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『週刊文春』 2011年6月9日号
福島原発「内部文書」入手!
非常時冷却システムを撤去した勝俣会長 ジャーナリスト上杉 隆と本誌取材班
安全より利益を優先した東京電力。その主張を追認した政治家、官僚の罪を問う
「なぜあれほど簡単にメルトダウンしてしまったのか。私は福島第一原発の事故以来、ずっと不思議に思っていました。」
こう語るのは佐賀大学元学長の上原春男氏である。上原氏は福島第一原発の復水器の設計に携わった経験を持つ。事故後、政府の招きで東電本店を訪れていた上原氏は、ある重大な事実に気がついたという。
「福島原発の設計時には、『蒸気凝縮系機能』という最後の砦となる冷却システムが存在していました。それはどうなったのかと東電に聞くと『(そのシステムは)ない』というのです」
蒸気凝縮系機能というのは、原子炉から出る蒸気を配管に通し、「熱交換器」で冷やして水に戻し、再び原子炉に注水するという冷却システムのことだ。注水により炉心を冷やし、かつ原子炉内の圧力を下げる機能があるとされている。
「このシステムはECCS(緊急炉心冷却装置)の一系統なのです。通常の場合は原子炉を止めても、高圧炉心スプレーと低圧炉心スプレーなどの系統で冷却が出来る。しかし、これらの系統は電源がないと動かない。蒸気凝縮系機能は、電源がなくても作動する。ある意味、震災などの非常時にはいちばん大事な役割を果たすはずだった冷却システムなのです」(同前)
五月十二日、東電は三月十二日に福島第一原発の一号機がメルトダウンしていた事実を認め、二十四日には二号機、三号機もメルトダウンしている可能性が高いと発表した。原子炉が停止した時にはECCSという非常用冷却システムが作動するはずだった。だが、そこには、最後の砦≠ニなる機能が存在しなかった。
いったいどういうことなのか――。
ここにある内部文書がある。〇三年二月十七日に開催された「第十回 原子力安全委員会定例会議」の議事録だ。
原発安全神話ありきの発想
〈この機能は、機能的には安全上必須の設備ではないということで、例えばこれがなくなった後でも、主蒸気逃し安全弁を使うことによりまして、原子炉の崩壊熱等を問題なく除去できるということで、今回削除するということでございます〉
議題に上がっていたのは〈(福島第一原発二〜六号機の)蒸気凝縮系を削除する〉という設置変更について。つまり最後の砦≠フはずの蒸気凝縮系機能の撤去が検討されていたのだ。
この場で、原子力安全・保安院原子力発電安全審査課の担当官は、上原氏とはまったく正反対の説明を行っていた。
当時、蒸気凝縮系システムはある問題を抱えていた。〇一年十一月に中部電力・浜岡原発で原子炉が停止する「レベル1級」の事故が発生。蒸気凝縮系で水素爆発が起こり、配管が破断していたことが原因だった。
「浜岡のケースは日本初の水素爆発だったと言われています。事故が起きてから中部電力は配管内に水素がたまらないよう遮断弁を設置して対応していました。しかし、〇二年から逐次、蒸気凝縮の配管自体を撤去、機能を削除してしまうのです。理由は遮断弁の保守管理に手間がかかるためと、中電は説明していました」(全国紙社会部記者)
中電の動きに追随するかのように東電も「蒸気凝縮系削除」の申請を進めた。前出文書によると申請者は〈東京電力株式会社 取締役社長 勝俣恒久〉となっている。勝俣現会長だ。
東電経営陣の体質として「事務系の社長は安全より収益を優先していた」(東電関係者)と言われる。企画部出身の勝俣氏も、例外ではなかったのか。
小出裕章・京都大学原子炉実験所助教はこう首を傾げる。
「原子炉を止めても、残留熱≠ニいう崩壊熱は続きますから、原子炉の中の水は沸騰する。沸騰すると圧力が上がってきますので、それを外に導いて凝縮させて冷却するという蒸気凝縮系のシステムは必要なのです。もともと必要があるから付けた機能を、削除するなんて通常では考えられないことです。設備を増強し安全を期すというなら分かるが、事故の恐れがあるから外すというのは本末転倒。当時からなんでそんなことをするのかと不思議に思っていました」
