http://www.asyura2.com/12/genpatu28/msg/403.html
Tweet |
「原発ゼロ社会」は、否応なくやってくる
古川元久・前国家戦略担当相にエネルギー政策を聞く
2012年10月30日(火) 古川 元久 、 下村 健一
政府は、今年9月、原発推進を基本とするエネルギー政策を転換し、「原発ゼロ」を目指してあらゆる政策手段を動員すると定めた「革新的エネルギー・環境戦略」を策定した。なぜ政府は政策を大転換したのか。そして、いかに「原発ゼロ社会」を実現するのか。「エネルギー環境会議」の議長として、この戦略をとりまとめた古川元久・前国家戦略担当相に、前内閣広報室審議官の下村健一氏が聞いた。
下村:先月策定された「革新的エネルギー・環境戦略」は、まず明確な方向を定め、これから中身を具体的に詰めていく段階ですが、まとめ役の「エネルギー環境会議・議長」だったお立場としては、この戦略の意義をどう評価されていますか?
古川:この「革新的エネルギー・環境戦略」では、東電福島原発事故以前の「原発推進」を基本としたエネルギー政策を180度転換し、「原発ゼロ」を目指してあらゆる政策手段を動員していくと決めました。この方針の大転換と戦略の決定は、現在、様々なご批判も頂いていますが、いつか必ず評価されるときが来ると信じています。
古川 元久(ふるかわ・もとひさ)氏
民主党衆議院議員、衆議院内閣委員長。前国家戦略担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策、科学技術政策、宇宙政策)
なぜなら、いま我々が直面している原発政策の問題は、実は、「将来、原発ゼロを目指すか否か」という問題ではなく、「否応なく、原発がゼロになる」という問題だからです。この避けることのできない「現実」を逃げずに直視することは、事故を経験した私たちの将来世代に対する「責務」です。それが、私が今回の方針の大転換を進めた最大の理由です。
今回の戦略に対しては「矛盾している」という批判がありますが、そもそも事故以前の原子力政策そのものが、大きな矛盾を抱えていたのです。
それにもかかわらず、私自身も含め、多くの人がそのことに気づいていなかったか、あるいは、気づいていても問題を深刻に考えず、解決を将来世代に先送りしてきたのです。しかし、福島原発事故で“パンドラの箱”が開いてしまった。これから、原子力政策が抱えてきた矛盾が次々と噴出してきます。もはやこれ以上、この矛盾を放置することは許されないのです。
その意味で、今回の戦略は、これまでの原子力政策が抱えてきた矛盾に満ちた「現実」を逃げずに直視し、その解決に向けて一歩を踏み出す、という「宣言」なのです。
高レベル放射性廃棄物の最終処分問題から逃げない
下村 健一(しもむら・けんいち)氏
元TBS報道キャスター。2年契約で内閣広報室審議官に在職中、福島原発事故に遭遇。10月下旬、任期満了で退官。
下村:「否応なく、原発がゼロになる」ということは、つまり、この問題が、「原発ゼロの社会を選ぶか否か」という「政策の選択の問題」ではない、ということですか?
古川:そうです。「原発ゼロ社会」は、好むと好まざるとに関わらず、避けることのできない「現実」なのです。
なぜなら、何十年も昔から「トイレ無きマンション」と批判されてきた原発は、現在においても、高レベル放射性廃棄物や使用済み燃料の最終処分の方策が見つかっていないからです。そして、この最終処分の方策が見つからないかぎり、いずれ、原発は稼働できなくなるからです。
この最終処分の方策としては、地下深くの安定な岩盤中に高レベル放射性廃棄物や使用済み燃料を埋設処分する「地層処分」という方策が、世界的に検討されてきましたが、米、英、独、仏、カナダ、いずれの先進国においても、この地層処分は実現できていません。
従って、日本においても、この「地層処分」ができない限り、いずれ原発は「ゼロ」にならざるを得ないのです。
これまでの原子力政策は、このバックエンドの問題を、「いずれ地層処分が実現できる」という楽観を前提にして、問題を先送りしてきました。しかし、この使用済み燃料の問題は、福島原発の事故で、その極めて高い危険性が明らかになり、これまでに発生した1万7000トンを含め、すでに全国の原発の貯蔵プールも満杯に近づいていることを考えるならば、私は、国家戦略担当大臣として、いまこそ、この難しい最終処分の問題から逃げず、正面から取り組むべきだと考えたのです。
下村:奇しくも、この戦略がまとまるのとほぼ同時期(今年9月11日)に、日本学術会議から、古川さんのお考えを裏打ちするような、決定的な見解が示されましたね。
古川:そうです。先日、学術会議が原子力委員会に正式に報告書を提出し、「現在の科学では、地殻変動の激しい日本において“10万年の安全”を証明することはできないため、日本で地層処分を行うことは不適切である」と明確に表明しました。そして、日本では数十年から数百年の「暫定保管」つまり「長期貯蔵」を行うべきだと提言したのです。
しかし、この「長期貯蔵」方式を採ることになれば、捨て場所の無い廃棄物を無制限に増やすことはできません。従って、発生する廃棄物の「総量規制」を行わざるを得ず、その結果、遅かれ早かれ、原発は稼働できなくなるのです。
この「現実」を直視するならば、「原発ゼロ」は明らかに、「政策の選択の問題」ではないわけです。
「原発ゼロ」へのスピードは議論の上で決定
下村:しかし実際のところ、今回の「2030年代、原発稼働ゼロ」という方針に対しては、財界などから、「原発をゼロにすると電力料金が上がり、日本経済がおかしくなる」「無責任だ」といった批判が強く出されていますね。どうお答えになりますか?
