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□ 危機管理としての原発問題〜原発はすべてを止めれば済む問題か〜
■ 坂根 みち子:つくば市 坂根Mクリニック
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■from MRIC
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話は震災直後にさかのぼる。2011年3月15日、子供の通う高校から一通のメールが保
護者に一斉配信された。
「念のためですがご連絡します。ただしパニックにならない様に注意しましょう。北
風が吹いていますので、できるだけ早く家に戻り室内で待機し、外出を避けた方がい
いと思います。特にこれから降る初期降雨を受けないように注意して下さい。外出時
に雨に遇ったならば鼻と口をハンカチなどで覆って下さい。髪や皮膚が濡れた場合は
お湯などで洗い流し、もし衣服が濡れた場合は入室時に脱いでビニール袋などに入れ
ておいた方がいいと思います。」
パソコンの隣のTVでは繰り返し原発は大丈夫だと放送していた。不安定な状態だが何
とかなっているというのが、大方の世間のとらえ方だった。いくらなんでも枝野さん
がこんなに堂々と嘘をつくはずがない、このメールの内容は杞憂に過ぎない、その時
はそうとらえた。もうひとつ、最初は医師である私でも全く放射能についての知識が
なかった。原発からはどのような核種が出る可能性があるのか、半減期はどのくらい
でどう対処すればいいのか全く分からなかった。花粉症のようなもので、降り注いだ
ものは払えばいいということも、しばらくして知った。
今改めて読んでみると、あの時起こっていたことを的確に把握し、何をすべきかきち
んと伝えていた。このメールの配信を促したのは、学校の父母会長で放射線の専門家
である医師だった。すでにつくばの空気中に放射性物質が異常に検出されていること
を知っていたのである。パニックにならないように配慮して伝えたがために、当時は
深刻に受け取らなかった保護者が多かったと思う。
その時はまだ、今の時代に大本営発表があるとは思っていなかったのである。たった
数日の自宅待機を指示してくれれば、もっとも飛散量が多いときに多くの人が移動す
ることもなかったであろうに。しばらくして高エネルギー研究所のHPで放射性物質の
空気中の濃度がわかるようになって事実を知った時、どれだけの親が子供たちがその
時どこで何をして過ごしていたか必死に思い出し自責の念に駆られたことだろう。
あれから1年、世間では原発再稼働反対の運動が盛り上がっている。政府は広域災害
と大津波を全く想定していなかった。従って、3月11日14時46分から日没までに、水
と毛布と燃料を空から届けるという発想がなかった。それがため、どれほどの人が低
体温で死に至ったか。また、マスコミは人々が津波に飲み込まれる様子や遺体をただ
の一度も一体も放映しなかった。外国のメディアが伝えていることが国内ではマスコ
ミの似非人道主義のために、この世の地獄を味わっていた人たちの悲劇がリアルタイ
ムで伝わらなかった。
放射性物質が放出されてから、なにがどこにどれだけ飛んでいるか正しい情報を伝え
なかったために、今でも多くの親が多少なりとも被ばくした子供の健康問題を心配し
ている。
日本政府のガバナンスの欠如、マスコミの幼稚さ。(東電の組織としての欠陥は監督
官庁と一心同体である。)今回の震災では、多くの国民の意識に政府とマスコミに対
する深い絶望感と不信感が植え付けられた。政府のやることは全く信用できない、こ
んな恐ろしい原発を保持するなんて絶対許せないと考えるのも無理もない。
でもちょっと待って欲しい。だからといって原発を止めれば済む問題だろうか。西日
本は中国から飛んでくる黄砂でさえ問題となっているのに、北朝鮮と中国が原発を持
つことのリスクはどう考えるのだろうか。
日本で原発を止めるということは、コンパクトで高性能の原発の開発もなくなる。国
内の原発は古くて危険なもののみとなる。外国に、より安全な原発を売り込むことも
できない。技術の継承もなくなる。いざというときの対処法も相手任せとなる。今回
の原発もアメリカの古いタイプのもので、コンセントの形も違ったため対応が遅れた
というではないか。
しかも国内の原発を止めても大量の使用済み核燃料は残る。問題はむしろこっちであ