五月二十九日、東電本店で行われた会見で、私は「蒸気凝縮系」を削除して問題はなかったのかと質問した。すると東電の担当者はこう答えたのだ。
「現実問題としてこれまで一度も使ったことがなく、水位の制御が極めて難しい。浜岡原発で水素ガスが爆発した事故もあり、撤去したということです」
だがそもそも原発の安全は多重防護により築かれていたはずである。なぜあえて多重防護システムの一つを削ったのか、前出の上原氏もこう訝しがる。
「蒸気凝縮系は、最悪の場合≠ノ使う冷却システムです。それを使ったことがないからと撤去してしまうのは、安全神話ありきの発想だったとしか思えません」
日本の原子力行政は経済産業省に属する原子力安全・保安院と、内閣府に属する原子力安全委員会のダブルチェック体制で運営されてきた。しかし前出の内部文書からは、それがナアナアのぬるま湯チェック≠セった様が見て取れる。例えば東電の申請書では、蒸気凝縮系機能削除の理由をこう記述している。
〈原子炉隔離時の炉心の崩壊熱等の除去については、通常の運転方法として、主蒸気を逃がし安全弁によってサプレッションプール水中へ放出すると共に、原子炉隔離時冷却系の補給水により原子炉の水位維持を行うことが可能であり蒸気凝縮系を用いる必要はないため、蒸気凝縮系の機能を削除することとした〉
それが保安院を所管する経済産業省の文書になると、わざわざ〈安全上必須なものではなく〉という一文が付いた上で、次のような記述になるのだ。
〈蒸気凝縮系の機能を削除しても、原子炉の崩壊熱等により発生する蒸気を逃がし安全弁によってサプレッションプールへ放出し、この時の原子炉水位を復水貯蔵タンク及びサプレッションプールを水源とする原子炉隔離時冷却系により維持することが可能である〉
つまり中身は東電と同じ。経産省は東電の主張を丸呑みした上で、〈安全機能への影響はない〉、削除は妥当なものと判断した〉との判定を下していたのだ。
さらに情けないのは原子力安全委員会である。〇三年五月八日の原子力安全委員会臨時会議の議事録では、削除の審議についてこんな件がある、
〈委員長 それでは、ただいまのご説明に関しましてご質問、あるいはご意見ございましたら、どうぞお願いいたします。特にはございませんでしょうか〉……。
小泉政権で下された決定
まるで原発の安全性など無関心であるかのような進行が描かれているのだ。
同様に安全委員の作成した文書にも独自性はまったくない。〈設置変更について〉という文書の〈災害防止に関する調査審議結果〉というレポートでは、経産省と同じく東電の主張を引き写した解説が記述されている始末。〈技術的能力に関する調査審議結果〉というレポートではこうだ。
〈申請者である東京電力株式会社は17基の原子炉の建設経験と31年余に及ぶ運転経験を有している〉
安全委員会では東電だから大丈夫とばかりに議論が進んでいた。
だが、福島第一原発の事故では、彼らの主張する安全≠ヘ脆くも崩れた。二号機で「蒸気逃し安全弁」の操作(ベント)に失敗、メルトダウンに至ったのだ。
原発問題の調査を続けてきた民主党の原口一博衆議院議員が語る。
「ECCSは原発安全神話の中核で、幾重もの安全装置が働くからメルトダウンは起こらない、これまで私はそういう説明を受けて来ました。ところが調べると最後の砦でもある蒸気凝縮系の機能を東電はあっさり取ってしまった。安全委員会で相当な議論がされているかと思ったのですが、議事録を読んでもさしたる議論が行われた形跡もない。福島第一原発でこのような事故が起こってしまった以上、原子力安全委員会、原子力安全・保安院の方々に真意を問わねばならない。そして文書に判を押した政治家にも責任があるはずです」
原口氏の指摘するとおり、原子力行政に携わる官僚、専門家のみならず、政治家たちの罪も重い。
五月二十八日、横須賀の講演会で小泉純一郎元首相はこう演説した。
「日本が原発の安全を信じて推進してきたのは過ちだった」
だが、東電が福島第一原発から蒸気凝縮系機能を撤去しようとしていた平成十五年は、まさに小泉政権時代だ。電力会社と二人三脚で原発を推進してきたのは自民党政権そのものだった。当時の経産大臣は原発推進派で知られる平沼赳夫氏(当時自民党、現たちあがれ日本)である。
