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週のはじめに考える 「沈黙の春」と原子力
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012102102000148.html
2012年10月21日 東京新聞社説
先日、農協が原発と農業は共存できないと宣言しました。それは農業に限らないでしょう。私たちは自然なくして生きられず、共に暮らしているのです。
自然環境について言えば、今年は、あのアメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を出版してからちょうど五十年になります。
その本は述べます。…食料増産の中で農薬が大量に使われ、鳥や虫などが死に、春は黙りこくってしまった、と。
◆巻き起こった大論争
誤解のないように説明をしますと、彼女は農薬一切の使用禁止を言ったのではありません。その毒性、生命体に対する極めて強い影響力について、農民、国民によく知らせないまま使わせているのはおかしい、と言ったのです。
アメリカでは大論争を巻き起こしました。農薬散布を勧めていた政府や、農薬を製造する化学工業界などが強い圧力をかけました。同調する学者もいました。「殺虫剤の使用をやめたら害虫の支配する暗黒の時代がやってくる」と。
当時のケネディ大統領は、大統領科学諮問委員会に農業委員会を特に設け調べると約束しました。その調査の結果、委員会は、カーソンの告発が出るまで、国民は農薬の毒性を知らされていないことが明確になった、と報告したのです。
悪い情報も開示せよ、と求めたのです。よい効能ばかりを聞かされてきたアメリカ国民は、やっと危険性を知らされるわけです。
半世紀も前のことですが、それが今の原発問題と、何と似ていることか、また似ていないことか。
似ているのは、国民が危険性をよく知らされなかったこと。それが政府や業界、御用学者らによっておそらくは覆い隠されてきたこと。似ていないこととは、悪い情報の開示が日本ではなお不十分だと思われることです。
◆国を内から滅ぼすもの
国が運転の許認可をしている以上、国民にはその良い面と悪い面を知る権利があります。
また、政府が十分だと見なしても、国民の大方が不十分と考えれば、それは十分ではないのです。政治家は説明責任という言葉をよく口にしますが、軽々に使われては困ります。それは悪い情報も開示した上で、論理的に相手に通じなければなりません。
カーソンに話を戻せば、「沈黙の春」出版のずっと前、一九五三年八月、彼女の投書がリーダーズ・ダイジェストに載りました。
訴えはこうでした。
「…自然界の真の富は、土壌、水、森林、鉱物、野生生物等、この大地の恵みの中にあります。将来の世代のためにこれらを確実に保存しなければならず、利用するには、広範囲の調査に基づく緻密な計画を立てねばならない。これらのものの管理は政治の問題とは全くちがったものなのです」(ポール・ブルックス著「レイチェル・カーソン」新潮社より)
それは工業化社会へ急速に向かうアメリカ、また世界への警告でした。
投書は、また彼女の元上司を解雇する非を指摘します。
当時の大統領は、共和党に担ぎ出されたアイゼンハワー。彼は防衛産業に強くGM社長のウィルソンを国防長官に、国際派の弁護士ダレスを国務長官に任命するなど財界、民間人を登用(この時期に軍産複合体制が確立)。
その中でクビを切られたのが、キャリア三十五年、人望篤(あつ)く公共の自然の収奪に断固反対してきた魚類野生生物局長アルバート・デイ氏。クビを切ったのはビジネス界から来た内務長官。
投書はこう結ばれていました。
「自然保護の問題は国家の死活にかかわります。政治(政略)的考えの行政官は資源の乱用と破壊の暗黒時代に引き戻す。国防に熱心な一方、内側から国を滅ぼすものに無関心ではいられない」
内側から国を滅ぼすとは、何と厳しい警告でしょう。しかし彼女の学者としての真剣さがそう言わせるのです。
◆告発から半世紀を経て
同じように、福島原発事故を経験、また見聞した農業従事者らは思わざるをえないでしょう。都市生活者が恐れるべきは、その体感のなさかもしれません。農協の将来的な脱原発宣言とは、そういう意味合いを日本に与えています。
殺虫剤の代表格DDTは大多数の国で使用禁止になりました。他方、原発事故で降る放射性物質は自然をひどく、かつ長く汚染し、核のごみは半永久的に残ります。
「沈黙の春」の告発から半世紀。その教示を、私たちはずいぶん学んできましたが、まだ学びきれていないものもあります。それは核のもたらす汚染であり、カーソンなら国を内側から滅ぼすもの、というかもしれません。
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