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「原発ゼロ社会」は選択の問題ではない。不可避の現実である
9・11学術会議報告書の衝撃
2012年10月12日(金) 田坂 広志
(前回から読む)
筆者は、東京電力福島第1原子力発電所の事故を受け、内閣官房参与として2011年3月29日から9月2日まで、官邸において事故対策に取り組んだ。そこで、原発事故の想像を超えた深刻さと原子力行政の無力とも呼ぶべき現実を目の当たりにし、真の原発危機はこれから始まるとの思いを強くする。これから我が国がいかなる危機に直面するか、その危機に対して政府はどう処するべきか、この連載では田坂広志氏がインタビューに答える形で読者の疑問に答えていく。シリーズの8回目。
政府も財界も気づかない最大の「アキレス腱」
民主党政権が「革新的エネルギー・環境戦略」において表明した「原発ゼロ社会をめざす」という方針に対し、財界からは「原発は、コストの安い電源だ。安全性を確認して稼働し、存続させるべきだ」「原発を稼働しないと、日本経済が破綻する」「核燃料サイクルを放棄すると、日米関係がおかしくなる」といった強い批判が起こっていますが、この問題を田坂さんは、どう考えるでしょうか?
田坂:財界の方々が、エネルギーコストの問題や、日本経済の問題、さらには、日米関係の問題を考え、こうした懸念を表明される気持ちは分かるのですが、財界を始めとする原発維持を主張する方々が、いま、見落としてしまっている極めて重要な問題があるのです。
何でしょうか?
田坂:「原発ゼロ社会」というのは、「政策的な選択」の問題ではなく、「不可避の現実」だという問題です。
いま、政府、財界、メディアを含めて、「日本という国は、原発ゼロ社会をめざすべきか否か」という論調で、あたかも、「原発ゼロ社会」というものが「それを選ぶか、否か」という「政策的な選択」の問題だと思い込んでいるのですが、実は、「原発ゼロ社会」とは、好むと好まざるとに関わらず、否応なくやってくる「不可避の現実」なのです。
残念ながら、いま、政府も財界もメディアも、その一点を完全に誤解して議論をしています。
なぜ、「原発ゼロ社会」が「不可避の現実」なのでしょうか?
田坂:原子力発電と核燃料サイクルが抱えてきた最も致命的な「アキレス腱」が切れてしまったからです。
「最も致命的なアキレス腱」とは?
田坂:高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の「最終処分」の問題です。
この最終処分の問題は、昔から「トイレ無きマンション」という言葉で、原発推進に反対する方々から批判されてきた問題です。要するに、原子力発電と核燃料サイクルから発生する「ゴミ」を安全に捨てる方法が確立されないかぎり、いずれ、原発は稼働できなくなる、という問題です。
世界が壁に突き当たる高レベル廃棄物の最終処分
田坂さんは、その「高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分」の専門家でもありますね?
田坂:ええ、私は、40年前に「原子力」というものに人類の将来のエネルギー源としての夢を抱き、原子力工学科に進み、原子力工学で学位を得た人間です。そして、その博士論文のテーマは、まさに、この「高レベル放射性廃棄物を、どのようにすれば安全に処分できるか」というテーマでした。
そして、この問題の解決策を見出すために、1987年には、米国のパシフィックノースウェスト国立研究所の客員研究員になり、米国の高レベル放射性廃棄物最終処分プロジェクトである「ユッカ・マウンテン・プロジェクト」にメンバーとして参加したのです。
それらの努力は、すべて、原子力発電と核燃料サイクルの抱える「最も致命的なアキレス腱」の問題を解決し、原発推進に懸念を表明される方々の「トイレなきマンション」の批判に応えるためでした。
すなわち、それは、原子力発電と核燃料サイクルの「アキレス腱」を「切らない」ための努力であったわけですね。
田坂:そうです。その努力とは、この日本において高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を安全に最終処分する方法を見出すことであり、具体的には、地下深くの安定な岩盤中に廃棄物を埋設する「地層処分」という方法を実現することでした。
そのために、私は、大学や国際研究機関での研究者として、さらには、民間企業での技術者として、この「高レベル放射性廃棄物の最終処分の問題」に、20年間、取り組んできたのです。
学術会議報告書の持つ「深刻な意味」
では、なぜ、田坂さんは、その「最も致命的なアキレス腱」が「切れてしまった」と言われるのですか?
