http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/111.html
Tweet |
http://diamond.jp/articles/-/16081 論争!日本のアジェンダ 【第19回】 2012年2月10日 社会保障と税の一体改革(3)
低所得者ほど負担が重い社会保障制度 根本的な問題に目を向けない「一体改革」
――政策研究大学院大学客員教授 田中秀明氏
消費税増税を含む「社会保障・税一体改革」の素案が決定し、通常国会での議論が本格化している。今回の改革では、消費税率の5%引き上げによって社会保障の安定財源を確保しながら、財政健全化を同時に達成するのが狙いと、政府は説明している。しかし、政府による行財政改革が十分に行われていない今、消費税増税を実行することによって、本当に国民が抱く年金制度への不安や不信感は払拭され、財政再建への道筋はつくのだろうか。政策研究大学院大学客員教授である田中秀明氏に社会保障制度が抱えるそもそもの問題点を明らかにしてもらい、消費増税による一体改革の在り方について話を聞く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 原英次郎、林恭子)
「増税への決意」は評価するが
「粉飾」予算と説明不足が問題
――まず、現在、野田政権が掲げている消費税増税に賛成か反対か、お教えください。
たなか・ひであき/1960年東京生まれ。85年東京工業大学大学院修了(工学修士)後、旧大蔵省(現財務省)入省。1991年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了。外務省、内閣官房等を経て、2007年から2010年まで一橋大学経済研究所准教授。専門は、公共政策・マネジメント、予算・会計制度、社会保障政策。
私は“ギリギリ賛成”という立場です。歴代の総理大臣が成し遂げられなかった消費税増税を、野田首相があれだけの決意を持って表明したことは高く評価します。しかし、増税に向け国民的なコンセンサスを得るためのプロセスが十分ではなく、それ故改革が滞るリスクがあると思います。
例えば、公務員給与削減法案により公務員給与を7.8%下げるという案がありますが、実際には人事院勧告の給与削減幅0.23%ですら先の通常国会で通せなかった。公務員給与の削減は震災復興の財源確保が目的で、一体改革とは関係ありませんが、身を切るという意味では同じです。国会議員定数の削減についてはまだ法案すら出ていません。
また2012年度予算案では、一般会計の総額は11年度当初予算より2兆円少ない90兆3339億円となりましたが、実際は八ツ場ダムばかりか、新幹線、外環道路の建設もやるわで、特別会計に計上している復興予算や基礎年金の国庫負担を加えると、実際には過去最大の96兆6975億円に達します。「予算枠を守った」と言いますが、これでは子会社に赤字をつけ回して本社は黒字を維持しているようなもので、だから「粉飾」と言われているわけです。
政府はこれから公務員給与の削減等を実施すると言っているので、もちろん今後を見守りたいとは思っています。しかし、民主党政権が、これまで、増税のコンセンサスを得るため、身を切る具体的な成果を挙げてきたかというと、国民は大きな疑問を持っているわけです。決意は素晴らしいですが、本当にやる気があるのか問われても仕方ないでしょう。
民主党は政権奪取から2年半の間、事業仕分けなどを行ってきたとはいえ、もともとは増税なしで16兆円の新規財源を確保できると言っていました。それにもかかわらず増税に至るのであれば、改革を実行したけれど○兆円は確保できなかった、社会保障費等が予想を超えて○兆円増えた、国民生活へ悪影響が及ぶため○兆円は削減できなかった、などの説明が必要です。また、こうした歳出の削減は震災復興などとは直接関係ないので、言い訳にはなりません。マニフェストは必要に応じて修正すればよく、君子豹変すべきと思いますが、やはり十分な説明を行わなければ、国民は増税に納得してくれないのではないでしょうか。
次のページ>> 低所得者ほど負担が重い日本の社会保障制度
――政府は消費税増税を含む「社会保障・税一体改革」素案を決定しました。この素案をどう評価していますか。
今の仕組みを抜本的に見直すのが一体改革の趣旨だと思いますが、まだ半歩くらいで、残念ながら中身は不十分と言わざるを得ません。改革は一度に全てできませんが、全体像を描いた上で順序を考えるべきです。素案の作成者は厚生労働省の官僚であり、今の社会保障制度の何が問題か、特に社会保険料の問題点にほとんど触れられていないからです。
