50. 2012年6月15日 21:04:58
: QaNRpiqaYU
福島第一原発の事故の後、「すべての原発を停止しても十分な電力供給を行う設備がある」との主張が、いくつかの新聞、雑誌などで紹介された。どの主張も同じで、日本の発電設備すべてから原発の発電設備を差し引いても夏の最大電力以上の設備量が残るから、原発はなくても電力供給はできる、というものだ。 この主張は明らかな誤解に基づくが、世間では「何人もの人が同じ主張をするのだから、正しいに違いない」という、見識に乏しい意見まで出た。何人が主張しようとも、同じ誤解に基づくものであれば、やっぱり間違いだ。ガリレオのように「それでも地球は動いている」と言わざるを得ない。新聞、雑誌で何人もの人が同じ主張をしたが、多分情報の出所は同じだろう。その情報を十分検証せず、多くの人が引用したのではないか。 まず、夏場の最大電力需要とは何だろうか。電力の量には2つの数字がある。設備量と発電量だ。設備量は水道管の直径に例えられる。発電量は流れる水量だ。最大電力需要を賄う設備能力があるかは水道管の太さで決まる。水道管の太さが十分なければ水道管が破裂するように、最大電力需要を賄う設備能力がなければ、停電が発生する。 設備能力は瞬間的に発電可能な能力の数字で、設備により発生する電気は発電量だ。例えば、100万KWの設備が1時間に発電できる電力量は100万KW時で表すことができる。24時間稼働すれば、2400万KW時の発電量となる。通常の発電設備は点検も必要だし、電力需要がない夜間などは出力を落とすので、1年を通して100%の発電を行うことはない。原子力、石炭火力などコストが安く稼働率が高い設備でも1年を通して、普通は70〜80%程度だ。仮に75%とすると、100万KWの設備の1年間の発電量は100万KW×24時×365×75%の式で計算できる。65億7500万KW時になる。 東日本大震災により計画停電が実施されたが、問題は設備量だった。太平洋岸に立つ多くの火力発電所と原子力発電所が被災し、発電ができなくなった。火力発電所は燃料を海外から大型船で受け入れるために、海岸線に立地せざるを得ない。原子力発電所は冷却水を必要とするために、大きな湖、河川、海岸沿いに立地する。海外では内陸部の河川沿いの原子力発電所もあるが、日本では海岸沿いに立地している。 火力発電所は冬場に海が荒れ、外航船の接岸が難しくなる日本海側より、太平洋岸に立地する方が多い。立地のリスクを分散するために日本海側にも火力発電所は立地しているが、今回の震災では太平洋側の多くの発電所が被災した。 大震災により東電は5200万KWの供給力のうち2100万KWを一瞬にして失い、東北電力は1400万KWのうち500万KWを失った。このため東電管内では異例の計画停電が行われた。この計画停電に対し「不要なのに脅しで実施した。原発の必要性を分からせるため」との批判が一部にあるが、この批判はまったくの的外れだ。 経済産業省・資源エネルギー庁の「エネルギー白書」によると2011年3月14日から実施された計10日間の計画停電中、常に需要予測が供給量を上回っていた。この間は常に電気が不足していたというこになる。電力の場合、どこかで電力不足が発生すると、送電線網を通じ停電が瞬時に広がる、つまり大規模化する。大規模な停電を避けるための予防措置としては、送電線からある地域を一時的に切り離し、そこだけ計画的に停電させる。これは仕方がない側面がある。2011年3月下旬になり一部の供給力が回復し、また気温が温暖になったため計画停電は終了した。 夏場の最大電力を供給する時にも十分な設備がないと、同様に大規模停電が発生してしまう。原発がなくても電力供給が可能という主張の前提は、原発抜きでも十分な発電設備があるということだった。資源エネルギー庁の「電力需給の概要(2009)」によると、地域電力会社が保有する発電設備は沖縄を除く全国で2億26万KWある。このうち原発は4532万KWである。さらに電力会社ではない電源開発、日本原子力発電などの卸電力供給を行う会社からの受電分の設備が3641万KWある。そこにも原発が262万KW含まれる。 合計すると2億3667万KWの設備能力があり、内訳は水力が4638万KW、火力が1億4235万KW、原子力は4794万KWになる。原発以外の設備が1億8873万KWである。 さて、北海道電力以外の地域電力会社では、年間の最大電力需要は通常7月か8月の夏に発生する。冷房需要が大きくなるためだ。