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犠牲の灯り 第1部 「ちむぐりさ」 1 序章
2013年1月3日 東京新聞[1面]
大地を汚し、人々の暮らしを奪い、作業員の被ばくが続く。それでも収束がおぼつかない福島事故。これだけの犠牲を強いられてなお、ニッポンの原発ゼロへの道筋は見えない。私たちは「豊かさ」を求め原発を制御するつもりで、逆に原発に支配され、贄をささげる僕と化してはいないか。引き際の誤りが何をもたらしたのかは、あの戦争で学んだはずだ。沖縄と福島。原発の灯りが照らし出す犠牲を考える。(取材班=寺本政司、酒井和人、前口憲幸、杉藤貴浩、奥村圭吾、畦地巧輝)
◆不敗、安全「神話」の果て
師走の総選挙。東京・永田町の自民党本部に赤いバラが咲き乱れていたころ、1,500キロ離れた那覇市で蟻塚亮二(65)は少々、不安を覚えていた。
気がかりは二つ。「オキナワ」そして「フクシマ」─。
蟻塚は沖縄協同病院・心療内科の医師。臨床のかたわら、太平洋戦争の沖縄戦体験者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を研究している。
夜中に肉親の死を夢見て跳び起きたり、死体を踏んで逃げた記憶がよみがえり、足が痛み出す…。蟻塚らの調査では、戦後70年近くがすぎた今も体験者の半数近い44%が心身のストレス症状に苦しんでいるという。
米軍が上陸し、住民のほぼ4人に1人、12万人が犠牲になった沖縄。戦後も米軍基地を押しつけられ、頻発する米兵の犯罪や、新型輸送機「オスプレイ」の配備に悩まされる。蟻塚は言う。「心の傷を癒す暇がない」
◆◆
蟻塚は一昨年3月の東京電力福島第一原発事故で、福島から沖縄へ避難した被災者の心理ケアにも携わってきた。30代の女性の被災者から「胸がかきむしられる」というメールが届いたのは昨夏。関西電力大飯原発3、4号機が再稼働した直後だった。
蟻塚は不安だ。「原発がある限り、福島の人たちも苦しみ続けるんじゃないか」
自然豊かな東北の大地を汚した福島事故。最大600万平方キロメートルもの国土が「警戒区域」として区切られ、7万7,000人の住民が避難を余儀なくされた。多くは古里に戻れぬまま二度目の元旦を迎えた。
「今こそ原発を廃止するべきだ」。そう話すのは新右翼を標ぼうする「一水会」代表の木村三浩(56)だ。
木村には不思議でならない。新首相の安倍晋三は「美しい国」を欲し、尖閣諸島や竹島問題では「国土を守る」と勇ましい。その首相がなぜ原発ゼロには口をつぐむのか。「原発は美しい日本の自然や風土を穢したではないか」。人々の暮らしを奪った警戒区域は、尖閣諸島と竹島を合わせた面積の100倍に及ぶ。
「安全神話」の欺瞞が明らかになりながら、経済的な「豊かさ」を求め原発を捨てきれない。「カネこそすべてという拝金主義に支配され、原発をコントロールできると信じ込もうとしている」。木村にはそうみえる。
あの戦争で日本は「不敗神話」を信じ込んで引き際を誤り、犠牲を拡大していった。沖縄は戦後の痛みに今も苦しみ続ける。
◆◆
日本人は沖縄を犠牲にした「偽りの平和」を甘受していると指摘する沖縄大元学長の新崎盛暉(76)はこうも言う。「土地や人を犠牲にして成り立つ原発は偽りの豊かさしかもたらさない」。だから「こんどこそ日本人は引き返すべきだ」。
沖縄には「ちむぐりさ」という言葉がある。だれかの痛みをわが身のこととして深く寄り添うこと。本土に相当する言葉はない。
昨年末、福島県いわき市の菩提院。沖縄の鎮魂の踊り「エイサー」と、福島のじゃんがら念仏踊りの踊り手が、ともに舞い、太鼓とかねの音を絡み合わせた。
エイサーは、いわき出身で同院を建立した江戸時代の僧、袋中上人が沖縄に伝えた念仏踊りが起源とされる。ずっと昔から、つながっていたきずな。踊り手たちは震災2年に合わせ、ここで再び、共演するつもりだ。沖縄と福島、心ひとつ、ちむぐりさを願って。(敬称略)
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