35. 2012年6月01日 23:41:22
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2011年の3月16日頃から、永田町界隈では「数日のうちにとんでもないことが起こる・・・皆逃げよ」という都市伝説のようなオバケが跋扈していた。噂は再臨界による大量の放射性物質の再放出を想定していたのだろう。そんなことはあろうはずもないと伝えたが、ここに気になるデータがある。 東京大学の星野龍吾氏や元日本原子力研究所の田辺文也氏の指摘である。2011年3月21日から22日にかけて、水戸など北関東の数カ所のモニタリングスポットのデータ、つまり放射線の空間線量が再上昇しているのである。この量は、1号機および3号機で水素爆発が発生した2011年3月12日から14日頃にかけての空間線量に比べて低いものの、無視はできない。 朝日新聞によると、3号機のさらなる異常が原因ではないかという(2011年8月8日)。 他方、東京電力や政府の見解は、すでに空気中に浮遊していたエアロゾル状の放射性物質が降雨によって地上に降下(フォールアウト)したことによる可能性が大きいとしている。 放射性物質の追加発生につながり得る原子炉異常の可能性は3つある。 @再臨界、A溶融燃料とコンクリートの反応、B再溶融である。 損傷炉心では再臨界が極めて起こりにくい。すなわち、質の劣化していない燃料が相当量の塊、それも球状や円筒形のような再臨界に適した理想的な形状でなければ再臨界は起きない。損傷炉心では、健全な時と違って、溶融した燃料がどこに溜まるにしても扁平になりやすい。扁平な状態では、仮に中性子が発生しても逃げやすいので、核分裂反応が連鎖して発生(臨界)することが極めて難しい。 2011年11月1日に東京電力が、2号機で採取した格納容器内部の気体から燃料のウランが核分裂した時に発生する放射性物質キセノンが検出された、と報じられた。東京電力は、核分裂反応が連続する臨界が一時的に起きた可能性があるとみて、監視を続けていたが、その後、再臨界ではなく、自発核分裂と断定された。 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20111103-OYT1T00346.htm この時、メディアでは「再臨界」の文字がおどろおどろしく報じられ、人々の不安を呼んだことは記憶に新しい。 核燃料のウラン235やプルトニウム239は、通常、よそから飛んできた中性子を捕獲することによって核分裂を起こすが、中性子の力を借りずとも、自分で勝手に核分裂を起こす性質もある。これを自発核分裂という。 とりわけ、プルトニウム240やキュリウム242などが自発核分裂し易い。自発核分裂によって中性子やキセノンが発生するが、核分裂の連鎖反応を持続するような条件(核分裂性物質の量と形状)が整っていなければ、臨界にはならない。 次に、A溶融燃料とコンクリートの反応である。これは、炉心で溶けた燃料などが原子炉圧力容器の底に溜まり、やがて容器を溶融貫通(メルトスルー)して、その溶融物質が格納容器の内底にまで到達すれば起こり得る。炉心内でいったん溶けて移動した燃料は、他の構造材などと混ざって、砂利や小石のようになって圧力容器の底に溜まる傾向がある。 砂利や小石のようなものをデブリと呼び、それが溜まった状態をデブリベッドという。こうなるとなかなか溶融貫通しにくい。それにデブリベッドは隙間があるので冷えやすい。 3号機は1号機と違い、燃料が炉心全体にわたって溶けている状態になっていないと考えられているのでなおさらである。溶けた燃料は下方に移動しやすいが、燃料棒の下部には様々な構造物があり、溶けた燃料がそうやすやすとは下方に移動できない。 また、万一、圧力容器の底に穴や隙間が開いて、溶融物質やデブリがさらに下方に移動するとしても、またそこから下に様々な構造物が所狭しと林立している。溶融物質はそういった構造物に熱を奪い取られて固まって引っかかってしまう傾向がある。このように行く手を阻むものが多い。 2011年9月3日に放送されたNHK「サイエンスZERO」では「原子炉で何が起きていたのか?