厚生、共済年金に属していない人が入っている国民年金の保険料は1ヵ月1万5000円程度(第1号被保険者)。果たして年収150万円ほどの非正規雇用者が支払い続けられる額でしょうか。医療保険料などもあり、おそらく払えるわけがない。若干の減免措置があるとはいえ、国民年金の保険料は定額制なので、非常に逆進的(低所得者ほど負担重い)。一体改革案には、保険料の減免など低所得者対策が謳われていますが、保険料の基本的な問題にはメスを入れず、税金が天から降ってくるような感覚で、水漏れを税金で塞ごうという対応に見えます。
そもそも年金制度の基本的な問題は、財源として国民の支払う社会保険料にプラスして税が投入されており、保険と税が渾然一体とした仕組みになっていて、ガバナンスが効かないことにあります。役所は、保険は負担と給付が一致するので規律が働くと言っていますが、現実は全くそうなっていません。基礎年金の第1号被保険者(自由業)の保険料は1人1月で約1万5000円、第2号(サラリーマン)の保険料は不明(基礎年金部分と報酬比例部分を併せて、労使合計で約15%の保険料)、第3号(専業主婦)はゼロです。保険料の金額さえ、わからないのが今の年金制度です。
保険料の未納者が増えていますが、社会保険料を払わない低所得者層が年金をもらえないのは自己責任で、払った人と差がついてしかるべきだともいえるかもしれませんが、これはミスリーディングです。なぜならば、基礎年金の2分の1は国庫負担、とどのつまり税金です。比喩的に言えば、丸の内にある大企業を退職したOBの年金額の一部には、年収150万円の非正規雇用者がコンビニで買ったおにぎりの消費税も含まれています。それにもかかわらず、25年保険料を納めることができなかったという理由で、低所得者が年金をもらえないのは、不公平ではないでしょうか。このように日本の社会保障は、中堅以上のサラリーマンや公務員が保護され、非正規雇用者を救う仕組みになっていない。
私の推計では、日本では年収1500万円までの税金・保険料の総所得に対する負担率(世帯員ベース)は、約17%から22%程度で、おおざっぱに言えば、所得にかかわらず20%前後の定率と言えます。なぜ定率的かというと、所得税が累進的である一方で、社会保険料は逆進的だからです。実際、国民年金保険料は収入と無関係の月額約1万5000円、厚生年金では年収900万円以上になると保険料負担割合が減少していきます。医療保険料は、サラリーマンも、低い所得水準から逆進的になっています。雇用者のうち3分の1が非正規雇用である今、この制度は多くの人にとっては厳しい制度といえるでしょう。
次のページ>> コンビニより歯医者が多い国――医療保険も問題山積
こうした逆進性を補うために、今回の改革では、年金の受給資格を得る期間を25年から10年に短縮し、低所得者の年金を加算すると言っていますが、これはそんなに単純な問題ではありません。今まで真面目に保険料を払っている人がいる一方で、意図的に払っていない人も少なからず存在します。まさに正直者が馬鹿を見ることになりかねません。低所得者への救済措置を厚くすることで、むしろ保険料を10年しか納めない人を続出させる可能性もあります。保険の規律はますます低下するでしょう。条件の緩和はタダではなく、誰かがその費用を負担しなければなりません。
私自身は、こうした小手先の年金加算よりも、これから数十年間かけて、基礎年金部分はすべて税でまかなう税方式に移行するほうが合理的・効率的だと思っています。過去は保険料納付を基準としますが、将来は、基礎年金は居住年数で支給します。移行が終わるまでの間は、低年金者は、生活保護で対応することになります。オランダは50年かけて税方式に移行しており、実例があります。
医療保険制度も問題山積です。現在日本では、歯医者とコンビニのうち、どちらの方が多いかご存知ですか。コンビニ約4万5000店に対し、なんと個人の歯科診療所は約5万7000施設(更に医療法人の診療所が約1万)。こんな国は他にないでしょう。また、日本での人口当たりの医者の数は、OECD平均から2〜3割ほど少ないと言われる一方、歯医者と薬剤師はOECDトップクラスです。CTやMRIは、世界に存在する台数の半分が日本にあると言われています。生活保護費の半分は医療扶助ですが、自己負担もないため、医者の思うままに診療報酬の請求ができる「ドル箱」と言われています。
つまり、今、日本で医者を増やしたとしても、不足している産婦人科医や小児科医などが増えず、すでに十分な数が確保されている診療科の医師ばかりが増えでしょう。多くの国で、医者の数や診療科目、開業なども政府がコントロールしています。保険料を払えないが故に適切な医療サービスを受けられない者がいる一方、そもそも相当医療のムダが多い状態といえます。こうした状態を放置したままでは、増税しても、医療保険制度もすぐに耐えられなくなるのは明白でしょう。低所得者が多く加入する国民健康保険は、既に立ち行かなくなっています。