田坂:日本で最高の学問的権威が、「日本で地層処分を実施することは不適切だ」と提言したからです。
すなわち、去る9月11日に、日本学術会議が内閣府原子力委員会に対して「高レベル放射性廃棄物の処分について」という報告書を正式に提出し、「高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料については、現時点で、十万年の安全性を保証する最終処分(地層処分)を行うことは適切ではなく、数十年から数百年の期間、暫定保管をすべきである」との提言をしたからです。
すなわち、学術会議は、「十万年の安全性が保証できないかぎり、日本で地層処分をするべきではない」と提言したわけですね?
田坂:そうです。日本でも最高の学問的権威を持つ組織が、正式にこの提言を表明したことの意味は、想像を絶する重さで、これからの原子力行政と原子力産業にのしかかってくるでしょう。
それにもかかわらず、残念ながら、政府も、財界も、メディアも、この学術会議の提言が意味するものの大きさと深刻さを、まだ理解していないようです。
「日本で地層処分をするべきではない」ということの意味する深刻な問題とは、何でしょうか?
田坂:「地層処分」ができないということは、高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を、極めて永い期間、「長期貯蔵」しなければならなくなるということです。
学術会議は、このことを「数十年から数百年の期間、暫定保管すべきである」と提言していますが、将来、地層処分の「十万年の安全性」が科学的に証明されるか、全く新たな最終処分法が開発されるまで、「暫定保管」(長期貯蔵)をしなければならないと提言しているのです。
「暫定保管」と「総量規制」がもたらす全原発停止
高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を「数十年から数百年の期間、暫定保管する」ことになると、何が問題になるのでしょうか?
田坂:学術会議は、高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料の発生量を「総量規制」しなければならなくなる、と指摘しています。
すなわち、現時点で「最終処分」の方法が無く、極めて永い期間、「長期貯蔵」をしなければならない高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料は、これ以上、無制限に発生させ続けるわけにはいかないので、その発生総量の「上限」を定め、規制しなければならなくなるのです。
たしかに、「捨て場」の無いゴミを、無制限に発生させるわけにはいかないですね。
田坂:その通りです。そして、この「総量規制」を導入せざるを得なくなった瞬間に、原発をいつまでも稼働させ続けることができなくなるのです。
そして、まさに、このただ一つの決定的な理由によって、遅かれ早かれ、好むと好まざるとにかかわらず、我々は、原発を止めざるを得なくなるのです。
政府と財界は「幻想」を抱かず、「現実」を直視すべき
しかし、財界の人々は、「原発は、コストの安い電力だ」「原発の安全性は、十分に高められる」という理由で、原発の再稼働と原発の存続を主張していますね?
田坂:私も、かつて、原発推進の立場に立っていた人間ですので、財界の方々が、そう主張する理由は分かるのですが、仮に、原発の発電コストがどれほど安かろうとも、また、絶対事故を起こさない原発が開発されようとも、この「高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の方法が無い」という、ただ一つの理由で、原発は、早晩、稼働できなくなるのです。
実際、いまでさえ、全国の原発の使用済み核燃料保管プールの満杯率は平均70%にも達しており、原発稼働に伴って膨大に発生し続ける使用済み核燃料を貯蔵する場所の確保も、極めて難しい状況になっているのです。
その現実を、今回の学術会議の提言は、極めて厳しい形で、我々に突きつけたのです。
いま、政府や財界の方々に求められているのは、この厳しい現実を直視し、「日本では地層処分はできない」という問題に対する解決策を、「長期貯蔵」という政策的選択も含め、真剣に検討し、真摯に国民に対して示すことなのです。
現在の状況は、「原発というコストの安い電力がなければ、日本の経済がおかしくなる」といった「必要性論」や「エネルギー危機論」だけでは、もはや国民の誰も納得しない状況になっているのです。そのことを、深く理解されるべきでしょう。
現在の科学では証明できない「十万年の安全」
この学術会議の「日本で地層処分をするべきではない」という判断について、専門家として、田坂さんは、どう考えられるのでしょうか?
