではないでしょうか。
日本では、失業率こそ4.5%と低い水準ですが、昨年の経済白書では企業内失業が465万人も存在すると推計されています。政府がばらまいた雇用調整助成金によって、余剰になった雇用が大量に企業内に滞留しているのですが、直感的にその多くが中流階級に属すると思われます。それを失業者にカウントすると、失業率は10%を超える水準になるのです。
それでは、こうした中流階級の没落とも言える状況にどう対処すべきでしょうか。オバマ政権は、年頭教書で製造業の米国回帰を促すことを宣言し、そのために税制や補助金によるインセンティブを付与しようとしていますが、米国の識者の多くは製造業に限定したアプローチに懐疑的であり、それよりも、産業に関係なく個人のスキルを高めるための教育の強化(高等教育の機会の付与、教育レベルの向上など)の重要性を主張しています。
野田首相は「分厚い中間層」という言葉を好んで使っています。おそらく米国でのこうした動きなど知らずに無造作に使っているのだろうと思いますが、偶然とは言え非常に正しいポイントを突いています。エリート社会である米国以上に、民間や地方の現場の力が最大の強みである日本にとってこそ中流階級の持続的な存在と繁栄が不可欠だからです。
だからこそ、今は経済政策の議論というと、消費税、行政改革、デフレ、成長、震災復興ばかりになっていますが、復興需要がはげ落ちて経済と財政がいよいよ厳しくなる前に、雇用構造の問題に真剣に取り組み始めるべきではないでしょうか。
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