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風知草:意見聴取会の激白=山田孝男
http://mainichi.jp/opinion/news/20120723ddm002070110000c.html
毎日新聞 2012年07月23日 東京朝刊
批判続出のエネルギー政策意見聴取会(政府主催)にも功績はある。原発護持の電力会社幹部の激白を引き出し、脱原発派の反発を誘って議論を盛り上げた。政府は今後、電力会社社員の意見表明を認めない方針らしいが、むやみな規制より、何が問題か、激白の中身を点検する方が建設的だろう。
先週の聴取会は電力会社の社員が意見を述べた仙台、名古屋会場の混乱が話題だった。それぞれヤジで中断した。東北電力に届いた抗議の電話・メール100件に対し、中部電力802件。中電はホームページに謝罪文を載せた。最大の反響を巻き起こした中電の課長の発言はどんなものだったか。
会場のヤジを誘ったくだりはこうだった。「放射能の直接的な影響で亡くなった方は(福島原発事故の場合)一人もいらっしゃいません。5年、10年たっても状況は変わらないと思います。疫学のデータから見てまぎれもない事実です。5年、10年たてばわかります」
この種の発言とそれに対する批判は昨年来、何度も繰り返されてきた。なるほど直接被ばくの死者はいないが、統計を盾に内部被ばくの影響なしと割り切ることはできない。
ベラルーシで甲状腺がんの治療にあたった菅谷(すげのや)昭(68)=外科医、長野県松本市長=は「新版チェルノブイリ診療記」(新潮文庫)の序文にこう書いている。「統計上は致死率が高くないとしても、現実には病と闘う子どもがいて、時に命を落とす子どももいた。(中略)机の上で何をどう分析しても命を失う痛みはわからない」
聴取会は11都市で開く。既に5カ所で終えた。インターネットで同時中継し、国家戦略室のホームページに動画を載せているが、アクセス数は少ないらしい。むべなるかな、前半は大臣あいさつと官僚の説明だし、進行も円滑にはいかない。
だが、動画を追うとニュースから抜け落ちた部分が見えてくる。中電の課長の発言は「経済成長なくして幸福なし」というメッセージの一部だ。この人はこうも言っていた。
「実質的な福島の被害って何でしょう。警戒区域設定で家や仕事を失ったり、過剰な食品安全基準値の設定で作物が売れなくなるなど、経済的な影響が安全や生命を侵してしまっている事例だと思います」
「経済が冷え込み、企業の国際競争力が低下すれば福島事故以上か、それ以上のことが起きると考えています」
逆風の中、顔も名前も明かして所信を述べた勇気には敬意を表するが、原発を動かさなければもっとひどい事故が起きるという主張は常識を超える。カネさえ回れば万事解決という確信も疑問だが、「成長なくして幸福なし」という感覚は経済大国のエスタブリッシュメントに共通する本音だろう。
そんな幸福観とは相いれない意見陳述が多かった。名古屋で発表した東京の大学生はこう語って拍手を浴びた。
「なぜ、経済成長が前提になるのでしょう。人口が減り、生産人口はさらに早く減るのに国内のモノやサービスを増やす必要があるでしょうか。欲しいときに欲しいものが、どこでも手に入る大量消費、大量生産の社会は本当に心豊かな社会と言えるでしょうか……」
経済より脱原発か、脱原発より経済か。渡る世間はカネ次第か、そうでないか。明日の幸福観をめぐる論争は歴史的な要請に違いない。(敬称略)
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