田坂:専門家として申し上げますが、残念ながら、学術会議の指摘は、正鵠を射ていると言わざるをえません。
なぜなら、高レベル放射性廃棄物は数万年の期間、使用済み核燃料は十万年の期間、人間環境から安全に隔離しなければならないわけですが、日本において、安全に地層処分を実施するためには、少なくとも二つのことが保証されていなければならないからです。
一つは、地層処分を行う地層が、数万年から十万年以上安定であることを証明することであり、もう一つは、この地層の岩盤中での地下水の流速が極めて遅いことを証明することです。
その証明は、現代の科学では、難しいのでしょうか?
田坂:実は、これも残念ながら、現在の科学のレベルでは、この二つの点を証明することは、極めて難しいのが現実です。
例えば、10月1日にNHKのクローズアップ現代の「高レベル放射性廃棄物の地層処分」に関する特集で、その証明の難しさを示す二つの事例が紹介されました。
一つは、2000年10月に起きた鳥取県西部での震度6強の地震の事例ですが、従来、活断層が無いと考えられていたこの地域において地震が発生したのです。これは、従来の「活断層の無いところを選べば、地震は起こらず、地層は安定している」という考えを覆すものでした。
もう一つは、2011年4月に起きた福島県いわき市での震度6弱の地震の事例ですが、この地震によって地下水の変動が起き、住宅街の真中で毎秒4リットルにも及ぶ大量の地下水が湧き出てきて、一年半経っても出水が止まらない状況が生まれました。これも、将来の地震によって、地下水の挙動の大規模な変化が起こる可能性を示すものでした。
このように、現在の科学では、地震の発生や地下水の挙動を十分に予測することはできず、今回、学術会議が指摘した「現在の科学では、十万年の間に、何が起こるか予測はできないため、その安全を証明することはできない」ということは、認めざるを得ない現実なのです。
「原発ゼロ社会」は、不可避の現実
なるほど、それで学術会議は、「日本で地層処分をするべきではない」と提言したわけですね。では、もう一度伺いますが、その結果、我々は、どのような問題に直面するのでしょうか?
田坂:端的に申し上げれば、「原発に依存できない社会」がやってくるのです。
これまで、「脱原発依存」という言葉は、「原発に依存しない社会」をめざす、という意味に使われてきましたが、実は、我々の目の前にあるのは、「原発に依存しない社会をめざすか否か」という「政策的な選択」の問題ではないのです。
それは、「原発に依存できない社会がやってくる」という「不可避の現実」なのです。
すなわち、この高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題に解決策を見出さないかぎり、「原発ゼロ社会」は、選択するか否かではなく、否応なく到来することになるのです。
実は、「コストの安い原発は捨てるべきではない」「日本経済に原発は不可欠だ」と主張する方々の議論は、「今後も、原発に依存した社会が可能である」という「幻想」に立脚した議論になってしまっているのです。
「長期貯蔵」を密やかに準備する諸外国
では、この難しい問題、高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題について、諸外国の政策は、どうなっているのでしょうか?
田坂:米国、イギリス、フランス、ドイツ、カナダを始めとして、どの国も、公式には「地層処分」をするということを掲げています。しかし、各国の政策を詳しく見てみると、実は、「地層処分」が長期にわたり実行できなくなったときのために、どの国も、数十年から百年程度の「長期貯蔵」を可能とする政策が、目立たないように採り入れられています。
すなわち、諸外国も、公式には「地層処分」を掲げつつも、その実施が困難になることを想定して、バックアップの政策を策定しています。それが、「長期貯蔵」という政策オプションであり、この政策への切り替えを密やかに準備しているのが現実です。
その意味では、日本も、「地層処分はできない」ということを前提に、「長期貯蔵」や「暫定保管」という政策論を、真剣に、そして具体的に検討すべき状況になったということですね?
田坂:その通りです。従って、この学術会議の報告を受け、政府は、「長期貯蔵」や「暫定保管」の方式について、「総量規制」の問題と併せて、真剣に検討を開始すべきでしょう。
ただし、我が国が、この「長期貯蔵」の政策に向かったとしても、まだ、大きな問題が待ち受けています。
何でしょうか?