過去の9電力会社合計の年間最大電力需要の推移を見ると、最大需要が最高に達した年は2001年の1億8121万KWだ。冷夏とリーマンショックの影響があった2009年と震災があった2011年は1億6000万KWを下回っているが、通常の最大電力需要は1億7000万KWから1億8000万KWの間にある。 原発以外の設備が1億8873万KWあり、過去最大の電力需要は1億8121万KWであれば、最大電力需要を賄う十分な設備がある、というのが原発抜きでも電力供給可能という主張だ。この主張には大きな勘違いがある。設備があれば、いつでも発電できるわけではない。例えば水力発電の主体になっている自流式の水力発電所は川の流れを利用して発電を行うが、当然ながら川に水の流れがなければ発電はできない。貯水式の発電所はダムに貯めた水を利用するが、発電を行えば貯水量は減少していくことになる。ともにいつでも発電できるわけではない。 ところで、水力にはもう一つの方式、揚水発電所がある。これは低い位置にある池(下池)から、夜間電力を使って水を高い位置の池(上池)に汲み上げ、電力需要が多い昼間に水を落とし発電を行う方式である。好きな時にいつでも使える電源ではないが、電力需要が少ない夜間に電気を水の位置エネルギーとして貯めておく巨大な蓄電池とも言え、今後の再生可能エネルギー導入時には必須の設備である。米国政府は再生可能エネルギーの導入に備え、揚水発電所の開発にかなりの予算をつけている。 揚水発電所が使用する夜間電力は、24時間稼働する原発から供給していることが多いため「揚水発電所のコストは原子力発電所のコストに上乗せするべきだ」との主張があるが、おかしな話だ。夜間電力は原子力発電所だけで作っているわけではない。また「揚水発電は原子力発電のために建設されたから原発がなければ揚水発電はできなかった」という意見もあるが、電力のシステムとして最も有効な方法を考えた結果で、原発のためだけに作られたものではない。 揚水発電は今後の再生可能エネルギー導入時には非常に重要な設備になると見られている。米国に限らず多くの国は揚水発電の蓄電池機能が再生可能エネルギーによる発電の安定化に不可欠と見ている。その時には揚水発電のコストを再生可能エネルギーのコストに上乗せするのだろうか。原発のコストを高くしたいために、揚水発電の高いコストを原発に上乗せするべきだ、というのは繰り返すが、おかしい話である。 水力発電設備4638万KWのうち自流式、貯水式の一般水力が2074万KW、揚水発電所が2564万KWだが、一般水力の年間を通じての稼働率は39%、揚水の稼働率は2%程度である。夏場の最大電力需要が発生する時でも両水力の平均稼働率は70%程度にとどまる。4638万KWの設備のうち夏場の最需要期に使える設備の量は70%の3250万KW程度であり、すべての設備量が利用できるわけではない。 火力発電所もいつも100%稼働するわけではない。2011年には関電の姫路第二火力、中国電力の三隅火力発電所などで故障があり、電力供給がさらに厳しくなるとして新聞に報道された。一部のマスコミは原発の必要性を訴えるために意図的に故障させたとの声もある、と報道したが、2011年だけ故障が多かったわけではない。毎年、火力発電所では故障が起きているが、震災前は電力供給に余裕があったので、報道されなかっただけだ。2011年の夏には火力発電所の約5%で故障が発生している。 火力発電所の中でも、石油火力発電所は1960年代から70年代に建設され、老朽化している設備がほとんどである。1973年、1979年の2度のオイルショックを受け、国際エネルギー機関が石油火力発電所の新設を原則として禁止したためだ。すでに運転開始から40年以上経過した発電所もある。故障があっても何ら不思議ではない。夏場には定期点検を一切行わないとして、5%の故障率を前提として火力発電所の95%が夏場の最大電力需要時に稼働しているとすると、使える火力発電設備量は1億3520万KWになる。 結局、夏場の最需要期に使える設備は水力と火力を合わせて最大でも1億7000万KW強だ。気温次第で大きく増加する最大電力需要を賄うことが出来ない可能性もある。もし、原発の稼働がなければ、停電を引き起こさないためには節電を続けるしかない。だが、果たして節電の持続は可能だろうか。 電気事業連合会によると、夏場に気温が1℃上昇すると最大電力需要は400万KW強上昇する。夏場の電力供給設備量からすると、気温が低めに推移しない限り停電の可能性が高くなる。この見方に対し、節電すれば大丈夫との意見がある。