−炉心溶融・水素爆発の真相に迫るー」と題して、圧力容器の底が溶融貫通して、炉心燃料のほぼ全量が’ダダ漏れ状態’で、格納容器内に漏れ出るCGを放映した。そこには炉内下部に林立する構造物も、炉外のそれもまったく描かれていない。MAAPやMELCORという計算プログラムでのシミュレーション結果をもとにCGを描いたものだと思われるが、そもそもがこういったプログラムは、林立する構造物を正確にはモデル化できないという欠点がある。構造物を正確にモデル化できないばかりか、構造材を溶融物質が溶かして侵食していくプロセスは複雑であり、モデル化が難しい。 このように実際の構造や破損の細かい仕組みを無視して得られた計算予測である。事実はもっと細かい仕組みの中で進展していく。それを追えないコンピューターシミュレーションを鵜呑みにすると誤った認識を持つ恐れがある。新聞やテレビでは原子炉の構造物を省略した安易な図解が多々見られるため注意が必要である。 番組では、「1号機の原子炉を再現したシミュレーションによって、事故当日のうちにメルトダウン(炉心溶融)が起こり、しかもほとんどの燃料が圧力容器の外に溶け落ちるメルトスルーに至っていたことが明らかになりました」と断じている。また、ゲストの二ノ方寿氏(東工大教授・原子炉工学)は、「熱はたまっていくと温度が上がり燃料が溶ける。詳しいことはシミュレーションをしないと分からなかったが、今回初めて分かった」と答えている。 しかし、シミュレーションはあくまでも’模擬結果’であり、「シミュレーションで実際に起こったことが分かる」と視聴者に誤解を与えるような解説は、専門家として短慮と言わざるを得ない。シミュレーション結果と事実との間には乖離があることはすでに述べた通りだ。むしろ、シミュレーションと事実との間を埋め合わせることが専門家の役割である。 実際には構造物が林立していて、それがどのような影響を及ぼすかという想像力が欠如していては、判断を誤る。そして、仮に、2011年3月21日の線量の増加が、メルトスルー後の炉心燃料とコンクリート反応によるものだとすると、コンクリートの成分(カルシウムやケイ素など)と化学結合した特徴的な放射性化合物が検出されるはずだが、そのような報告はない。すなわち、炉心燃料とコンクリート反応が原因であった可能性は低いと見る。 最後に残ったのは、B炉心燃料の再溶融である。 田辺氏の報告では、この時期に一時的に3号機の炉内冷却に不均衡が生じたとある。2011年3月20日までは約300トン/日以上の海水が代替注入系から炉心に送り込まれていたが、2011年3月21日から23日までは約24トン/日に激減したという。 また、その結果として、圧力容器内圧が110気圧程度まで上昇している計測データに言及している。圧力容器内は通常運転時でも70気圧程度なので、110気圧は十分に異常な圧力上昇である。 しかし、そもそもこの高い圧力に疑問が残る。3号機は2011年3月14日に水素爆発を起こしており、原子炉建屋内に漏れ出ていた放射性物質を環境中に飛散させている。つまり、この時点で、すでに原子炉圧力容器にも格納容器にも空気が抜けていくような隙間や破損ができていたのである。にもかかわらず、110気圧まで上昇したというのは、話の辻褄が合わない。 一方、海水の代替注水量が激減したことは、原子炉内の圧力上昇の可能性をほのめかしているが、再臨界していれば、キセノンなどの放射性物質が解放される。しかし、報告されたその量は、再臨界を示唆するほど多くない。 そもそも、たとえ再溶融などしてなくても、冷却水不足で燃料の温度が上昇し、その結果周囲の空気の温度が上昇すれば、格納容器内に浮遊している放射性物質エアロゾル(気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子)の環境への放出を促進することになる。したがって、再臨界や再溶融などはあくまで憶測の域を出ないものであり、空騒ぎと言ってよい。 その後もメディアでは、炉心燃料の追加溶融、デブリの形成と冷却性、圧力容器の溶融貫通の有無などが、ことあるごとに大々的に報道されたが、簡単に白黒付けられない問題に対して、一方的に煽る報道が多々見られることには注意が必要である。 |