る。使用済み核燃料を持っている限り地震大国の日本で放射能に汚染されるリスクは
全く減っていない。国内の原発停止にこだわって思考停止状態になると、沖縄の米軍
基地を最低でも県外移転と言ったために、逆に最も危険な普天間固定となってしまっ
ている現状と同じ構造となる。
国内の原発を止めるだけなら最悪の事態を想定して備えるという危機管理の基本を放
棄することになる。今回の震災での対応がお粗末だったからと言って、日本人より中
国や北朝鮮の原発管理の方が信用できるだろうか。「人類のためにすべての核利用を
廃絶しよう」という運動が、隣国に通用すると思っているのだろうか。そんな絵空事
は考えてはいけない。
世界中を見渡しても損得勘定なく最も真摯に原発に向き合えるのは日本人しかいない。
交渉が苦手で、征服欲がなく勤勉、心配性。日本人の美徳を認めるより、自らを責め、
世界に向けてネガティブな発信しかしない。こんな民族が他にいるだろうか。
数年前に宮崎駿監督が「借り暮らしのアリエッティ」という映画で、日本を舞台に
「君たちは滅びゆく種族なんだ」を言っていたが、まさしく今の日本人は滅びゆく民
族となりつつある。
こういう危機にこそ、原子力関連の分野には理系のトップの学生が進んで欲しい。優
秀な人材を集め、日本人が得意とする細かいところまで行き届いた最新鋭のより安全
な原発を作り、古いものと順次置き換えて欲しい。使用済み核燃料の処理について英
知を集めて欲しい。加えて日本人全員が、個々のレベルで核についての知識を高め、
何かあった時自立して動けるようにならなくてはいけない。
原子力を一部の人にしかわからない「原子力村」に閉じ込めてしまったことが、災害
時のリスクを高めてしまった。多様な専門家集団を育て、地球上のどこのトラブルに
もすぐ駆け付け対応できるようにして欲しい。今回政府は「ストレステストで安全性
を再確認後再稼働」というパフォーマンスを行っているが、知りたいのはそんなこと
ではない。1992年、時の原子力安全委員会は東電に対して「長時間電源喪失を想定し
なくていい理由を作文せよ」という信じられない要求をした。これと同じことが日本
中の原発で行われたはずである。私たちが知りたいのは、各地の原発にそのような瑕
疵が隠されていないかということである。
医療の世界では「人は必ず死ぬ」ということ以外100%確実なことはない。すべての医
療行為には必ずリスクが伴う。従って患者さんに100%安全です、と説明することはあ
り得ない。原発についても同じである。ストレステストをやって、「絶対安全です」
といった時点で嘘である。そんなおためごかしをするようでは話にならない。国民も
100%の安全を保障しろという要求自体がおかしいと思うべきである。大事なのは何か
あった時の対処法である。どんな過酷事故をも想定して対策が練ってあるかである。
今大地震が起きたら、原発のみならず使用済み核燃料が入っているプールの耐震性は
大丈夫なのか、万が一水が漏れたらどう対処するのか、北朝鮮のミサイルが打ち上げ
に失敗してプールが被弾したらどう対応するのか。テロの対象になって、ハイジャッ
クされた航空機が原発に突っ込むことは「想定範囲外」なのか。こういった待ったな
しの課題に対して、政府はきちんと説明して欲しいし、大至急予防措置を講じてほし
い。
人類はすでに禁断の実に手を出してしまった。どこで何があっても放射能は地球全体
に影響を及ぼす。福島の問題があるまで私たちが一番浴びていた環境からの放射線は、
ソ連とアメリカが核実験を繰り返してばらまいたものである。ホーキング博士は、20
年前の講演で、この宇宙には高度文明を持つ生命体が生まれては、環境を破壊しつく
して惑星ごと自滅していると言っていたそうだ。(石原慎太郎「新・堕落論」より)
恐ろしいことに、今地球はホーキング博士の予想通りの道を歩んでいる。すでに日本
国内の問題ではないのである。日本人が最後の一つの核の後始末が付くまで伴走して
いくことも責任の取り方の一つである。
願わくば、ヒステリックにならずに良く考え議論を深めてほしい。一人の母親として、
次の世代に命をつないでいくという大命題を考えた時、核に反対するだけの選択は、
日本のみならず地球全体のリスクを高めてしまうと思う。筆者は政府とマスコミは一
切信用しなくなったが、個々の日本人が持つ特質は世界で一番信用できると思ってい
る。
もうひとつ、低量放射線についても少し触れておきたい。今、環境でも作物でも、わ