田坂:たとえ「最終処分」ではなく「長期貯蔵」であったとしても、我が国のどの地域が、その施設を受け入れてくれるか、という問題です。
しかし、この問題を論じると、さらに難しい議論になるので、それはまた、次の機会に譲りたいと思います。
(次回に続く)
田坂 広志(たさか・ひろし)
多摩大学大学院教授。
1974年東京大学工学部原子力工学科卒業、1981年同大学院修了。工学博士。1981年から90年にかけ、民間企業にて青森県六ヶ所村の核燃料サイクル施設の安全審査プロジェクトに従事し、米国のパシフィックノースウエスト国立研究所で高レベル放射性廃棄物の最終処分プロジェクトに参画する。3月11日の福島原発事故に伴い、内閣官房参与に任命され、原発事故への対策、原子力行政の改革、原子力政策の転換に取り組む。著書多数。近著に『官邸から見た原発事故の真実』
元内閣官房参与・田坂広志が語る原発危機の真実
筆者は、福島第1原発事故を受け、内閣官房参与として2011月3月29日から9月2日まで、官邸において事故対策に取り組んだ。そこで、原発事故の想像を超えた深刻さと原子力行政の無力とも呼ぶべき現実を目の当たりにし、真の原発危機はこれから始まるとの思いを強くする。これから我が国がいかなる危機に直面するか、その危機に対して政府はどう処するべきか、この連載では田坂氏がインタビューに答える形で読者の疑問に答えていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121011/237928/?ST=print
「原発ゼロ」から現実路線へ
電力改革に不可欠な国際的視点
2012年10月12日(金) 柏木 孝夫
政府の「原発ゼロ」方針は、すぐに現実路線へと大幅に軌道修正された。
9月15日には枝野幸男経産相が、青森県の大間原発など、経済産業省が設置許可済みで建設中の原発に関しては、建設継続を容認するとコメント。政府のエネルギー・環境会議が「革新的エネルギー・環境戦略」を決定した翌日のことである。
さらに10月1日、野田第3次改造内閣が正式に発足する直前の会見で、留任が内定していた枝野経産相は、「政府は、2030年代に原発ゼロにする、と決めたのではない」と明言している。「2030年代ゼロを可能とするよう、あらゆる政策手段を投入」するが、その実現は「相当厳しい」とし、「2030年代の電力供給体制をどういう形にするのか、相当精査、議論した上でないと見通せない」との見解を示した。
米国の懸念で方針転換
前回の本コラムでも少し触れたが、政府の方針転換には、米国からの強い圧力が影響した。
9月25日付の日本経済新聞などにも報道されているように、9月8日には、ロシアのウラジオストクのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で、野田佳彦首相はクリントン米国務長官と会談。オバマ大統領の意向として、クリントン国務長官は強い懸念を示し、大きな圧力を加えたという。
我が国の原子力政策は、1988年に発効した日米原子力協定に基づく米国との協力関係なしには成り立たない。その現行の協定の期限は、2018年まで。協定改定に向けた事前協議なども、そろそろ念頭に置かなければならない。
米国にとっても、原子力の平和利用、世界的な民間市場の育成には、もはや日本の技術力が不可欠になっている。原子炉メーカーの米ウェスチングハウスは、いまや東芝のグループ会社である。米GEと日立製作所は原子力事業における世界的な戦略提携を結び、日米それぞれに合弁会社を設立している。日本に原発から撤退されては、困るのである。
政府の「原発ゼロ」方針の大幅な軌道修正に、これらを背景とする米国の意向が強く反映されたことは間違いない。
その一方で、「原発ゼロ」方針が国際的に独り歩きしてしまうことによる弊害が、非常に危惧される。わたしは、9月18日の総合資源エネルギー調査会の基本問題委員会に、意見書「 2030年代原子力稼働をゼロとする政府方針に対する意見」を提出した。その中でも、国際的に「原発ゼロ」が独り歩きすることが極めて心配であり、政府方針が意図する正確な内容を国際社会に向けて明確に発信することが不可欠であると強調した。
危惧した事態は、現実のものとなっている。
独り歩きする「原発ゼロ」
9月の後半に、わたしが理事長を務める一般財団法人コージェネレーション・エネルギー高度利用センター(ACEJ)の欧州視察調査団の団長として、欧州のエネルギー関連の企業や機関を訪ねた。最初の訪問国のドイツに着くなり、さっそく日本の「原発ゼロ」方針が独り歩きしてしまっていることを実感させられた。
同国の新聞など主要メディアによる報道では、自国の政策と重ね合わせて、日本の「原発ゼロ」を歓迎する論調だった。「日本は2030年代の原発ゼロ達成を目指す」と受け止められたのである。