現行の年金制度では「100年安心」どころか
20〜30年で破綻する
――自民党政権時代の2004年、年金改正が行われ、「100年安心年金」と言われる現行の年金制度ができました。しかし、実際には「安心ではない」という認識が国民の間で広がり、不安が広がっています。そこで改めて2004年の年金改革の問題点を教えてください。
次のページ>> カナダの「2階建て年金」に学べ
2004年の年金改革では、保険料は段階的に引き上げ、最終的に18.3%で固定、一方で給付については、所得代替率(現役世代の平均的な手取り賃金に対する年金額の割合)が50.2%以下にならないという下限を設けた。この負担と給付の両方を固定するという仕組みは、世界になく、大きな矛盾をはらんでいます。年金は、基本的に保険料か給付額のどちらかを固定して、他方で調整する仕組みです。給付を決めて保険料を引き上げるか、保険料を決めて給付を下げるか、そのどちらかです。両方を固定すれば、出生率等の変化に対応できません。これは論理的な話です。また、年金財政計算の前提になっている賃金上昇率(2.5%)や運用利回り(4.1%)も、非現実的な数値で算定している点も大きな問題です。期待されていたマクロ経済スライド(経済の状況に応じて年金給付を調整する仕組み)もデフレで機能していません。
もともと民主党は野党時代、2004年の年金改革で作り上げられた現行の「100年安心年金」を嘘だと批判していました。それは、まさに正しく、100年、50年はおろか20〜30年で積立金が枯渇すると言われています。
年金不信を解消し、将来への給付に安心感があるスウェーデンでは、保険料を将来にわたって長期間、固定しています。その一方で、支払いの原資となる保険料を固定したままでは少子高齢化の進行とともに年金のバランスシートが崩れ、債務超過、資金不足になるため、不足分は給付を減らして対応する仕組みになっています。年金制度を支える現役世代の声を尊重したからです。
今回の一体改革では、まず最初に、2004年で見込んだ年金の財政状況がどう変わり、どのくらい厳しくなったかを数字で示すべきです。その上で、例えば、50年間で○兆円の年金財源を工面しなければならないとすれば、支給開始年齢を遅らせる、給付カット、高所得者の年金カット、保険料引き上げなどのいろんなオプションを検討し、その中から最も不公平にならない対策を提案するべきでしょう。その組み合わせこそ、一体改革ではないでしょうか。こうした分析は、一体改革の報告書には全くありません。
相対的に恵まれた者には我慢してもらう仕組みを
カナダの「2階建て年金」に学べ
――では、どのような社会保障制度をつくればよいのでしょうか。
現在の社会保障の仕組みは、成長率が高く、フルタイムで終身的に働くことを前提に作られた仕組みであり、現在の状況にもはや即したものではありません。医療にしろ、年金にしろ、中高所得者はできるだけ自立し、政府の役割は低所得者層へのセーフティーネットに集中すべきです。
私が最も参考にすべきだと考えているカナダでは、基礎年金は税方式で、支給額は月4万5000円弱ですが、それだけでは生活できないため、他の所得がない人には生活保護が上乗せされる。一方で中高所得者は、基礎年金に社会保険料の支払い額に応じた所得比例年金が上乗せされる。それは、日本でいう厚生年金と企業・個人年金の2つです。ただし、年収500万円程度を超えると、基礎年金は年金特別課税で少しずつ削られ、年収1000万円程度でゼロになります。つまり、高所得者の年金は所得比例年金だけで、基礎年金はない。しかも、カナダの厚生年金は、日本のそれよりも小さく、企業・個人年金による自助努力が求められる。これこそ、効率性と公平性を考えた制度だと思います。
次のページ>> 「基礎年金」は年金制度ではなく「財政調整」の仕組み
実はカナダの高齢者の貧困率はスウェーデンよりも低く、高齢化率と人口の差を調整してもカナダの公私を合わせた年金支出額は日本より小さいです。日本の貧困率はOECDでも高いグループに属します。つまり、小さい支出でパフォーマンスが高いのが、カナダの年金制度です。それは、公私の役割分担が明確だからです。
医療も多くの国で年金同様、2階建ての仕組みになっています。オーストラリアやカナダでは、医療は基本的に国営サービスで、所得にかかわらず治療が受けられますが、急でない場合は待たなければならないため、中高所得者はプライベートな保険(非営利など)に入るという仕組みになっています。医療も年金も、すべて公的な仕組みで行うのは無理。今の仕組みのまま増税しても、若い人は負担だけ増えて、必ずしもセーフティーネットが充実するとは限りません。貧しい現役世代から豊かな高齢者に所得移転がなされているからです。
