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「それなら潰してほしい」 国有東電の軌跡(迫真)
東京電力会長の勝俣恒久(72)は声を震わせた。4月19日昼、都心のホテルオークラ。民主党政調会長代行の仙谷由人(66)が、東電社長の西沢俊夫(61)を交代させる意向を告げた時だ。
「そんなことまで言われると……こちらにも五分の魂があります。それなら潰してください」。同日の朝刊各紙は、弁護士出身で原子力損害賠償支援機構の運営委員長を務める下河辺和彦(64)の会長起用と、西沢の社長交代を伝えていた。
西沢は就任してまだ1年。「西沢だけはなんとか続投させていただきたい」。捨て身の勝俣に、仙谷はうなずかない。「さすがに言い過ぎでしょう。『五分の魂』と言われるが、こちらにも言わせてほしい。(東電問題は)政治的にも大変なんです」。首相の野田佳彦(54)の後見役でもある仙谷は「去る人があれこれ言うのはよくない」と人事の主導権が旧体制にはないことを通告した。勝俣はぶぜんとした表情でホテルを出た。
同じ日の夕方、下河辺は首相官邸を訪ねた。野田から会長の就任要請を受けた後「個人的にはやはり社長を交代していただきたい」と記者団に語った。この段階で新社長の扱いに触れないことは東電や政府の関係者の共通認識になっていたが、下河辺の独断が覆した。西沢続投の望みが絶たれた瞬間だった。
勝俣と仙谷、経済産業相の枝野幸男(47)は、東電に出資する国が議決権をどれだけ握るかでも火花を散らした。
「国民をなめている。資本注入して経営陣を入れ替える」。昨年のクリスマスを前に原賠機構の幹部が息巻くほど、政府・機構の東電への不信感は頂点に達していた。
昨秋、勝俣は福島の原発を本体から切り離す構想を議員に説明して回っていた。原発を東電や原子炉メーカー、機構などが出資する新会社に移し、東電はそれ以外の事業に集中する内容だ。「廃炉や賠償だけ切り離して(東電が)身軽になる発想は許さない」。昨年12月22日、企業向け値上げの方針を「権利」と唐突に発表したことも枝野や機構の怒りを招いた。
クリスマスの頃、仙谷は都内のホテルで「国に経営権を渡したらどうか」と迫ったが、勝俣ははねつけた。「IPP(独立系発電事業者)とPPS(特定規模電気事業者)の違いもわからない人たちに、かき回されたくない」。専門用語を使い“素人”の機構に経営できないと反論した。
「(枝野には)ほとほと困っている」。勝俣は霞が関の最強官庁で人脈もある財務省に近づく。財務省は国の負担増を嫌い、東電の経営権を握るのに慎重だった。勝俣は「政府内で意見が一致していない」と見定めた。財務次官の勝栄二郎(61)との連携を警戒する機構内で2人は「勝―勝ライン」と呼ばれた。
だが枝野は強硬姿勢を崩さない。「出資額に見合った議決権がなければ、総合特別事業計画を認定しない」。枝野は東電への出資と引き換えに国の管理下に置く方針を西沢に宣言した。悲願の消費増税法案を仙谷らに頼む財務省も軟化を始めた。3月中に議決権を当初2分の1超、潜在的に3分の2以上を機構が握ることで決着した。
人事や国の関与で押された東電。原発事故に伴う未曽有の負担が残った。勝俣は原子力損害賠償法で東電が賠償を免責されなかった時、政府を訴えなかったことを悔やんでいる。異常な天災が理由なら国に肩代わりを求める声は根強くあった。東電には、力でねじ伏せようとする政府・機構が理不尽に映った。
枝野や機構も傷を負った。2月には国有化に反対する経団連会長の米倉弘昌(75)と枝野の確執が表面化。東電の会長選びで経済界は背を向けた。企業経営の経験がない下河辺に託す不安はくすぶり、東電内の守旧派との攻防も待ち受ける。(敬称略)
◇
国が1兆円を使うかつてない企業再生は日本経済の行方すら左右する。「国有東電」が誕生する軌跡を追った。
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