古川:経済界の方々が、そうした懸念を抱かれるお気持ちは分かりますが、私は、逆に伺いたいと思います。「では、この高レベル放射性廃棄物と使用済み燃料の最終処分を、どうすればよいとお考えなのか?」と。
この問題に対する明確な解答もなく、ただ「原発を維持せよ」と主張することは、それこそ国民に対する、特に将来世代に対する、極めて無責任な姿勢ではないでしょうか。
だから私は、「原発ゼロ社会」を実現する“スピード”については、様々な意見を持つ方との議論の中で決めていくべきとは思いますが、いずれ「原発ゼロ社会」が必ずやってくることを大前提として、「原発に依存しないでも必要なエネルギーをまかなえる社会」を一日も早く実現するために、いまから大胆な戦略の転換を行い、具体的な行動に着手することを決めたのです。
下村:いま言われた“スピード”を決めるための「様々な意見を持つ方との議論」の一つの重要なプロセスが、エネルギー政策を巡るこの夏の「国民的議論」、2030年時点で原発依存度を「0%」にするか、「15%」か「20〜25%」か、というあの大論争だったわけですね。
ただ、あの議論の中では、いま古川さんが強調された「バックエンドの問題」は、あまり明確な論点として示されなかったように思いますが。
古川:たしかに、そういうご指摘を頂くのもやむをえないかと思います。国民の皆様に「エネルギー選択肢」をお示しする際に、この「バックエンドの問題」については、ほとんどお示しすることができませんでした。
これは、この夏の「国民的議論」に先立って行われてきた、「専門的議論」、すなわち専門家や有識者が集まった議論の経緯に起因しています。
まず、エネルギー選択肢の原案を作成した総合資源エネルギー調査会の基本問題委員会では、このバックエンドの問題は議題とされていませんでした。
そして、この問題を議論していたのは原子力委員会でしたが、そこでは御存知の通り、原子力関係者による“密室議論”の問題が生じてしまい、それ以降、議論が事実上進まない状況に陥ってしまいました。
私が議長を務めるエネルギー環境会議が、国民的議論の目安として示す「選択肢」を決めるにあたっては、こうした専門家や有識者で行われた議論の結果を原案とすることになっていました。
こうした経緯から、バックエンドの問題については、大変残念ながら、選択肢の中で深く踏み込むことができなかったのです。
しかし、国民的議論において様々なご意見をうかがうと、「原発ゼロを目指すべき」と主張された方々の中には、このバックエンドの問題を理由としてあげる方も数多くいらっしゃいました。その意味では、この問題も、自然に論点の一つにはなっていたのかと思います。
「大局的な方針」への要望が強かった
下村:あの国民的議論では、「0%」、「15%」、「20〜25%」という三つのシナリオが提示されましたが、結果的には、強いてあの物差しに当てはめるならば“15%と0%の間”のような、中間案よりやや脱原発色の濃いポジションで決着しました。となると、そもそもああいう三つの選択肢を示した意味は何だったのでしょうか?
古川:今回の議論は、あの事故の前に決めたエネルギー基本計画の「2030年時点で、エネルギー構成における原発の比率を約半分にする」という方針をゼロベースで見直すことが出発点でした。それゆえ、目安となる「時点」は元の基本計画と揃え、2030年時点のエネルギー比率を示した選択肢を用意したのです。
しかし、国民的議論を総括したところ、多くの国民は「2030年時点のエネルギー比率」ではなく、原発を今後どうしていくのか、どうやってその代替エネルギーを確保するのか、といった「大局的なエネルギー政策の方針」を示して欲しいとの要望が強いことが分かりました。
そこで、戦略の最終的な取りまとめにおいては、提示した三つの選択肢から一つを選ぶという形ではなく、この国民的議論の総括に従い、今後のエネルギー政策の大きな方向性を示す形にしたのです。
下村:そして、8月下旬、この国民的議論の総括を踏まえて、「革新的エネルギー・環境戦略」の作成作業へとステップが進んでいくわけですが、その時点での古川さんの胸中は?
つまり、先ほどまでのお話を伺っていると、古川さんとしては、「否応なく原発ゼロ社会が到来する」という現実認識を踏まえて、もう少しその主旨を鮮明に打ち出したかったのではないでしょうか?
