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避難区域が再編され、居住制限区域と帰還困難区域の境界となるゲートを開ける見回り隊の人たち=福島県大熊町で2012年12月10日午前8時20分、手塚耕一郎撮影
大熊町 96%帰還困難区域に
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/6800361.html
2012年12月11日10:24 とある原発の溶融貫通(メルトスルー)
東京電力福島第1原発が立地し事故で全域が警戒区域となった福島県大熊町は10日午前0時、帰還困難区域など3区域に再編された。避難区域再編は楢葉町などに続き6例目で、全域が警戒区域の自治体では初めて。
高線量で原則立ち入りできない帰還困難区域が居住地域の96%に及び、町は一律賠償を念頭に全町民が5年間帰還しないことを宣言。地域再生の見通しが立たない中での警戒区域解除となった。【神保圭作、乾達】
◇地域再生なお見通せず
午前8時20分、町民によるパトロール組織「見回り隊」副隊長の宗像宗之(むなかた・むねゆき)さん(59)が、日中の立ち入りが可能になった居住制限区域の大川原地区へのゲートを開いた。町内の帰還困難区域や、警戒区域が解除されていない隣の富岡町に通じる道は全て柵で封鎖されている。
出入りできるゲートは2カ所だけの陸の孤島。山間の1地区も避難指示解除準備区域になったが、それ以外は立ち入り禁止のままだ。
防護服に身を包んだ隊員6人は2台の車内から一軒一軒を見て回る。瓦屋根が落ちたり、塀が崩れ落ちた民家も。年内に除染が始まるが、同地区に自宅のある宗像さんは「戻れるまで何年かかるかな」とため息をついた。
同県いわき市の借り上げ住宅で暮らす宗像さんの30代と20代の息子2人は「放射能が怖い。子どもを連れて戻りたいと思えない」「5年後に不自由のない生活を送れる確証はない」と帰還に懐疑的だ。
だが宗像さんは「先々代からの農地は捨てられない。戻りたい人が1%でもいる限り、戻る努力を若い人に示したい」と話す。
大半の町民にとって帰還は現実味に乏しい。30年間汚染土壌を保管する「中間貯蔵施設」の候補地6カ所は帰還困難区域にある。
江戸時代から続く農家で、会津若松市の仮設住宅に夫(72)らと避難する根本友子さん(65)は「再編されても帰れるとは思えない。
町がダムの底に沈んでいるのと同じ」と語る。それでも古里への愛着は強く、新しい土地に移る踏ん切りはつかない。
町関係者は再編について「帰還のためでなく、(5年分)一括で賠償を受け取るため」と言い切る。国の調査(9月時点)に町民の45%が「もう戻らない」と答え、「戻りたい」は11%、「判断できない」が41%。帰還への道筋は見えない。
(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121210-00000012-mai-soci
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「高線量で原則立ち入りできない帰還困難区域」が5年で帰還できるわけないでしょう。
セシウムだけを考えても30年で半分になるのですから。
それにしても,「地域再生の見通しが立たない中での警戒区域解除」って……。
この期に及んでもまだ事故の被害を過小評価させたいのでしょうか。
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