「事故が起きたから原子力発電を一切あきらめるのではなく、培ってきた技術をより安全な形で維持、継続する方向を取るべきだ」と、平沼氏は福島第一原発の事故後も再三擁護発言を繰り返してきた。
「まだ事故収束の見通しが立たないのに、五月三十一日には『地下式原子力発電所政策推進議員連盟』を発足させ、会長に就任しています。勝俣会長との仲も良好だったとされています」(自民党関係者)
前出の内部文書にも平沼氏の名前が所管大臣としてある。なぜシステムの撤去を認めたのか。平沼事務所に取材を申し込んだが、「本人が出張の為、ご回答できません」という。
経産省という組織も伏魔殿≠ノなっていた。
「原発を推進する側の資源エネルギー庁と、監視する側の保安院が同じ経産省の下にあるのは長く問題視されていました。原発大国フランスでも、推進と監視は別組織の下にあるのです。アクセルとブレーキを同じ経産省がコントロールしていたことで、歪んだ安全神話が産まれたとも言われます」(経産省担当記者)
その象徴的存在ともいえるのが松永和夫・経産省事務次官だ。松永氏は二〇〇〇年にエネ庁で石油部長を務め、〇二年に保安院次長に就任している。まさにアクセルとブレーキを行き来する人事を経験しているのだ。経産省官僚が指摘する。
「松永次官は(蒸気凝縮系機能の削除が認可された)〇三年当時は保安院のナンバー2の次長。〇四年に保安院長になった時には、後に問題となる約五メートルの津波対策基準が検討されていたのです」
福島第一原発では基準を遙かにオーバーする十五メートルの津波によって電源が喪失し、冷却システムが機能せずレベル7の重大事故を引き起こした。
「保安院にいた松永次官にも責任の一端があったのではないかという声が省内でも出ているのです」(同前)
当時、安全性についてどう考えていたのか。松永次官を直撃した。
――蒸気凝縮系の機能はなぜ外されたのか?
「残留熱除去系の機能を削除するなんて、ありえないから。なにかの間違いでしょ。そんなことは普通、次長まで上がりませんから。よくわかりません」
――津波対策の議論に関しては覚えていますか?
「安全委員会の耐震指針の基準ですから。津波について、うんぬんなんて話はしたことありません」
蒸気凝縮系の機能が削除されていたのは厳然たる事実である。松永氏の言葉は保安院の空疎な実情をよく表している。
では東電はどう考えていたのか。当時、申請者だった勝俣会長はこう答える。
「(蒸気凝縮系機能の撤去は)私がやることじゃないけど。全然、問題ないよ!」
東電総務部も悪びれない。
「仮に削除しなくても、今回の状況ですと、この機能は働かなかったという認識になります」
蒸気凝縮系が撤去されていなければ、メルトダウンが防げていたかどうかは分からない。だが安全管理上、冷却機能の一つが外されていたという事実は重い。それを後押ししたのは原発推進派の政治家であり、安全委員会や保安院によるぬるま湯のチェック体制だったことは疑う余地もない。
上原元学長はこう語る。
「結果としてメルトダウンをしている訳ですから、安全性に問題があったのは明らか。なぜ撤去したのか、東電には納得のいく説明を求めたいですね。ECCSは全ての原発に使われているシステムですから、福島第一だけの問題に止まらない可能性もあるのです」
あまりに杜撰な安全意識の上に、福島第一原発は存在していたのだ。
※資料へのリンク張りは投稿者による
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第10回 原子力安全委員会定例会議 平成15年2月17日(月)
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2003/genan010/genan-si010.htm
第29回 原子力安全委員会臨時会議 平成15年5月8日(木)
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2003/genan029/genan-si029.htm
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