ドイツは、原発を徐々に廃止して2022年までに原発ゼロとする方針を固めている。この方針は、すでに2002年の原子力法改正で決められていたが、2010年に現在のメルケル首相の保守政権が見直し、原発の稼働期間の延長を決める法改正が行われていた。ところが福島第一原発の事故後、再度これを見直し、2022年までに原発ゼロとする方針へと戻したのである。
その結果、ドイツはどうなったか。それまで電力の輸出国であったが、輸入国へと転じてしまったのである。EU(欧州連合)域内には国境を越えて電力を融通できる送電網が構築されている。それを利用して、ドイツも近隣諸国との間で電力を売買している。原発が8割を占めるフランスとも取引しているが、あくまでも価格が安ければ買い、逆に高ければ売るという、経済原理にのっとったものである。
輸入超過になったのは、原発を止めることで十分な供給力を確保できず、価格が高い時にも買わざるを得なくなったからである。国内の電力価格も上昇し、日本と同様、ものづくり国家であるドイツでは、産業の国際競争力が低下してしまう。そこでドイツ政府は、産業部門には安く電力を供給する優遇策をとっている。その財源に充てるのが税金にせよ、家庭部門などの電気料金にせよ、結果的に国民の負担は増すことになる。日本も、ゼロにはしないとしても縮原発に向かうのであれば、同様の事態を覚悟しなければならないだろう。
実は今回、現地に訪れるまでは、ドイツの原発ゼロ方針も、政権が変われば、また覆ることがあるのではないかと、わたしは考えていた。しかし、彼らの意思は極めて強固なようである。何人もの識者に尋ねてみたが、この方針決定が覆ることは、まずあり得ないという意見で一致していた。ドイツは強い信念で原発ゼロ方針を固めたことを、わたしは確信した。
欧州視察調査については、次回の本コラムで詳しく報告する。
コジェネ推進のために規制緩和
この欧州訪問の直前に、資源エネルギー庁の熱電併給推進室(コジェネ推進室)の都築直史室長と会い、今後のコジェネ導入促進について意見を交わした。
前々回の本コラムでも触れたように、8月1日に設置されたばかりのコジェネ推進室が取り組む、最初の具体的な大仕事となるのが、トヨタ自動車グループの「F-グリッド構想」に対する規制緩和などの支援策である。同構想では、宮城県大衡村の第二仙台北部工業団地にあるトヨタ自動車東日本(旧セントラル自動車)の敷地を中核とし、隣接する工場間や工場と地域の連携も含めた総合的なエネルギーマネジメントによって、工業団地を中心としたスマートコミュニティの実現を目指す。
このF-グリッド構想では、電気事業法第17条に基づく「特定供給」の認可を受け、自営の送配電網を使い、域内の事業者などに電力を供給する。その際に用いるのは、発電効率が50%超と世界最高レベルを誇る、川崎重工製の7.8メガワット(7800キロワット)のガスエンジンコジェネである。もちろん併せて、熱も域内の事業者などにパイプラインで供給する。
ただし、この特定供給の仕組みを利用するには、2つ大きなハードルがある。
1つは、電力の供給先が、資本関係などのある相手に限定されてしまうことだ。供給先としては、トヨタ自動車東日本、トヨタ紡織東北などのグループ企業のほかに、300キロワットのディーゼルコジェネも備えるすかいらーくの製造工場など、資本関係のない事業者も想定している。さらに、ソーラーフロンティアなども工場建設を予定しており、いずれは一大工業団地に発展させる計画である。そこで、供給先となる企業が参画する特定目的会社(SPC)を設立することで、この問題を解決することになった。
もう1つは、供給力の確保の問題である。特定供給では、一般電気事業者(電力会社)からの電力供給は受けられるものの、ほぼ100%の供給力を自前で確保しなければならないことが規定されている。コジェネ導入においては、これが大きな足かせとなってしまうのである。
そこで、コジェネ推進室は、確保すべき供給力を50%に下げる制度改正を進めている。大臣が行政官に命じる「大臣訓令」によって実施する。この大臣訓令は、省令などよりも手続きが簡便で、必要な施策をスピーディーに実行できる。9月12日から10月11日まで、この制度改革に対するパブリックコメントを募集し、その結果も受けて、この制度改正は実行されることになる。
国際インフラ構築が電力改革を加速
これから詳細な制度設計などの議論が本格化する電力システム改革では、コジェネや再生可能エネルギーといった分散型電源の積極的な導入が、重要な柱の1つとなる。分散型のみにすべきといった極端な意見もあるようだが、専門家の立場から、それにはきっぱりと異議を唱えたい。
分散型ネットワークでエリアごとに部分最適なシステムを実現するだけでは、決して全体最適にはならない。従来の大規模集中型の上位系システムがあるからこそ、安定供給を確保でき、全体の総合エネルギー効率を最大限に高められるのである。わたしのこれまでの研究では、全体最適を実現するには、大規模集中型を7割、分散型を3割とするのが最も望ましいという試算結果を得ている。
