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2013年1月10日 井部正之 [ジャーナリスト] :ダイヤモンド・オンライン
各地で根強い反対が続く震災がれきの広域処理。これをめぐって市民が独自に調査を実施した。震災がれきの処理によって放射能が拡散している可能性を示す調査結果はどのようなものなのか。
■広域処理で放射能拡散か
東日本大震災で発生した震災がれきの処理で、政府は全国に運んで処理する「広域処理」を推進してきた。だが、その受け入れをめぐっては、放射能汚染の問題から反対も根強い。
健康被害や放射能拡散の懸念などを理由に反対する住民に対し、国や自治体は「安全」「影響はない」と反論し、いくつかの自治体で広域処理が強行されてきた。
広域処理が始まっている自治体の1つ、静岡市で市民が独自に調査したところ、震災がれきの処理によって放射能汚染が増加している可能性があることが分かったという。
調査したのは静岡県の市民団体「セーブ・ジャパン・ネットワーク」。調査は大気中を漂って地上に降ってくる粉じんやばいじんを容器で集める「降下ばいじん法」で実施した。これは大気汚染調査によく使われるもので、国でも採用している方式だ。
具体的にはプラスチックの衣装ケース(40センチ×74センチ)にろ紙を敷きつめ、ろ紙が浸るくらいの純水を入れる。これを測定する場所に一定期間置いておくことで、この中に降り積もったばいじんを雨水などと含めて採取する。その後ケース内の水を乾燥させてろ紙を回収し、放射性物質の種類や量を調べることができる「ゲルマニウム半導体検出器」で精密分析するというものだ。
調査は2012年6月13日から15日の静岡市による岩手県大槌町の震災がれきの試験焼却に合わせて実施した。試験焼却前日の12日夕方に、沼上清掃工場の南側を中心に試料採取用の衣装ケースを計15ヵ所設置し、試験後の17日夕方に回収した。
12月上旬にそのうち4ヵ所の試料を名古屋大学名誉教授の古川路明氏を通じて専門機関で分析してもらったところ、下表に示したとおり、最大で1平方メートルあたり0.4ベクレルの放射性セシウム137を検出した。
国が実施している同様の調査によれば、静岡市の採取場所で6月の1ヵ月間に放射性セシウム137が1平方メートルあたり0.54ベクレルだった。つまり、試験焼却時の3日間(設置から回収までだと計5日間)だけで、1ヵ月分の7割以上の放射性セシウム137が降り積もった計算になる。
「セーブ・ジャパン・ネットワーク」代表の森田悠馬氏は「環境省のいう『バグフィルター(焼却炉の排ガス処理工程に設置される集じん装置)で99.9%の放射性物質が捕れている』との確証を得るために調査してみたのですが、たった3日間でこれだけの放射性物質を捕捉したことは予想外でした。国のデータと比べても、試験焼却でかなりの量(の放射性物質)が漏れたといえるのではないか」と指摘する。
4ヵ所の測定地点のうち、放射性セシウム137の降下量が多かったのは焼却施設の南西2キロほどの測定地点2と南南西3キロほどの測定地点4で、それぞれ1平方メートルあたり0.39ベクレル、0.4ベクレルを検出した。それに対し、焼却施設の南東1.5キロほどの測定地点1と北北東1.5キロほどの測定地点3では、同0.12ベクレル、0.24ベクレルと低めだ。
試験焼却時は北東や北北東の風が多く、風上側となる測定地点1と3に比べ、風下にあたる測定地点2と4で高めの数値が出ている。
また測定に使用した衣装ケースは1が平屋建ての屋根上、2が住居3階のベランダ、3と4が1メートル程度の高さに設置されており、いずれも地上の放射性物質が風で再飛散するといった影響はかなり抑えられているとみられる。
「汚染源として可能性があるのは(試験焼却をした)焼却施設しかない。風下側が高くなったことも試験焼却の影響の可能性が高いと思います」と森田氏は語る。
測定地点2と4は1キロ以上離れているが、いずれも1平方メートル当たり0.4ベクレル近い。この水準でこの地域が汚染されたと想定して、1平方キロメートルあたりの放射能量を試算すると、40万ベクレルに達するという。
「微量などでは決してなく、とても無視できる量ではありません」(森田氏)
■物質収支でも流出を示唆か
焼却炉からの放射性物質の漏えいを示す裏付けがもう一つあるという。
それは試験焼却時の物質収支である。今回市民による調査でおもに検出された放射性セシウム137のみで試算する。
静岡市などの資料によれば、試験焼却では市内の一般ゴミに大槌町の木くずを1割程度混ぜておこなった。このとき焼却炉に投入された放射性セシウム137の総量は単純計算すると129万ベクレルとなる。内訳は、一般ゴミのセシウム137は1キロあたり4ベクレルで270トンだったので放射能量108万ベクレル。また大槌町の木くずのセシウム137含有量が1キログラムあたり7ベクレルで30トンあり、21万ベクレル。試験焼却によって放射性セシウム137は市内のゴミに対しておよそ2割増となった計算になる。