ずかな放射性物質が検出されるのを一切許さないという風潮があるが、これも日本人
が自らの首を絞めている典型である。放射性物質は毒にも薬にもなる。
今まで人々はラドン温泉等低量の放射線を有効利用していたはずなのに、今では一切
認めないという。自然界にはもともと放射線が存在し、人類も放射線と共存してきた。
人間の体には優れた適応能力があり、傷ついたDNAは絶えず修復されている。少量の放
射性物質を人類が有効利用してきたことは科学的に認められた事実であるにも拘らず、
すべての放射線を悪として扱い、逆にそこで暮らさざるを得ない人々に大きなストレ
スを与えている。
話は最初に戻る。子供が被曝したかもしれないと思った時、当初筆者も動揺した。自
分自身は医療放射線をかなり浴びているので仕方ないが、子供についてはほんの少し
でもリスクは避けたいと思った。福島の原発がかなり危ないといううわさになった時、
我が家では子供だけ一時東京の祖父母宅に避難させた。その時長女が本当に原発が爆
発したら、パパとママはどうするのかと問うた。答えて、私達は医師としてこの地を
離れることは出来ない、万が一の時はもう3人で生きていけるでしょうと話した。こ
う言われた彼女の衝撃は大きかったらしい。しばらくして無事当地に戻ってきたとき、
何も知らない妹たちと違って大きな責任と恐怖を背負わされた長女は疲労困憊してい
た。そして、今後もし原発が爆発しても今度はつくばに残ると宣言した。その時長女
は大学受験生で、さらに免疫系の病気で自宅療養中だったが、明らかに放射線そのも
のより精神的なストレスのほうが全身状態を悪化させていた。
昨年の11/1に「バランス感覚を持とう〜放射能とともに生きていくために〜」とい
う拙文が配信されたことがきっかけで、元ICRP(国際放射線防護委員会)委員だった中
村仁信医師から「低量放射線は怖くない」という本をいただいた。読了後、正直親と
してはすこしホッとした。広島、長崎の被ばくで次世代に奇形が増えたというデータ
は一切ないということ、少量の放射線でがん抑制遺伝子のスイッチが入り、癌の発生
そのものが抑えられる可能性があることなど、ICRPの見解も含め過去に世界中で集め
られたデータが素人にも理解しやすくまとめられていた。
そもそも震災の前から、今の子供たちは小さいころから甘いもの漬けであり、トライ
&エラーの体験に乏しく、このままいくと糖尿病やストレスに対する耐性のなさから
子供たちが大変なことになるととても危惧していた。世間ではそこに対する反応は今
一つだったが、放射能に関しては親たちの恐怖心があっという間に膨れ上がってし
まった。
今共存している放射線は毒にも薬にも成り得る。要は量の問題である。ほとんどの地
域では放射線より生活習慣病から健康を害する可能性の方がよほど大きいと前回書い
たところ、それでは今の福島ではどうなのかと問われた。その頃福島の汚染がどの程
度なのかわからず、答えようがなかったが、最近の福島からの内部被曝量の測定結果
をみると、幸いにも少ない被曝で済んでいる。食物からの内部被曝を少なくする努力
もホットスポットの除去も地道に進めてくれている人たちがいる。
やはり福島であっても、子供たちをどう育てればいいのか結論は変わらない。良く寝
て良く笑い免疫力を高めること、大人になってもたばこは吸わないこと、子供の頃か
ら甘いものを摂り過ぎると糖尿病になって血管を傷めるので、小さいころから食生活
をコントロールすること、人とぶつかることを怖がらないこと。ご飯を作ることや片
すことなど人間として生きていくために必要なことは自立して出来るようにすること。
これが基本である。
放射線の「低量」がどこからどこまでをいうのか結論が出るのは数十年後である。だ
が、私たちは今この環境下で子供たちを育てていかなければならない。それならばそ
の中で薬になるよう育てるだけである。少量の放射性物質が体にいいこともあるとい
うデータがあるのなら、そこで生きていかなければいけない人々にとってそれは福音
になる。周囲から大音量でヒステリックに否定しないで欲しい。ネガティブにとらえ
てストレスにさらされるのと、ポジティブにとらえて前向きに生きるのとどちらが体
に良いかは解りきったことである。子供たちが健康に生き延びるヒントはそこにある。
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