2011年の最大電力需要は1億5650万KWと2000年以来最低を記録したが、今後もこのレベルの節電を継続すれば大丈夫という意見だ。 大震災後の緊急事態として、2011年は多くの場所で節電の努力が行われた。自動車業界は、工場の操業を土日に移し、代わりに木金を休みにした。商業施設では照明を落し、冷房温度は高く設定された。駅のエスカレーターも大部分が停止した。節電の努力により電力需要は大きく削減されたが、節電された量は、商業施設・病院・オフィスビルなどで使われる「業務用電力」、家庭で使われる「家庭用電力」、工場などで使われる「産業用電力」で異なっている。2011年度上期の実績では業務用電力需要は全国平均で11.8%減、家庭用が中心の電灯需要は8.2%減だが、産業用は5.1%減であり、減少幅が少ない。 夏の業務用の電力需要では空調と照明が3分の2以上を占めている。残りはOA機器、ショーケース、エレベーターなどの電力需要だ。夏場の家庭では時間帯によって多少異なるが、エアコンが電力需要の約50%を占めている。商業施設で照明の輝度を落す、あるいは、エアコンの冷房温度を高くすれば、施設によってはかなりの節電が可能だ。家庭でもエアコンを我慢すれば、大きな需要の削減になる。 一方、産業用の電力の大半は製造工程で使用されている。工場では照明、エアコンなどの節電の効果は弱く、製造ラインとは別のところの節電には限りがあるということだ。大きな節電のためには生産量の調整が必要になる。業務用と産業用で、節電による電力需要の削減率に差が出るのも当然だ。 震災後、東電管内では十分な電力供給がなかったため、生産・消費の現場では大きな影響があった。さらに様々な節電の努力が行われ、電力使用制限令による電力消費の抑制もあった。この結果、2011年上期の東電の電力消費の対前年比は、業務用で19.5%減、家庭用が中心の電灯で12.5%減、産業用で10.5%減、全体では13.6%減となった。震災の影響による需要の落ち込みと冷房も我慢した節電努力でも、それほどの電力消費の落ち込みはないということだろう。 そして、今後も節電をすれば乗り切れる、との主張には見過ごされている点がある。まず、消費への影響だ。節電をしているレストラン、商業施設で消費が増えるだろうか。冷房をしていない蒸し暑い日本に観光、買い物に来る外国人観光客がいるだろうか。消費・観光の落ち込みはかなり大きな影響を関連する業界にもたらすだろう。 消費よりもっと深刻な影響は生産だ。先述の通り、生産現場では大きな節電は難しい。十分な電力供給が不可能であれば、生産に影響が生じる。消費も生産も経済成長に大きな影響を与えるが、経済成長と電力供給の間には密接な関係がある。この関係は日本に限らず、どの主要国でも見られる。経済成長のためには電力が必要だ。 1990年以来失われた20年と言われるように、日本では低経済成長が続いている。国際通貨基金(IMF)のデータによると、1990年から2011年まで日本の名目国内総生産(GDP)の伸びは1.08倍だ。この間、新興国のGDPは中国の21倍、韓国の6倍など軒並み伸びている。先進国でも、英国の2.6倍、米国の2.5倍、ドイツ・フランスの2.1倍だ。経済情勢の悪化が話題になるイタリアでも1.8倍になっている。日本だけが経済成長していない。 「経済成長しなくても、生活が豊かになればいい」という意見があるが、どうやら経済成長なしで生活が豊かになることはなさそうだ。1人当たりGDPと給与の関係から見ると、成長率が低下すると給与も低下する。この20年で平均給与は随分下がっている。給与は下がったけれども、生活は豊かになったと感じている人がどれほどいるだろうか。給与の低下は、結婚しない、あるいは、できない独身者を作りだし、少子化の原因の一つにもなっている。 日本が抱える問題を解決するためには、経済成長が必要だ。それには十分な電力供給が欠かせない。いつ停電になるか、いつ電力使用制限令が発動されるか、びくびくしながら経済活動を続けるのは先進国のあるべき姿ではないだろう。節電は大切だが、節電により経済成長に影響が出ることを見落としてはならない。 節電で需要を削減するというのは、急激に電力供給が落ち込んだ時の非常時の対策であって、常時行う事ではない。いつも節電をしていなければならない国に来る観光客はいないし、また進出してくる産業もないだろう。逆に国内産業が海外へ逃げ出す心配が大きくなる。節電ではなく、いかに電力供給を確保するかを検討することが重要だ。
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