大規模集中型では、原発は重要な役割を担う。今夏、大飯原発を再稼働させたことで、老朽火力発電所を止めることができた。原発なしでも電力は足りたという意見はある。しかし、安全性やエネルギー効率、燃料コストなどを考えれば、本来は需要のピーク時に限定して全電力使用量のわずか6%程度しか供給していなかった老朽火力を、長時間、無理に動かすリスクは極めて大きい。
EUのような国際インフラを持たない、我が国の電力システムは、自国だけで十分な供給予備力を確保するために、需要のピークに合わせて過剰ともいえるほど多くの電源を設けてきた。これからは、そのピークを抑え、できるだけ平準化するエネルギー管理システムの構築が求められる。それによって、各電源の稼働率が上がり、エネルギー効率も高まる。そうした観点から、「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」の改正も進められている。
逆に、過剰なまでに十分な供給予備力を持っていることは、近隣諸国とつながる国際インフラを構築し、電力を売買する国際市場を創成する際に強みになるとも考えられる。経済原理にのっとり、価格の安い時に買い、高い時に売るには、自国の供給力に、ある程度の余裕がなければならないからだ。この点では、原発ゼロ方針によって供給力不足に陥ったドイツとは対照的である。国際インフラ構築による自由競争の活発化は、国内の電力改革も加速させるだろう。
震災前まで、我が国の電源構成比は、EU15カ国(2004年4月までに加盟していたアイルランド、イタリア、英国、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スウェーデン、スペイン、デンマーク、ドイツ、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク)による電源構成比と、ほぼ同じだった。理にかなった、バランスのとれた電源構成であり、それゆえに日本企業は国際競争力を維持できていたと言えるだろう。
そのバランスを崩して、縮原発に向かうのである。国際インフラ構築のような大技に、政府は思い切ってチャレンジしなければならない。
歴史的にみて、多くの国際紛争の背景には、エネルギーや資源の問題があった。その問題を乗り越えるべく、第二次世界大戦後の1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)こそが、現在のEUに至る出発点となったのである。
アジア地域全体の発展も、同様にエネルギーから考え始めるべきではないだろうか。隣国との領土問題は、そう簡単に解決できるものではない。だからこそ、エネルギーを軸に、地域全体の利益を目指した前向きな対話を進められる枠組みが必要になるというのが、わたしの考えである。
柏木 孝夫(かしわぎ・たかお)
東京工業大学 特命教授/先進エネルギー国際研究センター長
1946年東京生まれ。1970年東京工業大学工学部卒業、1979年博士号取得。1980〜1981年、米国商務省NBS(現NIST)招聘研究員などを経て、1988年、東京農工大学工学部教授に就任。1995年、IPCC第2作業部会の代表執筆者となる。2007年から東京工業大学大学院教授、同大学ソリューション研究機構の先進エネルギー国際研究センター(AESセンター)長、2011年からは放送大学客員教授も務める。2012年から現職。経済産業省の総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会長、日本エネルギー学会会長、日本学術会議連携会員などを歴任。2011年には、一般社団法人 低炭素投資促進機構(GIO)理事長、一般財団法人 コージェネレーション・エネルギー高度利用センター(ACEJ)理事長に就任。現在に至るまで長年、国のエネルギー政策づくりに深くかかわる。主な著書に「スマート革命」(2010年、日経BP社)、「エネルギー革命」(2012年、日経BP社)など。
エネルギー革命の深層
エネルギー基本計画、原発再稼働問題、再エネ特措法、電力改革……。東日本大震災以降、歴史的な転換期を迎えているエネルギー政策の抜本的な見直しについて、議論の現場、その舞台裏、水面下での攻防などを交えて、ニュースの報道などだけでは分からない「深層」を、国のエネルギー政策づくりに長年かかわり続けてきた筆者が解説する。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20121005/237724/?ST=print
#どちらが現実?
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