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チェルノブイリから学ぶ WHO 独立性回復を (東京新聞)
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東京新聞「こちら特報部」5月26日 :「日々担々」資料ブログ
世界の人々の健康を守るべき世界保健機関(WHO)が“国際原子力ムラ”に従属してきた実態を告発する医師。チェルノブイリ原発事故後、汚染区域ごとに分けた被災者支援の法律を作った科学技術者。この二人がそれぞれ来日し、福島の原発事故による近未来を懸念してチェルノブイリの教訓を伝えた。(小倉貞俊)
「原発事故から二十六年。汚染地に住み、被ばくで傷付いた遺伝子は世代を経るごとに異常化が進み、被害者を増やしている」。二十四日、東京・新宿のホテルで、スイス・バーゼル大学名誉教授のミシェル・フェルネクス医師(82)は話す。
「WHOは隠蔽(いんぺい)の共犯者である。だが事故の教訓を福島に生かさなければならない」。WHOは一九四八年設立され、本部はスイス・ジュネーブにある。かつて専門委員として感染症の研究をしてきたが、八六年に起きたチェルノブイリ事故後の姿勢に疑問を投げかけてきた。
原子力産業が台頭した一九五七年に米国主導で設立した国際原子力機関(IAEA)や、国際放射線防護委員会(ICRP)は、事故による死者数を急性被ばくなどの数十人と公表。いまだ小児甲状腺がんの増加しか認めていない。
一方、ニューヨークの科学アカデミーの後援で編集され、二〇〇九年に刊行された本では、事故による死者は九十八万五千人と推定した。「被害実態を明らかにした研究者からの報告を黙殺し続けている。それに異を唱えないWHOは被害の矮小(わいしょう)化に手を貸しているといってもいい」
WHOは緊急時にも適切な医療技術を提供する役割を負う。
ところが、五九年にはIAEAとの間で「WHOは国連安全保障理事会に従属するIAEAの了解なしに情報を公開したり、研究したり、住民の救援をしてはいけない」との趣旨の合意をし、事実上「放射線分野での独立性を失った」と続ける。
「IAEAは放射能汚染から人々を守ることが目的ではなく、経済的な配慮を優先させる組織。被ばくが原因と思われる健康被害を過小評価したり否定したりし、汚染地域からの避難が遅れる可能性もある。原子力事故があってもWHOは介入を禁じられてきた」
チェルノブイリでは今もさまざまな疾病の増加が報告されている。「死産、周産期死亡、先天性異常、感染症…。ベラルーシでは、飲食による内部被ばくも続き、子どもの八割が何らかの病気にかかっている」
遺伝子は放射線を浴びて切断されても修復する力があるが、間違って修復された場合に遺伝子が変異し、成長期には変異した細胞が増殖する。原発から三十〜三百キロの地域のネズミを調べた研究では、二十二世代にわたって遺伝子の異常がより進行しているという。
「WHOは早く従属的な立場から脱し、健康被害の情報を正確に評価しなければならない」。そう唱えるフェルネクス氏らは二〇〇七年、WHO独立のためのキャンペーン活動を開始。しかし、WHOは〇九年に放射線健康局を廃止し、さらに後退している。
福島原発の事故で、日本政府の情報開示や対応は後手に回った。「言語道断だ。チェルノブイリ事故の直後、子どもたちにヨウ素剤を配ったポーランドでは、健康を守ることができた」とフェルネクス氏。
今回、福島県郡山市や広島市、さいたま市などで講演した。二十三日に新宿で開いた講演会では、来場した双葉町の井戸川克隆町長から「いま福島はまるで核実験場のようなところ。住み続けるべきか、避難するべきか」との質問も出た。
あらためてフェルネクス氏に聞くと「汚染度の高いところは避難すべきだ。それ以外で住み続けるのなら、内部被ばくの防止を徹底する必要がある」。放射能のない食べ物のほか、体内の放射性セシウムの排出に効果的なペクチンが含まれる海藻やリンゴ、抗酸化物質として作用するビタミン類やカロチノイドがあるニンジンなど色つき野菜の摂取を提言した。
福島では今後、年間の積算被ばく線量が高い二〇ミリシーベルト未満でも帰還はできるとし、政府は除染を進めていく考えだが、被災者の悩みは深まるばかりだ。
被災者を支援する実効性の高い法律の制定が急務となる中、国会で与野党それぞれが被災者支援法案を提出し、協議を重ねている。その手本として注目されているのが、チェルノブイリ事故後にロシアで制定された「チェルノブイリ法」だ。
「福島を支援する法律を作るため、参考にしてほしい」。法の制定に力を尽くしたロシアの「チェルノブイリ同盟」副代表で科学技術者のアレクサンドル・ベリキン氏(59)は十七日、東京・永田町の衆院第二議員会館での集会で訴えた。
被ばくで健康被害を受けた労働者らを国が支援する仕組みがなかったことから、「自分たちの権利を守ろう」と同盟を結成。事故から五年を経て、法制定につなげた。今回「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク」など三つの市民団体の招きで来日した。
ベリキン氏は「この法律の良いところは、被災した住民自身が今後の暮らし方を決められる点です」と説明する。
年間積算線量が五ミリシーベルト以上になる区域を「移住義務ゾーン」、一ミリシーベルト以上五ミリシーベルト未満の区域を「移住権利ゾーン」と設定。被災者は支援を得て汚染地域で暮らすのか、非汚染地域へ移住するかを選ぶことができる。
両ゾーンでは国家の負担による健康診断や薬剤の無償提供、年金の割り増しなどの社会的な保護を受けられる。移住を選んだ場合でも、国は住民が失うことになる家屋などの財産について、現物または金銭での補償をすることになっている。
同氏は「残留者、避難者とも支援する先進的な内容。どんな国でも、快くお金を支払ってくれる政府などない。人の権利を守る法律を制定するには、住民が声を上げることこそ大事」と呼び掛けた。
福島では自主避難者も賠償対象に入ることになったものの、避難せずに残った住民の低線量被ばくは続く。協議中の法案は避難指示解除準備区域などを対象に住宅確保や就学を支援する内容だが、チェルノブイリ法のような「避難の権利」までは踏み込んでいない。
同ネットの共同代表を務める河崎健一郎弁護士(36)は「政府はまず、被災者に健康影響も含めた正確な情報を開示すべきだ。その上で、二〇ミリシーベルトにこだわらずに移住か残留かの選択権を持たせ、十分な補償を受けられる仕組みをつくってほしい」と話している。
<デスクメモ> 「終りのない惨劇」(緑風出版)の出版を機に来日したフェルネクス氏。講演会で自ら登場するWHO報告会議などの記録映画も上映された。ロシアの科学者は「賠償金を払いたくないだけだ。だから事故の影響が深刻なものを示す研究成果は排斥する」と叫ぶ。十一年後の福島事故後の姿も変わらない。(呂)
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