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【第7回】 2012年10月25日 井部正之 [ジャーナリスト]
焼却炉のフィルターをくぐり抜ける放射能
拡大する管理なき被曝労働(1)
福島第一原発事故以降、各地にばらまかれた放射性物質によって、さまざまな労働現場が放射線被曝を強いられる事態になっているといわれる。だが、その実態はほとんど知られていない。そうした知られざる被曝労働の一端を明らかにする。
焼却炉から飛散する放射能
消音器の外観
「焼却炉にはバグフィルター(工業用集じん装置)があるから、外に焼却灰が出ていかない? そんなはずありませんよ」
9月中旬、匿名を条件に取材に応じてくれたある会社の社長は言い切った。
「これを見てください」
そう言って出した数枚の写真には、円筒状の外装にロケット状の吸音体を格納した、飛行機のジェットエンジンにも似た金属設備が写っている。
社長は続ける。
修理後の消音器
「これはサイレンサ。消音器です。焼却施設の騒音が煙突から出ていかないようにするもので、それなりの規模の焼却炉には必ずついています。消音器は電気集じん機やバグフィルターといった集じん設備の後ろ、煙突のすぐ手前に取り付けます。ですから、消音器を通る排ガスはきれいになった状態で通過するはずです。でも見てください。これがうちで修理した消音器なのですが、修理前はこれです」
修理前の消音器
社長が指さした写真はジェットエンジンの前部のような消音器の吸入口を撮影したものだ。今年になって修理したという、修理後の消音器はきれいな銀色の金属製品だが、修理前のものは全面に薄茶色の粉じん状のものがこびりついていて、まるで磁石に砂鉄をくっつけたようにこんもりとしている。
「すごいでしょう。これ、みんな焼却灰です。バグフィルターで焼却灰の99.99%が除去されていると言いますが、実際にはこういうものが外に出て行っているんです」
2011年3月の福島第一原発事故で降り注いだ放射性物質により、日本の相当な地域が汚染された。身の回りのさまざまな場所に降り積もった放射性物質は、雨水や汚水に入り込み、下水処理場に流れ込む。一方、生活の中から出るゴミにも放射性物質は紛れ込み、それらはゴミ処理施設に持ち込まれる。
そうして下水処理の残渣(ざんさ)である下水汚泥やゴミを燃やす焼却炉、さらに高温で溶かしてしまう溶融炉は放射性物質の集積地点となった。こうした社会インフラに放射性物質が移動することは、普段の生活の場から放射性物質が排除されるため、住民にとってありがたい話だ。
ところが、前出の社長の証言からも分かるように、焼却処理や溶融処理で出た焼却灰は、バグフィルターをすり抜け、私たちの生活空間へ再び舞い戻ってくる。それは、焼却灰に含まれている放射性物質の一部が、その地域に拡散するということだ。
環境省の欺瞞
昨年5月以降、汚染地域の下水汚泥の焼却施設やゴミ焼却施設の焼却灰から放射性セシウムなどが高濃度に検出される事例が相次いだこともあって、下水・ゴミ焼却炉による放射性物質の再飛散が問題になってきた。
昨秋以降、岩手・宮城の被災地の震災がれきを全国で広域的に処理する方針を政府が強く推し進めるようになって、各地で反対の声が上がった。「放射能汚染が拡散するのではないか」「被曝が増えるのではないか」と、その安全性に疑問の声が上がっている。
とくに震災がれきの量が大幅に減って、広域処理の必然性が少なくなってきたにもかかわらず、強引に広域処理を進める行政の姿勢に北九州市や大阪市、静岡市などで反対運動が続いている。
こうした住民の疑問に対する行政側の反論が、冒頭のバグフィルターや電気集じん機といった排ガス処理設備の有効性だ。
ゴミを焼却して出る有害な焼却灰は、ほとんど炉の下に落ちる主灰だが、一部は排ガスとともに飛んでいく。排ガスといっしょに流れていく焼却灰を飛灰という。飛灰は主灰に比べても、ダイオキシンや重金属が濃縮されており、より有害性が高い。下水汚泥の場合は、「流動床式」という焼却炉を採用しており、炉の構造上、ほぼすべての焼却灰が排ガス側に流れていく。飛灰も主灰も混ざった状態といってよい。
では、現在問題になっている放射性セシウム134と同137はどうか。セシウムは沸点が671℃のため、放射性セシウムの一部も気化したり、液体となって排ガスとともに流れていくことになる。これを焼却炉の外に出さないよう、バグフィルターや電気集じん機といった集じん設備が取り付けられている。これによって排ガス中の焼却灰や飛灰を除去する。