――日本の社会保障制度は非常に複雑なため、そもそも一体改革といっても、是非の判断ができません。
社会保障税一体改革を説明する政府のパンフレットを見ると、「みんなが収入等に応じて保険料を負担」、「すべての人を対象とする国民皆保険・皆年金の達成」という説明が書かれていますが、これはほんとうでしょうか。基礎年金の保険料の仕組みを説明しましたが、とても収入に応じているとは言えません。「国民皆年金」は、英語では、universal pensionと言いますが、これを導入しているカナダやオーストラリアでは、財源は必然的に税金です。他方、社会保険を中心とするアメリカやドイツでは、「国民皆年金」など追求していません。どこの国でも、保険料を払えない者が存在するため、社会保険では皆年金にならないことは自明だからです。
1985年に導入された「基礎年金」は、年金制度ではなく、国民年金の財政を助けるために、厚生年金等から財源をもってくる「財政調整」の仕組みです。財政調整自体は悪いことではありませんが、負担が公平ではありません。専業主婦は保険料を負担しないが、働く女性や自営業者の妻は保険料を負担するので不公平だという議論がありますが、これは、国民年金と厚生年金という全く異なる制度を一緒にして財政調整する制度にしたことに、本質的な問題があります。違う制度であれば、不公平もしょうがないと言えるのでしょうが、同じ制度で不公平があるというのでは納得できないのは当たり前です。今回の一体改革では、こうした問題はほとんど明らかにされていません。
社会保障の改革は損得勘定になるため、合意を得ることは容易ではありません。だからこそ、最初に、事実を国民の前に明らかにし、現状の何が問題なのかを国民の間で議論するべきです。一体改革が不十分だと思う最大の理由は、事実が十分に明らかにされていないことなのです。
次のページ>> スウェーデンは今のギリシャのような状況に陥り厳しい改革を団交
霞が関は大宴会モード
破綻しなければ財政改革は前進せず
――プロセスを経ないままに増税すれば、日本はどんな状況になるでしょうか。
消費税増税によって一時は赤字が減少するかもしれないが、高齢化の進行とともに医療・年金の支給額が増えていくので、財政改善効果は数年で剥がれてしまうのではないでしょうか。また、財政支出に関する改革は、新幹線や八ツ場ダムの建設が予算化されていることからも分かるように、後退しています。今霞が関で聞くことは、震災にかかる予算であればほぼ認められることで、歳出削減への熱意は後退しているといえます。
――先ほど、改革は半歩前進だとおっしゃっていましたが、これからはどう改革は進んでいくでしょうか。
悲観的な話になりますが、残念ながら社会保障制度や財政が破綻しないと根本的な改革は難しいと考えています。
スウェーデンでは、保険料を固定する年金制度を90年代に導入しましたが、もちろん簡単に導入できたわけではありません。スウェーデンは、90年代の前半に不動産バブルが弾けて、金融機関が倒れ、3年連続マイナス成長、財政赤字はGDP比12%にまでなり、国債の金利も上昇。今のギリシャのように危機的状況になったわけです。国内大手銀行すら国債購入を見送り、年金や財政が危機的状況になったときに、ようやく抜本的な改革に向けた議論が始まりました。そして、4年間でGDPの8%の財政赤字を削減しました。子ども手当などをカットしたため、出生率も落ちてしまいましたが、それほど厳しい改革をやらざるをえなかったのです。
日本に限らず、結局お尻に火がつかない限り抜本的な改革はできないと思っています。ただし、スウェーデンのような改革ができるかは、政府のガバナンスに関わるので、どの国でもできるとは限りません。コンセンサスがとれない今の日本の状況では難しいかもしれません。スウェーデンやカナダなど改革が実現できた国には、何よりも、国民、政治家、マスメディアなどの間で危機感の共有がありました。
政権交代は、今まで行ってきたことを見直すチャンスでした。国民は、民主党がマニュフェストで書いていたように、政策の決定方法やプロセスを大きく変えることを待ち望み、それこそが政権交代に期待したものでした。民主党は、まずは、年金・医療、エネルギーにしろ、あらゆる制度・政策をレビューすることから政権運営を始めるべきだったでしょう。
もともと民主党は、「鼻血が出なくなるまで無駄を削る」と言っていました。この2年半の間に、鼻血が出なくなるまで努力をしたことを国民に説明できれば、増税に対する国民の理解も進んだのではないでしょうか。今からでも遅くはないので、決意だけではなく、成果を示してほしいと思います。我々は、選挙権を持たない子どもたちに対して、重い責任を負っていることを忘れてはなりません。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。