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スタニスラヴさん(72歳)。「収束作業時の夢を見る事があるか?」と聞くと「女性の夢は見るけど、原発の夢は見ないよ」。茶目っ気たっぷりにウインクした。=放射能医療研究所・キエフ市。写真:田中撮影=
【チェルノブイリ報告】 リクビダートルの命削る訴え 「原発は悲劇をうむ」
http://tanakaryusaku.jp/2012/10/0005460
2012年10月28日 09:22 田中龍作ジャーナル
チェルノブイリ原発事故(1986年)が起き、60万〜80万もの人々が収束作業員として駆り出された。高い放射能により使用不可能となったロボットに変わり、人間ロボットとして働いた彼らの事を「リクビダートル」と呼ぶ。「後始末をする人」という意味だ。
平均年齢35歳。事故当時、徴兵制度があったため拒否することは出来ず、地元はもとよりソ連中から働き盛りの男たちがチェルノブイリに送り込まれた。
リクビダートルの死者数を、IAEA(国際原子力機関)は2005年「被曝が原因で死亡した可能性があるのは50人」と発表した。だがその数字を多くの専門家が否定し、実際は1万人からの死者が出ているのではないかと言われている。
死亡者の正確な人数、総被ばく量は分かっておらず、現在も多くのリクビダートルが、心臓病、高血圧、慢性疲労、慢性頭痛などの疾病に苦しんでいる。
筆者らはキエフにある放射能医療研究所の入院棟を訪れた。放射線に起因する病気の中央診療機関である。キエフ市内はもちろんのこと地方で重病と判断された人々が入院している。
建物は古く、現在も使用しているソ連時代のエレベーターは非常用の赤いライトがわずかな光を灯していた。日本の煌々と灯る照明になれ切った筆者は、仄暗さに少し不安を覚えるのだった。
通された6人用病室には3人の患者がいた。取材に慣れているのか、筆者らに特に驚いた様子もなく迎えてくれた。窓際に座って、新聞を読んでいたスタニスラヴさん(72歳)が、自分の横に座るようにと促してくれた。
キエフ生まれのスタニスラヴさんは、エンジニアだった。1986年5月4日、事故の8日後、道路建設のため、チェルノブイリに呼ばれ、9月まで作業に当たった。370ミリシーベルトもの被ばくをし、リクビダートルとして登録される。
我々が取材に訪れたときは、2週間の検査入院中だった。
「こんにちは、体の具合はどうですか?」。筆者はなんと会話を始めて良いのか分からず戸惑った。
「そうだね。足も腰も、体は全て痛いよ。神経の問題があるらしい」。淡々と語るスタニスラヴさんだったが、まるで自分の娘を見つめる様な温かい眼差しを投げかけた。
「それは放射能の影響によるものですか?」。
「そうだよ。医者もそう言っている。でも、私のおじいさんは97歳まで生きたから、楽天的に考えているよ。おじいさんは一度も病院へ行ったことがなかった」と冗談まじりに答えた。
「多くのリクビダートルが死んだ。一緒に仕事をした仲間も半数以上は死んだ。先日も59歳で亡くなった友人の葬式があった。チェルノブイリ事故は人間の悲惨そのもの。数えきれない人の命を奪っていった。事故の悲劇を思うと、とても苦しい気持ちになるよ」。スタニスラヴさんは、青く澄んだ瞳を少し潤ませながら語った。
少年たちも検査入院していた。テレビゲームに興じる彼らは、見た目は日本の健康な少年たちとなんら変わるところがない。=写真:田中撮影=
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ウクライナは基本的に医療費は無料だが、薬代は自己負担だ。しかも手術などの際には袖の下を握らせるのが通例とされている。リクビダートルや原発事故被害者も例外ではない。
しかも財政赤字により年金は、法律で定められた額の半分程度しか支払われていないそうだ。交通費や光熱費の免除があるが、年金が不十分で薬代が生活を圧迫している。
昨年12月氷点下の中、リクビダートルたちは内閣府の前でハンストを決行した。彼らの生命線である年金の削減に抗議したのである。
放射能に散々痛めつけられた彼らは、政府からも苦しめられるのか。彼らの命を削る訴えを思うと、いたたまれない。
福島の事故についてスタニスラヴさんに聞いた。「どんな原発も絶対に事故が起きないと言えない。原発によって、人々の悲劇や悲惨な出来事が生まれるんだ」。静かだが、厳しい言葉で原発を批判した。
取材が終わると、スタニスラヴさんは部屋の出口まで見送ってくれた。帰り際、担当医が「彼は前立腺ガンに侵されている」と、そっと教えてくれた。
福島原発事故収束作業でも、ロボットは使えなかった。事故直後から高線量の中、人間が作業をした。すでに2万人以上の収束作業員が働いたというが、果たして正確な数字はあるのか。
報道されたように、被曝量を低く見積もることも日常的に行われている。恐ろしい程チェルノブイリ事故と酷似している。リクビダートルの訴え。それは、人間の被曝無しには成り立たないという原子力発電の本質を問うているのではないだろうか。
《文・諏訪都》
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