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日本に上陸しつつある「エートス・プロジェクト」とは何か/ミッシェル・フェルネックス
***ミシェル・フェルネックス***
スイス、バーゼル大学教授のミシェル・フェルネックス博士は、
WHO(世界保健機関)のIAEA(国際原子力機関)からの独立を求める Independant WHO (Pour l'indépendance de l'OMS)、
またIPPNW(核戦争防止国際医師会議)のメンバーでもあります。
フェルネックス医師:
私が、多少、動向を見ていたエートス・プロジェクトについて、あなたは触れられましたが、どのような結末が知っています。
ベルラド研究所の類似の計画が提案された同じ時期に、このプロジェクトが出されたのは明らかで、しかし、組織として圧力をかけ、欧州をエートス・プロジェクトに従わせたのは、CEPNで、私ども「チェルノブイリ/ベラルーシの子供たち」と同じNGOで、このNGOが欧州に対してエートス計画を擁護したのです。
このCEPNは、社会的に有利な立場に立っているEDF(フランスの電力会社)、CEA(フランス原子力庁)に、AREVA(アレヴァ社)が合流し、私たちに比べれば巨大な組織によって設立され、エートス計画を欧州連合に承認させ、融資を受けました。
ベルラド計画は見捨てられたのです。
彼らは政治的手段を持っていますよ。おわかりでしょう。
彼らには、お金など必要ないだろうと思っていたのですが、お金をものすごく使い、人材派遣した先方の多くの大学に財政援助を行って、私はびっくりしました。
で、彼らいったい、現地で何をしたのでしょう。
汚染地区で、どう生活するかを人々に教えたのです。
たとえば、森から取ってきた薪を燃やして料理に使う所では、残った灰は全放射性核種を含むので、以後、サラダ菜の畑に撒いてはダメ。サラダ菜は、年々、汚染度が強くなってしまうと教えました。
あの道は、通ってはいけない、放射能の量が多いから、というふうにみんなに忠告を与えました。
さらに、人を快適にさせる社会的役割を果たしました。
著名な農学教授を呼んできて、どんな時期に、どんな肥料を撒いたらいいか、畑をする人に説明させました。
確かに、その方法でやっていれば、ジャガイモに含まれる放射能の量は、市場に出すことを禁止されている濃度から、認可された範囲内の濃度に変わります。
それは、汚染がない、ということではなく、規制値の上で、市場に出荷ができる濃度のことです。
人々はジャガイモを売れるので満足していました。
一方、福島の農家の人たちは、自作のおコメの汚染度が高いので、誰も買わず、自分たちが食べる以外にない。
汚染されすきたのです。
その事業の6年後に、彼らは総括しました。
私は(6年の成果を報告する発表会に)招かれて、それは立派に準備されて、みな満足しているようでした。
一人ひとりが発表し、巨大なスクリーンに、コンピュータの画像が整然と、完璧に映し出されました。
二ヶ国語で行われましたから、誰もが理解できたはずです。
そして、最後の発表者は女性でした。
地域の子供を診ている小児科医でした。
彼女は、コンピュータも映像も使わず手書きでグラフの曲線を描いたのです。
いろいろなことを説明していました。
私は、彼女の発表を聞きましたが、たとえば、過去6年間の間に悪くなり始めた健康事情が、徐々に、さらに非常に悪くなっている上昇カーブの中にいたのです。
チェルノブイリ後、何年か安定した年があり、87〜88年頃までは、悪化状態に変化がなかったのが、その後、悪化し始め、どんどん悪くなって来ている。
エートスのチームがやって来たときには、少なくとも、これからは安定期に入るだろうと期待しましたが、安定期は来なかったのです。
あらゆる病気、出生時の子供の病気の悪化を示す曲線が上昇するばかりでした。
果たして、この計画のどこがよかったのでしよう。
最後に発表したこの女医は、入院患者数を示した表を見せましたが、86〜87年頃に、あるレベルに達していたのですが、エートスがやって来てから、それが上昇し続け、重症入院患者数は、チェルノブイリ直後に比べ10倍にもなりました。
患者数が減った時期など一度もありませんでした。
エートスが発表した報告を見ましたが、健康問題について、今後も研究を続ける必要がある、というものでした。
ところで、6年後にエートスが引き揚げた後、どうなるのか研究しようとしたベルラドの人たちがいます。
援助を願い出たとき、エートスは、そのお金はもうない、と答えたのです。
インタビュアー:
で、このエートス・プロジェクトは、ジャック・ロシャール氏ともども、日本に上陸してくるわけです。
フェルネックス医師:
もし、ロシャール氏が、指揮を執るのだとしたら−前の計画の指揮を執ったのも彼です。その上、過去数年の間に彼はCEPNの会長であり、キャリアを立派に積んできましたから、以前よりさらに権威ある人となり、また何年か後に新たに放射能問題に携わるでしょう。
今年はジャガイモではなく、多分、お米でしょうが。
もし私が誤解していなければ、プロジェクト後も、福島では重症入院患者数は増加し続けるでしょう。
これが彼が提案する計画案であるとするなら、いずれにせよ彼が実現した案は、健康被害の最悪のもので、たとえ、それが料理の成功であっても、どの部分か知りませんが、ある意味で成功もあったのでしょう。皆が満足している様子でした。
誰の誰だか知りませんが、(ベラルーシで行われたエートス計画において、エートスに協力する地元民)住民が少々いましたよ。
ともかく、その小児科医は、健康のパラメータがすべてとめどなく悪化し続けていることを示してくれたのです。
放射能災害後の健康の悪化は、新生児以外は、先ほど述べましたように、ある期間が経ってからです。
福島では、3、4年後に病気が増え始め、その後、急上昇することになるでしょう。
そしてもし、エートスに、この問題に取り組ませても、彼らが立ち去るちょうどそのときに、増加率はとても高くなるでしょう。
彼らが、また研究を続けるためのお金は、「もはやない」と言わないように望んでいます。
私にとって、大切に思えるのは、将来がどうなるかを認識することです。
copy fom ( http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1498.html )
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