古川:こうした政策立案のプロセスにおいては、いずれ、原案提示後の調整の中で、色々な修正をしなければならなくなります。そのことは分かっていましたので、今回も戦略の原案の提示においては、私の判断で、「現時点では無理であっても、いつかは必ずやらなければならない課題」を全て挙げました。
そして、その原案を叩き台として、関係省庁と協議を行い、様々な意見が交わされ原案の修正が行われていきました。
そのプロセスにおいても、私は、原発ゼロ社会に向けた「三つの原則」と、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」の一節だけは、何があっても譲らないと、心に決めていました。
冒頭にお話しした通り、「原発ゼロ社会」は、遅かれ早かれ必ず直面する現実であり、国民的議論において強く示された「国民の切実な声」を踏まえるならば、その点を曖昧にした戦略策定は有り得ないと考えていましたので。
下村:その戦略策定に向けての意見調整は、かなり大変な作業だったでしょう。
古川:たしかに、その意見調整は、大変な作業でしたね。
なぜなら、この戦略は、これまで半世紀にわたって積み重ねられてきた原子力政策を180度転換しようというものですから、それに関わってきた方々からすれば、どのような内容であっても、すぐに納得できるというものにはなり得ません。そのことをご理解頂くのが、きわめて難しい作業でした。
もちろん、こうした意見や懸念を述べられる方々の立場も理解はできるのですが、しかし、やはりそういう方々に対して、私は再び伺いたいと思います。
それでは、この高レベル放射性廃棄物と使用済み燃料の最終処分の問題を、どうすればよいとお考えになっているのか、と。
現在の個々の利害の立場を超え、国民の立場に立ち、問題の核心を直視するならば、これこそが、最も本質的な問題なのですから。何としても、この問題に正面から取り組まなければなりません。
この問題に対する納得できる答えを国民に提示することなく、ただ原発を維持せよと主張することでは、議論は決して前に進みません。
事故後に芽生えた危機意識が薄れつつある
下村:そのようなご苦労を経てまとめられた「革新的エネルギー・環境戦略」ですが、この戦略の実現のために、政府の外に出た古川さんは、これから何をしていかれますか?
古川:昨年の東日本大震災と福島原発事故という未曾有の大災害を経験して、これから私たちは、基本的な考え方と価値観、ライフスタイルと社会文化の転換に取り組まなければなりません。私は、そのことを大前提として、今回の戦略をまとめました。
世の中の多くの人も、震災や事故の後、しばらくはそうした感覚を持っていたと思いますが、わずか二年にも満たない時の経過の中で、そうした感覚が薄れつつあることを、私は危惧しています。
しかし、被災地の方々、特に原発事故で故郷を追われた福島の方々のことを考えるならば、私たちは、3.11の体験を風化させてはならず、基本的な考え方と価値観、ライフスタイルと社会文化の転換が求められているという感覚を、決して失ってはなりません。
この戦略を推進することは、我々の中で薄れつつある感覚を取り戻すことにつながると考えています。
参加型エネルギー社会の構築に全力を尽くす
そして、冒頭にも申し上げましたが、将来の「原発ゼロ社会」は「選択」の問題ではなく、避けられない「現実」なのです。
しかし、残念ながら、今回の戦略ではこの問題について「今度こそ逃げずに正面から取り組む」ことは謳ったものの、今回の国民的議論ではこの事実について十分に論じられませんでした。
従って、私は、まずこの事実をしっかりと社会に伝えていき、国民全体でこの現実認識を共有することに力を尽くしていきたいと思います。
そして、一日も早く「原発ゼロ社会」を実現するためには、「グリーン成長戦略」でも提示した「国民参加による分散ネットワーク型の新しいエネルギー社会」を構築しなければなりません。私は、これからあらゆる機会を通じて、この社会づくりへの国民の参加を呼びかけていきたいと思います。
下村:そうした取り組みにこれから古川さんを駆り立ててゆく、原動力とは何なのでしょう?
古川:この戦略の立案の過程で、8月に、私は福島原発と避難地域を訪れました。
そこで見たのは、事故を起こした原発の廃炉に向け、過酷な環境の下で作業を強いられる人々の姿であり、人影も無く至る所に雑草が生い茂っている街の様子であり、本来なら青々とした稲が風にたなびいているはずの水田を雑草が分厚く埋め尽くしている光景でした。
こうした光景がこれからもずっと続くことを考えたとき、我々は取り返しのつかないことをしてしまったという思いに駆られました。
ロシアの詩人エセーニンの言葉に「天国はいらない、故郷が欲しい」という言葉がありますが、この言葉に象徴されるように、私は愛国心の根源は「私たちの故郷を守る」ことにあると思います。
今回の戦略は、私の「故郷を守りたい」という強い思いに沿ったものです。だからこそ、どのような立場になろうとも、この戦略の実現に向けて全力を傾ける覚悟です。
古川 元久(ふるかわ・もとひさ)氏
民主党衆議院議員、衆議院内閣委員長。前国家戦略担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策、科学技術政策、宇宙政策)
下村 健一(しもむら・けんいち)
元TBS報道キャスター。2年契約で内閣広報室審議官に在職中、福島原発事故に遭遇。10月下旬、任期満了で退官。
ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121029/238731/?ST=print
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > 原発・フッ素28掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。