昨年6月以降、環境省は「バグフィルターで99.9%の放射性セシウムを除去できる」と説明してきた。8月以降はバグフィルターでの除去後の排ガスの放射性物質や他の有害物質の測定結果がほとんど「不検出」だったことから、「周辺環境への影響はない」と断言した。
同11月にはこれが「99.99%」とさらに高性能との説明になった。広域処理や汚染地域での焼却処理の安全性をめぐる議論がいまも続いているわけだが、放射性セシウムを含む焼却灰が外に出ているのか、それがどの程度かという、集じん設備の有効性が焦点の一つとなっている。
すでに述べたように消音器は、バグフィルターや電気集じん機といった焼却炉の排ガス処理設備よりもさらに後、煙突の直近に取り付けられる。つまりバグフィルターなどできれいになったはずの排ガスだけがそこを通る建前だ。
消音器の修理を手がけるこの会社社長は、冒頭で示したように、そんな議論を現場の感覚で一蹴した。そしてこうも話すのである。
「消音器にくっついているのはほんの一部のはずです。排ガスが流れると消音器に静電気が発生する。それでごく一部がへばりついているだけなんです。消音器の内部に溜まっているのは排ガスとして煙突から放出しているほんの一部で、大部分は大気中に放出しているのです。放射能が外に出ているってことですよ」
この会社が今年修理した消音器は下水汚泥の焼却施設に設置されていたものだ。会社が特定されてしまう可能性があるため詳細を明かせないのだが、東日本の放射能汚染がそれなりにある地域で、下水汚泥焼却灰の放射性セシウム濃度は1キロあたり数千ベクレル単位である。決して少ないものではない。
この社長はゴミ焼却炉の煙道に消音器のメンテナンスで入ったこともあり、その経験からこう語る。
「消音器の内部や煙突手前の煙道に焼却灰が10キロは溜まっています。新設の焼却炉でも1年でこうなるんです。そこから考えると、煙突から放出している焼却灰は実際にはその何十倍にもなると思います」
知らされぬ放射能汚染
すでに述べたように、この会社が今年になって修理した消音器は原発事故後少なくとも9ヵ月は焼却炉に設置されていた。その焼却炉の焼却灰からは事故からいまに至るまでつねに1キログラムあたり数千ベクレル単位で放射性セシウムが検出されている以上、消音器にもそうした汚染灰が付着していたり、積もっていただろうことはまず間違いない。その修理では直接消音器に触れて作業することになる以上、放射性物質による外部被曝のみならず、内部被曝の可能性も高い。
ところが、そうした可能性を指摘すると、社長は「えっ」と絶句した。そして、しばらくしてこう言った。
「考えたこともありませんでした。灰に何が含まれているかを自治体や元請けから知らされたことは一度もないんです」
それは昨年の福島第一原発事故以降も変わっておらず、明らかに放射能汚染があるはずの今年の受注でも同じだというのには驚かされる。
「作業の時はマスクをしてます」と社長が言うので、防じんマスクはしていたのなら安心だと思ったら、違った。
「風邪の時つける普通のマスクです」
このように、本来必要な曝露防止措置もしていなかった。当然、被曝量の管理など思いもよらないことだ。
すでに紹介したように、社長は排ガスとして出ていく放射能のことを口にしていた。消音器に残された焼却灰にも当然それが含まれることは想像がつくはずだ。だとすれば、ある程度の知識はあったのではないか。そうした疑問を口にすると、社長はこう答えた。
「厚さ6ミリの耐腐食性がもっとも高いステンレスに2年で穴が開いてこうなっちゃうんですよ。絶対普通じゃないとは思っていた。表面は鉄が腐食しているような、何十年もたってさびているような状態。そこについているさびみたいなものを触ったら表面は固いんですが、ぼろっと崩れて、中はサラサラ。すごい細かいパウダー状なんです。これはバグフィルターとかを通過してきたものだよね、とは思っていた。そのほこりをすくってみたら重いんです。それで重金属じゃないかと思った。今だったら、それに放射性物質も含まれているんじゃないかということくらいは、なんとなく感じていた。でも元請けからも何もいってこないので具体的には何も知りませんでした」
この会社が今年請け負った、消音器が設置されていた焼却施設の下水汚泥焼却灰の放射能濃度についても、むろん社長は知らなかった。
原発事故のことは知っていても、それがどのように自分の仕事に影響を及ぼしているかを知ることは容易ではない。今回のように測定データが明確にある場合ですら、情報を握っている発注側がそれを知らせない。そんな異常な状態が許されている。
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