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「秋場龍一のねごと」ブログ
http://akiba1.blogspot.jp/2012/11/blog-post_16.html
11日「反原発・大占拠」の首都中枢は戒厳令さながらに
11日の日曜日の午後、「100万人大占拠」の反原発抗議行動に行った。
連れ合いと永田町のキャピトル東急のロビーで待ち合わせした。当日、地下鉄改札は混雑すると考え、あえてここを選んだのだ。
約束の時間になっても彼女は現れない。
あいにくぼくは携帯電話なるものを所有していない。そこでホテルの公衆電話から彼女の携帯にかけようとしたものの、どこを探しても見つからない。係員に訊くと「ございません」。
ホテルには公衆電話があるということは、もう常識ではないようだ。このホテルの利用者はすべて携帯を保持し、公衆電話など利用しないという想定で設計されたのだろう。おお、すばらしきホスピタリティ。
携帯電話の不携帯は、通信弱者の時代になったわけだ。
その係員が教えてくれた、ホテルの外に50メートルほど坂を下った日枝神社入口わきにある公衆電話を探した。一度は見つけられず通り過ぎ、「ないなあ」と引き返したとき、ひっそりと薄緑色のあいつが目に留まった。
公衆電話は身を隠すようにたたずんでいる。おもわず「あいつ」と書いたのは、その薄緑色の通信機器に懐かしさと親しみを覚えたからだ。
その公衆電話から彼女の携帯にかけると、警察が人の通行を止めていて、5分も歩けば着くはずのところを遠回りさせられていると疲れた声で話す。
結局、待ち合わせの時間から30分遅れて彼女と落ち合うことができた。
さて、まずは坂の上の官邸前に行かなくちゃ。そう思って歩きだし、日枝神社前の交差点を右折しようとしたら、警官が通せんぼする。この「総理官邸前」交差点に通じる道は歩けないというのだ。
「どこまで行かれますか?」「官邸前」「それなら……」と警官は迂回路を教えてくれる。5分で行けるところを30分以上かかるルートだ。やれやれ。
そういえば、このあたり、人がふだんとはちがってほとんど見当たらない。ふつうとはちがった雰囲気。車の往来がなく、人がいない。道の角に警官が立つ。非日常世界。
原発を動かす方は、反原発に抗議する人たちのひろがりと強い怒りを恐がっている。でないと、日比谷公園使用の不許可とか、こんな戒厳令のような治安シフトは敷かない。まあ、ほんとうの戒厳令なら、警官ではなく軍隊だろうな。
遠回りしながらも官邸前に近づくにつれ、拡声器から聞こえてくる「原発やめろ!」の声がどんどん大きくなってくる。やってる、やってる、と勇気づけられる。
坂の上まで歩き、おおきな道路に出たと思ったら、また通行止め。いったい、どれだけ大回りしたら、官邸前にたどり着けるんだろうか。
まるで迷路ゲーム。この迷路、人がいっぱいいる。
歩道には人がぎっしりで、官邸前に行けるかな。そう思って歩いていると、国会議事堂が見えてきた。その正面にある道路両脇の歩道にも人がいっぱい。
この光景を持参のビデオカメラで撮る。このブログに載せるためだ。そうしたら、同じような光景の動画がネットにたくさんあるのを後日見つけた。
自分で撮ったビデオをブログで映すことについて、編集や技術など知らないことが多く、そんな手間をかけるより、この映像を貼ったほうが超簡単。それになにより、僕が撮ったより映りがいい。
で、これをかわりに載せることにした。
11・11反原発100万人大占拠ワンカットウォーク
http://www.youtube.com/watch?v=nBiH7pN47-s&feature=youtu.be
この抗議行動の参加者数について、毎日新聞は主催者発表の「10万人」、朝日新聞は警察発表の「7千人」を出した。10万と7千では、ずいぶんイメージがちがう。
これはもうまぎれもない「政治」だ。そう主導権争い、ヘゲモニー奪取の物語。そうは意識しなくても、人はこの物語に影響を受け、人は否応なく政治の世界に駆り出されるのだ。
原発を駆動させるエネルギー源は原発の「安全神話」という物語にある。人はこの原発物語を信じたり、信じたふりをすることで、原発の存在をゆるしてきたのだ。
政治で思い出したけど、ぼくは石原慎太郎が都知事を辞め、「太陽の党」なるもので国政に出ようというのは、この間の反原発運動の高まりへの反動とみている。
ほら石原って、小説家という物語作者だよね。尖閣諸島(この島を実効支配しているのは数100頭いるヤギである!)をめぐる彼の一連の騒ぎも、この動きと同じだ。
国内危機を他国が悪いと国外へ危機感を振り向けるもの。そう排外主義というもの。ほんとうは国内に問題があるのに、その要因を外国及び外国人にある、とするもの。
人には自分の「影」を他人に「投影」する自我機能を宿している。魔女狩りね。それを石原や石原のような人たちは利用するのだ。
国内危機を他国に転化するのは、石原だけではなく、どこの国の権力者も利用する常套手段ではある。
まあ、もし「石原太陽」が輝くならば、日本の空には軍事と原発推進の暗雲がたちこめることはまちがいあるまい。これは想念上の「暗雲」ではなく、戦争と原発がリンクしたとき必然的に起こるものだ。そう、核爆発による物理的な作用によって起こる暗雲である。
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