では、試験焼却後にそれがどうなったのか。排ガス側に流れる飛灰にはセシウム137が1キロあたり96ベクレル含まれていた。これが9トン捕集されたというから、86万4000ベクレル。炉の下に落ちる焼却灰は同21ベクレルで32トンであり、67万2000ベクレル。これらを合わせると計153万6000ベクレルとなり、投入量より多くなってしまう。これは測定した濃度にムラがあるためだ。
とりあえずそのまま試算を進める。静岡市は試験焼却は最初の2日間で、最後1日は焼却灰を約1500度の高温で溶かす「溶融処理」の試験をしている。その結果、排出される、焼却灰が高温でガラス状に固まった溶融スラグは定量下限未満(定量下限値は1キロあたり8ベクレル)で、18.33トン。
仮に定量下限値で試算すると14万6640ベクレル。溶融飛灰が1キロあたり160ベクレルで1.38トンなので、19万3200ベクレル。金属が固まった溶融メタルが定量下限未満(1キロあたり4ベクレル)、1.87トンで同7480ベクレル。溶融不適物も定量下限未満(1キロあたり6ベクレル)、3.18トンで同1万9080ベクレル。これらを合わせると計36万6400ベクレル。
焼却炉に投入したセシウム137の総量129万ベクレルと比較すると、90万ベクレル以上が行方不明となっている。
同ネットワークの野田隆宏氏(仮名)は今回の試算から「焼却温度が800度程度のストーカ炉ではあまりセシウムが減っていなくて、1500度の灰溶融でいきなり100万ベクレルくらい減った。これは灰溶融の高温で塩化セシウムが揮発したためではないか」と指摘する。
野田氏は以前に静岡県島田市での試験焼却時に物質収支に加え、集じん装置の入口濃度と出口で捕集された溶融飛灰の放射能量から除去率を推計し、2012年3月の環境省交渉で「物質収支から算出されたセシウム137の除去率は65%で、排ガスの分析から算出された除去率は53〜62%。バグフィルターによる除去率は60%程度であり、約4割が外部に漏れている可能性がある」と発表した。このときの経験をふまえて、こうも話す。
「島田市も高温溶融炉を採用していた。高温による処理のほうが放射性セシウムがバグフィルター(などのろ過式集じん機)を抜けて外部に流出しやすいのではないか」
■行政は調べずに「安全」主張
静岡市は昨年10月以降、本格受け入れを開始し、12月までに700トンを処理したという。
同市廃棄物政策課によれば、「もともと飛灰も溶融できるとの触れ込みだったのですが、竣工後にどうも調子が悪かった。原因を調べてみると、飛灰が舞い上がって溶融されず、そのまま煙道に入ってしまい、煙道を閉そくするなどの問題が生じたため、飛灰はいっさい溶融していません」と説明する。
焼却灰のみの放射能量でも67万2000ベクレル。溶融後に回収できているものは36万6400ベクレルだから、いまだ半分近い、30万ベクレル以上が不足する計算だ。
こうした一連の指摘について聞いたところ、同課の担当者は「バグフィルターでほぼ100%捕捉できるので安全である。一応それで大丈夫だと判断している。総量の話は我々としては考えてない。通常運転時の静岡市のゴミと変わらないというスタンスです。市民による調査結果については、見ていないのでコメントを差し控えさせていただきます」と回答した。
環境省はのちに「島田市の試験焼却データに関する見解について」との文書を公表し、野田氏の推計に対して反論している。
これによれば、(1)仮定に適切ではないものが含まれている、(2)排ガスの放射性セシウム濃度は検出限界未満(ろ紙で1立方メートルあたり0.33〜0.46ベクレルが検出限界)であり、「安全性にはまったく問題ありません」、(3)環境省の調査では除去率が99.9%以上と計算されている──ことから改めて問題ないとの考えを示している。
野田氏は「前回の試算に不十分な部分もあるでしょうが、環境省の説明は根拠として十分ではない。今回のように降下ばいじんでも外に出ていることが示されたのだから、行政がきちんと調査をして検証しなくてはいけないはず。なのに焼却・溶融処理を強行していることは安全もないがしろにしているといわざるを得ない。安全ですという一点張りで何もしない行政の不作為に憤りを感じます」と語る。
前出の名古屋大学名誉教授・古川路明氏は今回の調査結果について、こう評価する。
「継続的に測定して検証する必要はあるが、試験焼却の影響でセシウム137の降下量が増えた可能性は十分ある。自治体は放射性物質が含まれているのを承知のうえで引き受けた以上、きちんと調べる責任があるはずです。静岡でこれだけ出るのだから、関東ならより大きな影響があるのではないか。焼却の影響だけでなく、通常でも降り注いでいるものがあるはずです。放射性物質は身の回りにあって良いことはありません。まずは現状をできるだけ正確に把握する必要があります」
行政側の調査結果に問題があることを示しても論理をこねくり回した反論が返ってくるか、無視される。本来なら行政の責任で実施すべき調査が放置され、市民が身銭を切って調べざるを得ない。それが震災がれきの広域処理を取り巻く現状だ。国や自治体はいい加減、現実と向き合うべきではないか。
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